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第52話『衝撃』

 トイレから出て、手を洗っている人の横に並んで私も手を洗う。

 濡れた手をハンカチで拭いて。

 そして、目の前の鏡に写った自分の顔に、


「ふうっ」


 と、息を吐いた。


「思わず逃げ出してしまった……」


 アイリは大切な親友。

 そんなアイリの具合が悪かったら心配だし、レンだって私と同じ気持ちに心なるのはわかる。


 でも……。

 レンには、あそこまで本気になってもらいたくなかったというか……。

 普段はクールなレンだからこそ、本気の顔を他の人に向けられるのは嫌で。

 だけど、そんな小さなことを気にしてしまう自分はもっと嫌で!


 うぅぅぅ~~~~~~!!!!


 私は、目の前の鏡に手を当てた。

 そこに映る自分の顔は、なんだか冷たく見える。


 ——このっ!


 パーンッ!!

 と、咄嗟に両頬を左右の手で叩いた。


 こんなことを思うなんて。

 私、最低だ!


 一人でいると、ますます余計なことを考えてしまいそうだし、早く教室に戻ろう。

 隣で驚いた顔をしている子には、ぺこっと会釈をして。

 じんじん痛むほっぺと共に、私は廊下に出た。


 もしも、だけれど……。

 私がレンと付き合っていたなら、もっと堂々としていられるのかな?

 気持ちにも余裕が生まれるのかな?


 ……だとしたら私は、この恋心をちゃんと伝えたい。

 レンの手を取って、目を見つめて。


「私と一緒に、恋免を取りに行ってくださいっ!」


 って言いたい!


 あ……。

 でも、レンは鈍いからな。

 こんな言い方じゃ、私の想いは伝わらないかもしれない。

 だけど、免許のない今の私には、これが精一杯の告白で……。


 あー、もうっ!

 レンはホントに世話のやける子だっ!


 もやもやした気持ちと共に短いため息が漏れたとき。

 廊下の先にジュリの背中が見えて——。


「——っ!」


 思わず柱に姿を隠してしまった。

 苦手意識から来る、条件反射みたいなものだと思うけれど。

 うぅ……。

 自分で自分が情けない。


 柱から、こっそりと顔を出してみる。

 真っ直ぐ前を見て歩く彼女は、後ろなんて振り返らない。


 彼女は色々問題あるのは間違いないけれど……。

 だけど、強さを持っている。

 いつも自分の心に真っ直ぐで、その想いのままにレンに〝好き〟を伝えてる。

 そのたびに、私は不安と焦りを覚えて……。


 彼女があんなにも素直でいられるのは、恋愛免許証を持っているからなのかな。

 恋免があれば、いくら告白しても罪にはならない。

 そこが返納してしまった私との最大の違いだ。


 と、そのとき——。


 ~~~~♪


 不意に着信音が聞こえた。

 一瞬、ドキッとするけれど、それは私じゃなかった。


 ジュリがポケットからスマホを取り出す。

 キラキラのデコレーションと、ジャラジャラとついたアクセサリー。

 まさに彼女のスマホといった感じ!


 ジュリは画面を確認して、ため息を一つ。

 そして、耳に当てた。


「もしもしー、タクヤ? 何のよう? あーし、今、機嫌悪いんだけど!」


 不機嫌を隠そうともせず、むしろ公言してしまうところが彼女らしい。


「どうしたって? 今日はマジ最悪な日だし!!」


 不満を体現するかのように、壁に勢い良く壁にもたれかかるジュリ。


「レンきゅんには会えないし……日野原って子には嫌味を言われたり、つまんないこと自慢されたり!」


 えっ!?

 わ、私、そんなことしてないよねっ!?


「……は? レンきゅんの名字? 月島だけど……それがなんなん? え、タクヤ、中学の同級生なん?」


 大きな声で話すジュリに、周りの人が不可解な目を向けていく。

 本来、学校内でのスマホの使用は禁止なのだけれど……。

 先生も暗黙の了解ということで、見て見ぬふりをしてくれている。

 だからと言って、ここまでオープンな人は見たことがない。


「はー? レンきゅんはめとけって、タクヤにそんなこと言われる筋合いねーしー! アンタ、あーしの彼氏でもなんでも……」


 ジュリの言葉が不意に止まった。

 そして、しばしののち……。


「……は!? なにそれ!?」


 ジュリの驚きの声が響き渡った。


「ちょ、ちょっと待つし。人気がないとこ行くから」


 彼女はきょろきょろと辺りを見回すと、左手前方の階段を小走りで上っていく。

 その先は屋上。

 許可を取らないと入れないから、確かに誰もいないと思う。


 なんだろう?

 先程までは人目も気にしていなかったのに。

 電話の人、確かレンの中学の同級生って言ってたよね。


 私の知らない、レンの中学時代……。


 ……くっ!


 私は、こっそりジュリの後を追う。

 盗み聞きなんて悪いこと!

 そうは思うけれど。

 彼女のあの反応が、ただ事だとは思えなかったから。


「……もしもし、タクヤ? 今、誰もいないとこに来た!」


 階段の踊り場の先、そこからジュリの声が聞こえてくる。

 たぶん、屋上への扉の前あたりだ。

 私は、しゃがんでそっと聞き耳を立てた。


「……で、それってマジなん?」


 階段という狭い空間。

 さっきよりも、ジュリの声が響いて聞こえる。


「もったいぶんな! さっさと話すし! レンきゅんが……」


 そのじれったいといった様子は、先程までのそれとは全然違う。

 一体、ジュリは何を言われたんだろう……?


 首を傾げた瞬間、彼女が叫ぶ。

 予想だにしていなかったその言葉が、幾重にも反響して聞こえた。


「月島 蓮が……人殺しって、どういうことなん!?」

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