トイレから出て、手を洗っている人の横に並んで私も手を洗う。
濡れた手をハンカチで拭いて。
そして、目の前の鏡に写った自分の顔に、
「ふうっ」
と、息を吐いた。
「思わず逃げ出してしまった……」
アイリは大切な親友。
そんなアイリの具合が悪かったら心配だし、レンだって私と同じ気持ちに心なるのはわかる。
でも……。
レンには、あそこまで本気になってもらいたくなかったというか……。
普段はクールなレンだからこそ、本気の顔を他の人に向けられるのは嫌で。
だけど、そんな小さなことを気にしてしまう自分はもっと嫌で!
うぅぅぅ~~~~~~!!!!
私は、目の前の鏡に手を当てた。
そこに映る自分の顔は、なんだか冷たく見える。
——このっ!
パーンッ!!
と、咄嗟に両頬を左右の手で叩いた。
こんなことを思うなんて。
私、最低だ!
一人でいると、ますます余計なことを考えてしまいそうだし、早く教室に戻ろう。
隣で驚いた顔をしている子には、ぺこっと会釈をして。
じんじん痛むほっぺと共に、私は廊下に出た。
もしも、だけれど……。
私がレンと付き合っていたなら、もっと堂々としていられるのかな?
気持ちにも余裕が生まれるのかな?
……だとしたら私は、この恋心をちゃんと伝えたい。
レンの手を取って、目を見つめて。
「私と一緒に、恋免を取りに行ってくださいっ!」
って言いたい!
あ……。
でも、レンは鈍いからな。
こんな言い方じゃ、私の想いは伝わらないかもしれない。
だけど、免許のない今の私には、これが精一杯の告白で……。
あー、もうっ!
レンはホントに世話のやける子だっ!
もやもやした気持ちと共に短いため息が漏れたとき。
廊下の先にジュリの背中が見えて——。
「——っ!」
思わず柱に姿を隠してしまった。
苦手意識から来る、条件反射みたいなものだと思うけれど。
うぅ……。
自分で自分が情けない。
柱から、こっそりと顔を出してみる。
真っ直ぐ前を見て歩く彼女は、後ろなんて振り返らない。
彼女は色々問題あるのは間違いないけれど……。
だけど、強さを持っている。
いつも自分の心に真っ直ぐで、その想いのままにレンに〝好き〟を伝えてる。
そのたびに、私は不安と焦りを覚えて……。
彼女があんなにも素直でいられるのは、恋愛免許証を持っているからなのかな。
恋免があれば、いくら告白しても罪にはならない。
そこが返納してしまった私との最大の違いだ。
と、そのとき——。
~~~~♪
不意に着信音が聞こえた。
一瞬、ドキッとするけれど、それは私じゃなかった。
ジュリがポケットからスマホを取り出す。
キラキラのデコレーションと、ジャラジャラとついたアクセサリー。
まさに彼女のスマホといった感じ!
ジュリは画面を確認して、ため息を一つ。
そして、耳に当てた。
「もしもしー、タクヤ? 何のよう? あーし、今、機嫌悪いんだけど!」
不機嫌を隠そうともせず、むしろ公言してしまうところが彼女らしい。
「どうしたって? 今日はマジ最悪な日だし!!」
不満を体現するかのように、壁に勢い良く壁にもたれかかるジュリ。
「レンきゅんには会えないし……日野原って子には嫌味を言われたり、つまんないこと自慢されたり!」
えっ!?
わ、私、そんなことしてないよねっ!?
「……は? レンきゅんの名字? 月島だけど……それがなんなん? え、タクヤ、中学の同級生なん?」
大きな声で話すジュリに、周りの人が不可解な目を向けていく。
本来、学校内でのスマホの使用は禁止なのだけれど……。
先生も暗黙の了解ということで、見て見ぬふりをしてくれている。
だからと言って、ここまでオープンな人は見たことがない。
「はー? レンきゅんは
ジュリの言葉が不意に止まった。
そして、しばしののち……。
「……は!? なにそれ!?」
ジュリの驚きの声が響き渡った。
「ちょ、ちょっと待つし。人気がないとこ行くから」
彼女はきょろきょろと辺りを見回すと、左手前方の階段を小走りで上っていく。
その先は屋上。
許可を取らないと入れないから、確かに誰もいないと思う。
なんだろう?
先程までは人目も気にしていなかったのに。
電話の人、確かレンの中学の同級生って言ってたよね。
私の知らない、レンの中学時代……。
……くっ!
私は、こっそりジュリの後を追う。
盗み聞きなんて悪いこと!
そうは思うけれど。
彼女のあの反応が、ただ事だとは思えなかったから。
「……もしもし、タクヤ? 今、誰もいないとこに来た!」
階段の踊り場の先、そこからジュリの声が聞こえてくる。
たぶん、屋上への扉の前あたりだ。
私は、しゃがんでそっと聞き耳を立てた。
「……で、それってマジなん?」
階段という狭い空間。
さっきよりも、ジュリの声が響いて聞こえる。
「もったいぶんな! さっさと話すし! レンきゅんが……」
そのじれったいといった様子は、先程までのそれとは全然違う。
一体、ジュリは何を言われたんだろう……?
首を傾げた瞬間、彼女が叫ぶ。
予想だにしていなかったその言葉が、幾重にも反響して聞こえた。
「月島 蓮が……人殺しって、どういうことなん!?」