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第51話『めちゃモテ!サマー』

 激動の体育祭、コスプレリレーは2年2組の優勝で終わりを迎えた。

 あのあと、病院で足首を診てもらい、中等度の捻挫との診断をされた。

 全治は2週間。


「絶対に安静だからね?」


 先生が包帯を巻きながら言う。


「エヘヘ、私。痛み止めを飲んで100メートル走っちゃいましたー。」


 ……なーんてこと、言えるわけもなくて。


「エヘヘヘ……」


 と引きつった笑いを返すことしかできなかった。




 それから時は流れて——。

 暦は七月、盛夏せいかの候!

 ジリジリと照りつける太陽と、モワッと絡みつく湿気が夏が来たことを実感させてくれる。


 今日から足首の包帯も取れて。

 私、完全復活!

 暑い夏に包帯を巻いて過ごさなくて良いこと、心底ホッとする。


 そして今日は何より……。


 キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン♪


 響くチャイムの音に、教室中からホッと息を吐く音が聞こえる。


「はい、それじゃ、答案用紙を後ろから回収して」


 先生の言葉に従って、一番後ろの席の生徒が答案用紙を回収していく。

 そう、今日は期末テストの最終日。

 これで一学期の学校行事は全部終了だ。


 んーっと、一伸び。


「やーっと終わったー!」


 解放感から、自然と顔に笑みが浮かんじゃう。

 今からお昼だ。

 頑張った私。

 早くお母さんの卵焼きが食べたいっ!


 いつも通り、みんなで机を並べてお弁当。

 みんなもいい笑顔だ。


「それだけニコニコしているってことは、テストは自信あったのかしら?」

「「それは言わないでっ!」」


 アイリの言葉に、私とユウトくんが抗議する。

 ちなみに中間テストの成績はアイリ、レン、ミユが上位。

 真ん中くらいに私とユウトくん。

 だから、ちょっとユウトくんのことをライバル視してたりする。

 内緒だけれど。


 そんなユウトくんは短くため息をつくと、改めて私たちに向き直る。


「なー、もっと楽しい話しようぜ? 例えば……そう! 夏休みになったら何したい?」

「はーい! 私、プールとかー、海とかー、お祭りとかー、花火大会とか行きたーい!」


 ユウトくんの言葉に、ミユが手を上げて答える。


「あ、お祭りなら、今月末に私の家の近くの公園でやるよっ」

「ユイの家の近くというと、春は桜が綺麗な公園よね?」

「そうそう!」


 高台の公園。

 2年生になったばかりの頃、学校に遅刻しそうになってレンと走り抜けたところだ。

 もう3ヶ月近く前の話か……。

 なんだか、懐かしいな。


「じゃあさ、みんなで行ってみようぜ」

「さんせーい!」


 手を取り合ってはしゃぐ、ユウトくんとミユ。

 この二人は、ほんと仲がいい。

 まったく、うらやましいくらいですぜ……。


「ちょ、ちょっと、ユイ。悪い顔になってるわよ?」


 おっと、いけない、いけない。

 私は慌てて両頬に指を当てて笑顔を作った。


 そんな話し合いの最中に、レンは席を立つ。

 そして、窓際の隅にいくと、そこのカーテンにすっぽりくるまった。


 完全にカーテンの中に隠れた状態。

 一見すると謎行動。

 でもね、これにはちゃんと理由があって……。


「あ、あの……レン先輩いますか?」


 ……ほら来た!


 振り返ると、教室の入口に二人組の女の子がいた。

 ネクタイの色から一年生だとわかる。


「あー、ごめんね。レンなら、さっき出てったよ。しばらく帰ってこないんじゃないかなー」

「そうですか……」


 ユウトくんの言葉に、二人はがっかりとうなだれ去っていく。

 実はこれ、ここ最近のお昼休みの恒例行事だった。


 体育祭でレンが紅薔薇姫をやってからというもの、昼休みになるとファンを名乗る子たちが押し寄せてくるようになった。

 最初のころなんか、それはもうすごい人だかりで。

 放課後なんかも、こそこそと逃げるようにして帰っていたくらい。


 今は少し落ち着いたけれど……。

 でも、やっぱりこうして会いに来る子たちがいて。

 意図せず急に人気者になってしまった現状を、レン本人は受け止めきれていない様子だ。


 そんなわけで、体育祭の後はレンと落ち着いて話すこともできず……。

 なので、告白もまだできていなかったりする。


 ふぅ……。

 と、ため息をつく私。

 心の中にふと、声が響いてくる。


『ユイちゃん、体育祭のときに告白するって言ってたじゃん!』

『私たちに嘘ついたの?』

『ユイちゃん、サイテー! 信じらんなーい!』


 ええぃ黙れ、ミニ私たち!

 ぶんぶんと手を振るイメージをして、ちっちゃい私を追い払う。


 あのときは勢いでそう思っちゃったけれど!

 でも、冷静になって考えてみると、告白したら必ず付き合えるというわけじゃない。

 当然、レンにだって選択権はあるわけで。


 もしフラれたら、今までみたいな関係には戻れないかもしれなくて。

 それだけは絶対にイヤって叫ぶ私がいる。

 不安とか、怖いとか、色々な想いが心の中で渦巻いて何も行動できない状態……。


 っていうか!

 今の私は、恋免を持ってないから告白すらできないじゃんっ!!!

 ううっ、やっぱり免許返納したのは失敗だったかな……。


 ——と、そのとき、廊下から軽い足音が聞こえてきて。


「やっほー、レンきゅん! あーしが来たよー!」


 ギャル少女のジュリが教室に飛び込んできた。

 ここは2組、彼女は4組。

 でも、臆せず飛び込んでくるところが彼女らしい。


 ジュリはぐるりと教室内を見回すと、首を傾げた。


「あれ? レンきゅん、いない?」


 私はチラリとカーテンに目を向けたあと、ジュリの前に立つ。


「悪いけど、今、レンはいないよ。……っていうか、なんなのレンきゅんって」

「レンきゅんはレンきゅんだし。レンくんを見てると、胸がキュンキュンするからレンきゅん♡」


 うーわ。

 恥ずかしげもなく言い放つこの強心臓は……。

 逆に、聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる。


「てゆーか! なんでアンタが、レンきゅんの教室にいるし!」

「なんでって……私はレンと同じクラスだから」

「はー!? クラスメートだからって何? そんなん、自慢すんなし! ムカ着火ファイヤーなんだけど!!」


 ムカ着火ファイヤーとは、怒りの最上級表現らしい。

 そして、私は自慢したつもりはない。


 ジュリは腰に手を当てると、ふんぞり返って私を見た。

 その口が、ニヤリと優越感に笑う。


「ふふん、アンタは知らないと思うけどさ。あーしとレンきゅんは、繋がってるんだからね!」

「……何が?」

「あーしの席は、窓側から2番目の列で前から4番目! ふっふっふ、これが何を意味するかわかる?」

「……レンと同じ位置だね」

「そう! それくらい、あーしとレンきゅんは近い位置にいるってこと! アンタが手を伸ばしても届かない位置にレンきゅんはいるんだし!」

「私、レンの隣の席だけど?」

「カム着火インフェルノォォォォオオウ!!!」


 これは、ムカ着火ファイヤーよりも更に強い怒り。

 爆発するくらい怒っているということみたい。

 実際、ジュリは両手で頭を掻きむしるようにして地団駄を踏んでいる。


「このっ、席の位置なんかで勝ったと思うなしー!」


 叫びながらジュリは教室を飛び出して行った。


「言い出したのは自分じゃん……」


 どっと疲れが押し寄せてきて、思わず深いため息が漏れる。


「……もう行ったか?」

「うん、大丈夫」


 私の言葉で、レンがカーテンからひょこっと顔を出した。


「いつも悪いな」

「いいよ別に。レンが悪いんじゃないし」

「ユイぴょんもー、レンレンもー、早くご飯にしよーよ」

「腹が減ってるとイライラするって言うしな」


 そう言ってユウトくんが笑う。

 でも、確かにその通り。

 早く、お母さんの卵焼きを食べて幸せを補充したい。


 改めて席につき、私たちはお昼ご飯を食べ始める。

 お弁当箱の中の黄色い幸せのそれは、今日もとーっても美味しい!

 お母さん、いつもありがとう!


 私が、卵焼きをじっくり堪能していると、


「ごちそうさま」


 アイリはそう言ってお弁当の蓋を閉じた。

 私はまだ、半分も食べていないというのに。


「ねぇ、アイリ。最近、お弁当箱が前より小さくなったけど……それで足りるの?」


 なんだかその頬は、少しこけた気がする。

 私の質問に、アイリは軽く微笑んだ。


「大丈夫よ。むしろ、多いくらい。最近は、すぐお腹いっぱいになっちゃって」

「前も言ってたよな、食欲ないって」


 レンがアイリに目を向ける。


「病院は行ったのか?」

「それは……まだ、かな」


 その瞬間、レンが立ち上がった。


「何してんだよ! 早く行けって! 何かあってからじゃ遅いんだぞ!」


 真剣なレンの瞳。

 突然の出来事に、私たちは驚きを隠せない。


「おい、レン、どうした? なんでそんなにムキになってんだ?」

「なんでって、ユウト、お前!! …………いや、なんでもない」


 そう言って、頭をくしゃくしゃとかくと椅子に座り直した。


「……水本、大きな声出して悪かったな」

「ううん。……ただ、びっくりした。私のこと、心配してくれるんだね」

「そんなの……当たり前だろ」

「そっか……」


 嬉しそうに微笑むアイリ。

 その頬に、少し赤みが差した。


「わかった。今度、病院行ってみるね」

「ああ」


 レンは短く答えると、再びご飯を食べ出す。

 レンとアイリ、二人の間には何とも言えない空気が流れていて。

 なんだか、入り込んじゃいけない雰囲気が漂っている。


 ……っく!


「わ、私、ちょっとトイレに行ってくるね」


 そう言って、私は逃げるように教室を後にした。

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