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第50話『WINNERS FOREVER〜勝利者よ〜』

 250メートルコスプレリレーの順位発表。

 最後まで残ったのは、私とレンの『紅薔薇姫と白い騎士』ペアと、ショウ先輩とナツミさんの『不思議の国』ペアだった。


『さて、第2位は——!』


 スピーカーから響く実況。

 これで呼ばれなかった方が優勝だ!


 デデデデデ……。

 と、不意に流れ出すドラムロール。

 まさか、こんな演出が用意されていたなんて!

 くぅ。

 これは、否が応でも緊張感が高まっていくっ!


 手を合わせて祈る私。

 隣のレン、そしてショウ先輩やナツミさんも同じ様に祈っている。


 そして——!


『——総合得点90ポイント! 2年2組、紅薔薇姫と白い騎士ペア!』


 な……!?


『したがって、優勝は3年1組、不思議の国ペア! 総合得点95ポイント!』


 目の前で、ショウ先輩とナツミさんが笑顔で手を叩き合う。

 生徒たちからは割れんばかりの拍手と歓声が贈られて。

 二人は、それらに手を振って応えた。


『さて、得点の詳細ですが……紅薔薇姫と白い騎士ペアは、高いクオリティと演技力でコスプレでは堂々の1位! 50ポイント獲得でした!』


 大型モニターに、私たちの姿が映る。


『ですが……リレーは3位で40ポイント! 合計90ポイントでした!』


 続いて、ショウ先輩たちの姿が映し出された。


『対する不思議の国ペアは、リレー1位で50ポイント! そして、早着替え等で我々を楽しませてくれたコスプレの評価は2位! 45ポイント獲得で、合計95ポイント!』


 モニターに映った二人は何かを話している。

 勝利をたたえあっているのかな……。

 不意に二人がこちらを見た。

 ショウ先輩の言葉に、ナツミさんがうなずく。


 私は、キュッと唇を噛んだ。

 優勝できなかった……。


「5点差か……」


 つぶやくレン。

 その悔しそうな声の前に、心の中に後悔の念が押し寄せてくる。


 私のせいだ……。

 私が足首を怪我していなければ、リレーの順位は変わっていたはず!

 私がジュリの手を避けてさえいれば……。

 ううん、私がレンを迎えに行かなければ……。

 私が、私が……!


 自己嫌悪の気持ちで頭の中がぐちゃぐちゃになって。

 足に力が入らなくなって、私は膝から崩れ落ちた。


「日野原! 大丈夫か!?」


 すぐにレンが支えてくれたけれど……。

 ダメ。

 その顔が見られなくて、私はうつむいた。


「ごめんね、レン……私のせいで」

「いや、日野原のせいじゃない」

「だって、だって……私が足を怪我しなければ……」


 瞳に映るのは、グレーの地面と私の足。

 足首に貼られた冷却シートにはレンの優しさが感じられて。

 胸が痛くなって、それらが涙でにじんでいく。


「クラスのみんなにも……レンにも申し訳なくて……」


 ダメだ、私。

 泣き虫は卒業したはずなのに、この両目から涙がこぼれ落ちそうになっ——。


 ——ぶに。


 その瞬間、私の頬はレンの両手で挟まれていた。

 ビックリして、思わず顔を上げる。

 涙も引っ込んだ。


「あ、あにょ……レン、にゃにをひてるにょ?」


 何をしてるの?

 そう言いたかったのに、頬を押さえられているせいで上手く話せない。


 目の前にはジッと私を見てるレンがいて。


「やっと目が合った」


 そう言って微笑んだ。


 ——っ!?

 胸の奥で何かの音が響いた気がした。


「日野原は精一杯頑張ったろ。だから、胸を張って堂々としてていい」


 真っ直ぐに見つめてくる瞳。

 心の中に温かいものが広がっていく。

 気持ちが、すうっと軽くなる。


 こんなときでもレンは強いな。

 いつも私に手を伸ばして、沈みそうな心を引っ張りあげてくれる。

 昔からそう。

 レンはずっと私のことを支えてくれて。

 普段は意地悪なくせに、本当はすごく優しくて。

 私はそんなレンが……。


 ……好き!


 もう恋なんてしない!

 って免許を返納した手前、自分の心に素直になれなかったけれど……。

 一時の気の迷いとも思ったけれど……。


 今、はっきりとわかった。

 私は、レンが好きだ!

 この想いは、絶対に間違いなんかじゃない!


 体育祭が終わったら、レンに告白しよう。

 そして、付き合うために二人で恋免を取りに行って——。


 ——ぷに、ぷに。


「……えーひょ、レンくん? いふまで頬を挟んでるにょ?」

「ん? いや、日野原の頬って、ぷにぷにしてて気持ち良くて」


 屈託のない笑顔。

 そんなレンに、私の心に何かが込み上げてきて——。


 ——ブチッ!


 という音が、頭の中に響いた。


「こ、このバカレン——っっっ!!!」

「いてっ! いてっ! だから、騎士の剣で攻撃するのはやめろってー!」


 せっかく盛り上がっていた気持ちが、なんだかえてしまった。

 まったく……。

 でも、こーゆーのも、うちららしくていいのかもっ。


 実況の声がスピーカーから聞こえてくる。


『……なにやら場内は盛り上がっておりますが』


 ハッとする私。

 爆笑する生徒たち。


『250メートルコスプレリレーは、3年1組の不思議の国ペアの優勝で終了! ……と、なる予定でしたが……』


 ……え?

 予定でした?


 私とレンは顔を見合わせる。


『実は、審査員から審議の声があがりまして』


 審議ってなに?

 ……も、もしかして、味方である姫を攻撃した私にペナルティとか!?


 あわわあわわ、としてしまう私をよそに、スピーカーからの声は続く。


『えー、1位の不思議の国ペアですが……着ぐるみパジャマはコスプレに入るのか? と』


 騒然とする場内。


『彼らは、素晴らしいパフォーマンスで私たちを楽しませてくれました。それは間違いありません! ……ですが、やはりパジャマはコスプレとは言い難いとの判断がくだりまして』


 一つ一つの言葉を確かめるように話す実況。

 次の言葉を待つ私は、ゴクリとツバを飲んだ。

 予想以上に大きな音が鳴る。


『……その結果、不思議の国ペアのコスプレ点数は、10ポイント減の35ポイントとなります!』


 えっ!?

 そ、それって……!!


『それにより合計点数は85点! よって、合計点数90点の紅薔薇姫と白い騎士ペアの逆転優勝となりました!』


 わ、わ、わ、私たちが優勝!?

 突然のことに頭がついていかないよーっ!


「えっと、レン……」


 次の瞬間、私はレンに抱き締められていた。


「ちょ、レン!?」

「日野原、聞いたか! 俺たちが優勝だって!!」


 そう言って、強く強く抱き締めてくる。

 その体からは温もりと鼓動が感じられて。

 そしてなにより、無邪気に喜ぶ彼が嬉しくて。


「うん——」


 私も、その背中に手を回して抱き締めた。

 自然と涙が溢れてくる。


 私、みんなの期待に応えられた。

 レンの想いにも応えられたんだ。

 それが本当に嬉しかった。


「……日野原、泣いてんのか?」


 不意にレンが私の顔を見た。

 私は笑顔で答える。


「だって、嬉しくて」

「バーカ、泣くなって」

「そーゆーレンだって、涙が浮かんでんじゃん」


 私の指摘に、驚いたように瞳を拭うレンだったけれど。

 その顔は、すぐに笑顔に変わって。


「あははははっ!」

「はははははっ!」


 私たちは、額を付けて笑いあった。

 しばしの間、そうしていた私たちは……。


「コホン!」


 という咳払いに我に返る。

 弾けるように離れる私たち。

 振り返ると、そこにいたのはナツミさんだった。


「えーと……目の前であまりイチャイチャされると、ショウくんが落ち込むから」


 親指を立てて後ろを指す。

 そこには、背を向けて膝を抱えた白ウサギの着ぐるみがいた。


 イチャイチャ……!?

 わ、私、レンと抱き合っちゃった!?

 しかも、みんなの前で!!!


「————っ!!!」


 何か言い訳をしようと口を開くけれど、上手い言葉が出てこなくて。

 恥ずかしさのあまり、顔がどんどん熱くなる。

 隣を見ると、それはレンも同じようで。

 その顔は真っ赤だった。


 そんな私たちにナツミさんは微笑んだ。


「おめでとう、二人とも。逆転優勝だね」


 その言葉に私はハッとする。


「ご、ごめんなさい。つい、はしゃいじゃって……」

「あ、ううん、気にしないで。私たちも、着ぐるみパジャマでの優勝は、ちょっと後ろめたいものがあったから」

「そんなことは……」

「ううん。だから、優勝はユイちゃんたちに譲ろうかって話もしてて」

「えっ!?」


 ナツミさんはチラリと後ろを見た。


「実は、そう言い出したのはショウくんなんだけどね」


 もしかして、点数発表のときに話し合ってたのって……!


「結果的に、こういう形になったけど。だから、私たちのことは気にしなくていいから」

「ナツミさん……」

「それくらい、二人のコスプレは見事だったよ!」


 微笑むナツミさんに、私の顔にも笑みが浮かぶ。


「月の輪くん!」


 そのとき、ショウ先輩が立ち上がった。

 先輩は、こちらに背を向けたまま。


「……次は、こうはいかないから」


 そう言って退場門の方へと歩き出す。


「まったくもう、素直じゃないんだから……」


 ナツミさんは嬉しそうにため息をつくと、ショウ先輩の背中を追って走り出した。


「ショウ先輩ー、俺の名前は月島ですからー!」


 レンの言葉に、先輩は前を向いたまま手を上げて応えた。


 ここからは後日談。


 圧倒的な演技力を見せたレンだけど、実は『紅薔薇姫と白い騎士』の大ファンだったことが発覚した。

 情報元ソースはユウトくん。


「俺と映画を観に行ったんだけどさ、レンは立てなくなるくらいに泣いちゃってさ。あれは、ちょっと引いたわー」

「ちょ! お前、言うな、バカ!」


 拳を振り上げるレンから逃げながら、ユウトくんは言葉を続ける。


「そのあと、一人で何度も観に行ってるし。原作マンガまで買ったハマりっぷりなんだぜー」

「なんだか、意外ね」


 アイリの言葉に私とミユがうなずく。

 でも、レンの知らない一面が見られて嬉しい。


「レンは、紅薔薇姫が好きなんだよな」

「わー! だからー、あそこまで役に入り込めたんだー? レンレンの演技、すごかったもーん!」

「で、実際、姫みたいな人がタイプなの?」


 アイリの言葉に、レンは恥ずかしそうに頬をかいた。


「そこで〝そう〟って答えたら……俺、すげーナルシストみたいじゃん」

「レンレンがー、コスプレしたんだもんねー」


 ミユの言葉に私たちは笑った。

 ひとしきり笑ったあと、レンが口を開く。


「……でもさ。紅薔薇姫みたいに、誰かのために一生懸命になれるヤツって、すごくいいよな」


 ふむふむ、なるほど。

 レンはそういうタイプが好きなのか!

 覚えておこうと、心の中のメモ帳に書き込んでいると……。


「だってさー。よかったねー、ユイぴょん」


 って、ミユに肘で突っつかれたけれど……。

 うーん?

 ちょっとよくわからない。

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