250メートルコスプレリレーの順位発表。
最後まで残ったのは、私とレンの『紅薔薇姫と白い騎士』ペアと、ショウ先輩とナツミさんの『不思議の国』ペアだった。
『さて、第2位は——!』
スピーカーから響く実況。
これで呼ばれなかった方が優勝だ!
デデデデデ……。
と、不意に流れ出すドラムロール。
まさか、こんな演出が用意されていたなんて!
くぅ。
これは、否が応でも緊張感が高まっていくっ!
手を合わせて祈る私。
隣のレン、そしてショウ先輩やナツミさんも同じ様に祈っている。
そして——!
『——総合得点90ポイント! 2年2組、紅薔薇姫と白い騎士ペア!』
な……!?
『したがって、優勝は3年1組、不思議の国ペア! 総合得点95ポイント!』
目の前で、ショウ先輩とナツミさんが笑顔で手を叩き合う。
生徒たちからは割れんばかりの拍手と歓声が贈られて。
二人は、それらに手を振って応えた。
『さて、得点の詳細ですが……紅薔薇姫と白い騎士ペアは、高いクオリティと演技力でコスプレでは堂々の1位! 50ポイント獲得でした!』
大型モニターに、私たちの姿が映る。
『ですが……リレーは3位で40ポイント! 合計90ポイントでした!』
続いて、ショウ先輩たちの姿が映し出された。
『対する不思議の国ペアは、リレー1位で50ポイント! そして、早着替え等で我々を楽しませてくれたコスプレの評価は2位! 45ポイント獲得で、合計95ポイント!』
モニターに映った二人は何かを話している。
勝利を
不意に二人がこちらを見た。
ショウ先輩の言葉に、ナツミさんがうなずく。
私は、キュッと唇を噛んだ。
優勝できなかった……。
「5点差か……」
つぶやくレン。
その悔しそうな声の前に、心の中に後悔の念が押し寄せてくる。
私のせいだ……。
私が足首を怪我していなければ、リレーの順位は変わっていたはず!
私がジュリの手を避けてさえいれば……。
ううん、私がレンを迎えに行かなければ……。
私が、私が……!
自己嫌悪の気持ちで頭の中がぐちゃぐちゃになって。
足に力が入らなくなって、私は膝から崩れ落ちた。
「日野原! 大丈夫か!?」
すぐにレンが支えてくれたけれど……。
ダメ。
その顔が見られなくて、私はうつむいた。
「ごめんね、レン……私のせいで」
「いや、日野原のせいじゃない」
「だって、だって……私が足を怪我しなければ……」
瞳に映るのは、グレーの地面と私の足。
足首に貼られた冷却シートにはレンの優しさが感じられて。
胸が痛くなって、それらが涙で
「クラスのみんなにも……レンにも申し訳なくて……」
ダメだ、私。
泣き虫は卒業したはずなのに、この両目から涙がこぼれ落ちそうになっ——。
——ぶに。
その瞬間、私の頬はレンの両手で挟まれていた。
ビックリして、思わず顔を上げる。
涙も引っ込んだ。
「あ、あにょ……レン、にゃにをひてるにょ?」
何をしてるの?
そう言いたかったのに、頬を押さえられているせいで上手く話せない。
目の前にはジッと私を見てるレンがいて。
「やっと目が合った」
そう言って微笑んだ。
——っ!?
胸の奥で何かの音が響いた気がした。
「日野原は精一杯頑張ったろ。だから、胸を張って堂々としてていい」
真っ直ぐに見つめてくる瞳。
心の中に温かいものが広がっていく。
気持ちが、すうっと軽くなる。
こんなときでもレンは強いな。
いつも私に手を伸ばして、沈みそうな心を引っ張りあげてくれる。
昔からそう。
レンはずっと私のことを支えてくれて。
普段は意地悪なくせに、本当はすごく優しくて。
私はそんなレンが……。
……好き!
もう恋なんてしない!
って免許を返納した手前、自分の心に素直になれなかったけれど……。
一時の気の迷いとも思ったけれど……。
今、はっきりとわかった。
私は、レンが好きだ!
この想いは、絶対に間違いなんかじゃない!
体育祭が終わったら、レンに告白しよう。
そして、付き合うために二人で恋免を取りに行って——。
——ぷに、ぷに。
「……えーひょ、レンくん? いふまで頬を挟んでるにょ?」
「ん? いや、日野原の頬って、ぷにぷにしてて気持ち良くて」
屈託のない笑顔。
そんなレンに、私の心に何かが込み上げてきて——。
——ブチッ!
という音が、頭の中に響いた。
「こ、このバカレン——っっっ!!!」
「いてっ! いてっ! だから、騎士の剣で攻撃するのはやめろってー!」
せっかく盛り上がっていた気持ちが、なんだか
まったく……。
でも、こーゆーのも、うちららしくていいのかもっ。
実況の声がスピーカーから聞こえてくる。
『……なにやら場内は盛り上がっておりますが』
ハッとする私。
爆笑する生徒たち。
『250メートルコスプレリレーは、3年1組の不思議の国ペアの優勝で終了! ……と、なる予定でしたが……』
……え?
予定でした?
私とレンは顔を見合わせる。
『実は、審査員から審議の声があがりまして』
審議ってなに?
……も、もしかして、味方である姫を攻撃した私にペナルティとか!?
あわわあわわ、としてしまう私をよそに、スピーカーからの声は続く。
『えー、1位の不思議の国ペアですが……着ぐるみパジャマはコスプレに入るのか? と』
騒然とする場内。
『彼らは、素晴らしいパフォーマンスで私たちを楽しませてくれました。それは間違いありません! ……ですが、やはりパジャマはコスプレとは言い難いとの判断がくだりまして』
一つ一つの言葉を確かめるように話す実況。
次の言葉を待つ私は、ゴクリとツバを飲んだ。
予想以上に大きな音が鳴る。
『……その結果、不思議の国ペアのコスプレ点数は、10ポイント減の35ポイントとなります!』
えっ!?
そ、それって……!!
『それにより合計点数は85点! よって、合計点数90点の紅薔薇姫と白い騎士ペアの逆転優勝となりました!』
わ、わ、わ、私たちが優勝!?
突然のことに頭がついていかないよーっ!
「えっと、レン……」
次の瞬間、私はレンに抱き締められていた。
「ちょ、レン!?」
「日野原、聞いたか! 俺たちが優勝だって!!」
そう言って、強く強く抱き締めてくる。
その体からは温もりと鼓動が感じられて。
そしてなにより、無邪気に喜ぶ彼が嬉しくて。
「うん——」
私も、その背中に手を回して抱き締めた。
自然と涙が溢れてくる。
私、みんなの期待に応えられた。
レンの想いにも応えられたんだ。
それが本当に嬉しかった。
「……日野原、泣いてんのか?」
不意にレンが私の顔を見た。
私は笑顔で答える。
「だって、嬉しくて」
「バーカ、泣くなって」
「そーゆーレンだって、涙が浮かんでんじゃん」
私の指摘に、驚いたように瞳を拭うレンだったけれど。
その顔は、すぐに笑顔に変わって。
「あははははっ!」
「はははははっ!」
私たちは、額を付けて笑いあった。
しばしの間、そうしていた私たちは……。
「コホン!」
という咳払いに我に返る。
弾けるように離れる私たち。
振り返ると、そこにいたのはナツミさんだった。
「えーと……目の前であまりイチャイチャされると、ショウくんが落ち込むから」
親指を立てて後ろを指す。
そこには、背を向けて膝を抱えた白ウサギの着ぐるみがいた。
イチャイチャ……!?
わ、私、レンと抱き合っちゃった!?
しかも、みんなの前で!!!
「————っ!!!」
何か言い訳をしようと口を開くけれど、上手い言葉が出てこなくて。
恥ずかしさのあまり、顔がどんどん熱くなる。
隣を見ると、それはレンも同じようで。
その顔は真っ赤だった。
そんな私たちにナツミさんは微笑んだ。
「おめでとう、二人とも。逆転優勝だね」
その言葉に私はハッとする。
「ご、ごめんなさい。つい、はしゃいじゃって……」
「あ、ううん、気にしないで。私たちも、着ぐるみパジャマでの優勝は、ちょっと後ろめたいものがあったから」
「そんなことは……」
「ううん。だから、優勝はユイちゃんたちに譲ろうかって話もしてて」
「えっ!?」
ナツミさんはチラリと後ろを見た。
「実は、そう言い出したのはショウくんなんだけどね」
もしかして、点数発表のときに話し合ってたのって……!
「結果的に、こういう形になったけど。だから、私たちのことは気にしなくていいから」
「ナツミさん……」
「それくらい、二人のコスプレは見事だったよ!」
微笑むナツミさんに、私の顔にも笑みが浮かぶ。
「月の輪くん!」
そのとき、ショウ先輩が立ち上がった。
先輩は、こちらに背を向けたまま。
「……次は、こうはいかないから」
そう言って退場門の方へと歩き出す。
「まったくもう、素直じゃないんだから……」
ナツミさんは嬉しそうにため息をつくと、ショウ先輩の背中を追って走り出した。
「ショウ先輩ー、俺の名前は月島ですからー!」
レンの言葉に、先輩は前を向いたまま手を上げて応えた。
ここからは後日談。
圧倒的な演技力を見せたレンだけど、実は『紅薔薇姫と白い騎士』の大ファンだったことが発覚した。
「俺と映画を観に行ったんだけどさ、レンは立てなくなるくらいに泣いちゃってさ。あれは、ちょっと引いたわー」
「ちょ! お前、言うな、バカ!」
拳を振り上げるレンから逃げながら、ユウトくんは言葉を続ける。
「そのあと、一人で何度も観に行ってるし。原作マンガまで買ったハマりっぷりなんだぜー」
「なんだか、意外ね」
アイリの言葉に私とミユがうなずく。
でも、レンの知らない一面が見られて嬉しい。
「レンは、紅薔薇姫が好きなんだよな」
「わー! だからー、あそこまで役に入り込めたんだー? レンレンの演技、すごかったもーん!」
「で、実際、姫みたいな人がタイプなの?」
アイリの言葉に、レンは恥ずかしそうに頬をかいた。
「そこで〝そう〟って答えたら……俺、すげーナルシストみたいじゃん」
「レンレンがー、コスプレしたんだもんねー」
ミユの言葉に私たちは笑った。
ひとしきり笑ったあと、レンが口を開く。
「……でもさ。紅薔薇姫みたいに、誰かのために一生懸命になれるヤツって、すごくいいよな」
ふむふむ、なるほど。
レンはそういうタイプが好きなのか!
覚えておこうと、心の中のメモ帳に書き込んでいると……。
「だってさー。よかったねー、ユイぴょん」
って、ミユに肘で突っつかれたけれど……。
うーん?
ちょっとよくわからない。