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第49話『栄光の架橋』

 グラウンドに実況の声が響く。


『白騎士を抱き上げる紅薔薇姫! 私が闇に堕ちても、貴方はどこまでも白く生きて……という姫のはかない想いが伝わって! あまりの尊さに、私は……私はもう泣きそうです、うああっっ!!!』


 感極まった様子で、早口にまくしたてる実況。

 でも……。

 私にとっては、みんなの前でレンにお姫様抱っこされているという状況なわけで。

 恥ずかしさとドキドキで、感情はもうぐっちゃぐちゃだった。


「日野原、顔を上げてみろよ」


 不意に響くレンの声。

 そ、それは無茶振りというものだーっ!


「そんなの、できるわけ……ない」

「いいから」


 半ば強引なその物言い。

 ううっ……。

 泣きそうになりながらも、恐る恐る顔を上げてみる。


 そんな私の瞳に飛び込んできたのは、たくさんの生徒たちの表情だった。

 目を潤ませている人。

 うっとりとした表情の人。

 興奮してるようなアイリも見えて。

 その誰もが立ち上がって拍手を送ってくれている。


「え、すごい……」


 思わずつぶやいた私に、レンは言う。


「これ、みんな俺たちに向けられてるんだぜ」


 まさに拍手喝采。

 こんなにも、皆が喜んでくれるとは思っていなかった。

 ここまで、クラスの垣根を越えられるとも思っていなかった。


 それほどレンの紅薔薇姫の演技力は高かったんだ。

 やっぱり、レンは凄いな……。


 なんて思ってたら、レンが不意に私を見た。


「これも、日野原が必死に走ったからだな!」


 そう言って見せる無邪気な笑み。

 思わず胸がドキッと鳴った。

 それと同時に、忘れていたレンの温もり、そして吐息と力強さが感じられて。

 ああぁ!

 もう、頭の中が沸騰してしまいそう!!


「どうした? 赤い顔して。足が痛むか? 大丈夫か?」


 その上、優しさを追加してくるのはヤメロ〜〜〜〜!!!


 心の中でそう叫んで、私はまた顔を伏せた。


『さぁ、不思議の国のペアが、今、1位でゴールインー!!!』


 響く実況の声。

 その言葉に顔を上げると、ショウ先輩とナツミさんがゴールのテープを切ったところだった。

 先輩たちは、生徒たちの声援に笑顔で手を振っている。


 トラックに目を戻すと、お立ち台では現在2番手のペアのアピールタイムだった。

 ひとしきりアピールが終わると、お立ち台から飛び降りてゴールに向かって走り出す。


 続いて3番手のペアが、お立ち台に上がった。

 普通に考えれば、私たちはお立ち台の手前で3番手ペアのアピールが終わるのを待つことになる。


 ……のだけれど!

 私たちは、当初の予定通りお立ち台をすり抜けて行く。

 この行動は予想外だったのか、壇上のペアの目は驚きに開かれていた。



 前を走るペアがゴールを駆け抜ける。

 そのあとに私たちも続く。

 私たちの順位は3位だ。


「日野原、立てるか?」

「うん、ありがとう」


 レンは、私を優しく地面に下ろしてくれた。

 そのあと、両膝に手を付いて荒い息を繰り返す。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 額から流れる汗が、地面に落ちて黒い染みを作っていく。

 私を抱き上げ、ドレス姿で50メートルを走り抜いたのだ。

 それが、どれくらい大変だったかなんて予想に難しくない。


「レン……大丈夫?」


 尋ねる私にレンは顔を上げ、ニコッと笑って親指を立てた。

 疲れたとか、重かったとか、そんなこと少しも見せない。

 その優しさに胸が熱くなる。


『さぁ、選手たちが続々とゴールを抜けていくー!』


 スピーカーからの実況の声。

 レンは、ふうっと息を吐くと私に向き直った。


「日野原、足は大丈夫か?」

「うん……今は落ち着いてる」

「あとは結果発表だけだし、医務室に行くか?」

「ううん、まだ大丈夫。私も、最後まで結果を見届けたいから!」


 そのとき、スターターピストルの音が鳴り響く。

 最後のペアがゴールした合図だ。

 実況の声が流れる。


『さぁ、これで全てのペアがゴールいたしました! これからコスプレの評価点の集計を行います! 選手の皆さんは、その場でしばらくお待ちください!』


 実行委員たちが慌ただしく動き出す。

 あらかじめ、ランダムに選ばれた人たちにシートを渡し、コスプレの評価点を記入してもらう。

 この点数とリレーの順位の点数で、1位になれるかどうかが決まるわけだ。


 うぅ……なんだか緊張してきた!


「ユイ! 月島くん!」


 不意に呼ばれる名前。

 振り返ると、そこにはアイリとミユとユウトくんの姿があった。


「ユイぴょーん! 私ー、感動して泣いちゃったよー!」

「マジで最高だったぜ、二人とも!」


 まだ少し泣いてるミユと、帽子姿で満面の笑みのユウトくん。


「ユイ、足は大丈夫?」


 心配そうな表情のアイリに、私は苦笑いを浮かべた。


「エヘヘ。ちょっと頑張り過ぎちゃった」

「笑いごとじゃないから」


 ため息をつくアイリ。


「そうだよ、ユイちゃん。転んだときは、本当にびっくりしたぜ!」


 そう言って、ユウトくんは帽子を取って汗を拭う素振りを見せた。

 その額には何かが貼ってある。


「ユウト、それ……」


 レンが、額のそれを指差す。


「ん? 冷却シート? 俺って、暑いの苦手だから……」

「ちょっとよこせ!」

「あっ、こらっ!」


 レンはユウトくんの額から冷却シートを奪い取ると、それを私の左足首に貼った。

 ひんやりとした感触。

 シートが熱を奪っていく感じに、少し痛みが引いた気がした。


「……日野原、どう?」

「ありがとう。冷たくて気持ちいい」

「そっか、良かった」


 レンがホッと息をつく。

 その隣で、ユウトくんが申し訳なさそうな顔を浮かべた。


「そういうことだったのね。ごめんねユイちゃん、俺、気付かなくて。もっと早く渡せばよかった」

「まったくだよ」


 レンの言葉に、うぐっ! と唸るユウトくん。

 私は慌てて手を横に振った。


「ううん、そんなことないって! おかげで凄く楽になったから!」

「ユイちゃんに、そう言ってもらえると助かる」


 ぽりぽりと、照れ臭そうに頬をかくユウトくん。

 そこに、レンがイタズラな笑みを浮かべた。


「まぁ、使いかけだから、ちょっと汚いかもしれないけれど?」

「ちょーっ!? レンは、俺に対するリスペクトをちょっとは示してみない!?」


 そんな二人のやり取りに、私とアイリとミユはお腹を抱えて笑ってしまった。

 ほんと、いいコンビなんだから。


 そのとき、実況の声がスピーカーから聞こえてきた。


『さぁ、集計が済んだようです! 選手の皆さんは所定の位置に整列してください!』


「じゃあ、私たちは戻るから」

「頑張ってねー!」

「でも、無理はしないようにね」

「ありがと!」

「サンキューな!」


 手を振りながら去っていく三人に、私たちも手を振り返す。


「それじゃ、整列するか」

「うん!」


 レンに支えられ、私たちはグラウンドの中央に並んだ。

 映像制作部の人たちが、選手たちの表情を逃すまいとビデオカメラを構える。


『それでは、今から順位とポイントを発表します! 発表は順位の低い順になります。名前を呼ばれたあとは、退場してください』


 第——位と実況が読み上げると、そのペアの姿が大型モニターに映し出される。

 生徒たちからは惜しみない拍手と歓声が送られ、二人は退場門から去っていく。


 順位発表は滞りなく進み……。


『……ということで、合計80ポイント! 第3位でした!』


 第3位までの発表が終わった。

 今、ここに残っているのは二組のペア。

 私たち、紅薔薇姫と白い騎士ペア!

 そして、ショウ先輩とナツミさんの不思議の国ペア!


『……さぁ、お待たせしました! いよいよ、2位のペアの発表です!』


 私は思わず手を合わせた。

 強く握り締めて天に祈る。

 呼ばれなかったペアが1位となる。


 ふと隣を見ると、レンと目が合った。

 緊張した面持ちでうなずくレン。

 その手は、私と同じで強く握り締められていた。


 大丈夫だよね……。

 あんなに頑張ったんだから、きっと大丈夫だよね!


『さぁ、熱き戦いを繰り広げてきた250メートルコスプレリレー走! 、栄光はどちらのペアの手に!?』


 きゅっと目をつぶる私。

 実況の声が響き渡る。


『第2位は……!!』

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