「行けるか?」
「うん!」
レンに手を引かれて、一歩を踏み出す。
だけど、左足首に走る痛みに思わず転びそうになって。
それをレンが、優しく支えてくれた。
自分の意思とは裏腹に、この足はもう言うことを聞いてくれないみたい。
「レン……ごめんね」
「別にいーって」
レンは首を横に振った後、私を見つめた。
「肩、貸そうか?」
「や……そ、それは大丈夫!」
「大丈夫じゃないだろ。その足は一人じゃ無理だ」
「ほ、ほんと、大丈夫だからっ!」
「無理しなくていいから」
「だ、ダメだって! だって私、汗かいてるから!」
その言葉に、レンはプッと吹き出した。
「そんなん、俺も一緒だよ」
そう言って、半ば強引に私の左腕の下に肩を潜り込ませてくる。
密着する、私の左半身とレンの右半身。
感じるその温もりに、心臓は大きく脈打って。
なんで心臓は左側にあるんだーっ!
ドキドキがレンにバレちゃうじゃん!
なんてことを思いながら、雷みたいなこの鼓動がレンに伝わらないことをそっと祈った。
「行くぞ!」
「う、うん」
一歩踏み出す。
続いてもう一歩。
あ……。
これなら、なんとか前に進める。
体が揺れるたびに、ふわりと香るレンの匂い。
シャンプーと汗の混じった香り。
それは全然いやじゃなくて。
むしろ、安心感を覚えるものだった。
ってゆーか、私の汗の匂いの方が心配なんですけど……。
『おーっと、白騎士は自力で歩けないのか!? さっきの転倒で、どこかを傷めたのかー!?』
実況の声が状況を盛り上げる。
そうだ、今はレース中だ!
私は頭を切り替えると、レンの顔を見た。
「ねぇ、レン。さっき言ってた、何とかなるかもしれないっていうのは? まだ1位になるチャンスがあるってこと?」
「ああ。俺もさっき詳しく知ったんだけど、このレースってリレーとコスプレの総合得点で順位が決まるんだよ」
レンは言葉を続ける。
リレーで1位………50ポイント獲得。
コスプレで1位……50ポイント獲得。
リレー、コスプレ、どちらも順位が1つ下がるごとにマイナス5ポイント。
2位……45ポイント獲得。
3位……40ポイント獲得。
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9位……10ポイント獲得。
10位……5ポイント獲得。
11位以下は0ポイント。
「……というワケ。だから、俺たちがこのリレーで上位に入れば、総合で1位になれる可能性がある!」
なるほど!
それなら確かにまだ逆転のチャンスはある!
だけど……。
私の頭を、
「でも……この足で上位に入るなんてできるのかな」
私たちは現在4位。
だけど、5位のペアがすぐ後ろに迫っている。
みんな、パフォーマンスをしながら走っているとはいえ、抜かれるのは時間の問題だ。
だけどレンは、自信ありげに笑った。
「大丈夫だよ。今のところ、俺が予想した通りだから」
「予想って?」
「日野原、ゴール前を見て」
レンが指し示す先、そこにあるのは——。
「お立ち台?」
そう、それはお立ち台だった。
そこでは、ショウ先輩とナツミさんがパフォーマンスを行っている。
「でも、それが何か?」
「お立ち台の後ろを見てみろよ」
「え、後ろ?」
そこで私はハッとした。
私たちを追い抜いた2つのペア、2位と3位のペアがそこにはいたから!
「あれって、まさか……」
「そう——パフォーマンスの順番待ちだ!」
レンはニヤッと笑う。
「あそこが、コスプレの最後のアピール場だからな。みんな、並んででも取りたいんだ」
すごい……!
レンはここまで考えていたんだ!
冷静に、そして的確に、勝利のために。
だけど次の瞬間、私の頭に再び疑問が浮かんぶ。
「……でもさ、私たちも並んだら順位は変わらないんじゃないの?」
「ああ、そうだな。……だから俺たちは、あえてお立ち台をスルーする!」
「えっ!?」
「あそこをスルーすることで、並んでるやつらを一気に抜かすんだ!」
なるほど……!
それなら確かにリレーは上位でゴールできるかもしれない!
そして、私たちのコスプレは他の人たちに引けを取っていない。
……ううん。
衣装、メイク、そしてレンの演技力。
どれを取っても、ここまで高い再現度の人たちはいない!
ちょっと
でも、私はそう思う!
コスプレだって、十分に上位を狙える!
「いける、いけるよ、レン! 逆転1位を狙えちゃう!」
「だろ? だけど……そのためには、これ以上リレーの順位は落としたくはないな」
後ろのペアの足音が迫ってくる。
だけど、この足じゃ早く走ることはできなくて。
だから、私はレンを見つめた。
「レン、お願い! レンだけ先にゴールして!」
足手まといになりたくない!
迷惑はかけたくない!
だけど、レンは首を横に振る。
「それはダメだ! 日野原を……置いては行けない!」
その真剣な瞳に、また私の胸は大きく脈打った。
それって……。
私のことが大切だからー!?
思わず顔がにやけそうになって。
だけど、レンの目がジトっとしたものに変わったことに気が付いて。
「……あのさ。何を考えているのかは知らないけど、ペアレースは一緒にゴールしないと認められないからな」
あー、そーゆーことですか!!
くうぅ!!
私の喜びを返せっ!
短くため息をつくレン。
だけど、その顔が笑みへと変わる。
「まぁ、俺に任せておけって」
『——おっと、どうした? 紅薔薇姫と白い騎士ペアの足が止まったぞ? もう走れないのかー!?』
響く実況の中、レンは私をその場に残して二歩、三歩と後ろに下がった。
そして大きく息を吸い込む。
「白騎士様!」
よく通る声。
その凛とした声は、観客もカメラも、その場にいる者すべての注目を引いた。
次いで顔の前で指を組み、両膝を付く。
祈りを捧げるその姿が、グラウンドの大型ビジョンに映し出された。
『紅薔薇姫が祈りを捧げている? これは一体!?』
レンは言葉を続ける。
「白騎士様は、私に残された最後の希望。あなたが白くあり続けられるのなら、私は喜んで血の色に染まりましょう」
そして静かに立ち上がると、両手を広げて微笑んだ。
私は、思わず息をのむ。
目の前の微笑みはレンのそれじゃなく——。
完全に紅薔薇姫のものだったから。
その微笑みは、決して美しいものじゃない。
だけど、純粋で真っ直ぐな——。
そして、全てをかけて護りたいと願う強い愛を感じるものだった。
紅薔薇姫の
それは、観客たちを瞬時に魅了する。
姫が、微笑みを浮かべて近付いてくる。
「——白騎士様、あなたは私が護ります」
次の瞬間、私の体はふわりと宙に浮いた。
えっ?
えっ!
えぇ~~~~っ!?
「~~~~~~~っっっ!!!」
声にならない私の声。
『な、なんということだぁぁぁーっっっ!!!』
興奮を抑えきれない実況の声。
そして、観客からの大歓声。
『紅薔薇姫が、白騎士をお姫さま抱っこで抱き上げた——————っっっっ!!!!!』
あまりの衝撃に、しばらくの間、思考を手放していた私だったけれど……。
聞こえてくる割れんばかりの歓声の前に、恥ずかしさが込み上げて……。
「レン! レン! おろして!」
慌ててそう叫んだ。
だけど、レンは気にした様子もない。
「大丈夫、問題ない」
軽くそう答える。
「大丈夫じゃないって! わ、私、重いから!」
「全然、重くない」
「う、嘘だっ!」
「嘘じゃねーよ。それに……」
レンは、腕の中の私に目を落とした。
その瞳は、メイクのせいかとてもキラキラして見える。
レンの口が、私の耳に近付いてきて……。
「少しは俺にもかっこつけさせろよ……」
〜〜〜〜〜っっっ!!!
そんなこと
うぅ……!!
『これぞまさに、白騎士を護り続ける紅薔薇姫の姿! これは尊い、尊すぎる、逆お姫様抱っこだぁぁぁ————っっっ!!!』
大歓声と拍手の中、レンは走り出した。
私はただ、彼のドレスの袖をキュッと掴んで。
赤くなっているだろう顔を、その胸につけて隠すことしかできなかった……。