ズキン——!
ズキン——!
レンのあとをついていく間も、足首は痛みを放っている。
でも、まだ動けなくなるほどじゃないのは幸いだった。
帰ってきた2年2組の教室。
中に入ると、クラスのみんなの視線が一気にこちらを向いた。
「レン、おせーよ!」
「午後の競技、もうすぐ始まるわよ」
「もー! なにしてたのー?」
飛んでくる言葉に、レンは申し訳なさそうにうつむく。
「ごめん、実は……」
「——風で飛ばされちゃってっ!」
レンが言葉を発する前に、私は割って入った。
「えっと……紅薔薇姫の手袋が、風で外に飛ばされちゃって。それを拾いに行ったから遅くなったんだって!」
咄嗟にそう答える。
でも、嘘は言ってない。
ここでレンを非難したり、ジュリの名前を出して吊し上げるのは違うと思ったから。
我ながら損な性格してると思う……。
「なーんだ、そういうことか」
「その格好で外に出たから、てっきり誰かに絡まれたのかと」
クラスメートの何気ない一言。
的を得た言葉にドキッとする。
「みんな……」
「気にすんなよ、月島。ちゃんと手袋も取ってきたワケだしさ」
「これで、なくしたって言ったら許さねーとこだけどな」
ユウトくんの言葉で、教室内が笑いに包まれる。
こういうとき、場を盛り上げられるユウトくんは、本当に頼りになると思う。
ミユが好きになった理由がよくわかる。
「って、それよりも時間!」
「あ、やべっ! みんな、早くグラウンドに出ろ!」
実行委員くんの言葉で、みんな教室を飛び出していく。
アイリも扉から出ようとして、こちらを振り返った。
「……ユイ、どうしたの? 行かないの?」
「あ……ううん。ちょっと喉が乾いたから、お水飲んだらすぐ行く。先、行ってて」
「わかった。急いでね!」
アイリ、そしてクラスのみんなが外に出たのを見計らって、私は小さなポーチを取り出した。
中には、色々な薬が入っている。
もしものために、常に持ち歩いているものだった。
足の痛みのこと、誰にも言えなかった。
でも、今頃言ってもみんなを困らせるだけ。
衣装だって、私サイズで作ってあるし、メイクだってしてもらってる。
みんな私たちに期待してくれている。
それを裏切りたくはない。
そして……。
これは私のワガママかもしれないけれど……。
私が、レンと走りたかった。
パートナーの位置は、誰にもゆずりたくなかった。
「だから、絶対に負けられないんだ!」
私は鎮痛剤を握ると、教室を後にした。
グラウンドに出るとアナウンスが聞こえてきた。
『コスプレ走の選手の方は、入場口に集まってください!』
その言葉を受けて、選手たちが入場口に集まってくる。
私も、その流れに乗って歩き出す。
足の方は大丈夫。
さっき飲んだ鎮痛剤が効いてきたみたい。
これなら……走れる!
入場口には、各クラスの委員長、副委員長がいる。
みんなそれぞれアニメやゲームのキャラのコスプレをしてて、とってもお祭り感がある。
なんか、こういう雰囲気っていい!
その人たちの中で前を見て立っているのは、紅薔薇姫のレンだ。
その真っ赤なドレスは、人の目をとても引きつける。
レンのスタイルの良さが、衣装の完成度を何倍にも底上げしているんだと改めて思った。
仮にみんなの中に埋もれていたとしても、誰よりも先に見つける自信がある。
私の目は、自然とレンを探すから。
やっぱり私は、レンのことが……。
「あ、日野原!」
不意にレンが振り返る。
とても嬉しそうな無邪気な笑顔。
思わず胸が強く高鳴った。
並んでいる選手たちの間をすり抜けて、私はレンの元に辿り着く。
足首を傷めたことを悟られないようにして。
「待たせてごめんね」
「いや、大丈夫。それより、ちょっと聞いて!」
レンは、いつになく満面の笑み。
「なに? どうしたの?」
「俺さ、凄い能力が身についたかも!」
「能力?」
「そう! 今、なんとなく日野原の気配を感じてさ。で、振り返ったら本当にいたんだよ! これって凄くない?」
笑顔のレンはとても無邪気で。
本当に嬉しそうで。
なんか可愛いな……。
そう思ったら、私も一緒に微笑んでいた。
「能力って言っても、たまたまなんじゃないのー?」
「ちげーって! たぶん俺、日野原が人混みの中にいても、誰よりも先に見つける自信ある!」
え……!
私と同じこと、考えてる!?
思わぬ共通点に驚きと喜びとが混ざり合って。
胸の中が温かい気持ちで満たされていく。
こういうのを幸せって言うのかな……。
ひとしきり微笑んだあと、レンは不意に真顔になった。
「あとさ……さっきはサンキューな」
「さっき?」
「土屋とのこと。みんなに黙っていてくれたろ?」
「あー、うん。だって、別にレンは悪くないし」
「……サンキュ」
そして、一瞬間を置いて、レンの口が開く。
「さっきの土屋との話……聞いてた?」
「……ううん」
「そっか……」
本当は聞いていた。
ジュリがレンに告白したこと。
その一部始終を。
でも、私は知らないふりをした。
なぜか、そう答えなくちゃいけない気がして。
二人の間に沈黙が訪れる。
それを吹き飛ばすように、私は手を叩いた。
「ほらっ、それより今はリレーに集中しなきゃ!」
「……ああ、そうだな」
「頑張ろうね!」
「ああ。絶対に1位取るぞ!」
私とレンはハイタッチを交わす。
パーン!
と、心地よい音が響き渡った。