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第43話『ハイタッチ!!!!』

 ズキン——!

 ズキン——!


 レンのあとをついていく間も、足首は痛みを放っている。

 でも、まだ動けなくなるほどじゃないのは幸いだった。


 帰ってきた2年2組の教室。

 中に入ると、クラスのみんなの視線が一気にこちらを向いた。


「レン、おせーよ!」

「午後の競技、もうすぐ始まるわよ」

「もー! なにしてたのー?」


 飛んでくる言葉に、レンは申し訳なさそうにうつむく。


「ごめん、実は……」

「——風で飛ばされちゃってっ!」


 レンが言葉を発する前に、私は割って入った。


「えっと……紅薔薇姫の手袋が、風で外に飛ばされちゃって。それを拾いに行ったから遅くなったんだって!」


 咄嗟にそう答える。

 でも、嘘は言ってない。

 ここでレンを非難したり、ジュリの名前を出して吊し上げるのは違うと思ったから。

 我ながら損な性格してると思う……。


「なーんだ、そういうことか」

「その格好で外に出たから、てっきり誰かに絡まれたのかと」


 クラスメートの何気ない一言。

 的を得た言葉にドキッとする。


「みんな……」

「気にすんなよ、月島。ちゃんと手袋も取ってきたワケだしさ」

「これで、なくしたって言ったら許さねーとこだけどな」


 ユウトくんの言葉で、教室内が笑いに包まれる。

 こういうとき、場を盛り上げられるユウトくんは、本当に頼りになると思う。

 ミユが好きになった理由がよくわかる。


「って、それよりも時間!」

「あ、やべっ! みんな、早くグラウンドに出ろ!」


 実行委員くんの言葉で、みんな教室を飛び出していく。

 アイリも扉から出ようとして、こちらを振り返った。


「……ユイ、どうしたの? 行かないの?」

「あ……ううん。ちょっと喉が乾いたから、お水飲んだらすぐ行く。先、行ってて」

「わかった。急いでね!」


 アイリ、そしてクラスのみんなが外に出たのを見計らって、私は小さなポーチを取り出した。

 中には、色々な薬が入っている。

 もしものために、常に持ち歩いているものだった。


 足の痛みのこと、誰にも言えなかった。

 でも、今頃言ってもみんなを困らせるだけ。

 衣装だって、私サイズで作ってあるし、メイクだってしてもらってる。

 みんな私たちに期待してくれている。

 それを裏切りたくはない。


 そして……。

 これは私のワガママかもしれないけれど……。

 私が、レンと走りたかった。

 パートナーの位置は、誰にもゆずりたくなかった。


「だから、絶対に負けられないんだ!」


 私は鎮痛剤を握ると、教室を後にした。




 グラウンドに出るとアナウンスが聞こえてきた。


『コスプレ走の選手の方は、入場口に集まってください!』


 その言葉を受けて、選手たちが入場口に集まってくる。

 私も、その流れに乗って歩き出す。


 足の方は大丈夫。

 さっき飲んだ鎮痛剤が効いてきたみたい。

 これなら……走れる!


 入場口には、各クラスの委員長、副委員長がいる。

 みんなそれぞれアニメやゲームのキャラのコスプレをしてて、とってもお祭り感がある。

 なんか、こういう雰囲気っていい!


 その人たちの中で前を見て立っているのは、紅薔薇姫のレンだ。

 その真っ赤なドレスは、人の目をとても引きつける。

 レンのスタイルの良さが、衣装の完成度を何倍にも底上げしているんだと改めて思った。


 仮にみんなの中に埋もれていたとしても、誰よりも先に見つける自信がある。

 私の目は、自然とレンを探すから。

 やっぱり私は、レンのことが……。


「あ、日野原!」


 不意にレンが振り返る。

 とても嬉しそうな無邪気な笑顔。

 思わず胸が強く高鳴った。


 並んでいる選手たちの間をすり抜けて、私はレンの元に辿り着く。

 足首を傷めたことを悟られないようにして。


「待たせてごめんね」

「いや、大丈夫。それより、ちょっと聞いて!」


 レンは、いつになく満面の笑み。


「なに? どうしたの?」

「俺さ、凄い能力が身についたかも!」

「能力?」

「そう! 今、なんとなく日野原の気配を感じてさ。で、振り返ったら本当にいたんだよ! これって凄くない?」


 笑顔のレンはとても無邪気で。

 本当に嬉しそうで。


 なんか可愛いな……。


 そう思ったら、私も一緒に微笑んでいた。


「能力って言っても、たまたまなんじゃないのー?」

「ちげーって! たぶん俺、日野原が人混みの中にいても、誰よりも先に見つける自信ある!」


 え……!

 私と同じこと、考えてる!?


 思わぬ共通点に驚きと喜びとが混ざり合って。

 胸の中が温かい気持ちで満たされていく。

 こういうのを幸せって言うのかな……。


 ひとしきり微笑んだあと、レンは不意に真顔になった。 


「あとさ……さっきはサンキューな」

「さっき?」

「土屋とのこと。みんなに黙っていてくれたろ?」

「あー、うん。だって、別にレンは悪くないし」

「……サンキュ」


 そして、一瞬間を置いて、レンの口が開く。


「さっきの土屋との話……聞いてた?」

「……ううん」

「そっか……」


 本当は聞いていた。

 ジュリがレンに告白したこと。

 その一部始終を。


 でも、私は知らないふりをした。

 なぜか、そう答えなくちゃいけない気がして。


 二人の間に沈黙が訪れる。

 それを吹き飛ばすように、私は手を叩いた。


「ほらっ、それより今はリレーに集中しなきゃ!」

「……ああ、そうだな」

「頑張ろうね!」

「ああ。絶対に1位取るぞ!」


 私とレンはハイタッチを交わす。

 パーン!

 と、心地よい音が響き渡った。

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