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第42話『恋に気づいた日』

 あ!

 レン、いたっ!


 校舎の影から見え隠れする赤いドレス。

 あれは間違いなく、紅薔薇姫の衣装だ。

 でも、あんなところで何をしているのだろう?


 首をかしげつつ。

 だけど、無事に見つけられたことが嬉しくて。


「おーい、レーン!」


 窓から乗り出して、そう声をかけようとして——。

 出かかった言葉を無理やり飲み込んだ。

 そして、慌ててしゃがんで身を隠す。

 なぜなら……。

 レンの前には、あのジュリがいたから!


 二人で何をしてるの!?


 不安に駆られ早くなる脈拍。

 私は、二人の姿が見える位置までそっと移動する。

 校舎と校庭を繋ぐ扉の隣の窓。

 ここからなら、よく見えそう!


 紅薔薇姫のレンの前に立つジャージ姿のジュリ。

 みんなと同じ学校指定のジャージなのに、彼女が着るとやけに派手に見える。

 これも、一種の才能ってやつなの……?


 ギャルの才能を惜しみなく表すジュリ。


 え、ちょっと待って!

 その手に握られているのは、紅薔薇姫の手袋じゃない!?


 そんな私の戸惑いも知らず、ジュリはレンを上から下まで眺めて、

 グー!

 と、嬉しそうに親指を立てた。


「イイね、レンくん! その衣装、めっちゃ似合ってんじゃん!」

「正直、似合ってるって言われても、どう返していいかわかんないけど……でも、ありがとう。褒め言葉として素直に受け取っとく」


 そこまで言って、レンは向き直る。


「手袋も拾ってくれてありがとう」

「いーえ。風に乗って飛んできたときは、何かと思ったし」


 そう言ってジュリは笑う。


 そーゆーことかー!

 ジュリは風に飛ばされた手袋を拾ってくれたのね。

 レン、トイレに行くっていってたし。

 手を洗ってるときに飛ばされちゃったのかな?


「この衣装は、クラスのみんなの想いが込められてるからさ。無くすわけにはいかないんだ」


 レン、そこまで思ってくれていたんだ……。

 人を寄せ付けないオーラを放っていたあの頃とはもう違う。

 それが、私にはとても嬉しかった。


「……ふぅん。大切なものなんだね、コレ」


 ジュリは微笑む。

 だけど、その目の奥が怪しく光った気がした。


「じゃあさ、拾ったお礼ってことで、あーしの話にちょっと付き合ってよ」

「話? 悪いけど、待たせてる人がいるから手短にしてもらえると助かる」

「待たせてる人……それって、日野原さん?」


 ドキッ!

 不意に自分の名が出てきて、心臓が一瞬強く脈打った。

 ジュリは、つまらなそうに足元の石ころを蹴飛ばす。


「そんなの、待たせとけばいいじゃん」

「そーゆーわけにもいかねーだろ。俺、リレーの選手だし」

「別にいいじゃん! 今から、あーしとガッコー抜け出して遊び行こーよ!」

「あのなぁ……」


 心底困った様子のレン。

 無造作に頭をかこうとして、ピンクのロングランウィッグをかぶっていることを思い出したのだろう。

 上に上げた手は、髪をなでる様にして静かに下ろされる。


「そういう話なら、俺はもう帰るぞ」


 レンはそう告げると、手の平を上に向けて突き出した。

 ジュリがその手の上に手袋を置く。


「好きだよ」


 えっ!?


 その瞬間、ジュリの口から飛び出した予期せぬ言葉。

 その衝撃に、思わず私は呼吸を忘れた。

 それは、レンも同じだったみたいで。

 驚いたような、起こったような表情を見せた。


「土屋……冗談でも、そういうのはやめろよ」

「冗談じゃないし!」


 ジュリは一歩前に出る。


「あーし、本気だし」

「は? だって、知り合ってまだそんなに経ってないのに……」

「人を好きになるのに時間なんて関係ないじゃん? 気が付いたら好きになってた、みたいな」


 あくまで、その話し方は軽い。

 だけど、その目は真剣に思えた。


 今すぐ飛び出していって、二人の間に割り込みたい。


 レンは、あなたに渡さない!


 そう叫んで、レンの手を取って連れ出すことができたらどんなに楽なことか。

 だけど、私にそんなことを言える勇気はないし、言える立場にもない。

 だから、こうして隠れて成り行きを見守ることしかできなくて。

 それが、とてももどかしい。


 こんな姿、レンに知られたらきっと……。


「なに、俺のこと好きなの?」


 とか、笑いながら言われそう。

 それで私は、


「べ、別にレンのことなんか好きじゃないしっ!」


 って答えるんだと思う。

 いつもの私とレンのやり取り。


 だけど……。

 今は「好きじゃない」という言葉が、心の中で塗り潰されていく。

 告白をの当たりにして、レンを失いたくない思いが強くなって。

 私の中で、こんなにも大きな存在だったんだと気付かされた。


 私は、レンのことが……!


 そのとき、ジュリがレンの手首を掴んだ。

 グイッと引き寄せながら、ささやくように言う。


「レンくん……好きだよ」


 ジュリの顔が近付いていく。

 その瞳は、どことなく潤んでいるように見えた。

 二人の唇が重なりあ——。


 ——やめてっ!


 私が心の中で叫んだ瞬間、不意にレンは顔を背けた。


「……ごめん」


 静かに響く声。

 否定の言葉。


 ジュリは息を吐くと、レンの手首を離した。


「……なんで? 好きな人でもいんの?」

「……」

「答えてくれないんだ。そういう態度、ムカつくんだけど」

「……そうだよな、ごめん」


 レンは長く息を吐くと、空を見上げた。

 吹き抜ける風が、ピンク色のウィッグを揺らしていく。


「今、告白されたとき……ふと、アイツの顔が浮かんだんだ。昔から感情豊かで、笑ったり怒ったり……でもさ、今浮かんだアイツの顔は泣いてたんだ。俺が、もう泣かせないって誓ったのにな……」


 そこでハッとして言葉を切る。

 視線を戻したその目は、驚きに開かれていた。


「そうか……。俺、たぶん、アイツのことが好きだ」


 そうつぶやくレンの顔は、とても嬉しそうだった。


「ふぅん……」

「だから、土屋の気持ちには応えられない。ごめん」

「あっそ……」


 ジュリはレンから離れると、自嘲気味な笑みを浮かべる。


「ま、別にいいよ。あーしだって、上手くいくとは思ってなかったし」

「土屋……」

「……何その目、人を可哀想なものを見るような目で見んなし!」

「別に、そんなつもりは……」

「言っとくけど、あーしは諦めないから! レンくんに好きな人がいても負ける気なんてないし!」


 ジュリは手袋を乱暴に手渡すと、レンの横をすり抜けて走り出す。

 その目元が、一瞬キラリと光った気がした。


 飛び込むようにして校舎の中に入ってくるジュリ。


 あ……!


 と思ったときにはもう遅く、私はジュリと鉢合わせてしまった。

 驚きの表情を見せた彼女は、次の瞬間目元を拭うと、


「……チッ!」


 と、舌打ちをする。


「なに? のぞき見してたワケ?」

「そ、そんなつもりは……」

「悪趣味……! どいて! 邪魔!」


 ジュリは、私の肩を突き飛ばした。

 その強さに転びそうになって、でもなんとかこらえた瞬間——。


 ——っく!?


 左足首に電気のような痛みが走った。


 ジュリは私を一瞥いちべつすると、そのまま校舎の奥へと消えていった。

 遅れてレンが校舎に入ってきたレンが私に気付く。


「日野原!? 何してんだ、こんなとこで?」

「……ううん。レンが遅かったから迎えに来ただけ」

「そっか、悪かったな。みんなも待ってるだろうし、教室に戻るか」

「うん……」


 前を歩くレン。

 その後ろを無言でついていく。


 ズキン——!

 ズキン——!


 捻った足首は、その間もずっと痛みを放っていた。

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