「目の形と輪郭は任せて!」
そう、力強い言葉をくれたアイリ。
先にファンデーション等のベースメイクは済ませ、そして向かい合わせで彼女の前に腰掛ける。
クラスのみんなの視線が集まるのを感じた。
ううっ……。
ここからどうするんだろう……?
「ふふっ。ユイ、そんな心配そうな顔しないで」
アイリは笑いながら、ティッシュを私の顔に軽く当てていく。
「……うん、油分取りはこれくらいかしら。それじゃ、これを使っていくわね」
アイリのポケットから出てくるもの、それは……。
「サージカルテープ?」
「そう、正解」
サージカルテープは、ガーゼや包帯などを体に固定するための医療用テープのこと。
私も怪我をしたときに、何度か使ったことがある。
「それの透明なものだけれど。これを使って、輪郭や目の形を変えていくのよ」
「そんなことできるの!?」
「ふふっ、期待してて。まずはアゴのラインをシャープにするわ」
ピーッと伸ばしたサージカルテープを長めにカットする。
「テープはケチらず長めに使うのが、しっかり固定するためのポイント。角を丸く切っておくのも剥がれにくくなるコツね。この角を丸くするのは湿布薬にも使えるから。覚えておいて損はないわ」
豆知識を披露しながら、アイリは私の左耳たぶの前あたりにテープを貼り付ける。
それを、もみあげに沿って頭頂部へ真っ直ぐに引き上げた。
「どう?」
「左のほっぺが……キュッと引き締まった感じがする」
「いい感じね。それじゃ今度は反対側」
先程と同じようにテープを用意し、それを同じように貼っていく。
なるほど、確かにこれならアゴのラインはシャープになる。
「それじゃ、次は目ね。白騎士は切れ長のツリ目。いわゆるイケメンの目だから……」
右目尻に貼ったテープを、耳の上を通って横に引っ張る。
「このとき、少しだけ斜めに引き上げるのがコツよ」
右目が終わって、続いて左目。
手際よくテープを貼っていく。
「これで、オッケー。ユイ、鏡を見てみて」
「なんかドキドキするね」
アイリに促され、恐る恐る鏡を覗き込む。
そこに映る顔は……。
「わぁ……!」
思わず感嘆のため息が漏れた。
それは、明らかに私の知っている自分ではなかった。
キュッと引き締まったフェイスラインと、キリリとした瞳。
これは確かに、私がイメージしていた白騎士の顔だ!
「水本さん、凄い!」
「これ、原作を完璧に再現してない?」
クラスのみんなも、私の顔を見て盛り上がる。
「アイリ、ホントにすごい! こんなの、どこで覚えたの?」
私の質問に、アイリは微笑んだ。
「たまたまなんだけど、前に本で読んだの。実は、他人で実践したのは初めてなのだけれど……上手くできて良かったわ」
そう言って、ふうっと息を吐く。
冷静そうに見えて、彼女なりに気を張っていたのだろう。
その額には、うっすら汗が
私のテーピングはこれで完了!
次はレンの番だ。
私と入れ替わりでアイリの前に座った。
「よろしく、水本」
「う、うん……ふ、
軽く頭を下げるレンに、アイリも慌てて頭を下げる。
「アイリちゃーん、プロポーズの受け答えみたいになってるぞー!」
ユウトくんの言葉に、その頬がみるみる赤くなっていく。
いつもなら軽く言い返すところなのに。
やっぱり、アイリも緊張するんだなー。
でも、そんな親友も愛おしく思えた。
「そ、それじゃ、始めるわね」
「ああ、頼む」
「うん。……闇堕ちした紅薔薇姫の目は鋭いから、月島くんの目のままでもいいのだけれど。でもここは、女性らしさを表現するために、少しだけ大きくするわ」
そう言って、右眉の上を指で持ち上げる。
レンの目が少し大きく開いた。
「不自然にならない程度の大きさにして……」
眉の上にテープを貼って、開いた目をキープするように引き上げる。
そのままウィッグネットにしっかりと貼り付けていくと……。
レンの目は自然な形で大きくなった!
それを左目にも行っていく。
数分後、そこにはイメージ通りの紅薔薇姫の瞳があった!
再び盛り上がる教室内。
鏡を見るレンも驚きを隠せないみたい。
小さな声で、
「おおおぉ……」
とか言ってる。
ふふっ、ちょっと可愛い。
アイリは椅子から立ち上がると私たちを見た。
「二人とも、テーピングはこれで完成。あとは、アイライン等の仕上げメイクをしてもらってね」
「うん! アイリ、ありがと!」
「サンキューな、水本!」
アイリに代わって、今度はメイク担当の子が椅子に座る。
「それじゃ、日野原さんから先にメイクするからん。月島くんは、ちょっと待ってて」
メイク担当の子がセットを広げる。
アイシャドー、アイライナー、アイブロー、つけまつげ、マスカラ、チーク、リップ、グロス……。
ずらずらと出てくるメイク道具に、一人の男子生徒が声を上げた。
「ちょっと時間かかりそうだな……。俺、ちょっと他のクラスを偵察してくるわ!」
「あ、私も行く! 勝つためには、相手の情報を知る必要があるもんね」
「そうだな! 俺も行くわ!」
その言葉に賛同した何人かで連れ立って教室を出ていく。
その手にはメモ帳が握られていて。
みんな、2年2組の勝利のために自分ができることをしているんだと実感した。
衣装、小道具、テーピングにメイク、情報収集、そしてレンとの放課後特訓。
クラスの想いが私とレンに注がれている。
それから15分ほど時間が過ぎて、私たちのメイクが終わった。
私は銀髪のミディアムウィッグ、レンはピンク髪のロングウィッグをかぶる。
ウィッグで顔のテーピングを隠して、細かなバランスを整えたら……。
完成!!
見せてもらった鏡の中に映る私たち。
それは、完璧なまでの紅薔薇姫と白い騎士だった。
どこまでも綺麗なレンの姫と、それに負けないくらい凛々しい私の白騎士。
その完成度の高さに、みんなから歓声が飛んだ。
その声に恥ずかしさを感じながらも……。
でも、それは少しだけ気持ちよくて。
「……ねぇ、レン。私、絶対に1位になりたいっ!」
みんなの期待に応えたい。
その想いが、心の中で燃え上がっているのを感じた。
それは、レンも同じだったみたいで。
「ああ、頑張ろうぜ騎士サマ!」
私たちはうなずき合うと、ハイタッチを交わした。
「よーし、じゃあ、みんな!」
実行委員くんが前に出てくる。
「あと30分で、全学年対抗250メートルコスプレ走が始まるわけだけど……ここでおさらいをしておきたいと思う」
そう言って、チョークを手にした。
説明を交えながら、黒板に書かれたリレーのルールはこう。
まず、男子が100メートルを走る。
続いて女子が100メートルを走る。
その間に男子は次のスタート地点に移動する。
そして、最後は二人揃って50メートルを走る。
ゴール手前にはお立ち台もあって、そこは審査員へのアピールタイムとなる。
そのアピールタイムはもちろん、走っているときの姿も審査の対象になってくる。
「ちなみに審査員は公平を期すために、先生にも入ってもらってるから」
「わかったっ!」
「りょーかい!」
私とレンは首を縦に振る。
「だから、立ち振る舞いなんかも気を付けなくちゃいけないんだけど……」
「レーン、大丈夫かー? ちゃんと姫になりきるんだぞー!」
「ユウト、うるさい! プレッシャーかけんなよ!」
からかうユウトくんを、レンが
だけど、その顔は少し困ったような表情になって……。
「……あぁ、ヤバい。緊張したら、トイレ行きたくなってきた」
レンが小声でささやく。
「まだ時間あるし、今のうちに行ってきた方がいいよ?」
「……そうするわ。すぐ戻るから待ってて。みんなにも言っといて」
「うん。でも、ドレス、汚しちゃダメだよー?」
私の言葉に、レンは手を振りながら教室から出ていった。
それから10分が過ぎて……。
「レンレン、トイレから帰ってこないねー」
「他のクラスの偵察に行った人たちも、戻ってきてるのに……」
「何かあったんかな?」
ミユとアイリ、そしてユウトくんの言葉に、心の中に不安が湧き上がる。
「どこかに引っ掛けてー、ドレスがビリッとなっちゃったとかー……」
「裾がトイレに吸い込まれちゃったとか……」
「別のクラスの男の子にー、ナンパされてるなんてのもあったり?」
えっ!?
ナンパ!!!
頭の中に、クレープ屋さんの前でナンパされたことが蘇る。
あのときは本当に怖かった。
もし今、レンが同じ思いをしてるとしたら……。
今度は、私が助ける番っ!!
「私、ちょっと見てくるっ!」
三人にそう告げて、私は教室を飛び出した。
レンはトイレに行くと言っていた。
なので、まずは教室から一番近いトイレに行ってみる。
「おーい、レンー。いるー?」
ドキドキしながら男子の方に声をかける。
シーン……。
だけど、返事はない。
「やっぱり、誰かに連れて行かれちゃったんじゃ……!?」
——そのとき。
ふと見た窓の外。
すぐそばの校舎の影に、赤いドレスの裾が見えた。
あれは紅薔薇姫の衣装に間違いない。
「レン?」
あんなところで何をしてるんだろう?
私は窓から身を乗り出して。
「おーい、レンー!」
そう声をかけようとしたけれど。
でも、その言葉を無理やり飲み込んだ。
慌ててしゃがみ込んで姿を隠す。
だって……。
だって、レンの前には、ジュリが立っていたのだから!
私の心臓は、にわかに早鐘を鳴らし始めた。