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第41話『熱い想い』

「目の形と輪郭は任せて!」


 そう、力強い言葉をくれたアイリ。

 先にファンデーション等のベースメイクは済ませ、そして向かい合わせで彼女の前に腰掛ける。

 クラスのみんなの視線が集まるのを感じた。


 ううっ……。

 ここからどうするんだろう……?


「ふふっ。ユイ、そんな心配そうな顔しないで」


 アイリは笑いながら、ティッシュを私の顔に軽く当てていく。


「……うん、油分取りはこれくらいかしら。それじゃ、これを使っていくわね」


 アイリのポケットから出てくるもの、それは……。


「サージカルテープ?」

「そう、正解」


 サージカルテープは、ガーゼや包帯などを体に固定するための医療用テープのこと。

 私も怪我をしたときに、何度か使ったことがある。


「それの透明なものだけれど。これを使って、輪郭や目の形を変えていくのよ」

「そんなことできるの!?」

「ふふっ、期待してて。まずはアゴのラインをシャープにするわ」


 ピーッと伸ばしたサージカルテープを長めにカットする。


「テープはケチらず長めに使うのが、しっかり固定するためのポイント。角を丸く切っておくのも剥がれにくくなるコツね。この角を丸くするのは湿布薬にも使えるから。覚えておいて損はないわ」


 豆知識を披露しながら、アイリは私の左耳たぶの前あたりにテープを貼り付ける。

 それを、もみあげに沿って頭頂部へ真っ直ぐに引き上げた。


「どう?」

「左のほっぺが……キュッと引き締まった感じがする」

「いい感じね。それじゃ今度は反対側」


 先程と同じようにテープを用意し、それを同じように貼っていく。

 なるほど、確かにこれならアゴのラインはシャープになる。


「それじゃ、次は目ね。白騎士は切れ長のツリ目。いわゆるイケメンの目だから……」


 右目尻に貼ったテープを、耳の上を通って横に引っ張る。


「このとき、少しだけ斜めに引き上げるのがコツよ」


 右目が終わって、続いて左目。

 手際よくテープを貼っていく。


「これで、オッケー。ユイ、鏡を見てみて」

「なんかドキドキするね」


 アイリに促され、恐る恐る鏡を覗き込む。

 そこに映る顔は……。


「わぁ……!」


 思わず感嘆のため息が漏れた。

 それは、明らかに私の知っている自分ではなかった。


 キュッと引き締まったフェイスラインと、キリリとした瞳。

 これは確かに、私がイメージしていた白騎士の顔だ!


「水本さん、凄い!」

「これ、原作を完璧に再現してない?」


 クラスのみんなも、私の顔を見て盛り上がる。


「アイリ、ホントにすごい! こんなの、どこで覚えたの?」


 私の質問に、アイリは微笑んだ。


「たまたまなんだけど、前に本で読んだの。実は、他人で実践したのは初めてなのだけれど……上手くできて良かったわ」


 そう言って、ふうっと息を吐く。

 冷静そうに見えて、彼女なりに気を張っていたのだろう。

 その額には、うっすら汗がにじんでいた。


 私のテーピングはこれで完了!

 次はレンの番だ。

 私と入れ替わりでアイリの前に座った。


「よろしく、水本」

「う、うん……ふ、不束者ふつつかものですが、こちらこそよろしくお願いします」


 軽く頭を下げるレンに、アイリも慌てて頭を下げる。


「アイリちゃーん、プロポーズの受け答えみたいになってるぞー!」


 ユウトくんの言葉に、その頬がみるみる赤くなっていく。


 いつもなら軽く言い返すところなのに。

 やっぱり、アイリも緊張するんだなー。

 でも、そんな親友も愛おしく思えた。


「そ、それじゃ、始めるわね」

「ああ、頼む」

「うん。……闇堕ちした紅薔薇姫の目は鋭いから、月島くんの目のままでもいいのだけれど。でもここは、女性らしさを表現するために、少しだけ大きくするわ」


 そう言って、右眉の上を指で持ち上げる。

 レンの目が少し大きく開いた。


「不自然にならない程度の大きさにして……」


 眉の上にテープを貼って、開いた目をキープするように引き上げる。

 そのままウィッグネットにしっかりと貼り付けていくと……。

 レンの目は自然な形で大きくなった!


 それを左目にも行っていく。

 数分後、そこにはイメージ通りの紅薔薇姫の瞳があった!


 再び盛り上がる教室内。

 鏡を見るレンも驚きを隠せないみたい。

 小さな声で、

「おおおぉ……」

 とか言ってる。

 ふふっ、ちょっと可愛い。


 アイリは椅子から立ち上がると私たちを見た。


「二人とも、テーピングはこれで完成。あとは、アイライン等の仕上げメイクをしてもらってね」

「うん! アイリ、ありがと!」

「サンキューな、水本!」


 アイリに代わって、今度はメイク担当の子が椅子に座る。


「それじゃ、日野原さんから先にメイクするからん。月島くんは、ちょっと待ってて」


 メイク担当の子がセットを広げる。

 アイシャドー、アイライナー、アイブロー、つけまつげ、マスカラ、チーク、リップ、グロス……。


 ずらずらと出てくるメイク道具に、一人の男子生徒が声を上げた。


「ちょっと時間かかりそうだな……。俺、ちょっと他のクラスを偵察してくるわ!」

「あ、私も行く! 勝つためには、相手の情報を知る必要があるもんね」

「そうだな! 俺も行くわ!」


 その言葉に賛同した何人かで連れ立って教室を出ていく。

 その手にはメモ帳が握られていて。

 みんな、2年2組の勝利のために自分ができることをしているんだと実感した。


 衣装、小道具、テーピングにメイク、情報収集、そしてレンとの放課後特訓。

 クラスの想いが私とレンに注がれている。



 それから15分ほど時間が過ぎて、私たちのメイクが終わった。

 私は銀髪のミディアムウィッグ、レンはピンク髪のロングウィッグをかぶる。

 ウィッグで顔のテーピングを隠して、細かなバランスを整えたら……。

 完成!!


 見せてもらった鏡の中に映る私たち。

 それは、完璧なまでの紅薔薇姫と白い騎士だった。

 どこまでも綺麗なレンの姫と、それに負けないくらい凛々しい私の白騎士。

 その完成度の高さに、みんなから歓声が飛んだ。


 その声に恥ずかしさを感じながらも……。

 でも、それは少しだけ気持ちよくて。


「……ねぇ、レン。私、絶対に1位になりたいっ!」


 みんなの期待に応えたい。

 その想いが、心の中で燃え上がっているのを感じた。

 それは、レンも同じだったみたいで。


「ああ、頑張ろうぜ騎士サマ!」


 私たちはうなずき合うと、ハイタッチを交わした。


「よーし、じゃあ、みんな!」


 実行委員くんが前に出てくる。


「あと30分で、全学年対抗250メートルコスプレ走が始まるわけだけど……ここでおさらいをしておきたいと思う」


 そう言って、チョークを手にした。

 説明を交えながら、黒板に書かれたリレーのルールはこう。


 まず、男子が100メートルを走る。

 続いて女子が100メートルを走る。

 その間に男子は次のスタート地点に移動する。

 そして、最後は二人揃って50メートルを走る。


 ゴール手前にはお立ち台もあって、そこは審査員へのアピールタイムとなる。

 そのアピールタイムはもちろん、走っているときの姿も審査の対象になってくる。


「ちなみに審査員は公平を期すために、先生にも入ってもらってるから」

「わかったっ!」

「りょーかい!」


 私とレンは首を縦に振る。


「だから、立ち振る舞いなんかも気を付けなくちゃいけないんだけど……」

「レーン、大丈夫かー? ちゃんと姫になりきるんだぞー!」

「ユウト、うるさい! プレッシャーかけんなよ!」


 からかうユウトくんを、レンがにらむ。

 だけど、その顔は少し困ったような表情になって……。


「……あぁ、ヤバい。緊張したら、トイレ行きたくなってきた」


 レンが小声でささやく。


「まだ時間あるし、今のうちに行ってきた方がいいよ?」

「……そうするわ。すぐ戻るから待ってて。みんなにも言っといて」

「うん。でも、ドレス、汚しちゃダメだよー?」


 私の言葉に、レンは手を振りながら教室から出ていった。



それから10分が過ぎて……。


「レンレン、トイレから帰ってこないねー」

「他のクラスの偵察に行った人たちも、戻ってきてるのに……」

「何かあったんかな?」


 ミユとアイリ、そしてユウトくんの言葉に、心の中に不安が湧き上がる。


「どこかに引っ掛けてー、ドレスがビリッとなっちゃったとかー……」

「裾がトイレに吸い込まれちゃったとか……」

「別のクラスの男の子にー、ナンパされてるなんてのもあったり?」


 えっ!?

 ナンパ!!!


 頭の中に、クレープ屋さんの前でナンパされたことが蘇る。

 あのときは本当に怖かった。

 もし今、レンが同じ思いをしてるとしたら……。

 今度は、私が助ける番っ!!


「私、ちょっと見てくるっ!」


 三人にそう告げて、私は教室を飛び出した。


 レンはトイレに行くと言っていた。

 なので、まずは教室から一番近いトイレに行ってみる。


「おーい、レンー。いるー?」


 ドキドキしながら男子の方に声をかける。

 シーン……。

 だけど、返事はない。


「やっぱり、誰かに連れて行かれちゃったんじゃ……!?」


 ——そのとき。

 ふと見た窓の外。

 すぐそばの校舎の影に、赤いドレスの裾が見えた。

 あれは紅薔薇姫の衣装に間違いない。


「レン?」


 あんなところで何をしてるんだろう?


 私は窓から身を乗り出して。


「おーい、レンー!」


 そう声をかけようとしたけれど。

 でも、その言葉を無理やり飲み込んだ。


 慌ててしゃがみ込んで姿を隠す。

 だって……。

 だって、レンの前には、ジュリが立っていたのだから!


 私の心臓は、にわかに早鐘を鳴らし始めた。

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