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映画『
これは、愛する姫のため、どこまでも潔白であろうとした一人の騎士と。
愛する騎士のため、血塗られた道を歩む姫の物語だ。
とある小さな国の姫と騎士として生を受けた二人。
幼い頃から互いを知る二人は、やがて大人になり惹かれ合う仲となる。
騎士は国のため、そして姫のためにどこまでも真っ直ぐであろうとした。
切れ長の鋭い目は常に厳しく前を見て。
それが優しく
そんな彼を
犯罪者は元より、政敵や金に溺れた薄汚い貴族どもも彼の敵だった。
その誰もが彼の失脚を願い、ときには命までもを狙っていた。
だが、彼は落ちることなく
それは
「彼に手を出すものは、断じて許しません」
そう微笑をたたえ、自らの手で騎士の敵を闇に葬ってきたからだ。
それも、白騎士には気付かれないように。
姫がいつも身に着けていたのは、幾つもの薔薇で装飾された深紅のドレスで。
それを見た人々は、彼女のことを血塗られた薔薇姫、紅薔薇姫と呼ぶようになる。
しかし、彼女はそれでも構わなかった。
彼の耳にさえ届かなければ。
血に染まった自分にかわり、彼がどこまでも白くあり続けられれば。
罪人を、そして騎士の敵を葬り続ける日々。
彼女が手を下すとき、必ずその相手に微笑みを贈ってきた。
それが失われる命への
そして、失われた命の重さに、枕を涙で濡らしてきた。
だが、いつしか涙は枯れ果てて、彼女は笑い方すら忘れてしまう。
大きな目を細め、口元では笑って見せても。
その瞳に光はなく、どこまでも深い闇に塗り潰されている。
そんないびつな微笑みが、逆に人々の心を
背筋も凍るような狂気の笑みに魅せられた者の中には、自ら命を差し出す者もいたという。
そして、その誰もが恐怖ではなく、
やがて、国は内乱の末に二分された。
姫が率いる紅薔薇軍と、純白の騎士が率いる白騎士軍。
お互いに惹かれ合う二人は、敵として相まみえることとなる。
戦火の中で対峙する二人は……。
今、運命の歯車は大きく動き出す。
* * *
ジュリとの対決が終わって数日が過ぎた。
50メートル走で、勝った方がレンと付き合える権利を手にする戦い。
それは、私の勝利で幕を閉じた。
勝負前は、
「〝やっぱなし〟は、なしだからね!」
と言っていた彼女だったけれど。
いざ負けると、
「やっぱなし!」
と言って去っていった。
〝やっぱなし〟は〝やっぱなし〟になって、賭け自体もなんだかウヤムヤになってしまったけれど。
そのおかげで、私とレンは平常運転のまま放課後特訓を続けることができた。
……まぁ、お互い恋免がないから付き合ったりはできないのだけれど!
あれからジュリが、うちらの前に姿を現すことはなく。
私は、特訓に集中することができた。
タイムも安定して8.9秒台を出せるようになったし。
今思うと、彼女との勝負は得るものが大きかったな。
もう一つの課題であるコスプレ衣装作り。
そっちの方は、うちらはあまり関われてないけれど。
体育祭実行委員くんを中心として、順調に進んでると、ミユたちから聞いている。
向こうはきっと大丈夫!
みんなやる気だし、アイリが指揮を取っている。
こういう方面でも頼りになるアイリって、やっぱ凄い!
こうして準備は順調に進み……。
あっという間に二週間が過ぎた。
今日は、待ちに待った体育祭の日!
午前中は徒競走や綱引き、創作ダンス、騎馬戦、大縄跳びをやった。
競技は、グラウンドに設置された大型ビジョンにも映し出されて、大いに盛り上がった。
この大型ビジョンは、業者でレンタルしてきたとのこと。
うん、今年の実行委員の気合の入り方は半端じゃないよね。
そして、昼食を挟み……。
今回のメインとも言える『学級委員長・副委員長による、全学年対抗コスプレ250メートルリレー』が始まる!
「じゃーん! どうかなっ?」
衣装に身を包んだ私とレンが、みんなの前に立つ。
私は白騎士の格好。
純白の騎士服の上から剣と鎧を身に着けている。
このあとは、ウィッグネットで自分の髪をまとめてメイクをする。
そして、銀髪ミディアムウィッグをかぶればオッケー!
サイズも私に合わせて作られていて、本当にピッタリ!
なのに鎧は可動部分も大きくて、走るときの邪魔にもならなそうだった。
続くレンは、紅薔薇姫の格好だ。
深紅のロングドレスに同じ色の冠カチューシャと
それはいくつもの紅い薔薇の花で飾られていて、とても鮮やか!
レンも、自分の髪が出ないようにウィッグネットをつけて、メイク。
そのあとに、ピンク髪のロングウィッグをかぶれば完成だ!
「日野原さん、かっこいい!」
「月島も綺麗だぞ!」
クラスのみんなが一斉に褒めてくれる。
えーと……。
悪い気はしないね、エヘヘ。
隣のレンも開き直っているようで、みんなからの声援に笑顔で応えている。
完璧な紅薔薇姫と白い騎士の衣装。
これならきっと、いい勝負ができると思う。
だけど、噂では他のクラスのレベルも高いみたいで。
その中で1位を取るとなると、少し厳しいのかなと思うのが正直なところ。
なぜなら、私の白騎士とレンの紅薔薇姫には原作を再現できていない箇所があったから。
高校の体育祭で、そこまで気にすることはないのかもしれない。
でも、全学年で1位を取るとなると、やっぱりそれは大きな不安材料で。
私は思わず下唇を噛んだ。
「……ユイちゃん、その気持ちわかるよ」
ユウトくんが、深くうなずきながら話しかけてくる。
しまった、つい浮かない顔をしてしまった!
でも、私が感じてる不安と違和感に、彼も気付いてくれたみたい。
「ユウトくんも……やっぱり、そう思う?」
「ああ」
真顔で首を立てに振る。
「ユイちゃん……レンがあんなに綺麗で、本当は女の子だったんじゃないかって思ってるんだよね?」
「………………は?」
予想外の言葉に、思わず返しが遅くなってしまった。
だけどユウトくんは気にした素振りもない。
「大丈夫、安心して!」
「え、えーと、ユウトくん?」
「この前さ、エッチな本を持ってきたやつがいたんだけど。で、そのときレンの反応がさ……」
「おいっ、ユウト! 日野原に変なこと言うじゃねーよ!」
レンがユウトくんの肩をパンチする。
その顔は真っ赤だった。
「痛い! 何するの!? やめてよ、レンちゃん!」
「お・ま・え・が、やめろ!」
じゃれ合う二人。
ふぅ……。
まったく、仲良しなんだから。
でも、それで心の中のモヤモヤが晴れるわけもなく。
私は、小さくため息をついた。
「ユイぴょん、ホントどーしたのー?」
「あ……ううん、なんでもないよっ」
首を
みんなが、頑張ってこの衣装を作ってくれたことは知っている。
だから、何かを言ってこの雰囲気を壊すのは嫌だった。
現に、私とレンを見つめるアイリも難しい顔をしている。
……私がこんな気持ちでいたら、やっぱり嬉しくなんかないよね。
しなくていい心配は、するだけ無駄だよね!
「ユイ!」
そのとき、アイリは私の肩を掴んだ。
「言いたいことがあるなら、はっきり言って」
「え……や……別に言いたいことなんて……」
「走ることはユイと月島くんに任せるしかない。……だから、私たちは自分がやるべきことを! 衣装を完璧なものに仕上げたいの!」
真っ直ぐな瞳で見つめるアイリ。
その想いは、私の胸に突き刺さった。
「もう……アイリには、かなわないなぁ」
私は、少しだけ微笑んだ。
「でも、なんとなくだからね? もしアイリが違うと思ったら、否定してくれていいから」
「わかった」
「あのね……アニメとかマンガで見る白騎士の顔って輪郭がもう少し細くて、目ももっとシュッとしてるかなって。逆に、紅薔薇姫の方は、もう少し目が大きい方が雰囲気出るのかなって……」
アイリが、驚いたように口に手を当てた。
「や……! で、でも、これは仕方ないことだから! 顔のベースは私とレンなわけだし? そこは、どうしようもないことだから!」
持って生まれたこの顔というものがある。
輪郭や目の形など、メイクで誤魔化ことはできるけれど。
それにだって限界がある。
だから、これは悩んでも仕方がないこと。
それよりも今は私たちの演技力を高めることや、リレーで1位を取ることだけを考えて……。
その瞬間——。
——ギュッ!
と、アイリが私の手を握った。
「ユイ、それよ!」
「え、ど、どれ?」
「私の中で、何かが足りないと思っていたこと!」
思わず驚く私に、アイリは笑顔を見せた。
「目の形と輪郭は任せて! 私に秘策があるから!」
拳を握る彼女の瞳は、赤々と燃え上がっているように見えた。