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第38話『それってつまり』

「ちなみに、あーしのベストは9.5秒だからね」


 そう言ってニヤリと笑うジュリ。


 夕べ、ネットで調べてみたけれど、高2女子の平均タイムは8.89秒。

 ということは、確かにジュリの足は早くない。

 でも、それでも私より1秒近く早い!


「あのさ。二人で盛り上がってるとこ、悪いんだけど」


 呆れたようにレンが二人の間に割って入る。


「勝手に俺を勝手に賭けの対象にすんのは……」

「レンくんは黙ってるし!」


 だけどジュリは、その顔の前にバッと手を突き出して言葉を遮った。


「これは、あーしと日野原さんの戦いだし! 一度、首を縦に振った以上、〝やっぱなし!〟は、なしだからね!」


 くぅ……。

 ここまで言われてしまうと〝やっぱなし!〟とは言いづらい。


 私はジュリをにらんだ。


「……土屋さんは、なんでそんなにレンに執着するの?」

「好きだからに決まってんじゃん」


 それは、あまりにも軽く。

 あまりにも自然に言われて、私の方がドキッとしてしまう。

 だけど、なんとか平静を装って言い返す。


「す……好きって、レンとはまだ会ったばかりでしょ!」

「恋に時間なんて関係なくね?」

「そ、そんなの恋愛法のスピード違反だからっ! 第一、レンのどこを好きになったの!? 言っとくけど、レンは冷たいよ! 意地悪だし、嫌味だって言うし! 天然だし、鈍感だし!」

「……おい、日野原」


 私の言葉にレンが反応する。

 少しショックを受けてるみたいなその顔。

 でも、安心して!

 私はちゃんと良いとこだって知っている!

 レンは冷たいし、意地悪だし、嫌味だって言うけれど、結局最後は優しいんだ!


 私は強く拳を握った。


 レンと重ねてきた日々は、私の胸に刻まれている。

 それがジュリにはあるっていうの!?


 私の質問に、ジュリは軽く答える。


「好きなとこはー、カッコイイとこ!」

「……は?」


 唖然あぜん

 それ以外の言葉が見つからない返しに、握った拳はがわなわなと震え出す。


「ふざけないでよっ!」

「別に、ふざけてなんかいないけど?」

「だって、好きなとこはカッコイイとこって、そんな単純な答えで!」

「じゃあ聞くけど、カッコイイ人がキライなヤツなんているの?」

「え……!?」


 ジュリの予想もしなかった返しに、思わず口ごもる。


「そ、そう言われると、いないかもしれないけど……」

「じゃあ、いいじゃん!」

「でも! 人を好きになるって、それだけじゃないっていうか……」

「はー? 逆に、こっちが〝は?〟だしー。価値観を人に押し付けないでほしーんですけどー」

「で、でも……」

「アンタだって、カッコイイから好きになるって経験あるっしょ。テレビでもなんでもいいからさー」


 その瞬間、頭の中にショウ先輩の姿が浮かんだ。


 まだ好きにはなっていなかった、とか。

 もう別れている、とか。

 言い訳の言葉は浮かぶけれど。

 じゃあ、あのとき告白を受けた自分と、今のジュリと何が違うのかと聞かれると。

 その答えは明確に出せなくて。


 私は、ただ黙り込むしかなかった。


「そんじゃ、あーしはスタート地点に行ってるから」


 勝ち誇ったようにそう言い残し、ジュリは歩き出す。

 その背中は自信に満ちている。

 私は……戦う前に負けている……。


 思わず、うつむいた瞬間——。


 ——コツン!


「いたっ!?」


 不意に、後頭部に軽い痛みを感じて振り返る。

 そこには、レンが立っていた。

 どうやら、彼に叩かれたみたい。


「バーカ」

「な……っ!?」

「言い負かされてんじゃねーよ」

「だって、だって……!」


 思わず涙目になりそうな私に、レンはふうっとため息をつく。


「仮に日野原が負けたとして、俺が土屋と付き合うと思ってんの?」

「それは……思ってないけど」

「だろ? それに俺、恋免持ってねーの知ってるだろ?」


 ……あ。

 そっか、そうだよね!

 付き合うって、片方の気持ちだけじゃないもんね!

 お互いに思わないと成立しないわけだし!

 それに、無免許で付き合ったら法律違反だもんね!


 レンの言葉で心が軽くなった気がする。


 レンはいつも、私が困ったときに助けてくれる。

 こーゆーとこ、ホントさすがだなぁって思う。


「まぁ……俺としては、日野原に勝ってもらいたいけどな」

「あはは、期待に応えられるよう頑張るよ!」


 と、Ꮩサインを返す私。


 ……って、えっ!?

 それって、どういう意味!?


 胸の鼓動が早くなる。

 私はそれを震える手で押さえ付けた。

 それでも、胸の高鳴りは止まることを知らない。


「……な、なんでレンは、私に勝ってほしいの?」

「ん? そりゃ……」


 レンが私に向き直った。

 その瞳はいつになく真剣で、思わずゴクリとツバを飲む。


 その口が言葉を続ける。


「体育祭で勝つため?」


 ガーン!

 期待していたものとは全く違う答え!


「……足が遅いっていう土屋に負けてたら、体育祭で1位になるとか無理だろ?」


 そう言って、レンは笑う。


 く……。

 まぁ、レンっちゃレンらしいとは思うけれど!

 私のドキドキを返せ、ばかっ!


「それにさ……嘘でも、好きじゃない人とは付き合いたくないじゃん」

「うん。まぁ、それは確かにそーだけど」


 ……ん?

 今、嘘でも好きじゃない人とは付き合いたくないって言った?

 じゃあ、私に勝ってほしいっていうのは……!?


「え……と、レン……?」

「ちょっとー、何してるしー! あーし、ずっとこっちで待ってるんですけどー!」


 叫ぶジュリの声にハッとする。


 そ、そうだ!

 私も行かなくちゃ!

 今は余計なことを考えない!

 この勝負に勝つことだけを!!


 不意に高まる緊張に、私は拳を握った。


「私、行くね!」


 そう言って、レンに背を向ける。

 踏み出す足がなぜか重い。


 でも、負けるわけにはいかないからっ!


 私は前を見ると、全身に力を込めた。


「日野原、ちょっと……」


 そのとき、レンが私を呼び止める。


「なに? 私、向こうに行かないといけないんだけど」

「すぐ済むから」


 そう言って、レンは視界を遮るように私とジュリの間に入った。

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