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第34話『勝利を目指すもの』

 体育祭の新種目が発表された日の放課後。

 今は実行委員が前に出て、クラスメート全員で話し合いをしているところ。


 今年の体育祭は新しいことをやりたい!

 そう願った私。

 それは、不本意な形で叶うこととなった。


 その名も、全クラス対抗・学級委員長&副委員長コスプレ250メートル走!

 最初、男子が100メートルを走り、続いて女子が100メートルを走る。

 その間に最初走った男子がグラウンドを横断して女子を待ち、最後50メートルは男女で一緒にゴールするという変則リレーだった。


 しかもこれは、250メートル走の順位だけではなく、コスプレの出来や演技力なんかも評価の対象となるという。

 この種目で1位となったクラスは一ヶ月間学食無料券がもらえるだけじゃなく、内申書の評価も良くなるとのことで、みんな目の色が変わっていた。


「問題は、なんのコスプレをするかだな」

「男女ペアのものの方が、総合評価高くなりそう」

「ありえるー!」

「それなら、今、映画でやってる姫と騎士ものがいいんじゃない?」

「『紅薔薇姫と白い騎士』?」

「そう、それ!」


 紅薔薇姫と白い騎士。

 今、映画館で上映している話題のアニメ作品だ。

 元々は漫画原作。

 切ないストーリーはもちろん、ロマンティックな世界観、その絵の綺麗さも相まって絶大なブームとなっていた。


 確かに、キャラたちのあの美しさを再現できたなら優勝は間違いないと思う。

 問題は、コスプレする人が私というところなのだけれど……。


 うぅ、自信ないよーっ!

 紅薔薇姫なら、他にもっと似合う人がいるでしょ!


 頭を抱えている私を、いつものメンバーがのぞき込む。


「どうしたの、ユイ?」

「うー、アイリぃ。私、コスプレなんて自信ないよ……」

「大丈夫よ。こういうのって、お祭りみたいなものでしょ。楽しくやれたらいいんじゃない?」


 そう言って背中に手を当ててくれる。

 手の温もりが心地良い。


「こういうの、普段から堂々としているアイリちゃんが向いてそうだよね。足も早そうだし」


 ユウトくんが軽く笑う。

 だけど、アイリは真剣な顔で首を横に振った。


「ダメよ、競技で走れるのは学級委員長と副委員長だけ。私たちはサポートに徹するの」

「アイりん、さーすがー!」


 うんうんとうなずくミユに、アイリは表情を緩める。


「それに、私がやっても原作崩壊になるだけだもの」


 気のせいかな?

 その顔は、少し寂しそうにも見える。


「原作崩壊って言うなら、俺たちだって十分そうだろ」


 苦笑するレンを、アイリがキッとにらんだ。


「他の人がやるのは許せる。でも、私が崩壊させるのは許せない!」

「お、おう」


 さすが、完璧主義なアイリ。

 あのレンが少したじろいでいる。


 クラス全体の話し合いは続く。


「問題は衣装をどうするかだよな」

「姫の赤いドレスと、騎士の白い服と剣と鎧かー」

「買うのは高いし、作るのは時間かかるし……」


 そのとき、実行委員の彼が手を上げた。


「あ、ドレスはなんとかなると思う」


 実行委員の彼が手を上げる。


「うちの姉貴、赤いドレスを持ってたから。もう着ないって言ってたし、言えばくれると思う」

「あ、私も騎士っぽい白い服持ってる。ちょっと手直しすれば、十分いけるはず!」


 彼に続いて、クラスの女子からも手が上がった。


「じゃあ、剣と鎧だけ手作りすれば大丈夫かな」

「それなら何とかなりそうじゃない?」


 活気づく教室。

 クラスメートの目が一気に私とレンに向いた。


「走るのとコスプレと、大変だと思うけど頑張ろうぜ!」

「2年2組の命運は二人にかかってるからね!」

「一ヶ月学食無料だ!」

「大学推薦に向けて内申書の評価アップよ!」


 盛り上がる教室に、私は引きつった笑顔を浮かべて応えた。




 * * *




 体育祭の打ち合わせが終わって30分後、私とレンは学校の体育館にいた。

 今から二人で体育祭に向けてのトレーニングだ。

 本当は近所の公園とかでひっそりやりたかったのだけれど、外はあいにくの雨。

 なので、先生にお願いして、急遽きゅうきょ、体育館の片隅を貸してもらったのでした。


 みんな、部活で汗を流している中、片隅とはいえ体育館の中に立つ私たち。

 ちょっと場違いとか思われてないかな……?


 そして、何よりレンと二人だけの秘密特訓とか……。

 これでドキドキするなっていう方が無理に決まっている。

 でも、レンはあまり気にしてないみたいで。


「どうした?」


 なんて言って首を傾げてる。

 私だけ意識してるみたいで、なんかムカつく……。 


 怪我防止のために念入りな準備運動をして、体育館内を軽くジョギング。

 一通り終わったところで私たちは壁際に立った。


「それじゃ、今から日野原の走力を見ておきたいと思う」

「う、うん」

「この体育館の縦の長さが50メートルらしい。本番より短いけど、走ってもらえば大体の力はわかるからな」

「……お手柔らかにね」

「おう」


 レンはスマホを取り出す。

 タイムを計ってくれるのだろう。


「委員会で他の委員長や副委員長は見てるけど、足が早そうなのは誰もいなかったからな。日野原の足次第では、俺たちがぶっちぎりで1位を取れるぞ!」


 いつになく気合の入っているレン。

 もともと走るのが好きなのか、負けず嫌いなのか、みんなの期待を背負っているからなのか。

 それとも、その全てなのか。

 とにかくヤル気は満々だ。


 なら……。

 私だって、その期待に応えるしかないよねっ!


 レンが反対側の壁に辿り着き振り返る。

 その手が上がった。


「それじゃ、全力で来い! よーい……スタート!!」


 レンの声と同時に、全力で床を蹴った。

 風を切って走る私は、まるで放たれた一本の矢。

 周りの景色を置き去りにして、レンの待つゴールへと辿り着く。


 はぁっ、はぁっ……。

 どーだ、これが私の脚力だ!


「日野原……」


 肩で息をする私に、レンが驚きの表情を浮かべた。


 ふふふ、びっくりしているね。

 今回は、我ながらいいスタートが切れたしね。

 たぶん、今まで走ってきた中で一番気持ちよく走れたんじゃないかなと。



「さすが日野原、足早かったんだな! 俺が教えることなんて何もない……っていうか、俺に走り方を教えてくれよ!」



 とかなんとか言われちゃったりして〜、えへへ!


 レンの口が、静かに開く。


「えーと……もうジョギングじゃなくていいんだぞ?」


 ……んはっ!?


「俺、全力で走ってって言ったよな?」

「ぜ、全力だよっ!」

「……え、うそ!? マジで!? だって、タイムは10.1秒だぞ?」


 驚きに見開かれるレンの両目。


 むー!

 私、お手柔らかにって言ったよね!


 頬を膨らませる私に、レンはハッとしてスマホを操作する。

 そして、「へぇ……」と口に手を当てた。


「……なに?」

「あ……いや大丈夫。今、ネットで調べたら2年生では早い方だったわ」

「わぁ、ホント?」

「ああ。……小学2年生だけどな」


 口は隠しているけれど、その肩は小刻みに震えている。


 こ、この……っ!


「もーっ! 笑うなーっ!」


 私の叫びが、体育館の中に響き渡った。

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