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第33話『好き!』

 講習が終わって教室に戻るため、渡り廊下を歩く私たち。

 目の前には、レンの背中がある。

 意外と広い肩幅。


「レーン!」


 ぽんっ! と、軽く手で叩く。

 その背中は固くて、あらためて男なんだなと思った。


「ねぇ、レン。話わかったー?」

「ん……まぁな。そういう日野原は、わかったのかよ」

「ふっふっふ。私は恋免の試験に合格してるんだからねっ!」

「あぁ……そういえばそうだったな」


 エヘンと胸を張る。

 まぁ、もう返納しちゃってはいるんだけれど。


 風にあおられた雨が、渡り廊下を濡らしている。

 ふと見上げた空は雲の色が濃さを増して。

 雨は、さっきよりも確実に強くなっていた。


 そのエリアを急いで通り抜け、制服についた飛沫しぶきを払いながら、ため息を一つ。


「雨、全然やまないね」

「そうだな」

「体育祭、大丈夫かな……」

「ん、体育祭?」

「えー! あと3週間くらいじゃん。忘れちゃったの?」


 驚きの声を上げる私に、レンは軽く笑う。


「いや、じゃなくて。日野原って、体育祭、楽しみにしてるんだなって」

「あー、うん。私、体を動かすのけっこー好きだよ?」

「へぇ……」

「でも、さっきアイリたちとも話してたんだけど、体育祭の種目って毎年変わらないじゃん? せっかくの〝祭〟なんだし、新しいことやってくれたらいいのにね」

「確かにな。イベント委員に言ってみようか?」


 そう言いながら教室に入る。

 私も、レンに続いて教室に入った。

 このあとは帰りのホームルームだ。


「あ、月島、ちょっと」


 そのとき、レンを呼ぶ声が聞こえた。

 振り向けば、席に座った男子生徒が手招きをしている。

 噂のイベント委員の彼だ。

 彼の周りには、他のクラスメートの姿もある。


「どした?」


 私のもとを離れ、その輪の中に入ってくレン。

 そのまま立っていても仕方がないので、私は自分の席に戻った。


「クラス対抗なんだよね」

「マジで……」

「頑張れよ、レン!」

「お前ならできるって!」

「みんな他人事ひとごとだと思ってんだろー」


 ところどころ聞こえてくる会話。


 レンがクラスの男子と話してる。

 なんか珍しい光景……。

 でも、こういうのっていいよね!


 いつの間にかクラスに溶け込んでるレンに、私は目を細めた。


「レンは、こういうの得意そうだもんな」

「まぁ……どっちかというとな」


 気が付けば、輪の中にはユウトくんの姿もある。

 何の話をしてるんだろ?


「じゃあ、レンは大丈夫として。問題は……」

「日野原? まぁ、大丈夫じゃね?」


 え、私!? 


 レンの口から、自分の名前が出て驚きを隠せない。

 わ、私、何かしたっけ?


 不意に、輪の中のレンが私を見た。


「日野原は運動好きだもんなー」

「え……? うん。まぁ」

「体育祭、新しいことやりたいって言ってたもんなー」

「う、うん、さっきそういう話をしてたけど……?」


 私の言葉に、レンは得意げにイベント委員の彼に向き直る。


「ほらな」

「なら良かった!」


 嬉しそうな二人。

 ほんと、何の話してるんだろう?


「ねぇ、レン。なんの話を……」


 私が立ち上がろうとした瞬間、教室の前の扉が開いてガク先生が入ってくる。

 輪を作っていた生徒たちは、蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの席に戻っていった。


 先生は、教卓に手を置くと私たち一人一人を見回す。


「さて、みんな。恋愛法の講習会はどうだったかな?」


 その質問に、教室内はまた騒がしくなった。


「わかりやすかった!」

「あのおじさん、面白かったな」

「いい話が聞けたと思う」


 などと口々に言う生徒たち。

 一人一人にうなずいていたガク先生だったけれど、やがてその視線はミユに向く。


「木崎は、どう思った?」

「は、はい! やっぱり、恋愛法はちゃーんと守らないとーって思いました! 私もー、今、取りに行ってるので頑張りまーす!」

「そうだね。頑張って!」


 満足そうに微笑む先生。

 その反応に、ミユも嬉しそうに笑う。


「それじゃ、もう一人くらい聞いとくかな。……月島、どうだった?」

「え……あ、はい。恋愛法について考える、いい機会になったと思います」

「うんうん、それから?」

「それから……」


 レンは少し考える素振りを見せる。

 ややあって……。


「ふと思ったことでもいいですか? 今回の講習とは関係ないことだけど」

「いいよ、言ってみて」

「……はい。罪に時効はあるけど、人の心に時効はあるのかなって……」


 真っ直ぐ前を見つめるレン。

 一瞬、先輩のことを言っているのかと思ったけれど、でもそれはきっと違うと思う。

 だって、瞳に悲しみの色が浮かんでいる気がするから。

 遠くを見つめるようなその横顔に、私は目が離せなくなった。


「うん、それは難しい問題だね。そうだな……その件については、じっくりと考えてみようか」


 先生はそう言うと、みんなを見回した。

 その顔が、ニコッと笑う。


「それじゃ、みんな。今日の講習を受けてどう思ったか、明日までに感想文を提出してね」


 その瞬間、教室はブーイングの嵐に包まれる。

 それを笑いながら受け流し、ホームルームは終了となった。


 先生が教室から出ていったあと、ユウトくんがレンに振り返る。


「なんだよ、レンー。マジメかよー!」

「うるせーな。そんなんじゃねーよ」


 からかってくるユウトくんを、レンは軽くあしらう。

 その瞳はもう、いつものレンに戻っていた。


 時々見せる悲しみの色。

『もう、誰かを失うのは嫌だ……』

 と言ったあの言葉と、何か関係があるのかな。

 いつか、話してくれるときが来るのかな……。


 心がキュッと締め付けられる感覚に、私は人知れず胸を押さえた。


「月島ー!」


 そんな私の心情を吹き飛ばすような元気な声。

 それは、さっきのイベント委員の彼だった。


「さっきは、ありがとな! 今から委員会で発表してくるわ!」

「おー。頑張って」


 彼は手を振り、教室から出ていく。

 それを見送りながら、レンが口を開いた。


「日野原、良かったな」

「……え? なにが?」

「今度の体育祭の話だよ。新しいことを提案してみるってさ」

「わぁっ、そうなんだ!」


 なんだろう?

 みんなで楽しめることかな?

 クラスで一つになって勝利を目指すとか、青春って感じがして、好き!


「何を提案してくれるのかなー?」

「えーと、クラス対抗で学級委員長と副委員長が走るんのだってさ」

「……は!?」

「俺、走るのは得意だしな。日野原も得意って言ってたし、これは1位を目指せるんじゃね?」


 そう言って笑うレン。

 ……だけど、私には笑うことができなかった。


「……言ってないよ」


 絞り出すような声。

 レンは首を傾げる。


「ん? なにが?」

「私、走るのが得意なんて言ってないよっ!」

「え……だってさっき!」

「運動は好きって言ったけど、走るのが得意なんて言ってないっ!」

「……あーっ!?」



 その後、イベント委員の彼から正式に発表があった。


「今年の体育祭のメインイベントは、『全クラス対抗・学級委員長&副委員長のコスプレ250メートル走!』です!」


「え!? なにそれ!?」

「は!? コスプレなんて聞いてねーぞ!」

「面白いかと思って付け加えてみた」


 悪びれる様子もなく言う彼に、私とレンは頭を抱えるしかなかった。


「1位になったらクラス全員、学食無料券配布だ!」

「おおー!」

「更に、内申書の評価も良くなるらしい」

「うおおーー!!」


 教室内は大盛り上がり。

 もはや「そんなの無理!」なんて言える雰囲気ではなくなっていた。


「頑張ってねー、ユイぴょん」

「ユイ! コスプレしっかりね!」

「俺たちが、しっかりサポートするからな!」


 ミユとアイリ、そしてクラスメートのみんなが拳を握る。

 なんだか、アイリだけ応援のベクトルが違う気がするけど……。

 と、とにかく頑張りますっ!

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