体育館に入って列に並ぶ私たち。
今回は来た順とのことで、私たちは一番後ろだ。
パイプ椅子の上には、〝恋愛安全ブック〟という名前の教本が置かれている。
これが、レンとユウトくんが職員室に取りに行った資料かー。
結構厚いし、上下巻セットなので、男の人じゃないと厳しかったと思う。
2学年全員が揃ったのを確認し、ガク先生がマイクを片手に前に出た。
今回の進行役なんだろうな。
恋愛法講習会の概要を短く説明して、そのあとスーツ姿のおじさんが壇上に立った。
「みなさん、初めまして」
にこやかな笑顔。
おじさんは、恋愛教習所の所長と名乗った。
「みなさんは、素敵な恋をしてますか?」
予想外の一言目。
もっと堅苦しい話だと思っていた私たちは、意表を突かれてどよめいた。
そんな生徒たちを目を細めて見回し、再び口を開く。
「えー、恋愛法は25年前に制定されました。それと共に、恋愛をするためには資格——恋愛免許証の取得が必須となっています。……さて、この中で恋愛法なんて面倒くさい! 免許がなくても恋していい! って思う人はどれくらいいるかな?」
その言葉に、何人かの生徒が手を上げた。
「そうだよね、もっと自由に恋愛したいよね。でも、ごめんね。免許がいらなくなったら、おじさん、ご飯が食べられなくなっちゃうんだ」
おじさんの言葉に、体育館内に笑いが巻き起こる。
恋愛教習所の所長だけあって、話術には長けているみたい。
いつの間にか、リラックスしている自分がいた。
おじさんは言葉を続ける。
「免許制度になったことで、ストーカーやDVなど、恋愛がらみの事件は年々減っているのはご存じですよね?」
知ってる。
社会の授業でも習うくらい、今となってはメジャーな話だ。
「確かに、そういう重大な事件は減りました。……でもね、近年は軽い違反が増えているんですよ。例えば浮気、いわゆる脇見恋愛とか。お互いをよく知る前に告白してしまうスピード違反とか。一方的に気持ちを押し付ける、一方通行違反とかね」
う……。
とある先輩の顔が浮かんでしまった……。
私は頬をかく。
「これらは軽微な違反ではありますが、重大な事故や事件になりかねないトリガーだと私は考えております」
「……その通りだよー」
ミユが小さな声で言う。
「ユイぴょんがオールを取られてー、ボートを流されたのもー、元はと言えば先輩がそういう違反をしてたのが原因だもん!」
「ミユは、このことに関しては相当怒ってるわね」
「だってだってー! 一歩間違ったら、ユイぴょんは大変なことになってたかもしれないんだもん!」
アイリの言葉にミユは頬を膨らませた。
私のためにこんなに怒ってくれる友達がいる。
それが、とても嬉しい。
「先程、軽微な違反と言いましたが、これらも立派な違反点数と罰金があります。違反点数は6点を超えると一定期間の免許停止。15点を超えると免許取り消しとなります」
そうそう。
累積された点数は、その後1年間を無違反で過ごせばリセットされて0点に戻るんだよね。
伊達に一度、恋愛免許証を取得してないのだ!
……まぁ、返納しちゃったけれど。
ちなみに、あまりに悪質な違反で懲役とか、
恋愛刑務所では、自分の犯した罪の大きさを自覚して再犯防止策を学ぶ改善指導が行われるとか。
「私は恋愛教習所の所長という立場上、様々な恋愛を見てきました。そして、その全てに言えることは、恋愛法を正しく守らない恋に幸せはないということ。仮に今は良くても、後々きっと悲しい思いをすることになる」
おじさんはそこで言葉を切り、私たちを見回した。
「その悲しい思いはあなたたちだけじゃない。周りの人、あなたの大切な人も同じ思いをすることになります。どうか、そのことを忘れないでください。そして、素敵な恋愛をしてみてください。きっと、世界が変わりますよ」
話を終えたおじさんは、優しい笑顔を浮かべて深々と頭を下げた。
それに拍手で応える私たち。
体育館の中は、割れんばかりの拍手に包まれた。
手を振りながら、おじさんは壇上を後にする。
とてもわかりやすかったし、いいお話だったと思う。
そのあと、私たちは安全恋愛のための動画視聴をした。
設置された大きなスクリーンで、ヒヤリハットな事例をいくつも見る。
「遅刻、遅刻ー!!」
と、食パンをくわえて走る女の子。
だけど、曲がり角で男の子とぶつかってしまう。
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
短い悲鳴を上げて、道路に転がる二人。
口の食パンが、ぽーんと宙に飛んだ。
その瞬間、動画は止まり、
『飛び出すな、恋は急には止まれない』
という標語がスクリーンいっぱいに表示された。
こういう形で、いくつもの事例を追体験するのだけれど。
中には本当にヒヤッとするものもあって、改めて恋愛法の大切さを学ぶことができた。
最後は校長先生が今回の総括を述べて終了。
こうして、6時限目の特別授業は幕を下ろしたのだった。
体育館をあとにする私たち。
隣のミユが、ぶつぶつ言っている。
「やっぱりー、ショウ先輩のしてたことはー良くないことなんだよー! ……でもね、ユイぴょん!」
不意に私を見るミユ。
「罪を憎んで人を憎まずーって言葉もあるしー……。先輩が本気で反省したーって言うなら、私はもう何も言わないからー」
「う、うん?」
「だからー、ユイぴょんがまた先輩と付き合うーってなっても、私、怒らないからねー?」
「や……そ、それはないって。ねぇ、アイリ?」
ミユの真っ直ぐな瞳。
私は、思わずアイリに助けを求めた。
「うん……あの動画のナレーションの声、聞いたことあるのよね。魔法少女シリーズのどの作品だったか……」
あ、ダメだ聞いてない。
完全に自分の世界に入ってる。
……と、ふと見た先に、レンとユウトくんの背中が見えた。
「あ、ほら、ミユ! ユウトくんいたよっ!」
「わー、ほんとー! おーい、ユッたーん!」
小走りになるミユのあとを追って、私も二人の元に近付いた。