たくさんのことがあった校外学習も終わり、それから一週間が過ぎた。
戻ってきた日常。
その言葉通り、空は一面グレーの雲に覆われて。
しとしとと降る雨が、グラウンドのあちこちに水溜りを作っている。
個人的に雨の香りは好き。
でも、ジメジメするのは好きじゃない。
今月は半ば過ぎに体育祭、来月頭には期末テストもある。
高校生というのも、なかなかに
更に今日は、6時限目は授業内容を変更して体育館に集まることになっていた。
「6時限目の特別授業は学年で集まるからね。
5時限目の終了間際、ガク先生がみんなを見回して言う。
その言葉に、レンが前の席のユウトくんを突っついた。
「なぁ、特別授業ってなんだっけ?」
「は? お前、朝のホームルーム聞いてなかったの? 恋愛法についての話があるって言ってたじゃん」
そう、
私たちは、恋愛法について改めて学ぶことになる。
たぶんこれは、この前の校外学習の一件のせいだと思う。
巻き込まれたとはいえ、騒動の中心にいる私としては肩身が狭い。
「あー、そうそう。資料を配るから男子に手伝ってもらおうかな」
不意に、ニコッと笑うガク先生。
「……じゃあ、金村と月島、いいかな?」
ひそひそ話をしていた二人は、ビクッと首をすくませた。
授業終了を告げるチャイムの音が鳴り響く。
「それじゃ、悪いけど二人は職員室まで来てね」
挨拶のあと、ガク先生はそう言って教室から出て行った。
ユウトくんが
そのジトッとした目に、レンは困ったように頬をかいた。
「……ったく。レンが話しかけてくるから、目立っちゃったじゃんか」
「悪かったって」
「しゃーない、行くかー」
ため息をつきながら、立ち上がるユウトくん。
レンも、それにならって席を立つ。
私は、そんなレンをずっと横目で見ていた。
レンがあのとき言った、
『もう、誰かを失うのは嫌だ……』
その言葉の意味は、いまだに聞けていない。
聞いてみたいけれど、私がむやみに触れていいことなのかもわからなくて。
私を抱き締めるレンの肩は震えていた。
その様子からして、とてもデリケートなことなんだと想像がつく。
うーん、どうしたものか……。
なーんて思っていると、不意にレンがこっちを向いた。
「……なぁ、さっきから何見てんの?」
バレてた!?
「や……べ、別にみてないし! 視線の先にレンがいただけだし!」
「ふうん?」
「そ、それに、見たって減るもんじゃないじゃん!」
「……ってことは、やっぱり見てたってことだな」
そう言って、レンはイタズラな笑みを浮かべる。
その表情に、思わず胸がドキッと大きく脈打った。
「う、うるさいっ! ユウトくんが待ってるんだから早く行けっ!」
照れ隠しに拳を振り上げる。
レンは、笑いながら逃げて行った。
はぁ……。
なーんか、戻ってきた日常と一緒に、うちらの関係も校外学習前に戻った気がする。
あのとき抱き締められたのは、夢か幻だったのでしょうか……。
「ユイ、うちらも行くよ」
「早く、体育館いこー」
「あ、うんっ! 今行くー!」
アイリとミユを追って、私も教室から出る。
体育館へ向かう2年生の流れから少し離れた最後尾についた。
レンのことを思うとモヤモヤする。
なので、こういうときは楽しいことを話すのが一番!
「ね! 今年の体育祭って、何やるかなー?」
実は私は運動が好き。
決して得意なわけじゃないけれど。
足だって早いわけじゃないけれど。
でも、体を動かすことは好きだった。
ワクワクした気持ちで、指折り考える。
「まず、リレーでしょ。あと男子は騎馬戦、女子は創作ダンスとか……」
「イベント委員が話し合ってるみたいだけれど、どうせ去年と一緒でしょ。うちの高校、代わり映えしないんだから」
「わー、アイりん、辛口ーぃ」
体育祭を心待ちにする私に、アイリはあくまで
でも、あまり代わり映えしないのは本当のことで。
せっかくなんだし、何か新しいことをやってくれたらいいのにな……。
——と、そのとき。
流れとは逆に歩いてくる人の姿が目に入った。
その人物は……。
わ、ショウ先輩!
そう、それはショウ先輩だった。
校外学習後、顔を合わせるのは実は今回が初めてだ。
先輩が、ちらりとこっちを見た気がする。
何か言われるのかな?
また告白されたりする?
わー、わーっ!
アイリとミユの前でそんなの困るんだけど!
ドキドキしながら、うつむきがちに歩を進める。
でも、先輩は何も言わずに私の横を通り過ぎていった。
……あれ?
気付かなかった?
ううん。
一瞬だけど確かにこっちを見たし、それはないと思う。
じゃあ、あえてスルーされた?
となると、あのときの告白と、
『俺も譲る気はないけどね』
という言葉は何だったのだろう?
思わず足を止めて振り返る。
でも、先輩はまっすぐ前を向いたままで。
なんだかちょっと拍子抜けな気がして。
でも、何事もなかったことに安堵感を覚えて、私は息を吐いた。
そんな私をアイリが振り返る。
「なに? 気になっちゃってるの?」
「ち、ちがうって!」
私は前を向くと、急ぎ足でアイリとミユの間に入った。
「先輩ってー、今まで付き合ってた人たちと別れてるって話だよねー」
「え、そうなの?」
「あ、それ、私もウワサで聞いたわ。結構、修羅場にもなってるみたいよ」
「そうなんだ……」
「でもー! それって、たーくさんの人と付き合ってるからだしー。自業自得ってことだよー! 私、そーゆー人、きらーい!」
いつになく
でも、今まで付き合ってた人たちと別れてるって、なんで?
「もしかして。ユイと、ちゃんと向き合うためだったりして」
「な……!? ちょ、ちょっと、アイリ! 変なこと言わないでよ!」
「ふふっ、冗談よ」
「まったく……」
私はため息をつきながら、ふと後ろを振り返る。
小さくなっていく先輩の背中。
「……まさかね」
私は、二人に聞こえないくらいの声でそっとつぶやいた。