* * *
俺こと月島 蓮は、今、売店の列に並んでいる。
理由は、コイのエサを購入するため。
数分前——。
「日野原、コイにエサをやりたいか?」
俺の問いに、日野原は目を丸くした。
「う、うん。でも、レン……いいの?」
「いいよ。俺も、楽しい思い出を作りたいからさ」
——楽しい思い出を作りたい。
そんなセリフが自然と出た自分に驚きつつ。
でも、それを気取られないよう平静を装って、
「じゃ、ちょっと待ってて」
そう言い残し、日野原をボートに残して売店へと走り出した。
目指す売店は、桟橋から少し離れた小高い丘の上にある。
エサを買うだけなら自動販売機でもいいが、それは今いる場所のちょうど反対側の岸辺にあった。
なので、絶対にこっちの方が早いはずだ。
売店につくと、10人ほどの行列ができていた。
そのほとんどが、やっぱりうちの高校の生徒。
みんな、コイにエサをあげたいのか!?
そんなことを思いながら最後尾に並ぶ。
早く買って、日野原のところに戻りたい。
そんなことを考えながら、俺は列に並んでいるのだった。
「おーい、レーン!
「レンレンー、やっほー♪」
眼下に広がる池では、ユウトと木崎がボートから手を振っている。
二人は、少し前からクラス公認のカップルになっていた。
もちろん、まだ恋愛免許証は持っていないので、正確には付き合っているわけじゃない。
でも、恋愛教習所通いも順調のようなので、取得する日もそう遠くはないだろう。
「レン、無視すんなよー!」
「レンレンー、レンレンー!」
……とりあえず、デカい声で名前を呼ぶのは恥ずかしいのでやめてほしい。
このままほっとくと、ずっと呼ばれ続けそうなので、俺は周りに気付かれないよう小さく手を振り返した。
そういえば前にユウトに、
「レンは、好きな人はいねーの?」
なんて聞かれたこともある。
確か、みんなでファーストフード店に行ったとき。
日野原と水本がトイレに行ってる間だったな。
そのときは、なんとなく笑って誤魔化したけれど。
正直言って、愛とか恋とか……俺にはよくわからない。
でも……。
その瞬間、頭の中に浮かんだのは日野原の笑顔だった。
日野原と一緒にいると自然と笑顔になれる。
胸の奥がくすぐったくて、でもなんだか嬉しくて。
気付いたら、彼女の姿を目で追いかけていたこともある。
クレープを食べたときは、まだ一緒にいたいとさえ思ってしまった。
先輩と付き合っていたと聞いたときは何故かイライラしたし。
抱きつかれているのを見たときは、自分の感情が抑えられなかった。
日野原は喜怒哀楽がはっきりしている。
そのせいだろうか。
一緒にいることが増えた今は、俺まで一喜一憂するようになった気がする。
「まったく、どこまでも人を巻き込む……」
そうつぶやいて、俺は息を吐いた。
でも……。
日野原のおかげで、俺はこのクラスで孤立することなく過ごせているんだよな……。
「次のお客様、どうぞー」
売店のおばちゃんが俺に声をかける。
気が付けば、列は俺が先頭になっていた。
「あ……すみません。コイのエサを1つ」
財布を取り出しお金を払うと、手のひらサイズのモナカを1つ手渡された。
これを割ると、中にエサがぎっしり入っているらしい。
売店のおばちゃんは、にこにこ笑顔で俺に話しかけてくる。
「お兄ちゃん、そんなにコイが好きなのかい?」
「え、コイ? いや別に……」
「あれ? 違うのかい? お兄ちゃん、並んでる間ずっとニコニコ笑顔だったからさ」
「え……!?」
並んでいる間は、ずっと日野原のことを考えていた……。
「俺……笑ってた……?」
ふと見た窓ガラスに自分の顔が映っている。
その顔は、真っ赤に染まっていた……。
「また来てよ、コイ好きのお兄ちゃん」
勘違いされたおばちゃんに手を振られながら、俺は売店を後にした。
日野原の元を離れてから10分は経過したように思う。
早く戻りたい。
「日野原、喜んでくれるかな」
そう、つぶやいたとき。
ふと、周囲の人たちがざわついていることに気が付いた。
「ねえ! あのボート、流されてない?」
「あれ、オールが片方しかないから戻れないんだよ!」
「乗ってる子、うちの生徒じゃん!」
その言葉に、嫌な胸騒ぎを覚える。
でも、それを頭で否定しながら池に目を向けた。
きっと俺たちには関係ない。
悪ふざけをした誰かだろう。
そう信じて。
だけど——。
俺の手から、コイのエサが滑り落ちた。
目に映る現実が信じられなかった!
俺は、弾けたように走り出す。
嫌な胸騒ぎ。
それは、果たして正解だった。
流されていくボート。
そこにいるのは、間違いなく日野原だっ!!!
何があった!?
何故こんなことに!?
人を避け、障害物を避けながら、池に向かって全力で走る。
もっと早く!
もっと早く動け、俺の足!
とにかく、一刻も早く日野原の元に辿り着きたかった。
ボートの上の彼女は一点を睨んだまま。
だけど、その心の中は不安と恐怖でぐちゃぐちゃになっているに違いない。
そう思うと、胸がグッと締め付けられて。
その苦しみを吐き出すために、俺は口を開いた。
「日野原——っっ!!!!」
そう叫ぼうとしたとき——。
それよりも一瞬早く声が響いた。
「ユイちゃんっ!!!」
声の持ち主は上着を脱ぎ捨てると、
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