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第25話『チョット』

 公園内を巡る私たち。

 自転車に乗ったり、動物と触れ合ったり、温室でお花を眺めたり。

 もちろん、学習という言葉が付いているだけあって、手放しで遊んでいたわけじゃない。

 動物やお花の生態をノートにまとめたりだってした。

 ちゃんと学習しているのだ。


 12時になり、お弁当タイムがやって来た。

 私たちはリュックからレジャーシートを取り出し、公園の広場の芝生の上に広げてそこに座った。

 ……っと、あ。

 見れば、ミユとユウトくんは一つのシートに二人で座っている。


「今日はねー、ユッたんのためにいーっぱいご飯作ってきたからねー」

「え、ホントに? めっちゃ嬉しいんだけど!」


 ミユの趣味は可愛いもの集めとお菓子作り。

 ユウトくんと出会ってからは、お弁当作りも楽しくなったみたい。

「いーっつも美味しいー! って言ってー、ぜーんぶ食べてくれるんだよー!」

 なんて言ってたこともある。


 ミユは傍らのリュックに手を入れると、そこからおかずが入った容器を取り出す。

 その数は、1つ、2つ、3つ、4つ、5つ……。


「わ、わぁ……俺、食べきれるかなー……」


 まだまだ出てくる可愛い容器を前に、ユウトくんは真剣な表情でゴクリとツバを呑んだ。


 ミユとユウトくんは恋愛教習所通いも順調のようで、あと1か月もしないうちに卒業検定を受けられそうだと話していた。

 卒検に合格した後は免許センターで学科試験を受け、それに合格して初めて恋愛免許証を手にすることができる。

 大変なこともあるかもしれないけれど、この二人ならきっと大丈夫だろう。

 まったく、羨ましい限りで……。


「……あれ? ちょ、マジかよ!」


 そんなことを思っていると、隣のレンが騒がしい。


「どしたの?」

「いや……俺、シート持ってくるの忘れたみたいだ」


 困ったように頬をかくレン。

「ま、いっか。芝生の上に直に座っても」

 なーんて言ってる。

 ふふっ、ほんと手が焼ける子だ。


「レン!」

「ん?」

「そういうとこだぞっ!」

「……なにがだよ」


 私は自分のシートを、ぽんぽんと叩く。


「おいでよ。半分貸してあげるっ」


 レンはショウ先輩に「日野原の保護者です」なーんて言ってたけれど。

 まったく、どっちが保護者なんだか。


 私からのお誘い。

 でも、レンはポリポリと頬をかいてこっちに来ようとしない。

 私は首を傾げた。


「どうしたの?」

「いや……日野原のシートさ。どう見てもひとり用じゃね?」

「え? ……あ!」


 そう、私が持ってきたシートは90センチx60センチの一人用シート。

 小学生の頃から愛用しているお気に入りのこれは、高校生二人が並んで座るにはちょっと小さすぎる。

 でも、一度口にしてしまった以上、引き下がることはできなくて。


「いいじゃん! ぴったりくっついて座れば大丈夫だよっ!」

「は? そんなこと、できるわけねーだろ! 第一、飯が食いづらいだろ!」

「じゃあ、食べなきゃいいじゃん!」

「……なら、何のために座るんだよ」


 ため息をつくレン。

 そこにアイリが声をかけてくる。


「ねえ、月島くん。良かったら私のシートも半分貸そうか? 私のシートも一人用だけど、ユイと合わせれば三人で座れるでしょ」


 その言葉に従って、私たちは無事に三人でシートに座ってお弁当を食べることができた。

 さすがアイリ、機転が利く。

 私も、冷静に物事を見る目を持たなくちゃ……。


『何事にも真っ直ぐなユイちゃんはとても素敵だけど、もう少し周りに目を向けてもいいかもね』


 不意に、ショウ先輩の言葉が蘇って。

 慌てて頭を振って追い出そうとした。



 お弁当を食べ終わったあと、私たちは公園の中央を目指して歩いた。


「私ー、ボートに乗りたいなー」


 という、ミユのリクエストに応えるためだ。

 もちろん、誰一人異論はなくて。

 なんなら、ちょっと楽しみとさえ思っている。


 キラキラと木漏れ日が射す中央道を抜けると、急に開けた場所に出た。

 私の目の前に広がるそれに、私は感嘆のため息を漏らした。


「わぁー、大きな沼ーっ!」

「池だって言ってんだろ」


 この前のクラス会議のときと同じように、レンが即座に突っ込んでくる。

 そのテンポの良さに、私は「ふふっ」と笑った。


 ボート乗り場に行くと、かなりの人が並んでいた。

 そのうちの大半が、うちの高校の生徒で。

 ネクタイの色が違うので、2年生と3年生が入り混じっているのがわかる。

 それに対しボートのスタッフはおじさん一人で、帰ってくるボートと出ていくボートの処理で手一杯に見えた。


「手漕ぎボートが3人乗りで30分400円、ペダルボートが2人乗りで30分800円だって」

「はわぁ、ペダルの方が高ーい!」


 キャッキャとはしゃいでいる二人に私は声をかける。


「ミユとユウトくんで乗りなよ。うちらは3人で乗るから」

「えー、いいのー?」

「もちろん! 二人の邪魔はできないって。ね、アイリ!」


 だけど、アイリは申し訳なさそうに首を横に振る。


「あー……ごめんね、ユイ。私はパスで。ボートって昔からダメなのよ。揺られてると気持ちが悪くなっちゃって」

「そ、そうなんだ」


 残念。

 言われてみると、心なしかもうすでに顔が青白い。


「じゃあ、私は……」


 ちらりと隣を見るとレンと目が合った。

 彼は目線をそらしながら、


「じゃ、じゃあ、二人で乗るか……」

「う、うん……」


 少し恥ずかしそうに言う彼に、私もなんだか恥ずかしくなってくる。

 っく、やば……っ!

 私、顔、赤くなってないよね?


「それじゃ、私は向こうのベンチで待ってるから」

「ごめんね、アイリ」

「ううん。ちょうど読みたい本もあったしね」


 そう言って、ポケットから難しそうな本を取り出した。

 さ、さすが、学年トップ!



 アイリと離れ、桟橋さんばしで待つこと10分。

 ようやく、ペダルボートと手漕ぎボートの2そうが帰って来た。

 話し合いの結果、ミユとユウトくんはペダル、私とレンは手漕ぎに決まった。


 スタッフのおじさんにボートを押さえてもらいながら乗り込むミユとユウトくん。


「いってきまーす!」


 なんて嬉しそうに手を振ってる。

 ほんと可愛い子。


 桟橋から離れていくミユたちを見送って、次は私たちの番。

 おじさんにボートを押さえてもらっているけれど……。

 ゆらゆらと揺れて……あ、案外怖い。


「落ちないように気を付けてね。5月の水はまだ冷たいからね」


 おじさんにそう言われ、びくびくしながら慎重に乗り込む。

 そのとき、ボートの横を何かが通り抜けた。

 驚きながらも目を向けてみると、


「わ……すごっ!」


 それは、たくさんの鯉たちだった。

 大小の鯉が間近を泳いでいく様は、まさに圧巻!

 そのほとんどが黒い色をしているけれど、その中に数匹だけ白いものもいて。

 それが一際目を引いていた。


「エサもあげられるからね」


 そう言っておじさんが指差す先。

 桟橋から少し離れた売店には、

『コイのエサ、あります』

 と、大きな字で書かれた看板が出ていた。


「買いたいなら行ってきていいよ。このロープでボートと柱を結んどくから」


 そう言っておじさんはロープを取り出す。


「日野原、エサやりたいか?」

「う、うん。でも、いいの?」

「いいよ。俺も、楽しい思い出を作りたいからさ」


 そう言って、レンはきびすを返して走り出した。


「それじゃ、彼氏さん帰ってきたら声かけてね」


 ロープで縛り終わると、そう言っておじさんは桟橋の反対側に行ってしまった。

 揺れるボートに一人、ぽつんと取り残された私。


「彼氏さん……だって」


 おじさんの言葉を繰り返すと……。

 ダメ、思わず顔がニヤケちゃう。

 心が幸せで満たされていくような……。


「日野原さん!」


 そのとき、ふと声をかけられて、私は我に返った。

 顔を上げると、そこには女子生徒が3人立っていた。

 ネクタイの色から同じ2年生だとわかる。


「ちょっと……いいかな?」


 一人の子が、そう言って微笑んだ。

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