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第24話『汚れなき悪意』

 迎えた中間テスト。

 この日のために、私たちは一生懸命勉強をした。

 家に帰って授業の復習をしたり、アイリの家でみんなで勉強会をしたり……。

 アイリの弟のイツキくんに誘われて、テレビゲームに夢中になっちゃったり……。


 その結果、テストの回答欄はほぼ埋められたし、順位だって真ん中より上の方だった。

 いつもより良い成績を取れたことに笑みがこぼれる。

 まぁ、学年トップのアイリと、10位のミユに比べたら低いけれど……。

 だ、だけどっ!

 私なりに頑張ったし、結果にはそれなりに満足してる。

 それよりも何よりも、テストが終わった解放感に私は満たされていた。




 ——そして、更に日にちは過ぎて5月末。

 今日は、待ちに待った日帰り校外学習の日だーっ!


「着いたーっ!!」


 私は、目的地に到着したバスから勢いよく降り立った。

 天気は快晴!

 青い空で輝く太陽が、とっても眩しいっ!


「ユイ、ちょっと、はしゃぎすぎよ」

「ユイぴょん、お散歩が待ちきれない子犬みたーい」


 くぅ……。

 二人に苦笑されてしまった。

 でも、そう言う二人も、どこかウキウキしているように見える。

 やっぱり、学校という日常から解放されると誰でもそうなっちゃうよねっ!


 私の前に広がるのは井野白いのしら公園。

 学校から車で40分ほど走った場所にある大きな公園だ。

 他のクラスの意見も、ここを希望する声が多かったみたいで。

 結果、2年生の校外学習は井野白公園に決まったのでした。


 ここは自然溢れるサイクリングロードや、フィールドアスレチックがあったり、ボートに乗れたりもする。

 更に動物と触れ合うこともできたり、色とりどりのお花で敷き詰められた温室もあったりして、若い人はもちろん家族連れだって多い。

 夏になるとプールも始まって、1年生のときにアイリとミユの3人で遊びに行ったこともあった。


 他のクラスのバスも続々と到着。

 先生から注意事項などの説明を受け、そして解散。

 このあとは事前に決めたグループで園内を回ることになる。

 私のグループは、もちろんいつものメンバー。

 私、アイリ、ミユ、そしてレンとユウトくんだ。


「日野原、迷子になんなよー?」


 レンがイタズラな笑みを浮かべる。

 学校とは違う外の空気に彼のテンションも上がっているのかな?

 今日は、いつもよりニコニコしてる気がする。

 なーんて思う私も、ずっと顔が緩みっぱなしなのだけれど。


「はぁ……」


 なのに、ユウトくんだけ浮かない顔。

 ため息までついちゃって。

 こういうところに来たら誰よりも喜びそうなのに、ちょっと意外。


「ユッたん、どーしたのー?」

「いや……辛かった思い出が蘇ってきちゃってさ……」


 ミユの言葉に、ユウトくんは再びため息をつく。

 私は首を傾げた。


「辛い思い出って?」

「うん……。小学校のときなんだけど、うちのじーちゃんに空手の修行って言われて、ここのサイクリングロードを走らされてさ……」

「金村くんも苦労してるのね。何周くらいするの?」


 アイリの言葉に、ユウトくんは首を横に振った。


「わかんない。毎週日曜は、じーちゃんがいいって言うまで延々と、ひたすらと……」

「うわ、なかなかのスパルタっ!」

「ユッたーん! 今日は、楽しい思い出をいーっぱい作ろうねー」

「あ……ありがとう……」


 手と手を取り合うミユとユウトくん。

 その顔に笑みが浮かぶ。

 まったくー、いつも見せつけてくれちゃって。


 そんなユウトくんの肩をレンが叩いた。


「サイクリングロードって1周1キロなんだな。ちょっと走ってみねー?」

「お、お前は俺の話を聞いてた!?」


「ねぇ! ねぇ!」と言いながら、レンのほっぺを指で突っつくユウトくん。

 思わず、私たちはお腹を押さえて笑ってしまった。


 最近、学校でショウ先輩に声をかけられることも多くて。

 スマホに届くメッセージの量も増えて。

 サッカー部のエースでイケメンというショウ先輩にはファンクラブまであって。

 ファンの子たちに恨まれるんじゃないかと思いながら、なんとか上手くやり過ごす日々。

 はっきり言って私は疲れていた。

 今日くらいは、すべてを忘れてゆっくり羽を伸ばしたいーっ!


「あはは! ゆるめパーマの彼、面白いね」

「ですよねー」


 不意にかけられる声に私はそう答え、笑顔で振り返る。

 ——そして思考が停止する。

 1秒、2秒、3秒……。

 時間が過ぎて、ようやく目の前の現実に頭が追い付いて……。


「……うわっ!?」


 私の口から詰まっていた声が飛び出した。


「やあ、ユイちゃん。こんにちは」


 なぜならそこには、にこやかに微笑むショウ先輩がいたからっ!


「な、な、な、なんで!? なんで、ショウ先輩がここに!?」

「あれ? 3年の校外学習も多数決でココになったんだよ。知らなかった?」

「ぜんぜん知らなかった……」

「あははー。何事にも真っ直ぐなユイちゃんはとても素敵だけど、もう少し周りに目を向けてもいいかもね」

「そ、そーですね」


 褒められつつアドバイスをされて、なんだか変な気分だ。


「日野原!」


 そのとき、レンが私のところに走って来た。

 そして、私と先輩の間に割り込む。


「ショウ先輩……また、あんたかよ」


 キッと睨むレンに対し、先輩は、ぽん♪ と手を叩く。


「ああー! 誰かと思ったら、ユイちゃんの保護者の月影くんじゃないか」

「月島です! 日野原にちょっかい出すの、いい加減やめてもらえませんか?」

「ちょっかいだなんて心外だね。俺は、いつだって本気だよ?」

「だとしても、迷惑なんで。人の気持ちがわからない方には、ちょっと難しい話かもしれませんが!」

「ふふふっ。……相変わらず言うねぇ、月丸くん」

「あははっ。……月島です、どーも!」


 周りの目もあるせいか、言葉はきつくても口調は穏やかで。

 にこやかに笑い合ってはいるけれど、そのこめかみはピクピク痙攣してるっ!

 笑顔で睨み合う光景は、きっとはたから見ても異様だと思う。


「はいはい、レンはそこまでな」

「ショウもいい加減にしとけよ」


 ユウトくんと3年生の先輩が駆けつけ、お互いを引き離してなんとか事態は収束。

 どうなることかとヒヤヒヤしていた私は、ほっと胸を撫で下ろした。

 先輩は、同級生に引きずられながらも笑顔で手を振っている。


「ユイちゃん、あとで合流しようねー!」

「し、しませんって!」


 思わず言い返す私。

 ううう……。

 園内を巡る前に、なんだかドッと疲れてしまった。

 ふうっ……と、ため息が漏れた。




「……なにあの子」

「ショウ先輩に気に入られてるからって、調子に乗ってんじゃない?」

「本気でムカツク! ねぇ、ちょっと、わからせてやろうよ」


 このときの私には、誰かのその言葉に気付く余裕なんてなかった。

 悪意ある視線に見つめられていることすら知らなかった……。

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