迎えた中間テスト。
この日のために、私たちは一生懸命勉強をした。
家に帰って授業の復習をしたり、アイリの家でみんなで勉強会をしたり……。
アイリの弟のイツキくんに誘われて、テレビゲームに夢中になっちゃったり……。
その結果、テストの回答欄はほぼ埋められたし、順位だって真ん中より上の方だった。
いつもより良い成績を取れたことに笑みがこぼれる。
まぁ、学年トップのアイリと、10位のミユに比べたら低いけれど……。
だ、だけどっ!
私なりに頑張ったし、結果にはそれなりに満足してる。
それよりも何よりも、テストが終わった解放感に私は満たされていた。
——そして、更に日にちは過ぎて5月末。
今日は、待ちに待った日帰り校外学習の日だーっ!
「着いたーっ!!」
私は、目的地に到着したバスから勢いよく降り立った。
天気は快晴!
青い空で輝く太陽が、とっても眩しいっ!
「ユイ、ちょっと、はしゃぎすぎよ」
「ユイぴょん、お散歩が待ちきれない子犬みたーい」
くぅ……。
二人に苦笑されてしまった。
でも、そう言う二人も、どこかウキウキしているように見える。
やっぱり、学校という日常から解放されると誰でもそうなっちゃうよねっ!
私の前に広がるのは
学校から車で40分ほど走った場所にある大きな公園だ。
他のクラスの意見も、ここを希望する声が多かったみたいで。
結果、2年生の校外学習は井野白公園に決まったのでした。
ここは自然溢れるサイクリングロードや、フィールドアスレチックがあったり、ボートに乗れたりもする。
更に動物と触れ合うこともできたり、色とりどりのお花で敷き詰められた温室もあったりして、若い人はもちろん家族連れだって多い。
夏になるとプールも始まって、1年生のときにアイリとミユの3人で遊びに行ったこともあった。
他のクラスのバスも続々と到着。
先生から注意事項などの説明を受け、そして解散。
このあとは事前に決めたグループで園内を回ることになる。
私のグループは、もちろんいつものメンバー。
私、アイリ、ミユ、そしてレンとユウトくんだ。
「日野原、迷子になんなよー?」
レンがイタズラな笑みを浮かべる。
学校とは違う外の空気に彼のテンションも上がっているのかな?
今日は、いつもよりニコニコしてる気がする。
なーんて思う私も、ずっと顔が緩みっぱなしなのだけれど。
「はぁ……」
なのに、ユウトくんだけ浮かない顔。
ため息までついちゃって。
こういうところに来たら誰よりも喜びそうなのに、ちょっと意外。
「ユッたん、どーしたのー?」
「いや……辛かった思い出が蘇ってきちゃってさ……」
ミユの言葉に、ユウトくんは再びため息をつく。
私は首を傾げた。
「辛い思い出って?」
「うん……。小学校のときなんだけど、うちのじーちゃんに空手の修行って言われて、ここのサイクリングロードを走らされてさ……」
「金村くんも苦労してるのね。何周くらいするの?」
アイリの言葉に、ユウトくんは首を横に振った。
「わかんない。毎週日曜は、じーちゃんがいいって言うまで延々と、ひたすらと……」
「うわ、なかなかのスパルタっ!」
「ユッたーん! 今日は、楽しい思い出をいーっぱい作ろうねー」
「あ……ありがとう……」
手と手を取り合うミユとユウトくん。
その顔に笑みが浮かぶ。
まったくー、いつも見せつけてくれちゃって。
そんなユウトくんの肩をレンが叩いた。
「サイクリングロードって1周1キロなんだな。ちょっと走ってみねー?」
「お、お前は俺の話を聞いてた!?」
「ねぇ! ねぇ!」と言いながら、レンのほっぺを指で突っつくユウトくん。
思わず、私たちはお腹を押さえて笑ってしまった。
最近、学校でショウ先輩に声をかけられることも多くて。
スマホに届くメッセージの量も増えて。
サッカー部のエースでイケメンというショウ先輩にはファンクラブまであって。
ファンの子たちに恨まれるんじゃないかと思いながら、なんとか上手くやり過ごす日々。
はっきり言って私は疲れていた。
今日くらいは、すべてを忘れてゆっくり羽を伸ばしたいーっ!
「あはは! ゆるめパーマの彼、面白いね」
「ですよねー」
不意にかけられる声に私はそう答え、笑顔で振り返る。
——そして思考が停止する。
1秒、2秒、3秒……。
時間が過ぎて、ようやく目の前の現実に頭が追い付いて……。
「……うわっ!?」
私の口から詰まっていた声が飛び出した。
「やあ、ユイちゃん。こんにちは」
なぜならそこには、にこやかに微笑むショウ先輩がいたからっ!
「な、な、な、なんで!? なんで、ショウ先輩がここに!?」
「あれ? 3年の校外学習も多数決でココになったんだよ。知らなかった?」
「ぜんぜん知らなかった……」
「あははー。何事にも真っ直ぐなユイちゃんはとても素敵だけど、もう少し周りに目を向けてもいいかもね」
「そ、そーですね」
褒められつつアドバイスをされて、なんだか変な気分だ。
「日野原!」
そのとき、レンが私のところに走って来た。
そして、私と先輩の間に割り込む。
「ショウ先輩……また、あんたかよ」
キッと睨むレンに対し、先輩は、ぽん♪ と手を叩く。
「ああー! 誰かと思ったら、ユイちゃんの保護者の月影くんじゃないか」
「月島です! 日野原にちょっかい出すの、いい加減やめてもらえませんか?」
「ちょっかいだなんて心外だね。俺は、いつだって本気だよ?」
「だとしても、迷惑なんで。人の気持ちがわからない方には、ちょっと難しい話かもしれませんが!」
「ふふふっ。……相変わらず言うねぇ、月丸くん」
「あははっ。……月島です、どーも!」
周りの目もあるせいか、言葉はきつくても口調は穏やかで。
にこやかに笑い合ってはいるけれど、そのこめかみはピクピク痙攣してるっ!
笑顔で睨み合う光景は、きっと
「はいはい、レンはそこまでな」
「ショウもいい加減にしとけよ」
ユウトくんと3年生の先輩が駆けつけ、お互いを引き離してなんとか事態は収束。
どうなることかとヒヤヒヤしていた私は、ほっと胸を撫で下ろした。
先輩は、同級生に引きずられながらも笑顔で手を振っている。
「ユイちゃん、あとで合流しようねー!」
「し、しませんって!」
思わず言い返す私。
ううう……。
園内を巡る前に、なんだかドッと疲れてしまった。
ふうっ……と、ため息が漏れた。
「……なにあの子」
「ショウ先輩に気に入られてるからって、調子に乗ってんじゃない?」
「本気でムカツク! ねぇ、ちょっと、わからせてやろうよ」
このときの私には、誰かのその言葉に気付く余裕なんてなかった。
悪意ある視線に見つめられていることすら知らなかった……。