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第23話『仲直り』

 そのとき、校内に6時間目のチャイムが鳴り響く。

 それと同時に、ガク先生が教室に入って来た。

 私たちは、無言でそれぞれの席に戻る。


「起立ー、礼ー、着席ー」


 始業の挨拶の後、先生は黒板にチョークで大きく文字を書いた。


 ●校外学習


 そして、先生は私たちを振り返る。


「さて、5月中旬には中間テストがあるわけだけど、その後には日帰りの校外学習がある」


 校外学習。

 毎年うちの高校は、中間テストの明けの5月末に予定されていた。

 頑張って勉強して、テストを受けたご褒美ってことなのかなー。

 なーんて思ってたりもする。


「ガク先生ー! 今年はどこに行くんですか?」

「うん、それなんだけど。今年は、みんなに目的地を決めてもらうということになった」


 わぁっと、にわかに活気づく教室。

 それをガク先生が軽くたしなめる。


「こら、遊びに行くんじゃないんだぞ。クラス内の親睦しんぼくを深めたり、学校では体験できないことを学習するという建前たてまえがあるんだぞ」

「先生、建前って言っちゃってるよー」


 その言葉に教室内は笑いに包まれた。


「みんなに決めてもらうと言っても、どこでもいいというワケじゃなくて。学校側から提案としていくつか候補を上げてみた」


 そう言って先生はプリントを配る。

 そこには公園や美術館、博物館などの名前が詳細と共に書かれていた。


「話し合いで決まった場所を、このクラスの意見として提出する。それを他のクラスから提出された意見と合わせて、一番多かった場所が2年生の郊外学習地になるからね」


 そこまで言って先生が私を見た。


「それじゃ、学級委員長。会議の進行をよろしく」

「は、はいっ!」


 教室の隅の椅子に座る先生に代わって、私がみんなの前に立つ。

 慣れ親しんだクラスメートでも、ここに立つとやっぱり緊張する。


「ほら、俺たちも前に行こうぜ」


 ユウトくんがレンに声をかけるけれど、彼はきょとんとした顔で。


「え? なんで俺たち?」


 と、首をひねってる。


「レンレン、あのねー。ユッたんは書記だしー」

「月島くんは副委員長でしょ」

「……はっ!?」


 ミユとアイリの言葉にハッとするレン。

「ちょっとー、忘れないでよねっ!」

 なんて、いつもなら言うとこだけれど……。

 今は、とてもじゃないけどそんな気分にはなれなかった。


 レンが私の隣に立ち、ユウトくんが黒板に候補地を書く。

 チョークがリズミカルな音を立てているのを、私はただ黙って眺めていた。

 その間、私とレンは目を合わせることもなくて。

 うちらの間には、相も変わらず冷たい空気の壁がそびえ立つ。


 こういうの、ちょっと辛い……。


 チクリと痛む胸を押さえながら、私はクラスのみんなに目を向けた。


「……えーと。それじゃみんな、このプリントを見てどこに行きたいと思った?」


 その瞬間、みんな口々に喋り出す。


「公園がいいんじゃない?」

「美術館がいいなー」

「博物館って何があるんだっけ?」

「どんなとこかわからないので説明してくださーい」


 それは、まるでエサを前にした雛鳥みたいで。

 当然、そのすべてを処理することなんかできなくて。

「わ、わ、わ……!」

 と、自分でも情けない声が漏れてしまった。


 今の私……やっぱダメだ。


 そのとき、レンがため息をつく音が聞こえた。


「……見てらんねーな」


 レンは、私にだけ聞こえるような小さな声で言う。


「まずは、みんなにプリントに目を通してもらって。そのあと、日野原が候補地を言って、いいと思うところに手を上げてもらった方が分かりやすいんじゃねーの?」

「そ、そうだね」


 レンのアドバイスを受けて、私はみんなに向き直った。


「そ、それじゃみんな、少しの間プリントに目を通してください! 誰かと相談しても大丈夫です! そのあと多数決を取りますので、よろしくお願いしますっ!」


 その言葉でみんなプリントに目を落したり、周りの友達に相談をし始める。

 その光景に、思わず安堵のため息が出た。


「ったく……」


 隣のレンが息を吐く。


「日野原はこのクラスの委員長なんだから、もっと堂々としてろよ。足りない部分は俺たちがサポートするからさ」

「うん、ありがと……」


 スネたような態度を取っていても、やっぱりレンは頼りになる。

 でも、今はそれがちょっと悔しい。


 そんなことを思っていると、レンがポリポリと頬をかいた。

 その口が小さく動く。


「あとさ…………さっきは悪かったな」

「……え?」

「……自分でも、ガキっぽいことしたと思ってる」


 え、え、えー?

 あのレンが、私に謝ってる!?

 なんで!?


「よくわかんねーんだけど……日野原が先輩と抱き合ってんのを見たら、なんかイライラが抑えられなくて」

「あ、あれは、ショウ先輩が無理やりしてきたんだし……」

「ああ、ずっと見てたからわかってる。……ごめん」


 そう、レンは私のことを心配してくれたんだ。

 追いかけてきてまでくれたんだよね。


「わ、私こそっ! ……関係ないなんて言って、ごめんなさい!」


 素直な気持ちが言葉となって声になる。

 二人を阻む空気の壁は崩れ去り、優しい風が私たちの背中を押している。

 そんな気がして、私は思わず微笑んだ。


「……なんだよ、ニヤニヤして」

「ううん! 人間、素直が一番だよね、レン坊!」

「く……! も、もう、ぜってー謝らねぇ!」


 唇を尖らせてそっぽを向くレン。

 だけど、ちらりとこちらを見て。

 私と目があって。


「ふふっ」

「へへっ」


 どちらからともなく笑い合った。


 なんかいいな、こういうの。

 今は、レンが隣にいてくれるだけで心強い。

 先程までの緊張も、いつの間にか吹き飛んでいた。


 私は深く息を吸うと、プリントを片手にクラスのみんなを見回した。


「皆さん、もう大丈夫ですかー? では、今から候補地の名前と特徴を言うので、そこがいいと思った人は手を上げてくださいっ! ……まず井野白いのしら公園です。ここはとても大きな公園で、ボートに乗れるがあったりもします!」

、な」


 私の間違いを即座に修正するレン。


「人工的に作られたとこだし、プリントにも池って書いてある」

「……だそうです」


 うっく、ほんと心強い。



 ——その後。

 多数決の結果、うちら2年2組の希望地は井野白公園になりました。

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