キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン~♪
鳴り響く就業のチャイム。
5時間目の授業が終わり休み時間になった。
さっきは始業ギリギリだったこともあり、お礼もろくに言えなかった。
言うのが照れくさかったというのもあったのだけれど……。
でも、何も言わないのは違うと思う。
そんなわけで、私は隣の席のレンにそっとささやく。
「……さっきは、ありがとね」
レンが来てくれなかったら、いまだに校舎裏でつかまっていたかもしれない。
下手したら、抱き着かれる以上のことも……。
……なーんて、さすがにそれはないか。
ショウ先輩だって授業があるし。
きっと、たぶん、おそらくだけど、大丈夫だったと願いたい。
そんなことを一人思って苦笑い。
でも、肝心のレンはまっすぐ前を向いたまま。
あれ?
聞こえなかった?
ちょっと声が小さすぎたかな。
私は片手を口の横に添えて、さっきより少し大きな声で言う。
「レン、さっきはありがとー」
だけど、やっぱりレンに反応はない。
机に肘をついて手にアゴを乗せた、いわゆる
不機嫌そうな顔をして、黒板の方をずっと睨んでる。
あ……その視線の圧に、前の席のユウトくんが身震いした。
……考え事をしていて聞こえてないのかな?
私は席を立つと、両手を口の横に当て、メガホンみたいにしてレンの耳に叫んだ。
「おーい、レーン!」
「うるせーっ! 聞こえてんだよ!」
ようやくこっちを向いたレン。
だけど、その荒い口調と、私を睨む瞳に怒りが込み上げてくる。
「聞こえてるなら、こっち見てくれてもいいじゃん!」
「うるせーな。そんな気分じゃねーんだよ!」
「なんでっ! さっきはそんなことなかったのにっ! 私、何かした!?」
「何かしたって、日野原が……!」
そこまで言って、レンは口を閉ざす。
「……別に、なんでもねーよ」
そう言って、また頬杖をついて明後日の方向に目を向けた。
な、なんなのその態度っ!
「言いたいことがあるなら、ちゃんと言って! じゃなきゃ、わかんないっ!」
「はぁ? 言えるワケねーだろ、そんなこと」
こっちを見もせず言うレン。
ちょっと!
ほんとに態度、悪すぎない!?
「ねぇ、せめてこっち見てよっ!」
「やだ。見ねー」
「こっち見てってばっ!」
「いーやーだ」
ほんとなんなのっ!?
むーっ!
と、怒りのあまり頬が膨らむ。
この前、お父さんがテレビを見ながら、
「ハリセンボンって、怒ってるときの結衣みたいだな」
なんて言って笑ってたけれど。
お父さん!
今の私は、ハリセンボンなんか目じゃないほど膨らんでるよっ!!
怒りの感情をあらわにしてる私に、アイリとユウトくんとミユが心配そうに声をかけてくる。
「ちょっと、二人ともどうしたの?」
「もしかして、ケンカしてるのか?」
「んー、レンレン。ユイぴょんがーショウ先輩に呼び出されてからー、なんか変ー?」
「あ、それ、俺も思ってた!」
ミユの言葉に、ユウトくんが同意する。
「ユイちゃんが呼び出されたあと、トイレ行ってくるって言って席を立ってさ。ずっと戻ってこないなー……と思ってたら、5時間目が始まる直前にユイちゃんと帰ってくるしさ」
「教室に帰って来たときのレンレン、なんかー難しそーな顔してたー」
「よく見てんな、お前ら……」
呆れたように、レンが短く息を吐く。
アイリはそんなレンと、頬を膨らませた私を交互に見た。
そして、アゴに指を当てて思考する。
ややあって、その口が開いた。
「もしかして……ユイとショウ先輩が抱き合ってるのを見ちゃったとか? ……なんて、さすがにそれはないか」
その瞬間、レンのアゴが手から滑り落ちて、机にオデコを強打する。
「えっ!? やだ、ちょっと、大丈夫!?」
「レンレン、今、すごーい音したー!」
驚くみんなを前に、レンは微動だにしない。
「えっと……冗談のつもりだったんだけど……私、正解だった?」
3人の視線が一斉にこちらを向いた。
うっ……。
思わず、たじろぐ私。
「えーっ!? ユイちゃん、ショウ先輩とやり直すことにしたの!?」
「ちょっと、本気!? あなた、まだ懲りてないの? 私は、やめておいた方がいいと思うけど!」
「わ、私もあまりオススメはしないけどー。でも、ユイぴょんがどーしてもって言うなら、それはー」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! 私は、そんなつもり全然ないからっ!」
このままだと復縁ルートに押し込まれそうで、私は慌てて否定する。
そのとき、机に頭を付けたままレンがこちらを向いた。
「……やっぱ、スキだらけじゃねーか」
「なっ……! あ、あれは、先輩の不意打ちだからっ! っていうか、そんなのレンには関係ないでしょっ!」
そう言い放った瞬間、空気が変わったのが分かった。
「関係ねーか……そうだよな」
つぶやくようなレン。
その目はとても寂しそうで。
でも、それを見せまいとするように、再び目をそらした。
手を伸ばせば届く距離にいるのに、今はレンが凄く遠くに感じる。
二人の間には、冷たい空気の壁がそびえ立っているみたいで。
再会した頃の彼に戻ってしまう気がして。
胸の奥が、不意にチクリと音を立てた。