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第22話『関係ない』

 キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン~♪


 鳴り響く就業のチャイム。

 5時間目の授業が終わり休み時間になった。


 さっきは始業ギリギリだったこともあり、お礼もろくに言えなかった。

 言うのが照れくさかったというのもあったのだけれど……。

 でも、何も言わないのは違うと思う。


 そんなわけで、私は隣の席のレンにそっとささやく。


「……さっきは、ありがとね」


 レンが来てくれなかったら、いまだに校舎裏でつかまっていたかもしれない。

 下手したら、抱き着かれる以上のことも……。


 ……なーんて、さすがにそれはないか。

 ショウ先輩だって授業があるし。

 きっと、たぶん、おそらくだけど、大丈夫だったと願いたい。


 そんなことを一人思って苦笑い。

 でも、肝心のレンはまっすぐ前を向いたまま。


 あれ?

 聞こえなかった?

 ちょっと声が小さすぎたかな。


 私は片手を口の横に添えて、さっきより少し大きな声で言う。


「レン、さっきはありがとー」


 だけど、やっぱりレンに反応はない。

 机に肘をついて手にアゴを乗せた、いわゆる頬杖ほおづえ状態で。

 不機嫌そうな顔をして、黒板の方をずっと睨んでる。

 あ……その視線の圧に、前の席のユウトくんが身震いした。


 ……考え事をしていて聞こえてないのかな?


 私は席を立つと、両手を口の横に当て、メガホンみたいにしてレンの耳に叫んだ。


「おーい、レーン!」

「うるせーっ! 聞こえてんだよ!」


 ようやくこっちを向いたレン。

 だけど、その荒い口調と、私を睨む瞳に怒りが込み上げてくる。


「聞こえてるなら、こっち見てくれてもいいじゃん!」

「うるせーな。そんな気分じゃねーんだよ!」

「なんでっ! さっきはそんなことなかったのにっ! 私、何かした!?」

「何かしたって、日野原が……!」


 そこまで言って、レンは口を閉ざす。


「……別に、なんでもねーよ」


 そう言って、また頬杖をついて明後日の方向に目を向けた。


 な、なんなのその態度っ!


「言いたいことがあるなら、ちゃんと言って! じゃなきゃ、わかんないっ!」

「はぁ? 言えるワケねーだろ、そんなこと」


 こっちを見もせず言うレン。

 ちょっと!

 ほんとに態度、悪すぎない!?


「ねぇ、せめてこっち見てよっ!」

「やだ。見ねー」

「こっち見てってばっ!」

「いーやーだ」


 ほんとなんなのっ!?

 むーっ!

 と、怒りのあまり頬が膨らむ。


 この前、お父さんがテレビを見ながら、

「ハリセンボンって、怒ってるときの結衣みたいだな」

 なんて言って笑ってたけれど。

 お父さん!

 今の私は、ハリセンボンなんか目じゃないほど膨らんでるよっ!!


 怒りの感情をあらわにしてる私に、アイリとユウトくんとミユが心配そうに声をかけてくる。


「ちょっと、二人ともどうしたの?」

「もしかして、ケンカしてるのか?」

「んー、レンレン。ユイぴょんがーショウ先輩に呼び出されてからー、なんか変ー?」

「あ、それ、俺も思ってた!」


 ミユの言葉に、ユウトくんが同意する。


「ユイちゃんが呼び出されたあと、トイレ行ってくるって言って席を立ってさ。ずっと戻ってこないなー……と思ってたら、5時間目が始まる直前にユイちゃんと帰ってくるしさ」

「教室に帰って来たときのレンレン、なんかー難しそーな顔してたー」

「よく見てんな、お前ら……」


 呆れたように、レンが短く息を吐く。

 アイリはそんなレンと、頬を膨らませた私を交互に見た。

 そして、アゴに指を当てて思考する。

 ややあって、その口が開いた。


「もしかして……ユイとショウ先輩が抱き合ってるのを見ちゃったとか? ……なんて、さすがにそれはないか」


 その瞬間、レンのアゴが手から滑り落ちて、机にオデコを強打する。


「えっ!? やだ、ちょっと、大丈夫!?」

「レンレン、今、すごーい音したー!」


 驚くみんなを前に、レンは微動だにしない。


「えっと……冗談のつもりだったんだけど……私、正解だった?」


 3人の視線が一斉にこちらを向いた。

 うっ……。

 思わず、たじろぐ私。


「えーっ!? ユイちゃん、ショウ先輩とやり直すことにしたの!?」

「ちょっと、本気!? あなた、まだ懲りてないの? 私は、やめておいた方がいいと思うけど!」

「わ、私もあまりオススメはしないけどー。でも、ユイぴょんがどーしてもって言うなら、それはー」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って! 私は、そんなつもり全然ないからっ!」


 このままだと復縁ルートに押し込まれそうで、私は慌てて否定する。

 そのとき、机に頭を付けたままレンがこちらを向いた。


「……やっぱ、スキだらけじゃねーか」

「なっ……! あ、あれは、先輩の不意打ちだからっ! っていうか、そんなのレンには関係ないでしょっ!」


 そう言い放った瞬間、空気が変わったのが分かった。


「関係ねーか……そうだよな」


 つぶやくようなレン。

 その目はとても寂しそうで。

 でも、それを見せまいとするように、再び目をそらした。


 手を伸ばせば届く距離にいるのに、今はレンが凄く遠くに感じる。 

 二人の間には、冷たい空気の壁がそびえ立っているみたいで。

 再会した頃の彼に戻ってしまう気がして。

 胸の奥が、不意にチクリと音を立てた。

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