「でもー、いいなー」
お弁当を片付けながらミユが言う。
「ミユちゃん、何が?」
首を傾げるユウトくんに、ミユは勢いよく振り向いた。
彼の手をギュッとつかんで上目遣い。
あ……ユウトくんの顔が赤くなってる。
「私もー、されたいなーって思っちゃったー」
「だ、だから、何を?」
ふふふ、幸せそうでいいな……。
目を細めながら、パックのリンゴジュースをゴクリ。
してると、ミユが私とレンを指差した。
「私もー、二人みたいに〝あ~ん〟してほしいのー!」
ぶ——————っ!!!
「——げほっげほっげほっ!!」
「きゃーっ、ユイぴょん大丈夫ー?」
思わず、リンゴジュースを吹き出しそうになって。
それを我慢したら、今度は気管に入っちゃったみたいで、めちゃくちゃ咳き込んでしまった。
隣でレンも同じように咳き込んでいる。
どうやら、私と同じ状態みたい。
「げほっげほっ……み、ミユはいきなり何を……」
「だってー」
ミユは唇を尖らせる。
「二人が、いいなーって思っちゃったんだもん……。私も、してほしいって思っちゃったんだもん……」
「そっか。ミユちゃん、気が合うね」
「……え?」
「俺もね、したいと思ってたの」
「ユッたん……」
瞳を潤ませ見つめ合う二人。
もー、見てるこっちが恥ずかしくなるってーの。
ふと、レンに目を向けると、やっぱり少し困ったように笑っていた。
ミユと初めて会ったのは高1のとき。
同じクラスで、隣の席だった。
彼女は、アイリとは違った意味で自分を持っている。
自分の世界を持っているって言った方が正しいかもしれない。
でも、その世界観を受け入れられない人もいて。
ミユは、私たちと出会うまであまり友達がいなかったって言っていた。
ちなみに、最初に話しかけたのは私から。
だって、こんな絵に描いたような可愛い女の子が隣にいるんだよ?
話しかけない方が無理っ!
そのあと、中学からの同級生だったアイリのことを紹介して。
それで、とても仲良くなった。
あのときのミユの笑顔は、今でも私の心の中に焼き付いている。
この笑顔を守りたいとさえ思ったんだ。
そんなミユが、こうして彼氏ができたこと。
本当に嬉しく思う。
本当に本当に良かっ……。
「——良くない!」
私は、バンッ! と机をたたいた。
驚く3人の視線が私に集まる。
「ねぇっ、二人は恋免持ってないよね!?」
「えー? うんー、持ってないよー?」
「じゃあ、ダメじゃんっ!」
バンバンッ!
もう一度机を叩く。
今度は2回。
「日野原、ちょっと落ち着けって。いきなりどうした?」
「だって!」
私はレンをにらんだ。
「無免許でのお付き合いは法律違反じゃんっ!」
「ん……まぁ、そうだな」
「そうだなって、なんでそんな
「お、落ち着いてよ、ユイちゃん。俺たち、まだ付き合ってはないからさー」
「……は?」
ユウトくんの軽い言葉。
私は、ぐるんと首を彼の方へと向ける。
その動きは、ホラー映画の
ユウトくんが「ヒッ!」と短い悲鳴を上げた。
でも、私は追及の手を緩めない。
「付き合ってないってなんなの? ミユとは遊び? そんなの私が許さないからね!」
ゆらり……。
と、彼に向かって手を伸ばす。
ミユは私が守らなきゃ!
——そのとき。
「ユッたんは、そんな人じゃなーいっ!」
突然、ミユの声が響いた。
いつになく大きなその声に、私は思わずビクッとなる。
「ユッたんは、私とのお付き合いのこと、ちゃんと考えてくれてるもん! 恋免だって、これから一緒に取りに行こうって言ってくれてるんだもん!」
「え……そ、そうなの?」
「そうだよー、もうーっ!」
ユウトくんに目を向けると、彼は頬をかきながらうなずいた。
「今度の土曜日に、一緒に恋愛教習所に行ってみようかって話してたんだよね」
「え……私、聞いてない」
「だってー、今朝決めたんだもん!」
ぷーっと頬を膨らませるミユに、私は意気消沈。
うなだれるようにして、席に座った。
「ごめん……私、なんにもわかってなかった」
ほんと、私、バカ。
二人の今後を確かめもせず勝手に突っ走って。
「ユウトくんも……ごめんなさい」
「い、いや、いいって。それだけミユちゃんのこと大切に思ってたってことでしょ? それって、すごいことじゃん!」
ユウトくんはそう言ってくれるけれど……。
ダメ、私が私のことを許せない。
二人の顔、見られないよ……。
自分に対する嫌悪感。
そして、ミユにはもう私の助けはいらないっていう喪失感が心を支配して。
涙で視界が滲んでく……。
「ていっ!」
「——っ!?」
不意に、頭をポンと優しく撫でられる感触。
思わず顔を上げると、レンと目が合った。
今、私の頭の上には彼の手がある。
「れ、レン?」
戸惑う私から手を離すと、ミユとユウトくんに向き直る。
「悪い、二人とも。俺も日野原と同じこと考えてたわ」
え……?
レンも……?
「えー、マジかよ?」
「もー、レンレンまでー! ユッたんは、そんな人じゃないんだからー!」
「あはは、ごめん。でもさ、今の二人を見たら、俺たちの取り越し苦労だってわかったから。……な? 日野原」
「え……あ……う、うん」
急に話を振られ、どぎまぎしながらも慌ててうなずく。
「ったく……二人が俺のことをどういう目で見てるか、よーくわかったわ」
ユウトくんはおどけるように肩をすくめ、ため息をひとつ。
だけどそれは、すぐに真面目な表情になる。
「俺、ミユのことマジだから。マジで好きだから。だから、ユイちゃんにも認めてもらえたら嬉しいな」
「な、なんで私に……?」
「話は聞いてるよ。1年のとき、誰とも馴染めなかったミユに声をかけてくれたこと。ミユ、本当に嬉しかったって」
「え……」
驚きを隠せない私に、ミユは微笑む。
「ユイぴょんがお友達になってくれたから、私は楽しい高校生活を送れているんだよー。私が今、幸せに見えるとしたらー、それはきっとユイぴょんのおかげ!」
「ミユ……」
「だから、これからも、ずーっとお友達でいてほしいなーって」
「……ありがとう、ミユ」
ミユは、私のおかげで楽しい高校生活を送れているって言ってくれた。
でも、それは私も同じで。
ミユがいたから、今までたくさん笑ってこられた。
私の助けは、もういらないんじゃない。
今まで、お互いに支え合ってきたんだ!
それに気が付いた瞬間、胸の中が熱くなって。
瞳に熱いものが込み上げて。
顔には、自然と笑みが浮かんでいた。
どちらからともなく差し出された手。
それを二人で取り合って握手を交わす。
そして、なんだか少し気恥ずかしくなって。
「へへっ」
「えへへーっ」
二人して、照れ隠しで笑ってしまった。
「うっ、うっ……」
聞こえてくる
ふと見たユウトくんの目からは、大粒の涙が溢れていた。
「お、俺、こういうの弱いの。友情っていいよな……」
ミユに差し出されたハンカチで涙を拭くと、レンに向かって手を差し出した。
「俺たちも握手しようぜ」
「は? バカじゃねーの! ぜってーしねーって!」
「なんでだよ~。仲良くしようよ~、レンレ~ン!」
「お、お前は、レンレンって呼ぶな!!」
二人のやり取りがおかしくて、微笑ましくて。
ミユとの間の確かな絆が嬉しくて。
私とミユは、顔を見合わせて笑ってしまった。
こういうの、やっぱいいな。
大人になってもずっと、みんな一緒にいられたらいいのにな……。
今、この場にはいないアイリのことも心に浮かべながら、私はそう願った。
「そーいえば、ユッたんー」
ミユが、ユウトくんの袖を引っ張る。
「さっき私のことー、呼び捨てにしたー」
「え……あっ! ご、ごめん! つい勢いで! 嫌だった……よね?」
「ううんー!」
ミユは大袈裟に首を振る。
「嬉しかったー! また、呼んでほしいなーって」
「お、おう! そんなの、いくらでも呼ぶよ! ミユ!」
「きゃー、もー、ユッたんー♡」
本当に幸せそうな二人。
両想いって、こういうことなんだな……。
ふふっと目を細めていると、レンが言いづらそうに口を開いた。
「……あのさ。今、気が付いたんだけど。俺たち、かなり目立ってね?」
「えっ!?」
その言葉でハッと我に返る。
ここは昼休みの教室だった!
周りを見回すと、クラスのみんなが私たちの成り行きをジッと見守っていた。
ヤバい……。
ちょっと騒ぎすぎた?
恥ずかしすぎるー!
なんて思ってたら、ユウトくんが勢い良く立ち上がった。
「みんなー、ご
な、なんて強心臓!!!
にわかに拍手で包まれる教室で、私はただ唖然とすることしかできなかった。
「……ねえ、日野原さん」
そのとき不意に肩を叩かれた。
振り返ると、それは同じクラスの女子だった。
「あ……ご、ごめんね。うるさかったよね」
「ううん」
謝る私に、その子は首を横に振る。
「日野原さんを呼んでって言われたから」
そう言って、教室の後ろの扉を指差した。
「呼んでって、誰が……?」
その方向に目を向けて、そして——。
「——げっ!?」
思わず顔が凍り付く。
なぜなら、それは私が一番会いたくなかった人だから。
「久しぶり、ユイちゃん」
ショウ先輩は、笑顔で手を振っていた。
相変わらずの爽やかな笑顔で……。