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第20話『絆』

「でもー、いいなー」


 お弁当を片付けながらミユが言う。


「ミユちゃん、何が?」


 首を傾げるユウトくんに、ミユは勢いよく振り向いた。

 彼の手をギュッとつかんで上目遣い。

 あ……ユウトくんの顔が赤くなってる。


「私もー、されたいなーって思っちゃったー」

「だ、だから、何を?」


 ふふふ、幸せそうでいいな……。


 目を細めながら、パックのリンゴジュースをゴクリ。

 してると、ミユが私とレンを指差した。


「私もー、二人みたいに〝あ~ん〟してほしいのー!」


 ぶ——————っ!!!


「——げほっげほっげほっ!!」

「きゃーっ、ユイぴょん大丈夫ー?」


 思わず、リンゴジュースを吹き出しそうになって。

 それを我慢したら、今度は気管に入っちゃったみたいで、めちゃくちゃ咳き込んでしまった。

 隣でレンも同じように咳き込んでいる。

 どうやら、私と同じ状態みたい。


「げほっげほっ……み、ミユはいきなり何を……」

「だってー」


 ミユは唇を尖らせる。


「二人が、いいなーって思っちゃったんだもん……。私も、してほしいって思っちゃったんだもん……」

「そっか。ミユちゃん、気が合うね」

「……え?」

「俺もね、したいと思ってたの」

「ユッたん……」


 瞳を潤ませ見つめ合う二人。

 もー、見てるこっちが恥ずかしくなるってーの。

 ふと、レンに目を向けると、やっぱり少し困ったように笑っていた。



 ミユと初めて会ったのは高1のとき。

 同じクラスで、隣の席だった。


 彼女は、アイリとは違った意味で自分を持っている。

 自分の世界を持っているって言った方が正しいかもしれない。

 でも、その世界観を受け入れられない人もいて。

 ミユは、私たちと出会うまであまり友達がいなかったって言っていた。


 ちなみに、最初に話しかけたのは私から。

 だって、こんな絵に描いたような可愛い女の子が隣にいるんだよ?

 話しかけない方が無理っ!


 そのあと、中学からの同級生だったアイリのことを紹介して。

 それで、とても仲良くなった。

 あのときのミユの笑顔は、今でも私の心の中に焼き付いている。

 この笑顔を守りたいとさえ思ったんだ。



 そんなミユが、こうして彼氏ができたこと。

 本当に嬉しく思う。

 本当に本当に良かっ……。


「——良くない!」


 私は、バンッ! と机をたたいた。

 驚く3人の視線が私に集まる。


「ねぇっ、二人は恋免持ってないよね!?」

「えー? うんー、持ってないよー?」

「じゃあ、ダメじゃんっ!」


 バンバンッ!

 もう一度机を叩く。

 今度は2回。


「日野原、ちょっと落ち着けって。いきなりどうした?」

「だって!」


 私はレンをにらんだ。


「無免許でのお付き合いは法律違反じゃんっ!」

「ん……まぁ、そうだな」

「そうだなって、なんでそんな呑気のんきにしていられるの!?」

「お、落ち着いてよ、ユイちゃん。俺たち、まだ付き合ってはないからさー」

「……は?」


 ユウトくんの軽い言葉。

 私は、ぐるんと首を彼の方へと向ける。

 その動きは、ホラー映画のそれ・・のごとく。

 ユウトくんが「ヒッ!」と短い悲鳴を上げた。


 でも、私は追及の手を緩めない。


「付き合ってないってなんなの? ミユとは遊び? そんなの私が許さないからね!」


 ゆらり……。

 と、彼に向かって手を伸ばす。

 ミユは私が守らなきゃ!


 ——そのとき。


「ユッたんは、そんな人じゃなーいっ!」


 突然、ミユの声が響いた。

 いつになく大きなその声に、私は思わずビクッとなる。


「ユッたんは、私とのお付き合いのこと、ちゃんと考えてくれてるもん! 恋免だって、これから一緒に取りに行こうって言ってくれてるんだもん!」

「え……そ、そうなの?」

「そうだよー、もうーっ!」


 ユウトくんに目を向けると、彼は頬をかきながらうなずいた。


「今度の土曜日に、一緒に恋愛教習所に行ってみようかって話してたんだよね」

「え……私、聞いてない」

「だってー、今朝決めたんだもん!」


 ぷーっと頬を膨らませるミユに、私は意気消沈。

 うなだれるようにして、席に座った。


「ごめん……私、なんにもわかってなかった」


 ほんと、私、バカ。

 二人の今後を確かめもせず勝手に突っ走って。


「ユウトくんも……ごめんなさい」

「い、いや、いいって。それだけミユちゃんのこと大切に思ってたってことでしょ? それって、すごいことじゃん!」


 ユウトくんはそう言ってくれるけれど……。

 ダメ、私が私のことを許せない。

 二人の顔、見られないよ……。


 自分に対する嫌悪感。

 そして、ミユにはもう私の助けはいらないっていう喪失感が心を支配して。

 涙で視界が滲んでく……。


「ていっ!」

「——っ!?」


 不意に、頭をポンと優しく撫でられる感触。

 思わず顔を上げると、レンと目が合った。

 今、私の頭の上には彼の手がある。


「れ、レン?」


 戸惑う私から手を離すと、ミユとユウトくんに向き直る。


「悪い、二人とも。俺も日野原と同じこと考えてたわ」


 え……?

 レンも……?


「えー、マジかよ?」

「もー、レンレンまでー! ユッたんは、そんな人じゃないんだからー!」

「あはは、ごめん。でもさ、今の二人を見たら、俺たちの取り越し苦労だってわかったから。……な? 日野原」

「え……あ……う、うん」


 急に話を振られ、どぎまぎしながらも慌ててうなずく。


「ったく……二人が俺のことをどういう目で見てるか、よーくわかったわ」


 ユウトくんはおどけるように肩をすくめ、ため息をひとつ。

 だけどそれは、すぐに真面目な表情になる。


「俺、ミユのことマジだから。マジで好きだから。だから、ユイちゃんにも認めてもらえたら嬉しいな」

「な、なんで私に……?」

「話は聞いてるよ。1年のとき、誰とも馴染めなかったミユに声をかけてくれたこと。ミユ、本当に嬉しかったって」

「え……」


 驚きを隠せない私に、ミユは微笑む。


「ユイぴょんがお友達になってくれたから、私は楽しい高校生活を送れているんだよー。私が今、幸せに見えるとしたらー、それはきっとユイぴょんのおかげ!」

「ミユ……」

「だから、これからも、ずーっとお友達でいてほしいなーって」

「……ありがとう、ミユ」


 ミユは、私のおかげで楽しい高校生活を送れているって言ってくれた。

 でも、それは私も同じで。

 ミユがいたから、今までたくさん笑ってこられた。


 私の助けは、もういらないんじゃない。

 今まで、お互いに支え合ってきたんだ!


 それに気が付いた瞬間、胸の中が熱くなって。

 瞳に熱いものが込み上げて。

 顔には、自然と笑みが浮かんでいた。


 どちらからともなく差し出された手。

 それを二人で取り合って握手を交わす。


 そして、なんだか少し気恥ずかしくなって。


「へへっ」

「えへへーっ」


 二人して、照れ隠しで笑ってしまった。


「うっ、うっ……」


 聞こえてくる嗚咽おえつの声。

 ふと見たユウトくんの目からは、大粒の涙が溢れていた。


「お、俺、こういうの弱いの。友情っていいよな……」


 ミユに差し出されたハンカチで涙を拭くと、レンに向かって手を差し出した。


「俺たちも握手しようぜ」

「は? バカじゃねーの! ぜってーしねーって!」

「なんでだよ~。仲良くしようよ~、レンレ~ン!」

「お、お前は、レンレンって呼ぶな!!」


 二人のやり取りがおかしくて、微笑ましくて。

 ミユとの間の確かな絆が嬉しくて。

 私とミユは、顔を見合わせて笑ってしまった。


 こういうの、やっぱいいな。

 大人になってもずっと、みんな一緒にいられたらいいのにな……。


 今、この場にはいないアイリのことも心に浮かべながら、私はそう願った。


「そーいえば、ユッたんー」


 ミユが、ユウトくんの袖を引っ張る。


「さっき私のことー、呼び捨てにしたー」

「え……あっ! ご、ごめん! つい勢いで! 嫌だった……よね?」

「ううんー!」


 ミユは大袈裟に首を振る。


「嬉しかったー! また、呼んでほしいなーって」

「お、おう! そんなの、いくらでも呼ぶよ! ミユ!」

「きゃー、もー、ユッたんー♡」


 本当に幸せそうな二人。

 両想いって、こういうことなんだな……。


 ふふっと目を細めていると、レンが言いづらそうに口を開いた。


「……あのさ。今、気が付いたんだけど。俺たち、かなり目立ってね?」

「えっ!?」


 その言葉でハッと我に返る。

 ここは昼休みの教室だった!

 周りを見回すと、クラスのみんなが私たちの成り行きをジッと見守っていた。


 ヤバい……。

 ちょっと騒ぎすぎた?

 恥ずかしすぎるー!


 なんて思ってたら、ユウトくんが勢い良く立ち上がった。


「みんなー、ご清聴せいちょうありがとう! というわけで、俺とミユはクラス公認でヨロシクー!」


 な、なんて強心臓!!!


 にわかに拍手で包まれる教室で、私はただ唖然とすることしかできなかった。


「……ねえ、日野原さん」


 そのとき不意に肩を叩かれた。

 振り返ると、それは同じクラスの女子だった。


「あ……ご、ごめんね。うるさかったよね」

「ううん」


 謝る私に、その子は首を横に振る。


「日野原さんを呼んでって言われたから」


 そう言って、教室の後ろの扉を指差した。


「呼んでって、誰が……?」


 その方向に目を向けて、そして——。


「——げっ!?」


 思わず顔が凍り付く。

 なぜなら、それは私が一番会いたくなかった人だから。


「久しぶり、ユイちゃん」


 ショウ先輩は、笑顔で手を振っていた。

 相変わらずの爽やかな笑顔で……。

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