その日のお昼休み。
私は、いつものようにみんなとお弁当を囲んでいた。
メンバーは、私、アイリ、レン。
そしてミユとユウトくんだ。
最初は、
ミユとユウトくんは二人だけで食べたいんじゃ……。
って思っていたのだけれど。
「ユイぴょーん、お昼だよー♪」
って、ユウトくんと二人でお弁当を持ってきたので、ちょっと取り越し苦労だったみたい。
「いただきまーす!」
みんなで一斉にお弁当の蓋を開ける。
その瞬間、目に飛び込んでくる美味しそうなおかずと、白く輝くご飯!
ワクワクとドキドキが、喜びと重なり合うとき。
昔から、この一瞬が好きだった。
まずは、お母さんの作った卵焼きをお箸で口に運ぶ。
半分だけ、ぱくり。
ふわふわのそれは、口の中で美味しく弾けた。
広がっていく甘くて香ばしい味。
子供の頃から変わらない、私の大好きな味!
心の中が、幸せで色塗られていく。
んー、最高♡
二口目を運ぼうとしたとき、ふとレンと目が合った。
じっと私を見つめ、そして嬉しそうに目を細める。
こんな優しそうなレン、ちょっと珍しい。
「なに?」
「いや——」
首を傾げる私に、レンは微笑んだ。
「日野原って、すげー嬉しそうに飯食うなーって」
——なっ!?
「あー、それ、俺も思ってた!」
しなくていいのに、ユウトくんが賛同する。
「だろー? 何気ない日常の中の幸せっていうか……俺、そういうの見るの好きなんだよね」
「月島くんの言うこと、わかる気がするわ。苦労した先にある日常回だからこそ、尊いのよね」
レンの言葉に、何かの批評みたいなことを言うアイリ。
「今日の体育ー、私たち持久走だったもんねー。ほんと疲れちゃったー」
「ミユちゃん、よく頑張ったねー!」
ユウトくんに頭を撫でられて、ミユは「えへへー」と嬉しそう。
穏やかな空気が私たちの中を流れていく——。
——じゃなくて!
このままでは、私は食いしん坊キャラで完全に定着してしまうっ!
「ち、違くてっ!」
私は、とっさにお箸で摘まんでいたものを突き出した。
それは、一口食べて半分ほどの大きさになっている大好きな卵焼きだ。
「こ、このお母さんの卵焼きが美味しいからなんだからっ! 本当に絶品なんだからっ!」
「へぇ~」
レンは、じーっとその卵焼きを見つめたかと思ったら……。
「どれどれ」
パクッ!
っと、私のお箸の卵焼きを食べてしまった!
「————っっっ!?!?!?」
ちょ————!!!!!
また間接キスだし、今回は〝あ~ん〟までしちゃってるみたいになってるじゃんっっっ!!!
「……ほんとだ! これ、マジで美味いわ! 日野原のお母さん、卵焼き作りの天才だな!」
そう言って笑うレン。
人の気持ちも知らずに、無邪気な反応。
何か答えなきゃと思うけれど、何も言葉が出てこなくて——。
私は思わずうつむいた。
やば……!
私、今、真っ赤になってない!?
「……日野原?」
レンが不思議そうに声をかけてくる。
ダメだって!
今は顔を上げられないからっ!
そんな私の態度に何か勘違いしたのか。
「勝手に食べて悪かったよ。……ごめん。ほら、これ」
と言って、私の前にお箸を出してきた。
そこには茶色に光る唐揚げが挟まれている。
「これと交換ってことで」
「ほら」と、顔の前でお箸を振る。
え……!?
お返しの〝あ~ん〟!?
こ、これって、このまま食べちゃっていい感じ!?
レンの顔をちらりと見る。
私と目が合うと、
「ん?」
と小首を傾げて微笑んだ。
その瞬間、私の胸は痛いくらいに高鳴った。
落ち着いて、落ち着いてユイ!
この天然男は何も考えてないから!
これはただの友達として、卵焼きのお返しとしてだから!
私は深く息を吐くと、おそるおそる唐揚げに顔を近づけ……。
そして——ぱく。
レンに差し出されたお箸ごと、唐揚げを口の中に入れた。
その瞬間、口の中に広がる甘じょっぱい味!
冷えてるせいか少し固い衣だけれど、歯を立てるとそれはぶわっと一気に崩れてきて。
香ばしい衣の奥に隠されたお肉はとっても柔らかくて、噛めば噛むほど深い味わいが広がってくる。
控えめに言ってもこれは——!
「すっごく美味しい……!」
「だろー?」
レンは得意げに笑う。
「これ、母さんの得意料理でさ。子供の頃から変わらない、好きな味なんだよね」
レン、私の卵焼きと同じこと言ってる……。
私は卵焼き。
レンは唐揚げ。
食べ物は違うけれど考えていることは同じで、なんだかちょっと心の中が温かくなって。
笑顔のレンを前に、私も思わず微笑んだ。
「わぁー、ユイぴょん、幸せそー」
「〝あ~ん〟し合うとか、二人とも見せつけてくれるじゃーん!」
「なっ!? こ、これは違くて!!」
両手を合わせるミユに、からかうようなユウトくん。
思わず私は席から立ち上がった。
でも、隣のレンはキョトンとした表情で。
「は? あ~ん? お前は何を言ってる……ん…………だぁっ!?」
ようやく気が付いたのか、跳ねるように立ち上がった。
その顔が、みるみる赤くなっていく。
「なんだよ、レン。鈍感系主人公かよー!」
「ば……ユウト、お前、ば……! そ、そんなんじゃねぇって!!」
「わぁー。ユイぴょんもレンレンも、お顔が真っ赤ー」
「ちょ、ちょっとミユっ!!」
ユウトくんとミユのイタズラな笑みの前に、たじたじになるうちら。
そのとき、不意にアイリがレンの袖を引っ張った。
「ねえ、月島くん」
「な、なに……?」
「私も……月島くんの唐揚げが食べたいな」
そう言って、アゴを上げて瞳を閉じる。
その姿はまるでキスを待っているようで。
うちらの笑顔が思わず固まった。
「え……えっと……アイリ?」
その意図がわからなくて、私は恐る恐る親友に尋ねる。
きゅっと細くなった喉から絞り出した声は、頼りないくらいに震えていた。
次の瞬間、アイリが瞳を開く。
その顔が、ふっと緩んだ。
「バカね。冗談よ」
「え……冗談?」
「私がそんなキャラじゃないの、知ってるでしょ」
そう言って軽く微笑む彼女は、私のよく知るアイリだった。
張り詰めた空気が一気に緩和されていく。
「な、なんだよ、冗談かよー!」
「アイりん、演技力すごーい! 女優さんみたーい!」
安心したように笑うユウトくんと、口に手を当て目を丸くするミユ。
あー、びっくりした!
冗談かー、そりゃそうだよね。
でも、まさかアイリがそんなことを言うなんてね。
ほっとため息をつく私。
ふと隣を見ると、レンも同じ気持ちだったのか。
同じように、ため息をついていた。
「ったく……水本は、そういう冗談はやめろよな」
レンの言葉に、アイリは向き直る
「じゃあ……本気だったら?」
「なっ!?」
「えっ!?」
レンの、そして私の口から、再び驚きの声が飛び出した。
でも、その後に続く言葉が見つけられなくて。
私とレンは、ただただ立ち尽くすことしかできなかった。
しばしの沈黙のあと……。
「……ふふ。もう、二人とも。なんて顔してるのよ」
アイリはそう言って笑った。
「だ、だから、そういうのはやめろって!」
「ふふふ、ごめんね月島くん」
息を吐くレンに、アイリは微笑んだ。
そして、次に私に向き直ると、
「ユイも、ごめんね。二人のやり取りに割り込んじゃって」
そう謝ってきた。
「う……ううんっ!」
私は咄嗟に首を横に振る。
「ほ、ほらっ! レンって、いじってあげると喜ぶから! む、昔は、お笑い芸人? 目指してたっていうし!」
「……そんなこと言った覚え、ねーぞ」
冷静なツッコミを入れるレンに、うちらの中で笑いが起こった。
「……あ、そうだった!」
そのとき、アイリが不意に手を叩く。
「私、先生に呼ばれていたんだったわ」
「ガク先生?」
「そう。昼休みだというのに、先生も大変ね」
どこか他人事みたいにそう言って、まだ半分くらいしか食べていないお弁当を、てきぱきと片付けはじめる。
「アイリ、呼び出しって急ぎなの?」
「え? どうして?」
「だって、お弁当がまだそんなに残ってるのに」
「ああ、ううん」
私の言葉に首を横に振りながら、アイリは立ち上がった。
「気にしないで。最近、あまり食べられないから」
「え、アイリちゃん、食欲ないの!?」
「アイりんが、しんぱーい!」
心配そうなユウトくんとミユに、アイリは微笑む。
「大丈夫よ。今は、これくらいの量で丁度いいから」
レンが真剣な表情で口を開いた。
「それは、大丈夫って言わねーだろ。一度、病院で診てもらった方がいいと思うぞ」
「うん……ありがとう」
アイリは横を向くと、長い髪をかき上げ耳にかける。
つややかで綺麗な黒髪が、サラサラと揺れた。
「そ、それじゃ私、もう行くから」
お弁当をカバンにしまい、早足で教室の外へと歩き出す。
「アイりん、ほんとーに大丈夫かなー?」
「うーん……」
ミユの言葉に首を傾げるユウトくん。
私は、教室を出て行くアイリの背中をずっと見つめていた。
髪をかき上げた横顔が、赤く染まっていたように見えて。
髪をかけた耳が、真っ赤になっていた気がして。
私は、アイリの姿が見えなくなっても目を