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第18話『ヤキモチをください!』

 朝の校舎内に響く生徒たちの声。


「おはよー!」

「あ、おはよ!」

「ねぇ、昨日のドラマ見た?」

NOZAELノザエルのボーカルのヒカルが主演のやつでしょ? 見た見た!」


 こそこそこそ……。


 挨拶と楽しそうな雑談の中をかいくぐるようにして、私は素早く移動する。

 常に壁を背にして、曲がり角ではそーっと顔を出して確認。

 安全とわかったら、足音を立てないよう爪先立ちで疾走。

 時々、カバンにつけた宝物の猫のキーホルダーが、しゃらんと音を鳴らしてビクッとする。


 ——なぜ、私がこんなことをしているのか。

 それはもちろん、夕べのショウ先輩からのメッセージが原因。



『こんばんは、ユイちゃん。元気してる? 寂しい思いをさせちゃってゴメンね。俺、明日から学校に復帰するから。また、ヨロシクー♪』



 こんなメッセージをされて、普通に廊下を歩くことなんてできるわけがない。


 別にもう、怒ってるとかはないけれど……。

 でも、先輩と別れることにしたのも、恋免を返納したのも私が一方的に決めたこと。

 もちろん、その原因はショウ先輩の恋愛法違反なのだけれど。


 けど、もし今、廊下でばったりなんてことになったら、どんな顔をしたらいいのかわからない。

 そんなわけで、私はこっそり隠密行動中なのでした。


 この前お父さんが見てたテレビ番組で、タレントが濡れた和紙の上を破らずに走るっていう忍者の訓練を体験してたけれど……。

 お父さん!

 私は今、誰よりも忍者してるでござる、ニンニン!


 カバンで顔を隠しつつ、さささーっと廊下を駆け抜けて教室に滑り込む。

 そして自分の席に腰を下ろして、ようやく安堵のため息が漏れた。


 ほんと疲れた……。


「さっきから、あなたは何をしてるのよ?」


 ふとかけられる声。

 顔を上げると、目の前にはアイリが立っていた。


「アイリぃ~、ショウ先輩、今日から学校来るんだって」

「げっ、そうなの!?」

「うん、これ見て~」


 スマホを操作しショウ先輩からのメッセージを開くと、ほら~っとアイリに見せる。

 内容に目を通したアイリは……。


「これは、全然反省してないわね」

「だよね……」


 私たちは顔を見合わせると、深いため息をついた。


「朝からなに深刻な顔してんだ?」


 登校してきたレンが、不思議そうに首を傾げた。

 私の隣に来ると、さり気なくスマホを覗き込む。

 不意に近づく顔、思わず胸がドキッと強く脈打った。

 昨日の帰り道でも同じようなことがあったけれど、私の心臓は全然慣れてくれないみたい。


 少しの間、スマホに目を落としていたレンは……。


「……くだらねぇ」


 と、そっけない言葉を残して自分の席に座った。


「く……くだらないって何っ!? こっちは真剣に悩んでるのに!」


 私は、隣の席のレンをにらんだ。


 レンのことが本当によくわからない。

 心の距離が近づいたと思ったら、また離れて。

 レンは小学校の同級生のレンだったけど、きっともう〝キーホルダーの約束〟なんて覚えてないんだろう。

「俺がお前を泣かせない!」って言ってくれた、あの約束を。


 レンは、どかっと机の上に肘をつくと手にアゴを乗せてこっちを見た。

 いつになくジトッとした目。

 その顔は、どこか不機嫌にも見える。


「あのさ、日野原ってさ……」

「何よ、またスキがあるって言いたいのっ!?」

「いや……」


 その唇が少しだけ尖った。


「……彼氏いたんだな」


 ……え?

 ……え、え?

 ……え、え、えー?


 さっきから見せる不機嫌な態度。

 尖らせた唇は、なんだかねている子供みたいで。


 え?

 もしかして、ヤキモチ焼いてる?


 驚きのあまり、声が喉の奥に引っかかって出てこない。

 ただただ口をぱくぱく動かすばかりの私に、レンは深く息を吐いた。


「言い訳もしねぇってことかよ」

「ち、違う!」


 無理やり振り絞る声。

 ビックリした顔のレン。

 気が付けば私は立ち上がっていた。


「レン、ちゃんと話すから……聞いてっ!」


 私は、ショウ先輩との経緯いきさつを話し出す。


 校舎裏で告白されたこと。

 人生初の告白で、思わず舞い上がってしまったこと。

 あとで思い返してみたら、

「君って実は可愛かったんだね。俺と付き合ってよ」

 なんて失礼なことを言われていたこと。


 その後、先輩は恋愛免許証偽造の罪で停学になったこと。

 更に、数々の余罪があったこと。

 付き合って1日も経ってないけれど、別れを決意したこと。

 その勢いのまま、恋愛免許証を返納したこと。


 ところどころアイリにフォローしてもらったけれど、私は身振り手振りで一生懸命レンに伝えた。

 レンは黙って最後まで聞いてくれて。

 そして、最後にまた深く息を吐いた。


「バカじゃねーの……」


 くーっ!

 また、ため息つかれたっ!


 まぁ、私がうかつだったのは認めるけど……。

 でも、その態度はないんじゃない?


 そう思いながらも、もしかしてヤキモチ? っていう希望にすがりたくて。

 それを否定されたくなくて。

 私は、ただ黙り込むことしかできなかった。


 訪れる沈黙。

 私はもちろん、レンもアイリも何も言葉を発しない。

 ……や、発せないが正しいのかもしれない。


 早く、誰か何かを言って!


 私がそう願ったとき。

 開け放たれた教室前の扉から、廊下を歩く二人の人影が見えた。


 ……ん!?


 ショートボブの髪とゆるめパーマの髪、それはもちろんミユとユウトくんなんだけれど……。

 あの二人、今、確かに……!


 二人は前の扉を通過して後ろの扉から入ってくる。


「おはよー!」


 元気な挨拶、満面の笑み。

 少し、赤く染まった頬……?


 アイリがそっと耳打ちする。


「ねえ、ユイ……あの二人。さっき、手をつないで歩いてなかった?」

「う、うん。アイリもそう見えた?」

「見えた」

「見えちゃったよね……」


 私たちは顔を見合わせてうなずく。


「あー、ユイぴょーん、アイりーん。おーはよー!」

「今日も、天気が良くて良かったよなー」


 そんなことを言いながら、ミユとユウトくんは席につく。

 横並びの席。

 顔を見合わせて微笑む二人。

 そこに言葉はないけれど、何とも言えない幸せな雰囲気が漂っている。


「ねぇ、アイリっ!」

「うん、ユイ!」

「これって、上手く行っちゃった流れじゃない?」

「みたいね!」


 私たちは、こっそり手を取り合って喜ぶ。

 まだ無免許の二人だけど、親友の幸せそうな顔は本当に嬉しかった。


「ほんと、女子ってそういうの好きだよな」


 私たちに向かって言うレン。

 その顔はこの前みたいな陰りのあるものじゃなく、穏やかで優しい笑顔だった。


 きっと、レンも嬉しいんだな……。


 そう思うと、心の中がとっても温かくなる。

 この瞬間、このときだけは、レンの態度もショウ先輩のことも忘れることができた私だった。


 ほんと、よかったねミユ!

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