それから30分以上が過ぎて。
太陽が西の空に傾いている中、私とレンは私の家の前にいた。
駅前でお茶をしたこともあって、いつもより長く歩くことになってしまった。
でも、レンと一緒だったから、全然苦にはならなかった。
「送ってくれて、ありがと」
「別に……通り道だし」
クールぶって、そっけなく答えるレン。
だけど、本当は天然なところもあるんだよね。
私はクスッと笑うと、家の門を開いた。
あまり大きくはないけれど……一応、庭付きの一戸建てだ。
「じゃあね」
「ああ。また明日、学校で」
レンは軽く手を振ると、くるりと背中を向けて歩き出す。
西日を受けて長く伸びる影。
その姿が、だんだんと遠ざかっていく。
赤く染まり始めた景色に、なんだか寂しさを覚えて——。
「——レン!」
私は、咄嗟に彼の名前を呼んでいた。
「……なに?」
振り返ったレンは逆光の中で笑っていて。
キラキラと輝いて見えて、思わずドキッとしてしまった。
「あ、あのね……今日は楽しかった」
「ああ、俺もだよ」
「……え? レンも楽しいと思ってくれたの?」
「当たり前だろ。じゃなきゃ、こんな時間まで一緒にいねーって」
「そっか……そうだよね」
その言葉が胸の中に染み渡って。
なんだか、とても嬉しくて。
「また! また一緒にお茶しよっ!」
私は思わず叫んでいた。
「ああ、またな」
レンはそう言って笑ってくれた。
「ふふふ、うふふふ〜♪」
余韻に浸りながら、上機嫌で玄関の扉を開ける。
「お帰り、結衣」
そこには、お母さんの姿があった。
「ただいまー。お母さん、今日は早いんだね?」
「お仕事が早く終わったからね」
そう言って微笑むお母さん。
「……ところで~」
不意に、その手がぽんっと叩かれた。
これは、私に聞きたいことがあるときのお母さんの癖だった。
「ねーえ、結衣?」
「なに?」
手を洗って、うがいをしながら私は答える。
「さっきの子って、小学校のとき同じクラスだった月島さんちの
ぶーっ!!
思わず口に含んでいた水を吐き出してしまった。
「げほっげほっげほっ!! な……なんでそれをっ!?」
「うん? ほら、結衣の嬉しそうな声が聞こえてきたから、窓から覗いてみたのよ。そしたら見覚えのある男の子がいるじゃない?」
「べ、別にレンは今のクラスメートだしっ! 友達だしっ! そ、それだけっ!」
私は飛び散った飛沫を手早くタオルで拭くと、逃げるように階段を駆け上がる。
お母さんは、
「なんだ、友達かぁ。……あ、でも今度、うちに連れてきなさいなー」
って言ってたけれど、聞こえないふりをして自室に飛び込んだ。
制服を脱ぎ、部屋着に着替え、ふぅっと一息をつく。
特に部屋ですることもないので、また一階に降りてリビングのソファーにぽすんと腰を下ろした。
テーブルの上のリモコンに手を伸ばし、何の気なしにテレビの電源をつける。
「今日は、色々なことがあったな……」
ぼーっとテレビを眺めながら膝を抱えた。
帰りにみんなでお茶をして。
ニックネームを決め合って。
そして、ミユとユウトくんを二人きりにして。
パリピ男にナンパされて、無理やり連れて行かれそうになって。
でも、それをレンが助けてくれて……。
二人でクレープを食べて……。
吐息がかかるくらい顔が接近したりもして……。
そして、手を繋いで走って……。
あ……間接キスもしちゃったんだ……。
「あのときはレンの反応が面白すぎて大笑いしちゃったけれど……思い返すと、すごいことしてるよね」
不意に、逆光の中で微笑むレンの姿が浮かんできて。
膝を抱えたまま、ソファーにころんと横になる。
こうすると胸の鼓動がより伝わってきて、自分が妙にドキドキしているのがよくわかった。
たくさん話もして、いっぱい笑い合って。
でも、切ない瞳をするレンも見て……。
『周りの期待に、応えられないときだってあるんだ……』
そうつぶやく姿は、深い悲しみを背負っているみたいだった。
私の知らないレンがいるという現実を、強く思い知らされる。
でも、それは当たり前だし、仕方がないことだけど……。
そう思う反面、なんだか寂しくて胸が苦しくなったりもする。
「なんか……変なの……」
頭の中は、色々な感情がぐるぐると駆け巡っている。
でも、結局その答えは出てこなくて。
私は、ふぅ……とため息をついた。
キッチンからは包丁のリズミカルな音が聞こえてくる。
きっと、お母さんが晩ご飯を作っているんだろう。
さっきまでの非日常なひとときから、日常の空間に引き戻された気がした。
テレビでは、新作アニメのコマーシャルがやっている。
『ショウマには、私の本当の姿を見せる』
『アイ、君は……』
『私は魔法少女プリンセス・ラブ!』
『君が……魔法少女だったのか』
どうやら、さっきまで新作発表会がやってたみたい。
テレビの中ではピンク色の髪の女の子と、青い髪の男の子が見つめ合っている。
『私はアイ!』
『僕はショウマ!』
『ねぇ、私たちって相性ピッタリだと思わない?』
『アイとショウマ、略してアイショウだからね!』
『魔法少女シリーズ最新作! 魔法少女プリンセス
あれ?
魔法少女シリーズってどこかで聞いたような……。
誰かが話していた気もするけど、それが誰だったかまでは思い出せない。
「明日、学校でアイリに聞いてみよーっと」
なぜか急にズキンと痛んだ脇腹をさすりながら、私はつぶやいた。
それからしばらくして、お父さんが仕事から帰ってきた。
3人で席についての晩ご飯。
今日は私の大好きなオムライス、だったけれど……。
学校帰りに食べたチーズバーガーとクレープがお腹の中に残ってて、なかなか口に運ぶことができなかった。
そんな私に、お母さんが笑いかける。
「あらー? 結衣は胸がいっぱいで食べられないのかしら? やっぱり蓮くんと……」
「蓮くん!? それはどこの誰だ?」
「聞いてお父さん。結衣ったら今日ね」
「ち、違うからっ! 食べる、食べるって!」
本当は、胸じゃなくてお腹がいっぱいなんだーって言いたかったけれど……。
うっかりとはいえ、あんな時間にあれだけ食べてしまったことに罪悪感を覚えて。
出されたオムライスを、なんとか完食した私でした……。
……うっぷ。
「ううぅ……。今日は絶対食べすぎだ、私……」
自室に戻った私は、食べたカロリーを消費しようと運動を始めた。
ストレッチをして、その場ウォーキングをして、エア縄跳びをして……。
レンは、よく食べる女の子っていいよなーって言ってたけれど。
さすがにこれ以上太るのは私が嫌なので、一生懸命頑張った。
そんなことをしていると、スマホからメッセージを受信したことを告げる音が聞こえた。
手を止めて確認すると、それは私、アイリ、ミユのグループチャットだった。
差出人はミユだ。
『ユイぴょん、お腹痛いの大丈夫ー? アイリんは、寂しがり屋のイツキくんは大丈夫だったー?』
という文面から始まって、
『あのあと、ユッたんといっぱいお話しちゃったー』
『ユッたん、いい人だしー、カッコいいよねー』
『ユッたん、私のこと可愛いって思ってたんだってー!』
『ユッたん、おうちで犬飼ってるんだよー。写真見せてもらっちゃったー』
ビックリするくらいの長文の中に、ユッたん、ユッたん、ユッたん
……。
もー、ユウトくんのことが、びっしりと書かれていた。
「ふふっ」
嬉しさが溢れてるそのメッセージに、自然と笑みが浮かんでくる。
私はスマホを持ってベッドに横になった。
「よかったね、ミユ!」
スマホの画面の向こう側にいる親友。
きっと、ニコニコ笑顔でメッセージを書いていたんだろうなー。
なんてことを思っていると、
『ちょっとミユ、長文すぎ! でも、よかったわね』
シュッと、アイリがメッセージを返した。
私も返信しようとスマホに指をかけたとき……。
——ピコン。
と、新たなメッセージを告げる音が響いた。
「……え!?」
思わず顔が引きつる。
だってそれは……。
停学になっていた、ショウ先輩だったから!
『こんばんは、ユイちゃん。元気してる? 寂しい思いをさせちゃってゴメンね。俺、明日から学校に復帰するから。また、ヨロシクー♪』