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第16話『手をつないで』

「でさ、ユウトとミユちゃんのことだけど……」

「う、うんっ!」


 そう口を開くレンに、不安を胸の奥に押し込んで笑顔を作る。


「そういや、ユウトもミユちゃんっていいよなーって言ってたわ」

「……え、ほんと?」

「ああ。一緒にいると楽しくて。いいとこ見せたくて、つい頑張っちゃうんだってさ」

「わぁ、そーなんだっ!」


 心の中に、にわかに広がる嬉しさの感情。

 それはまるで、立ち込める暗雲を裂いて射し込むお日様の光みたいで。

 私は手を叩いて喜んだ。

 きっと、今の私は上手に笑えているはずだ。


「なんだー、両想いなんじゃん」

「まぁ……そういうことになるかな」


 私の笑顔につられたのか、レンもそう言って笑う。


「じゃあさ、じゃあさっ! もしかしたら、今日、二人は付き合っちゃったりするかな?」

「あー……」


 だけど、その顔は不意に真顔になった。


「それは——ないな」


 沈んでいた気持ちを拾い上げてくれたのに、また冷たく突き放されたみたいで。

 私は思わず足を止めた。


「なんで……?」

「だって、そりゃ……」


 そんな私に首を傾げながら、レンは振り返る。


「二人とも、恋免れんめん持ってねーじゃん?」


 ……あ。

 そ、そうだった!

 うちらメンバーで恋愛免許証を持っているのはアイリだけ。

 そのことをすっかり忘れてたっ!!


「あーもうっ! 恋愛法ってメンドクサイっ!」

「まぁな……。でも、それで救われた人もたくさんいるからな」


 レンの言葉は確かにそう。

 恋愛法により、男女の交際には恋愛免許証の取得が義務付けされてから、恋愛がらみの犯罪は減ったというのは誰もが知ってる有名な話で。

 データを見ても、ストーカーとか、離婚とか、浮気とか、そういう問題は右肩下がりになっているってニュースで時々見かけている。


 そんな時代の中、私に告白してきた不知火しらぬい しょう先輩。

『免許証偽造』『脇見恋愛』『一時停止無視』『スピード違反』と、数々の犯罪行為を行っていた。

 なのに、悪びれる様子は全然なくて。


 あのときの先輩の笑顔が、不意に頭の中に蘇る。

 ショウ先輩って、ほんと凄い……。


 私は、ごくりとツバを飲み込んだ。


 ……って、ちょっと待って!

 ミユもユウトくんも恋免を持ってないってことは、法律的には恋愛しちゃいけないってこと。

 なのに、そんな二人をお店に残して、うちらは外に出てきちゃった。


 ……ね、ねぇ、これって!!!!!


 私はレンのネクタイを掴むと、勢いのままにグイッと引き寄せる。


「ねぇっ! うちら、犯罪の片棒を担いじゃってないっ!?」


 犯罪補助?

 犯罪幇助ほうじょ

 と、とにかく、無免許恋愛の手助けをしちゃっているんじゃないの!?


 キャー、ヤバい、ヤバいー!

 と、慌てふためく心の中のミニ私たち。

 なのに、レンは顔をそむけてため息を一つ。


「犯罪って……大袈裟な」

「お、大袈裟じゃないよっ! だって、うちら前科者になっちゃうじゃんっ!」


 自覚のないレンに苛立ちすら覚えて、私はずいっと顔を近づける。


「私、学校に警察とか来て逮捕されちゃうのかな……。そしたらきっと退学だよね? 16歳にして恋愛刑務所行き……。ああぁ、お父さん、お母さんになんて言おう」


 ううぅ……。

 思わず涙目になってしまう。

 卒業したはずの泣き虫は、ときどき私のところに帰ってくる。

 迷惑な話だけれど、今はそんなことに構ってる場合じゃない。


「レン……私、獄中から手紙を書くから。私のこと、忘れないでね……」

「ちょっと落ち着けって。別に二人きりにするのなんて、恋愛法違反にならねーから」

「ううぅ……そうなの?」

「授業で習ったろ? この程度は問題ないって。もちろん、無免許恋愛を極端に推してたらアウトだろうけどな」

「私……そんなことしてない」

「だろ? だから大丈夫なんだよ」


 そっか……。

 そうだよね。

 恋愛法は私たちの生活を守るもので、恋する気持ちを抑えつけるものじゃないもんね。


 私は、ほっと息を吐いた。

 そんな私を、レンはチラリと横目で見る。


「それよりも、さ……」

「ん?」

「今のこの状況の方が……問題だと思うぞ」


 言いづらそうに頬を染めるレン。


 この状況って……?

 ……んはっ!?


 そこで私は気が付いた。

 レンの顔が目の前にあることをっっっ!!!


 それは、私の吐息がレンの頬にかかるくらいの近距離で!

 あとちょっとだけ近付いたら、唇が届いちゃうくらいの超至近距離!!

 レンのネクタイを手繰たぐりり寄せつつ、自分の顔を近づけたら当然そうなるよねーっ!!!


「ごっ、ごめんっっっ!!!!!」


 私は慌ててネクタイから手を離し、飛び跳ねるように距離を取った。

 全身が熱を帯び、汗がドバっと吹き出てくる。

 きっと、今の私の顔は真っ赤だ……。


 レンはどんな表情してるんだろう?

 でも、その顔は見れなくて。

 私自身もどんな風に接したらいいのかわからなくて——。


「う——っ!」


 思わず手にしたカバンで顔を隠す。

 そんな私に、風に乗って周りの声が聞こえてきた。


「あらあら、今時の高校生は……」

「青春って感じよね、懐かしいわ」

「でも、あの子たち、恋免は持っているのかしら?」


 ハッとそこに目を向けると、買い物帰りのオバ様たちがこっちを見ながらあれやこれやと話していた。

 そんなオバ様軍団の奥には、巡回中の警察官の姿も見えた。


 ——無免許恋愛の高校生たちを現行犯逮捕!


 明日のニュースの一文が、頭の中をよぎる。

 ど、ど、どうしよう!?


 そのとき、不意に手がつかまれた。


「日野原、逃げるぞ!」


 そう言って、レンは私の手を引いて走り出す。

 その勢いにバランスを崩しそうになりながら、私もなんとか走り出した。

 オバ様方の騒がしい声や、賑やかな街の風景が後ろに流れていく。


 前を走るレンが、不意にこちらを向いた。

 その顔は楽しそうに笑っていて。

 その姿になぜか安心感を覚えて——。


「あはははははっ!」


 私からも、自然と笑い声が溢れていた。

 笑いながら街を走り抜ける私たち。

 その間、ずっと手は繋いだままだった……。



 その後……。

 警察の人が追いかけてこないところを見ると、たまたま通りかかっただけみたい。

 ふぅ、よかった……。

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