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第15話『胸が痛いよ』

「ユイぴょんも、アイりんも、レンレンも、いなくなっちゃったねー」


 ファーストフードの二階席で、桜新おうしん高校の制服を着た少女がつぶやく。

 彼女の名前はミユ。


「あー、そだなー」


 同じ制服を着た少年——。

 ——ユウトは椅子によりかかると、ん~っと背伸びをした。

 背もたれと座面が一体化している椅子は少しだけ動いて、その足がギギッと音を立てる。

 さっきまで賑やかだったフロアは、気が付けばミユとユウトの二人だけになっていた。


「……うっし! じゃ、俺たちも帰るかー」


 そう言って立ち上がるユウト。

 だけど、その足がふと止まった。

 振り返る視線の先。

 そこにある自分の裾をつかむ小さな手の存在。


「えっと……ミユちゃん?」

「あ……あのね! わ、私……ユッたんと、もう少しお話がしたいなーって……」


 頬を染めて、精一杯絞り出す声。

 上目遣いのその視線に、ユウトの胸は大きく高鳴った。


「ダメ……かな?」


 小首を傾げるミユの瞳は、心なしか潤んでいる気がする。

 突然の展開に、ユウトの心臓はまるで雷の音のようだ。

 だけど、それを隠してミユの横の椅子に腰を下ろした。


「ダメ……じゃないよ。俺も、ミユちゃんともう少し話がしたかったから」

「ユッたん……」


 ミユの瞳から涙が溢れ出る。


「ちょー!? ミユちゃん、なんで泣くのー!?」

「ううんー……」


 ミユは首を横に振ると、ポケットから取り出したハンカチで涙を拭いた。

 そして、あたふたしているユウトに微笑みを送る。


「ごめんねー……嬉しかったから」

「……それだけ?」

「うん、それだけー」


 明るく答えるミユ。

 ユウトは額の前で指を組み、うなだれるようにして息を吐いた。


「はぁ~、良かった~。俺、てっきり、何かしちゃったのかと思ったわー」

「えへへー、ごめんねー。ユッたんって、優しいよねー」

「別に、そんなことねーよ?」


 ユウトは向き直った。


「ミユちゃんだって優しいし、それに可愛いじゃん」

「そそそ、そんなことないよー!」


 ミユの顔が一気に赤く染まる。

 うつむきながら、それでも目線をそらさない。


「ユッたんはー、優しいし、面白いし、カッコイイ……」


 今度は、ユウトが顔を染める番だった。


「じゃ、じゃあ、ミユちゃんは優しくて、可愛くて、一緒にいて楽しくて、守りたくなるタイプ!」

「えー? じゃー、ユッたんは優しくて、面白くて、カッコよくて、素敵な人ー!」

「んな……!? くっ! じゃあ、ミユちゃんは優しくて、可愛くて、一緒にいて楽しくて、守りたくて……えーとえーと、可愛くて……」

「ぶっぶー! それは、もう言ったもーん!」

「うあー、俺の語彙力ー!!!」


 手でバツ印を作るミユに、ユウトはがっくりと肩を落とす。

 でも、次の瞬間勢い良く顔を上げた。

 二人の視線が重なりあう。


 そして――。


「あははははははー!!!」


 フロアに笑い声が響き渡る。

 横に並んだ二人の椅子は、背もたれ同士がぴったりとくっついていた……。




 ……なーんてねっ!!!


 私こと日野原ひのはら 結衣ゆいは、握った拳を上下に振る。

 さっきまでのミユとユウトくんは、私の妄想の二人。

 ううん、妄想ってゆーか、希望とゆーか、願望とゆーか!


 とにかく、そうなってくれることを期待してる!

 頑張れ、ミユーっ!


 クレープの香りとNOZAELノザエルの曲が広がる公園入り口で、私は青空に向かってカバンを突き上げて祈った。

 澄んだ音を立てて揺れる猫のキーホルダー。

 それはまるで、私の想いを受け止めてくれているかのようだった。


「なーにしてんだよ?」


 振り返ると、レンが不思議そうにこちらを見ていた。


「ゴミ、捨ててきたから帰るぞ」

「うんっ!」


 私はレンと並んで歩きだす。

 彼の身長は私より高くて、だから当然足も長い。

 でも、私の歩幅に合わせて歩いてくれる。


 なんか……。

 いいね、こ-ゆーのっ!


「日野原、さっき何してたんだ?」

「祈ってたの。ミユとユウトくんが上手くいきますようにって」

「え? なんで二人が?」


 うーわー!

 レンは、ミユの想いに気付いてなかったんだ。

 あんなに態度に出てて、わかりやすかったのに。

 案外、鈍いとこあるんだな……。


 私は苦笑すると、レンの背中を叩いた。


「そーゆーとこだぞっ!」

「なにがだよ?」

「ふふっ。あのね、ミユはユウトくんのことがね……」



 ——私は、今までのことをレンに伝えた。

 ミユがユウトくんのことを『素敵な人』って言ってた廊下での出来事。

 ユウトくんに対する恋する乙女な態度。

 発案者は私、企画者はアイリの作戦のこと。


 あることないことを……。

 あることは、少し誇張して大袈裟に。

 ないことは、こうなんじゃないかっていう私の希望的観測を交えて話をした。


 レンは、ときどき相槌を打ちながら最後まで聞いてくれた。



「……というわけ」

「……女子って、そういうの好きだよな」


 つぶやくように言うレン。

 その顔は、やれやれといった感じで笑ってくれている。


 ……と思っていたけれど、それは違っていた。

 その横顔は、どこか陰りが浮かんでいて。

 瞳には、悲しみの色が浮かんでいるようにも見える。


「周りの期待に、応えられないときだってあるんだ……」


 つい漏れてしまったような小さな声。

 何かを諦めているかのようなため息。

 目を細めて空を見上げるその姿に、胸の奥がチクリと音を立てた。


 私の知らないレンがいる……。


「——レン!」


 目の前から消えてしまいそうな不安が心の中に広がって、私は咄嗟に彼の名前を呼んだ。


「……ん?」


 でも——。

 振り向いたその瞳は、すでにいつものレンと同じで。

 喉から出かけた言葉を無理やりに抑え込んだ。


「あ……ううん、呼んでみただけ……」

「なんだよそれー」


 レンはそう言って、今度は笑ってくれた。


 ——ねぇ、さっきの言葉ってなに?


 そう聞いてしまったら、この関係が壊れてしまいそうで。

 私の隣から、いなくなってしまいそうで。

 それが、とても怖くて——。


 私はただ、笑って誤魔化すことしかできなかった……。

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