「ユイぴょんも、アイりんも、レンレンも、いなくなっちゃったねー」
ファーストフードの二階席で、
彼女の名前はミユ。
「あー、そだなー」
同じ制服を着た少年——。
——ユウトは椅子によりかかると、ん~っと背伸びをした。
背もたれと座面が一体化している椅子は少しだけ動いて、その足がギギッと音を立てる。
さっきまで賑やかだったフロアは、気が付けばミユとユウトの二人だけになっていた。
「……うっし! じゃ、俺たちも帰るかー」
そう言って立ち上がるユウト。
だけど、その足がふと止まった。
振り返る視線の先。
そこにある自分の裾をつかむ小さな手の存在。
「えっと……ミユちゃん?」
「あ……あのね! わ、私……ユッたんと、もう少しお話がしたいなーって……」
頬を染めて、精一杯絞り出す声。
上目遣いのその視線に、ユウトの胸は大きく高鳴った。
「ダメ……かな?」
小首を傾げるミユの瞳は、心なしか潤んでいる気がする。
突然の展開に、ユウトの心臓はまるで雷の音のようだ。
だけど、それを隠してミユの横の椅子に腰を下ろした。
「ダメ……じゃないよ。俺も、ミユちゃんともう少し話がしたかったから」
「ユッたん……」
ミユの瞳から涙が溢れ出る。
「ちょー!? ミユちゃん、なんで泣くのー!?」
「ううんー……」
ミユは首を横に振ると、ポケットから取り出したハンカチで涙を拭いた。
そして、あたふたしているユウトに微笑みを送る。
「ごめんねー……嬉しかったから」
「……それだけ?」
「うん、それだけー」
明るく答えるミユ。
ユウトは額の前で指を組み、うなだれるようにして息を吐いた。
「はぁ~、良かった~。俺、てっきり、何かしちゃったのかと思ったわー」
「えへへー、ごめんねー。ユッたんって、優しいよねー」
「別に、そんなことねーよ?」
ユウトは向き直った。
「ミユちゃんだって優しいし、それに可愛いじゃん」
「そそそ、そんなことないよー!」
ミユの顔が一気に赤く染まる。
うつむきながら、それでも目線をそらさない。
「ユッたんはー、優しいし、面白いし、カッコイイ……」
今度は、ユウトが顔を染める番だった。
「じゃ、じゃあ、ミユちゃんは優しくて、可愛くて、一緒にいて楽しくて、守りたくなるタイプ!」
「えー? じゃー、ユッたんは優しくて、面白くて、カッコよくて、素敵な人ー!」
「んな……!? くっ! じゃあ、ミユちゃんは優しくて、可愛くて、一緒にいて楽しくて、守りたくて……えーとえーと、可愛くて……」
「ぶっぶー! それは、もう言ったもーん!」
「うあー、俺の語彙力ー!!!」
手でバツ印を作るミユに、ユウトはがっくりと肩を落とす。
でも、次の瞬間勢い良く顔を上げた。
二人の視線が重なりあう。
そして――。
「あははははははー!!!」
フロアに笑い声が響き渡る。
横に並んだ二人の椅子は、背もたれ同士がぴったりとくっついていた……。
……なーんてねっ!!!
私こと
さっきまでのミユとユウトくんは、私の妄想の二人。
ううん、妄想ってゆーか、希望とゆーか、願望とゆーか!
とにかく、そうなってくれることを期待してる!
頑張れ、ミユーっ!
クレープの香りと
澄んだ音を立てて揺れる猫のキーホルダー。
それはまるで、私の想いを受け止めてくれているかのようだった。
「なーにしてんだよ?」
振り返ると、レンが不思議そうにこちらを見ていた。
「ゴミ、捨ててきたから帰るぞ」
「うんっ!」
私はレンと並んで歩きだす。
彼の身長は私より高くて、だから当然足も長い。
でも、私の歩幅に合わせて歩いてくれる。
なんか……。
いいね、こ-ゆーのっ!
「日野原、さっき何してたんだ?」
「祈ってたの。ミユとユウトくんが上手くいきますようにって」
「え? なんで二人が?」
うーわー!
レンは、ミユの想いに気付いてなかったんだ。
あんなに態度に出てて、わかりやすかったのに。
案外、鈍いとこあるんだな……。
私は苦笑すると、レンの背中を叩いた。
「そーゆーとこだぞっ!」
「なにがだよ?」
「ふふっ。あのね、ミユはユウトくんのことがね……」
——私は、今までのことをレンに伝えた。
ミユがユウトくんのことを『素敵な人』って言ってた廊下での出来事。
ユウトくんに対する恋する乙女な態度。
発案者は私、企画者はアイリの作戦のこと。
あることないことを……。
あることは、少し誇張して大袈裟に。
ないことは、こうなんじゃないかっていう私の希望的観測を交えて話をした。
レンは、ときどき相槌を打ちながら最後まで聞いてくれた。
「……というわけ」
「……女子って、そういうの好きだよな」
つぶやくように言うレン。
その顔は、やれやれといった感じで笑ってくれている。
……と思っていたけれど、それは違っていた。
その横顔は、どこか陰りが浮かんでいて。
瞳には、悲しみの色が浮かんでいるようにも見える。
「周りの期待に、応えられないときだってあるんだ……」
つい漏れてしまったような小さな声。
何かを諦めているかのようなため息。
目を細めて空を見上げるその姿に、胸の奥がチクリと音を立てた。
私の知らないレンがいる……。
「——レン!」
目の前から消えてしまいそうな不安が心の中に広がって、私は咄嗟に彼の名前を呼んだ。
「……ん?」
でも——。
振り向いたその瞳は、すでにいつものレンと同じで。
喉から出かけた言葉を無理やりに抑え込んだ。
「あ……ううん、呼んでみただけ……」
「なんだよそれー」
レンはそう言って、今度は笑ってくれた。
——ねぇ、さっきの言葉ってなに?
そう聞いてしまったら、この関係が壊れてしまいそうで。
私の隣から、いなくなってしまいそうで。
それが、とても怖くて——。
私はただ、笑って誤魔化すことしかできなかった……。