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第13話『あまりに突然だから』

 アイリは立派な演技でこの場から立ち去った。


 家で寂しがってるイツキくんのために帰る優しい姉。

 それは、あまりに自然体で。

 あれが演技だなんて、ミユも、レンも、ユウトくんも気が付いてないだろう。

 事情を知っている私でさえ、その言葉を信じてしまいそうになる。


 次は私の番だ!

 ふうっと短く息を吐きながら、私は家でのとある出来事を心に思い浮かべた。

 それは、お父さんがリビングでテレビドラマを見ていたときのこと。


「この子、ユイと同い年だって。凄いよなー」


 なーんてこと、言っていたけれど……。


 お父さん、私も今から女優になるよっ!

 アイリに負けない、完璧な演技をしてみせるからっ!


 ただ……。


 私は、チラリと前を見た。

 そこにはレンが座っている。


 ……そう、私だけいなくなってもダメ。

 ミユとユウトくんを二人きりにするには、レンを連れ出さないとダメなんだ!


 よーし……!


 私は椅子から立ち上がると、お腹を押さえた。


「あっれー? イタタタタ、なんかーお腹が痛いかもー?」


 ふふっ、どうこの演技力?

 みんなの視線が集まるのを感じて、私は密かにほくそ笑む。


「どうしたのユイぴょん!?」

「マジか! 大丈夫?」


 純粋に心配してくれるミユとユウトくん。


「チーズバーガーにポテトにドリンク……一気に食いすぎたんじゃねーの?」


 心配のベクトルが違うレン。


「あー、イタイー、イタイー。これはちょーっとマズイカモー」

「ええーっ、そんなにー!?」

「ユイちゃん、ちょっと横になる?」

「……日野原、なんか棒読みじゃねぇ?」


 ……くっ!

 いちいちレンがやかましい!


「あーもう、ほんと痛いー。お腹と背中が、くっついちゃうくらい痛いー」

「それって……まだ、めちゃくちゃ腹減ってるってことじゃ……」

「あーもうっ! さっきからレンはうるさいのっ!」


 私はカバンを掴むとレンの前に立つ。

 そして、腰に手を当て仁王立ち。


「そんなに心配なら、私のこと送ってけっ!」




 ——それから10分後。


「はぁ~~~~~~」


 私の長い長いため息が、辺りに響き渡っていた。


 ここは、駅前の大通りに面した公園前。

 帰宅中の高校生、お仕事中のサラリーマンなど、人通りは結構多い。


「お腹が痛いからっ!」


 そう言ってミユとユウトくんをお店に残し、半ば強引にレンを連れ出したのはいいけれど……。

 果たして、あのときのセリフは適切だったのだろうか?

 後悔と反省が、頭の中をずっとぐるぐる駆け巡っている。


 そういえば、レンにお腹が痛いって言ったの、これで2回目だ。

 1回目は小学校の遠足でイチゴ狩りに行ったとき。

 イチゴが大好きな私は、とにかく取って食べまくってたら、急にお腹が痛くなっちゃって……。

 たまたま近くにいたレンに、先生を呼んできてもらったんだ。


 くうぅ……。

 今も昔も、食いしん坊キャラを強く印象付けただけなんじゃなかろうか……。


 さっきまで一緒に歩いてたレンは、

「ちょっと待ってて」

 とか言って、どこかに行っちゃうし。


 私、お腹痛いって言ったよね?

 病人を置いて立ち去るとか、なんなの!?

 ……まぁ、本当はぜんぜん痛くないんだけどっ!


 もーっ、もーっ、もーーーーーーーっっっ!!!!


「あれー? ねぇ君、どうしたの? なんか、めっちゃ不機嫌な顔してない?」


 ——やっば!

 通りすがりの知らない男の人に心配されてしまった!

 そんなにも、イライラとモヤモヤが顔に出ちゃってた!?


「あ……いえ、大丈夫です」


 なんとか笑顔を作ってそう返す。

 でも、その人は引き下がってはくれない。


「いやー、大丈夫ってことないでしょー。……あ、わかった! 彼氏とケンカでもした?」

「や……そうじゃなくて……」

「君みたいな可愛い子をほっとくなんてヒドいよね。良かったら俺と、気晴らしにでも行かない?」


 は……?

 ……え?

 えええっ!?

 こ、これって……もしかして、もしかするとだけど……!

 ウワサに聞く、ナンパというやつなのではーっ!?


 改めて見たその人は、金髪、ピアス、ピチピチᎢシャツで、いかにもパリピ男子って感じだ。


『キケンー! キケンー! キケンー!』


 心の中のミニ私たちが、警戒心アラートを発令して走り回る。


「ねー、君、何歳?」

「じゅ……16ですけど」

「じゃあ、俺の3つ下じゃん! ちょうどいいね!」


 なにがちょうどいいのか、よくわかんないんだけど。

 男はとにかく笑顔を絶やさない。


「恋免って16歳から取れるじゃん? じゃあ、当然、君も持ってるんだよね?」

「い、いえ……私は返納したので……」

「マジでー!? めっちゃウケるー! なんで返しちゃってんのー!」


 私のデリケートな部分に土足で踏み込んで、ギャハハーと軽く笑い飛ばすパリピ。


 くっ、このっ!

 あなたはもう、私の敵として認識したぞっ!


 敵意を込めて男をにらむ。

 だけど、その視線を勘違いしたのか、


「あー、俺? 大丈夫、ちゃんと持ってるから」


 とか言ってる。

 あーもう、うっとうしいっ!

 恋免は、片方だけ持っててもダメでしょーがっ!!


 私は深く息を吐くと、男に向き直った。


「ごめんなさい。私、今、そんな気分じゃないので!」


 こういうときは、曖昧な態度を取っちゃいけないってアイリから聞いている。

 付け入るスキも与えないくらい、ぴしゃりと言い放つんだって。

 ふぅ……。

 これだけハッキリ言えば、この人もわかってくれるでしょ。


 ほら、その証拠にパリピはビックリした顔をして……。

 そして、その口がゆっくりと開く。


「またまたまた~~~!」


 またまたまた~じゃなーーーーーいっ!!!

 私は心の中で盛大に裏手ツッコミを入れた。

 何この人!

 チャラくて、自己中で、ポジティブおばけなの!?

 アイリの教えが、全然効かないんだけどっ!


「ほら、遊び行こうぜー! 絶対、損はさせないからさー」

「ちょ……や、やめてくださいっ!」


 いきなり手首をつかんで来たことにビックリして、咄嗟に大きな声が出た。

 だけど、男は手を離してはくれない。

 終始ニコニコしてて、こっちの話もぜんぜん聞いてくれない。


 誰か……助けて!

 そう思って周りを見ても、みんな遠巻きに見てるだけ。

 助けてくれる人は誰もいなかった。


 助けて……!


 強引に引っ張られる怖さと、手首に走る痛みとで、視界は涙で滲んでく。

 絶望と恐怖に支配される心。

 その中で浮かび上がる、たった一つの希望。


 助けて……——っ!


 私が彼を願った瞬間——。


「——すみません!」


 不意に声がかけられた。

 驚くパリピの手を振り解き、私はその人の後ろに隠れる。

 そして背中に抱き着いた。


 聞き覚えのある声。

 ——大好きな声!


「——レンっ!!」

「すみません、コイツ俺の彼女なんで」


 そう言って、私をかばうように男の前に立ち塞がる。


「迷惑なんで、ちょっかい出すの、やめてもらっていいっすか?」


 毅然きぜんとした態度のレン。

 こんなときだけど、思わずドキッとしてしまう自分がいた。


「チッ! なんだよ、やっぱ彼氏持ちかよ! 恋免返納って嘘じゃねーかよ!」


 男の顔から笑みが消える。

 苛立ちを隠そうともせず舌打ちをして、そしてやっと立ち去ってくれた。


「ふぅ……」


 安堵のため息が漏れる。

 気が抜けたせいか、ぽろぽろと涙が溢れ落ちた。


 レンが来てくれなかったら私は……。


「もう、大丈夫だぞ。……ってか、いつまでくっついてんだ?」

「——んはっ!?」


 レンの言葉で我に返って慌てて離れる。

 まるで、磁石の同極同士の反発かってくらいの勢いで。

 涙も、ちょっと引っ込んだ。


 や……ヤバイ、ヤバイ、ヤバーイっ!

 状況が状況だったとはいえ、レンに抱き着いちゃったっ!


「ったく……。こんな展開、マンガでしか見たことねーぞ」


 やれやれといった感じのレン。

 でも、それはメンドクサイとか、嫌な感じじゃなくて。

 なんだかとても優しい口調に聞こえた。


「助けてくれて、ありがと……」


 ちょっと照れくさくて、思わず髪をいじりながらそう言う。

 助けるための嘘とはいえ、彼女って言われちゃったし~~~~!

 どんな顔して、彼を見たらいいのかわからない。


 そんな私を、レンはじっと見つめてる。

 その口が静かに開いてく。


 何を……言ってくれるの?


 期待に高鳴る胸を抑えつつ、私もレンを見つめた。


「あのさ……日野原って、ちょっとスキがありすぎなんじゃねーの?」


 …………は?


 それは、私が期待していたものとはほど遠かった。


「ったく、近くに俺がいたから良かったものの。あのままだったら、どうなってたかわかんねーぞ!」


 俺がいたから……良かったものの……?


 その言葉に、私の中のイライラとモヤモヤが再び顔を上げる。

 涙は完全に引っ込んだ。


「ちょっと待って! そもそも、レンが私を置いてどこかに行っちゃうから——」


 ——その瞬間。

 私の口は不意に塞がれた。

 それは、あまりに自然で。

 あまりに突然だった。

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