「えっ、それって今日だった!?」
うちらがお茶してるファーストフード店。
そのトイレの片隅からアイリの声が響く。
彼女は今、電話中。
私が用事があるからとトイレに誘ったところで、スマホに着信があったのだった。
用事というのは、もちろんミユのこと。
ミユとユウトくん、二人は絶対お似合いだと思うから。
「……うん、今から帰れば間に合うから。
イツキくんっていうのは、アイリの弟だ。
確か小学校4年生だったかな。
でも、なんだろう?
いつも冷静なアイリが慌ててる気もするし……急用かな?
「えっ、録画!? バカなこと言わないで! 私がこの新作発表会をどれだけ楽しみにしていたか、あなたはしってるでしょ! 私にとって魔法少女シリーズというのは……」
……ん?
魔法少女?
首を傾げる私。
ハッとした様子で振り返るアイリと目が合った。
「と、とにかく、お姉ちゃん帰るから! じゃあね!」
そう言い切って通話を終了する。
私は、おそるおそる口を開いた。
「ねぇ、アイリ……。今の魔法少女シリーズって、アニメの……?」
「な、なんのこと? ユイの聞き間違いじゃないの?」
「え、だって今……」
「そ、それより、用事ってなに? 話があるんでしょ?」
「あー、そうそう!」
危ない危ない、本題を忘れるところだった。
私はキョロキョロと辺りを見回し、トイレに誰も入ってこないことを確認してから小声で話し出す。
「あのね、ミユのことなんだけど……ごにょごにょごにょ」
「えっ、金村くんのことが好きみたいだから、なんとかしてあげたいって!?」
「しーっ! しーっ! 声が大きいってっ!」
驚きの声を上げるアイリに、私は大慌て。
「あ……ごめん。でも、どういうこと?」
「うん。アイリって、ミユの恋愛話って聞いたことある?」
アイリは首を横に振る。
「愛情はたっぷりだけど、恋に関しては一番遠いところにいる子だと思っていたから」
「でしょっ! 私もそう思ってた。でもさ、そんなミユがユウトくんの前だと真っ赤になったり、嬉しそうだったり。ああ、彼のことが好きなんだな……って思えてさ」
私は胸に手を当てた。
さっきチクリと痛んだ胸の中は、今はミユのことでいっぱいだ。
「だから私、ミユのこの恋を応援するって決めたんだっ!」
決意表明。
そんな私をまじまじと見たアイリは——。
やがて、ため息をついた。
「あなたっていつもそう。ほんと、人のことに一生懸命になって……」
「えへへ。だってミユは親友だもん! それに、あんな恋する乙女みたいな子、ほっとけないじゃん!」
「……まあ、確かに気持ちはわかるわ」
「でしょー?」
私は、にぃーっと笑う。
「あ、もちろん、アイリのときだって全力で応援するからねっ!」
「わ、私は、まだ好きな人なんていないから! こ、この気持ちは……たぶん、そういうんじゃないから」
「んー?」
「と、とにかく! 今はミユのことを考えるんでしょ!」
うん。
なんだかよくわからないけれど、アイリがその気になってくれたのは、とても心強い。
彼女は腕を組んだ。
それは、物事を追求するときの癖だ。
「で、具体的にはどうするか考えてあるの?」
「えへへー、それはー……」
私は頬をかいた。
「……まだっ!」
「だと思った」
アイリは、がっくりと肩を落とした。
「どうせユイのことだから、『ここは私が一肌脱ごう』とか、『数時間だけど彼氏がいた私に任せて』とか、『きっと後悔はさせないから』とか、根拠のない自信に満ち溢れていたんでしょ」
ううぅ……。
カンの鋭い親友は嫌いだってばーっ!
「まったく……。それで思ったんだけど、ミユと金村くんは、まだ二人きりで話をしたことがないんじゃない?」
「あー、そうかも」
「じゃあ、まずそこから。二人で色々な話ができれば、きっと今より距離も縮まるはずよ」
確かにっ!
二人きりになったら、ミユも恥ずかしがってる場合じゃないし!
……まぁ、恥ずかしがってるミユも可愛いんだけどね。
──でもっ!
もったいないけれど、今はそんなことを言ってる場合じゃない!
「問題は、どうやって二人きりにするか……だよね」
「簡単なのは、ここから私たちがいなくなること。ただし、さりげなくね。幸い、私は弟から電話がかかってきたし……それを理由にできるかな」
「あー、うんうん! えーと、なんだっけ? 確か、魔法少女が……」
「お、思い出さなくていいから!!」
いつになく大慌てのアイリに、私は声を上げて笑った。
「ただいまー!」
トイレから戻った私たちを、ミユが笑顔で出迎える。
「おかえりなさーい。二人とも、時間かかったねー」
「ごめん、弟から電話がかかってきちゃって」
「イツキくん?」
アイリの言葉に目を大きくするミユ。
何度もアイリ宅に遊びに行ったことがあるミユも、当然イツキくんのことは知っている。
ミユはレンとユウトくんに向き直った。
「イツキくんって、アイリの弟なんだけどー。アイりんに似て、とーってもイケメンなんだよー!」
「そんなことないって」
アイリは困ったように笑う。
「まだまだ子供だから。今だって、お姉ちゃんどこにいるの? 早く帰ってきて! って」
わ!
アイリ、演技がめっちゃ上手い!!
この場からいなくなる流れを、とてもさりげなく作ってる!
よーし、私もアイリのフォローをしなくちゃ……。
「なんかね、魔法少ふぐぅっ!?」
その瞬間、アイリの肘が私の脇腹に突き刺さる。
「というわけだから、私は帰るね。みんなはゆっくりしていって」
そう言ってカバンを掴んで立ち上がった。
去り際に——。
「次はユイ。さりげなく、ね」
と、ささやかれた。
任せてっ!
去っていく彼女の背中に、こっそりピースサインを送る。
別名、勝利のVサインだっ!
このあとの私の演技力に
心の中で役者魂が産声を上げるのを、私はしっかりと感じていた。