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第12話『ピースサイン』

「えっ、それって今日だった!?」


 うちらがお茶してるファーストフード店。

 そのトイレの片隅からアイリの声が響く。


 彼女は今、電話中。

 私が用事があるからとトイレに誘ったところで、スマホに着信があったのだった。


 用事というのは、もちろんミユのこと。

 ミユとユウトくん、二人は絶対お似合いだと思うから。


「……うん、今から帰れば間に合うから。いつきは、お姉ちゃんが帰るまで準備してて」


 イツキくんっていうのは、アイリの弟だ。

 確か小学校4年生だったかな。

 でも、なんだろう?

 いつも冷静なアイリが慌ててる気もするし……急用かな?


「えっ、録画!? バカなこと言わないで! 私がこの新作発表会をどれだけ楽しみにしていたか、あなたはしってるでしょ! 私にとって魔法少女シリーズというのは……」


 ……ん?

 魔法少女?


 首を傾げる私。

 ハッとした様子で振り返るアイリと目が合った。


「と、とにかく、お姉ちゃん帰るから! じゃあね!」


 そう言い切って通話を終了する。

 私は、おそるおそる口を開いた。


「ねぇ、アイリ……。今の魔法少女シリーズって、アニメの……?」

「な、なんのこと? ユイの聞き間違いじゃないの?」

「え、だって今……」

「そ、それより、用事ってなに? 話があるんでしょ?」

「あー、そうそう!」


 危ない危ない、本題を忘れるところだった。

 私はキョロキョロと辺りを見回し、トイレに誰も入ってこないことを確認してから小声で話し出す。


「あのね、ミユのことなんだけど……ごにょごにょごにょ」

「えっ、金村くんのことが好きみたいだから、なんとかしてあげたいって!?」

「しーっ! しーっ! 声が大きいってっ!」


 驚きの声を上げるアイリに、私は大慌て。


「あ……ごめん。でも、どういうこと?」

「うん。アイリって、ミユの恋愛話って聞いたことある?」


 アイリは首を横に振る。


「愛情はたっぷりだけど、恋に関しては一番遠いところにいる子だと思っていたから」

「でしょっ! 私もそう思ってた。でもさ、そんなミユがユウトくんの前だと真っ赤になったり、嬉しそうだったり。ああ、彼のことが好きなんだな……って思えてさ」


 私は胸に手を当てた。

 さっきチクリと痛んだ胸の中は、今はミユのことでいっぱいだ。


「だから私、ミユのこの恋を応援するって決めたんだっ!」


 決意表明。

 そんな私をまじまじと見たアイリは——。

 やがて、ため息をついた。


「あなたっていつもそう。ほんと、人のことに一生懸命になって……」

「えへへ。だってミユは親友だもん! それに、あんな恋する乙女みたいな子、ほっとけないじゃん!」

「……まあ、確かに気持ちはわかるわ」

「でしょー?」


 私は、にぃーっと笑う。


「あ、もちろん、アイリのときだって全力で応援するからねっ!」

「わ、私は、まだ好きな人なんていないから! こ、この気持ちは……たぶん、そういうんじゃないから」

「んー?」

「と、とにかく! 今はミユのことを考えるんでしょ!」


 うん。

 なんだかよくわからないけれど、アイリがその気になってくれたのは、とても心強い。


 彼女は腕を組んだ。

 それは、物事を追求するときの癖だ。


「で、具体的にはどうするか考えてあるの?」

「えへへー、それはー……」


 私は頬をかいた。


「……まだっ!」

「だと思った」


 アイリは、がっくりと肩を落とした。


「どうせユイのことだから、『ここは私が一肌脱ごう』とか、『数時間だけど彼氏がいた私に任せて』とか、『きっと後悔はさせないから』とか、根拠のない自信に満ち溢れていたんでしょ」


 ううぅ……。

 カンの鋭い親友は嫌いだってばーっ!


「まったく……。それで思ったんだけど、ミユと金村くんは、まだ二人きりで話をしたことがないんじゃない?」

「あー、そうかも」

「じゃあ、まずそこから。二人で色々な話ができれば、きっと今より距離も縮まるはずよ」


 確かにっ!

 二人きりになったら、ミユも恥ずかしがってる場合じゃないし!

 ……まぁ、恥ずかしがってるミユも可愛いんだけどね。


 ──でもっ!

 もったいないけれど、今はそんなことを言ってる場合じゃない!


「問題は、どうやって二人きりにするか……だよね」

「簡単なのは、ここから私たちがいなくなること。ただし、さりげなくね。幸い、私は弟から電話がかかってきたし……それを理由にできるかな」

「あー、うんうん! えーと、なんだっけ? 確か、魔法少女が……」

「お、思い出さなくていいから!!」


 いつになく大慌てのアイリに、私は声を上げて笑った。




「ただいまー!」


 トイレから戻った私たちを、ミユが笑顔で出迎える。


「おかえりなさーい。二人とも、時間かかったねー」

「ごめん、弟から電話がかかってきちゃって」

「イツキくん?」


 アイリの言葉に目を大きくするミユ。

 何度もアイリ宅に遊びに行ったことがあるミユも、当然イツキくんのことは知っている。


 ミユはレンとユウトくんに向き直った。


「イツキくんって、アイリの弟なんだけどー。アイりんに似て、とーってもイケメンなんだよー!」

「そんなことないって」


 アイリは困ったように笑う。


「まだまだ子供だから。今だって、お姉ちゃんどこにいるの? 早く帰ってきて! って」


 わ!

 アイリ、演技がめっちゃ上手い!!

 この場からいなくなる流れを、とてもさりげなく作ってる!


 よーし、私もアイリのフォローをしなくちゃ……。


「なんかね、魔法少ふぐぅっ!?」


 その瞬間、アイリの肘が私の脇腹に突き刺さる。


「というわけだから、私は帰るね。みんなはゆっくりしていって」


 そう言ってカバンを掴んで立ち上がった。

 去り際に——。


「次はユイ。さりげなく、ね」


 と、ささやかれた。


 任せてっ!


 去っていく彼女の背中に、こっそりピースサインを送る。

 別名、勝利のVサインだっ!

 このあとの私の演技力にうご期待、だよ!


 心の中で役者魂が産声を上げるのを、私はしっかりと感じていた。

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