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第11話『ニックネーム』

「それでー、ユイぴょんの提案だけどー」

「……って、ちょっとユイ、聞いてる?」

「んはっ!? ごめんごめん」


 やばっ!

 レンに見とれてて話がすっかり抜けてた。

 えーと、私がレンのことを名前で呼びたいって言ったことだよね?

 我ながら、なかなかにすごいことを口走ったと思う。


「ったくもう……。で、肝心の月島くんはどう思ってるの?」


 みんなの視線が一斉にレンに集まる。

 私も、ドキドキと騒ぐ心臓を隠しつつ彼を見つめた。


「あー……えーと、なんだ……」


 そっぽを向くレン。

 その口が、少し尖っているようにも見える。


 しばしの間のあと、チラリと私を見て……。


「まぁ……いいんじゃねーの?」


 そう答えた。

 わあっと、私たちのテーブルから歓声が沸き起こる。


「よかったねー、ユイぴょん!」

「うん、ありがとうっ!」


 レンに、また一歩近づけた気がして。

 レンの特別に、ちょっとだけなれた気がして。

 私は、テーブルの下で誰にも気付かれないよう、小さく拳を握った。


「大袈裟なんだよ」


 そう言って、レンは軽く笑う。

 彼にとっては些細なことかもしれない。

 でも、私にとっては大切なこと。

 勇気を出したことだったから。


 私は、レンにしっかりと向き直る。


「これからも、よろしくね。レン!」

「お、おう……」


 そう答えるレンの表情は、少し照れくさそうで。

 なんだか、こっちまで恥ずかしくなってくる。

 いつもクールな彼だけど、こんな表情もするんだな……。

 と、見られた新たな一面に嬉しく思う私だった。


「なぁなぁ、せっかくだから俺たちも呼び方を考えね?」

「わぁー! ユッたんいいこと言うー! さーすがー♪」


 無邪気に手を叩いて喜ぶミユに、渾身のドヤ顔の金村くん。

 ホント、この二人って相性いいなーと思う。

 嬉しいポイントが同じって、とても大切なことだよね。


「じゃ、言い出しっぺの俺から言わせてもらうわ」


 金村くんは立ち上がると、コホンと咳払い。

 そして、みんなを見回した。


「えーと……。今、みんなのことを名字で呼んでるけど……俺も、名前で呼びたいです!」


 そしてペコリと頭を下げる。


「ふーん、名前……ね」


 考えるようなそぶりを見せるアイリに、金村くんは顔を上げた。


「あ、俺はユイちゃんと違って呼び捨てじゃないからね?」

「もー、呼んでるし」


 さりげなく名前で呼ばれ、思わず笑ってしまった。


「はーい! 私ー、賛成でーす!」

「……まぁ、それくらいならいいんじゃない」


 笑顔のミユにアイリも賛同する。


「ありがとう、ミユちゃん、アイリちゃん……あとレンちゃん」

「ちょ……ちょっと待て! 俺には〝ちゃん〟を付けんな!」


 ぞわっとした様子で身震いするレンに笑うみんな。

 なんだか、このメンバーでいるといつも笑顔が近くにある。

 とてもいい!


 金村くんは言葉を続ける。


「あと、逆に俺のこと金村って呼んでる人は下の名前で。ユウトって呼んでくれていいよ」

「わかった」


 私とレンがうなずく。

 ミユはもうニックネームで呼んでるからいいとして……。

 私たちの視線がアイリに集まる。


 一瞬びっくりしたような彼女だったけれど、その後、首を横に振った。


「……ごめん、私は男子を下の名前で呼ぶのって、慣れてないから」


 そう言って、静かに頭を下げる。


「なんだよー、真面目かよー! そんなの謝る事じゃないって!」


 場が暗くなりそうな雰囲気を察したのか、金村く……ユウトくんがひときわ明るい声を出した。


「なぁ?」


 って、レンに同意を求めて肩を組む。

 それを困ったように払いのけながら、レンは口を開いた。


「悪ぃ、俺も。名前は……呼びづらいっていうか」


 レンの言葉が私の心に突き刺さる。


 だ……だって、小学校のときは〝ユイ〟って!

 私のこと、名前で呼んでくれてたじゃん!


 レンの反応に、胸がチクリと痛んだ。


「ふーん……お前ら、なんか似てんな」


 そんな私の気持ちを知らないユウトくんは、二人の顔を交互に見ながら椅子に座り直す。

 そして、にやっと笑った。


「お前ら、付き合っちゃえば?」

「はあ!?」


 店内にレンとアイリ、そして私の声も響き渡った。


 な、な、な、なんてことを言い出すの、この人は!

 私、ビックリしすぎて立ち上がっちゃったじゃん!


 でも、それにはユウトくんも驚いたようで。


「二人はともかく、なんでユイちゃんまで?」

「あ……や……ビックリしちゃって、つい……」


 もにょもにょと言い訳しながら腰を下ろす。

 うー、もう恥ずかしいっ!


 レンは短く息を吐くと、私たちに向き直った。


「付き合う付き合わないの前に……俺、恋免持ってねーんだわ」

「そ、それ、私もっ!」


 咄嗟に手を上げる。


「ユイは持っていたけれど、返納したものね」

「そ、それは言わないで!」


 不知火先輩のことは若気の至りということで。

 ……まだ2ヶ月も経ってないけれど。


「恋免、俺もねーわ」

「わ、私もー」

「ふぅん……じゃあ、この中で持っているのは私だけね」


 その言葉に、みんなの視線が一斉に集中する。

 驚きと期待の目。


「な……!? ち、違うわよ! 私はただ事実を口にしただけで、誰かと付き合いたいって意味じゃないから!」


 慌てて否定するアイリ。

 その顔は真っ赤だ。


 普段は冷静なアイリが、こんなに慌てるなんて珍しい。

 なんだか、心なしかレンのことをチラチラ見てる気もするし……。

 ま、まさか、ユウトくんの言葉で気になりだしちゃったとかーっ!?


 ……なーんて、アイリに限ってそれはないか。

 たぶん、私の意識しすぎだ。


 さっきチクリと痛んだ胸に手を当てながら、私はそんなことを思った。


「よーし、それじゃまとめるぜー」


 ユウトくんが、カバンからノートとシャーペンを取り出す。


「まとめるって、何を?」

「みんなの呼び方。その方がわかりやすいだろ?」

「……お前が一番真面目かよ」

「うるせー」


 スラスラとシャーペンを走らせるユウトくん。


「俺さ、まとめを書くの好きなんだよね。みんなで決めたこととか、頑張ったことが目に見えるのって、なんか嬉しくね?」


 なるほど、それは確かにそうかもしれない。

 ユウトくんって、軽いようで案外しっかりしてるんだな。


「ユッたん、偉いなぁー」


 ミユも、同じことを思っているのだろう。

 彼を見つめる目が、うっとりとしている。


「よし、できた!」


 ユウトくんの元気な声。

 それを合図に、みんなでノートを覗き込む。


 そこに書かれたまとめはこう。



  名前        呼び方

 ●日野原ひのはら 結衣ゆい…………アイリ、ミユ、レン、ユウトくん(俺)

 ●水本みずもと 愛理あいり……………ユイ、ミユ、月島くん、金村くん(俺)

 ●木崎きざき 美優みゆ……………ユイぴょん、アイりん、レンレン、ユッたん(俺)

 ●月島つきしま れん………………日野原、水本、木崎、ユウト(俺)

 ●金村かねむら 悠斗ゆうと(俺)……ユイちゃん、アイリちゃん、ミユちゃん、レン



「どう? なかなかわかりやすいだろ!」


 ユウトくんは胸を張る。


「えーと……」


 私たちは顔を見合わせたあと……。


「ちょっと……俺アピールが酷すぎない?」

「うん、これはキツイっ!」

「俺、なんかイラッときたわ……」

「ユッたん、目立ちたがりなんだねー」


 せきを切ったかのように、思いを口にする。


「お、お前ら、時々容赦ないよな!!」


 涙目になるユウトくん。

 でも、とりあえず俺アピールは横に置いておくとして。


 私はユウトくんの顔を見た。


「字……めっちゃ綺麗だね」


 そう、ノートに書かれた字はとても読みやすく、そして形もバランスも整っている。


「はわぁ、美文字ってやつー!」

「本当に意外だったわ」

「ユウトに、こんな才能があったなんてな」

「ふっふっふ、もっと俺を褒め称えまくれ!」


 鼻高々のユウトくん。

 でも、これなら書記に立候補したのもうなずける。


「ねぇ。ユウトくんって、何か習ってたの?」

「うちのじーちゃんが、書道を教えてるんだ。文武両道はまず所作しょさからってーのが、じーちゃんの口癖でさ」

「文……武?」

「じーちゃん、空手も教えてんの。空手はいいぞー、ダイエットにピッタリだぞ」


 そういえば、前にユウトくんは太ってたって言ってたっけ。

 太っててイジメられたこともあったって。

 今はスタイルもいいから、空手ダイエットに成功したってことね。

 経験者は語るってやつだ。


「ユッたんすごーい! かっこいいー!」


 正拳突きってやつだっけ?

 ビシッと拳を突き出すユウトくんに、ミユから黄色い声が飛ぶ。

 その目はもう、恋する乙女そのもの。


 ……そっか。

 ミユは、ユウトくんのことが本当に好きなんだね。


 私は、ふうっと息を吐いた。


 ……よーし!

 それじゃ、ここは私が一肌脱ごうじゃあないですかっ!

 告白されて、数時間だけど彼氏がいた私に任せなさーいっ!

 きっと後悔はさせないから、ふふふふ……。


「うふ、うふふふふ……」

「ちょ、ちょっとユイ! 突然どうしたの!?」

「うふふふふ……」

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