「それでー、ユイぴょんの提案だけどー」
「……って、ちょっとユイ、聞いてる?」
「んはっ!? ごめんごめん」
やばっ!
レンに見とれてて話がすっかり抜けてた。
えーと、私がレンのことを名前で呼びたいって言ったことだよね?
我ながら、なかなかにすごいことを口走ったと思う。
「ったくもう……。で、肝心の月島くんはどう思ってるの?」
みんなの視線が一斉にレンに集まる。
私も、ドキドキと騒ぐ心臓を隠しつつ彼を見つめた。
「あー……えーと、なんだ……」
そっぽを向くレン。
その口が、少し尖っているようにも見える。
しばしの間のあと、チラリと私を見て……。
「まぁ……いいんじゃねーの?」
そう答えた。
わあっと、私たちのテーブルから歓声が沸き起こる。
「よかったねー、ユイぴょん!」
「うん、ありがとうっ!」
レンに、また一歩近づけた気がして。
レンの特別に、ちょっとだけなれた気がして。
私は、テーブルの下で誰にも気付かれないよう、小さく拳を握った。
「大袈裟なんだよ」
そう言って、レンは軽く笑う。
彼にとっては些細なことかもしれない。
でも、私にとっては大切なこと。
勇気を出したことだったから。
私は、レンにしっかりと向き直る。
「これからも、よろしくね。レン!」
「お、おう……」
そう答えるレンの表情は、少し照れくさそうで。
なんだか、こっちまで恥ずかしくなってくる。
いつもクールな彼だけど、こんな表情もするんだな……。
と、見られた新たな一面に嬉しく思う私だった。
「なぁなぁ、せっかくだから俺たちも呼び方を考えね?」
「わぁー! ユッたんいいこと言うー! さーすがー♪」
無邪気に手を叩いて喜ぶミユに、渾身のドヤ顔の金村くん。
ホント、この二人って相性いいなーと思う。
嬉しいポイントが同じって、とても大切なことだよね。
「じゃ、言い出しっぺの俺から言わせてもらうわ」
金村くんは立ち上がると、コホンと咳払い。
そして、みんなを見回した。
「えーと……。今、みんなのことを名字で呼んでるけど……俺も、名前で呼びたいです!」
そしてペコリと頭を下げる。
「ふーん、名前……ね」
考えるようなそぶりを見せるアイリに、金村くんは顔を上げた。
「あ、俺はユイちゃんと違って呼び捨てじゃないからね?」
「もー、呼んでるし」
さりげなく名前で呼ばれ、思わず笑ってしまった。
「はーい! 私ー、賛成でーす!」
「……まぁ、それくらいならいいんじゃない」
笑顔のミユにアイリも賛同する。
「ありがとう、ミユちゃん、アイリちゃん……あとレンちゃん」
「ちょ……ちょっと待て! 俺には〝ちゃん〟を付けんな!」
ぞわっとした様子で身震いするレンに笑うみんな。
なんだか、このメンバーでいるといつも笑顔が近くにある。
とてもいい!
金村くんは言葉を続ける。
「あと、逆に俺のこと金村って呼んでる人は下の名前で。ユウトって呼んでくれていいよ」
「わかった」
私とレンがうなずく。
ミユはもうニックネームで呼んでるからいいとして……。
私たちの視線がアイリに集まる。
一瞬びっくりしたような彼女だったけれど、その後、首を横に振った。
「……ごめん、私は男子を下の名前で呼ぶのって、慣れてないから」
そう言って、静かに頭を下げる。
「なんだよー、真面目かよー! そんなの謝る事じゃないって!」
場が暗くなりそうな雰囲気を察したのか、金村く……ユウトくんがひときわ明るい声を出した。
「なぁ?」
って、レンに同意を求めて肩を組む。
それを困ったように払いのけながら、レンは口を開いた。
「悪ぃ、俺も。名前は……呼びづらいっていうか」
レンの言葉が私の心に突き刺さる。
だ……だって、小学校のときは〝ユイ〟って!
私のこと、名前で呼んでくれてたじゃん!
レンの反応に、胸がチクリと痛んだ。
「ふーん……お前ら、なんか似てんな」
そんな私の気持ちを知らないユウトくんは、二人の顔を交互に見ながら椅子に座り直す。
そして、にやっと笑った。
「お前ら、付き合っちゃえば?」
「はあ!?」
店内にレンとアイリ、そして私の声も響き渡った。
な、な、な、なんてことを言い出すの、この人は!
私、ビックリしすぎて立ち上がっちゃったじゃん!
でも、それにはユウトくんも驚いたようで。
「二人はともかく、なんでユイちゃんまで?」
「あ……や……ビックリしちゃって、つい……」
もにょもにょと言い訳しながら腰を下ろす。
うー、もう恥ずかしいっ!
レンは短く息を吐くと、私たちに向き直った。
「付き合う付き合わないの前に……俺、恋免持ってねーんだわ」
「そ、それ、私もっ!」
咄嗟に手を上げる。
「ユイは持っていたけれど、返納したものね」
「そ、それは言わないで!」
不知火先輩のことは若気の至りということで。
……まだ2ヶ月も経ってないけれど。
「恋免、俺もねーわ」
「わ、私もー」
「ふぅん……じゃあ、この中で持っているのは私だけね」
その言葉に、みんなの視線が一斉に集中する。
驚きと期待の目。
「な……!? ち、違うわよ! 私はただ事実を口にしただけで、誰かと付き合いたいって意味じゃないから!」
慌てて否定するアイリ。
その顔は真っ赤だ。
普段は冷静なアイリが、こんなに慌てるなんて珍しい。
なんだか、心なしかレンのことをチラチラ見てる気もするし……。
ま、まさか、ユウトくんの言葉で気になりだしちゃったとかーっ!?
……なーんて、アイリに限ってそれはないか。
たぶん、私の意識しすぎだ。
さっきチクリと痛んだ胸に手を当てながら、私はそんなことを思った。
「よーし、それじゃまとめるぜー」
ユウトくんが、カバンからノートとシャーペンを取り出す。
「まとめるって、何を?」
「みんなの呼び方。その方がわかりやすいだろ?」
「……お前が一番真面目かよ」
「うるせー」
スラスラとシャーペンを走らせるユウトくん。
「俺さ、まとめを書くの好きなんだよね。みんなで決めたこととか、頑張ったことが目に見えるのって、なんか嬉しくね?」
なるほど、それは確かにそうかもしれない。
ユウトくんって、軽いようで案外しっかりしてるんだな。
「ユッたん、偉いなぁー」
ミユも、同じことを思っているのだろう。
彼を見つめる目が、うっとりとしている。
「よし、できた!」
ユウトくんの元気な声。
それを合図に、みんなでノートを覗き込む。
そこに書かれたまとめはこう。
名前 呼び方
●
●
●
●
●
「どう? なかなかわかりやすいだろ!」
ユウトくんは胸を張る。
「えーと……」
私たちは顔を見合わせたあと……。
「ちょっと……俺アピールが酷すぎない?」
「うん、これはキツイっ!」
「俺、なんかイラッときたわ……」
「ユッたん、目立ちたがりなんだねー」
「お、お前ら、時々容赦ないよな!!」
涙目になるユウトくん。
でも、とりあえず俺アピールは横に置いておくとして。
私はユウトくんの顔を見た。
「字……めっちゃ綺麗だね」
そう、ノートに書かれた字はとても読みやすく、そして形もバランスも整っている。
「はわぁ、美文字ってやつー!」
「本当に意外だったわ」
「ユウトに、こんな才能があったなんてな」
「ふっふっふ、もっと俺を褒め称えまくれ!」
鼻高々のユウトくん。
でも、これなら書記に立候補したのもうなずける。
「ねぇ。ユウトくんって、何か習ってたの?」
「うちのじーちゃんが、書道を教えてるんだ。文武両道はまず
「文……武?」
「じーちゃん、空手も教えてんの。空手はいいぞー、ダイエットにピッタリだぞ」
そういえば、前にユウトくんは太ってたって言ってたっけ。
太っててイジメられたこともあったって。
今はスタイルもいいから、空手ダイエットに成功したってことね。
経験者は語るってやつだ。
「ユッたんすごーい! かっこいいー!」
正拳突きってやつだっけ?
ビシッと拳を突き出すユウトくんに、ミユから黄色い声が飛ぶ。
その目はもう、恋する乙女そのもの。
……そっか。
ミユは、ユウトくんのことが本当に好きなんだね。
私は、ふうっと息を吐いた。
……よーし!
それじゃ、ここは私が一肌脱ごうじゃあないですかっ!
告白されて、数時間だけど彼氏がいた私に任せなさーいっ!
きっと後悔はさせないから、ふふふふ……。
「うふ、うふふふふ……」
「ちょ、ちょっとユイ! 突然どうしたの!?」
「うふふふふ……」