放課後、私たちは駅前通りにあるファーストフード店にいた。
私たちというのは、私、アイリ、ミユ、金村くん、そしてレンの5人だ。
「帰りにみんなでお茶するから、レンも一緒に行こ?」
「ん」
私の誘いに意外なほど素直に着いてきたレン。
ちょっと拍子抜け。
断られたら説得して、レンが少しでも興味ありそうな話題で誘って。
それでも断るなら、無理矢理にでも連れて行こう!
……と、お姉さん的には思っていたのだけれど。
あれこれ計画を練ったときに限って、あっさりことが進むのってなんなの!?
もうっ!
店内に入った私たちは、それぞれカウンターで好きなものを注文して席に向かう。
私はチーズバーガーにポテト、ウーロン茶のセットを頼んだ。
「お待たせしました」
店員さんから商品を乗せたトレイを受け取り、みんなが待つ席へ。
どうやら、私が1番最後みたい。
男女で向かい合うように座る席、私の前は……。
わ……レンだ……。
私をチラリと見るレン。
そのクールな瞳に一瞬ドキッとするけれど……。
平静を装って私はトレイを机の上に置いた。
……そこで、異変に気が付いた。
「あ……れ……? みんな……」
思わず息を呑む。
「なんでドリンクだけ?」
「や……逆に、なんでユイはセットで頼んでるのよ」
「ユイぴょん。おうち帰ってから、夕ご飯食べられるのー?」
「日野原って、食欲すごいんだな……」
「だ、大丈夫、大丈夫! 俺も
アイリ、ミユ、レンの驚きの視線と。
フォローがフォローになってない金村くんの言葉が、グサグサ無慈悲に突き刺さる。
「ううぅ~、つい家族と来るときの感覚で頼んじゃったんだもん! で、でも、ドリンクはウーロン茶にしてるから大丈夫なんだもんーっ!」
「よしよし。ユイぴょんは、いっぱい食べておりこうさんですねー」
「うううぅぅ~~~」
涙目になる私を、ミユが頭を撫でて慰めてくれた。
みんなから大食いキャラって思われた……。
特に、レンからそう思われるのは辛い。
神様……私に時を戻す力をください、ううぅ。
せめてもと、口を小さく開けてチーズバーガーをかじる。
広がっていくお肉の味とコクのあるチーズ、酸味のあるケチャップの風味。
悔しいけれど、チーズバーガーは今日も美味しかった……。
「……あれ?」
そのとき金村くんが首を捻った。
「俺、学校でクレープ屋ができたって言ったよね? なんでここに来てんの?」
「え、今頃?」
「ちょっと、気付くのが遅すぎでしょ……」
「わ、私……ユッたんって優しいからー、みんなに合わせてくれたんだーと思ってた」
口々に驚きの声をあげる私たち。
だけど、あのときいなかったレンは首を傾げた。
「え? クレープってなに?」
「ああ、月島には言ってなかったか。ほら、これだよ」
そう言って、金村くんが例のチラシをポケットから取り出す。
それにチラリと目を落としたレンだったけど——。
「——そういや、この前学校でさ」
「よーし、お前はもう少し俺に興味を示そうか!」
話題を変えようとするレンに、金村くんが素早いツッコミを入れる。
それがあまりに見事で、私たちは思わずお腹を押さえて笑ってしまった。
「二人って、本当にいいコンビだよねっ」
「まぁな!」
「いや?」
涙を拭きながら言う私に、ビッと親指を立てる金村くん。
真顔で首を横に振るレン。
「そ、そこは俺に同意しとけよ!」
金村くんの悲鳴のような声に、私たちはまた爆笑してしまった。
学校の帰り道、友達とお茶して。
なんてことのない話で盛り上がって笑い合う。
こーゆーのって、なんかいいよね。
レンも……。
私と同じ気持ちでいてくれたらいいのにな。
チーズバーガー越しに見る彼は、少し困ったように笑っている気がした。
「ねーえ、月島くーん」
そのときミユが口を開いた。
「あのねー、お願いがあるんだけどー」
「お願い?」
レンは首を傾げる。
「……まぁ、俺にできることなら構わないけど」
「良かったー!」
嬉しそうに手を叩くミユ。
そのお願いが何なのか、私は勘付いた。
もちろん、アイリも気が付いていると思う。
「えっとねー。せっかくこうしてお友達になれたんだしー、レンレンって呼んでいーい?」
「れ、レンレン!?」
「うんー。月島 蓮くんだからー、レンレン!」
予想通り。
ミユは、仲良くなった人に独特な距離の詰め方をする。
それがこのニックネームを付けるということ。
彼女にとって、最大の友情の証なんだ。
びっくりした顔を見せていたレンは……。
「レンレン……か。今までそんな風に呼ぶ人なんていなかったな……」
そう言って、アゴに手を当てて考え込む素振りを見せる。
そして、不意にその顔がふっと緩んだ。
「いいよ、それくらい」
「やったー! これからもよろしくね、レンレン」
「こちらこそ、よろしく」
笑い合う二人。
「あー、俺も俺も!」
そこに金村くんが割り込んでレンの肩を抱く。
「よろしくな、レンレン!」
「……お前は呼ぶな」
「ちょ……さっきから俺に冷たくない!?」
手を払いのけられた金村くんは、しくしくと泣く真似をした。
ミユのこの〝名付け〟は、そのキャラクターも相まって〝あざとい〟っていう女子もいる。
でも、きっとそういう人ってミユのことが羨ましいんだと思う。
好きな人、大切な友達に、素直にその気持ちを表すことができる。
その真っ直ぐさは、とても素敵なことだと思うから。
だから……私も自分の気持ちに素直になる!
私は手にしていたチーズバーガーを置くと、じっとレンを見つめた。
「私、月島くんのこと……小学校のときと同じように……レンって名前で呼びたい」
勇気を振り絞った言葉。
アイリたちの表情が変わったのがわかった。
「ユイ、あなた……月島くんと、小学校からの知り合いだったの?」
「私ー、初耳ー!」
「俺も知らなかったわー」
あ……あれ?
驚くポイント、そこなんだ?
名前で呼びたいと言ったことじゃなく、小学校の同級生ということに注目されるとは思わなかった。
あまりにみんなが騒ぐので、なんだか恥ずかしくなってきて。
「実は、クラスメートだったみたい。エヘヘ」
と頭を掻いた。
「でもー、なーんで今まで言ってくれなかったのー?」
「や……それは、確証が持てなかったから……。そうかな? でも違うかな? ……って」
首を傾げるミユに、しどろもどろにそう答える。
「なにそれ、どういうこと?」
ううぅ~、みんなの追及が止まらない。
こういうときって上手く説明が出来なくて、はわわはわわとなってしまう。
それは、焦れば焦るほどそうで。
あーもう、誰か助けて~!
そんな思いが頭の中を駆け巡る。
そのとき、レンが口を開いた。
「俺、中学のときは転校してこっちにいなかったんだよね。で、久しぶりの再会になったんだけど、雰囲気が変わりすぎてお互いに分からなかったんだ」
ストローを指で摘まみながら笑うレン。
それは何気ない仕草なのに、なぜかとても絵になっている。
「なるほどね。ユイは昔は地味子だったしね。気が付かなくても無理ないか」
「レンレンもイメチェンしたのー?」
「んー、まぁ、そんなとこかな」
レンの言葉でみんな納得してくれたみたい。
私は、ホッと胸を撫で下ろした。
この前のクラス委員決めのときもそうだったけど。
普段はクールなのに、いざというときは助けてくれて……。
わ、私がお姉さん役ってこと、忘れないでよねっ!
顔が熱くなってくるのを感じて、慌ててウーロン茶を口に含んだ。
そのとき、ふとレンの口が小さく動いた。
「俺は、変わらなくちゃいけなかったんだ……」
「ん? 何か言ったか?」
「いや……なんでもねーよ」
金村くんの問いに笑って答えるレンだけど……。
一瞬、その瞳に悲しみの色が浮かんだような気がして。
レンから目が離せなくなっている自分がいた。