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第10話『お茶しよ』

 放課後、私たちは駅前通りにあるファーストフード店にいた。

 私たちというのは、私、アイリ、ミユ、金村くん、そしてレンの5人だ。


「帰りにみんなでお茶するから、レンも一緒に行こ?」

「ん」


 私の誘いに意外なほど素直に着いてきたレン。

 ちょっと拍子抜け。


 断られたら説得して、レンが少しでも興味ありそうな話題で誘って。

 それでも断るなら、無理矢理にでも連れて行こう!

 ……と、お姉さん的には思っていたのだけれど。

 あれこれ計画を練ったときに限って、あっさりことが進むのってなんなの!?

 もうっ!



 店内に入った私たちは、それぞれカウンターで好きなものを注文して席に向かう。

 私はチーズバーガーにポテト、ウーロン茶のセットを頼んだ。


「お待たせしました」


 店員さんから商品を乗せたトレイを受け取り、みんなが待つ席へ。

 どうやら、私が1番最後みたい。

 男女で向かい合うように座る席、私の前は……。


 わ……レンだ……。


 私をチラリと見るレン。

 そのクールな瞳に一瞬ドキッとするけれど……。

 平静を装って私はトレイを机の上に置いた。


 ……そこで、異変に気が付いた。


「あ……れ……? みんな……」


 思わず息を呑む。


「なんでドリンクだけ?」

「や……逆に、なんでユイはセットで頼んでるのよ」

「ユイぴょん。おうち帰ってから、夕ご飯食べられるのー?」

「日野原って、食欲すごいんだな……」

「だ、大丈夫、大丈夫! 俺もみんなで・・・・食べようと思って、ポテトだけ頼んでっから!」


 アイリ、ミユ、レンの驚きの視線と。

 フォローがフォローになってない金村くんの言葉が、グサグサ無慈悲に突き刺さる。


「ううぅ~、つい家族と来るときの感覚で頼んじゃったんだもん! で、でも、ドリンクはウーロン茶にしてるから大丈夫なんだもんーっ!」

「よしよし。ユイぴょんは、いっぱい食べておりこうさんですねー」

「うううぅぅ~~~」


 涙目になる私を、ミユが頭を撫でて慰めてくれた。


 みんなから大食いキャラって思われた……。

 特に、レンからそう思われるのは辛い。

 神様……私に時を戻す力をください、ううぅ。


 せめてもと、口を小さく開けてチーズバーガーをかじる。

 広がっていくお肉の味とコクのあるチーズ、酸味のあるケチャップの風味。

 悔しいけれど、チーズバーガーは今日も美味しかった……。


「……あれ?」


 そのとき金村くんが首を捻った。


「俺、学校でクレープ屋ができたって言ったよね? なんでここに来てんの?」

「え、今頃?」

「ちょっと、気付くのが遅すぎでしょ……」

「わ、私……ユッたんって優しいからー、みんなに合わせてくれたんだーと思ってた」


 口々に驚きの声をあげる私たち。

 だけど、あのときいなかったレンは首を傾げた。


「え? クレープってなに?」

「ああ、月島には言ってなかったか。ほら、これだよ」


 そう言って、金村くんが例のチラシをポケットから取り出す。

 それにチラリと目を落としたレンだったけど——。


「——そういや、この前学校でさ」

「よーし、お前はもう少し俺に興味を示そうか!」


 話題を変えようとするレンに、金村くんが素早いツッコミを入れる。

 それがあまりに見事で、私たちは思わずお腹を押さえて笑ってしまった。


「二人って、本当にいいコンビだよねっ」

「まぁな!」

「いや?」


 涙を拭きながら言う私に、ビッと親指を立てる金村くん。

 真顔で首を横に振るレン。


「そ、そこは俺に同意しとけよ!」


 金村くんの悲鳴のような声に、私たちはまた爆笑してしまった。


 学校の帰り道、友達とお茶して。

 なんてことのない話で盛り上がって笑い合う。

 こーゆーのって、なんかいいよね。


 レンも……。

 私と同じ気持ちでいてくれたらいいのにな。


 チーズバーガー越しに見る彼は、少し困ったように笑っている気がした。


「ねーえ、月島くーん」


 そのときミユが口を開いた。


「あのねー、お願いがあるんだけどー」

「お願い?」


 レンは首を傾げる。


「……まぁ、俺にできることなら構わないけど」

「良かったー!」


 嬉しそうに手を叩くミユ。

 そのお願いが何なのか、私は勘付いた。

 もちろん、アイリも気が付いていると思う。


「えっとねー。せっかくこうしてお友達になれたんだしー、レンレンって呼んでいーい?」

「れ、レンレン!?」

「うんー。月島 蓮くんだからー、レンレン!」


 予想通り。

 ミユは、仲良くなった人に独特な距離の詰め方をする。

 それがこのニックネームを付けるということ。

 彼女にとって、最大の友情の証なんだ。


 びっくりした顔を見せていたレンは……。


「レンレン……か。今までそんな風に呼ぶ人なんていなかったな……」


 そう言って、アゴに手を当てて考え込む素振りを見せる。

 そして、不意にその顔がふっと緩んだ。


「いいよ、それくらい」

「やったー! これからもよろしくね、レンレン」

「こちらこそ、よろしく」


 笑い合う二人。


「あー、俺も俺も!」


 そこに金村くんが割り込んでレンの肩を抱く。


「よろしくな、レンレン!」

「……お前は呼ぶな」

「ちょ……さっきから俺に冷たくない!?」


 手を払いのけられた金村くんは、しくしくと泣く真似をした。


 ミユのこの〝名付け〟は、そのキャラクターも相まって〝あざとい〟っていう女子もいる。

 でも、きっとそういう人ってミユのことが羨ましいんだと思う。

 好きな人、大切な友達に、素直にその気持ちを表すことができる。

 その真っ直ぐさは、とても素敵なことだと思うから。


 だから……私も自分の気持ちに素直になる!


 私は手にしていたチーズバーガーを置くと、じっとレンを見つめた。


「私、月島くんのこと……小学校のときと同じように……レンって名前で呼びたい」


 勇気を振り絞った言葉。

 アイリたちの表情が変わったのがわかった。


「ユイ、あなた……月島くんと、小学校からの知り合いだったの?」

「私ー、初耳ー!」

「俺も知らなかったわー」


 あ……あれ?

 驚くポイント、そこなんだ?

 名前で呼びたいと言ったことじゃなく、小学校の同級生ということに注目されるとは思わなかった。


 あまりにみんなが騒ぐので、なんだか恥ずかしくなってきて。


「実は、クラスメートだったみたい。エヘヘ」


 と頭を掻いた。


「でもー、なーんで今まで言ってくれなかったのー?」

「や……それは、確証が持てなかったから……。そうかな? でも違うかな? ……って」


 首を傾げるミユに、しどろもどろにそう答える。


「なにそれ、どういうこと?」


 ううぅ~、みんなの追及が止まらない。

 こういうときって上手く説明が出来なくて、はわわはわわとなってしまう。

 それは、焦れば焦るほどそうで。


 あーもう、誰か助けて~!


 そんな思いが頭の中を駆け巡る。

 そのとき、レンが口を開いた。


「俺、中学のときは転校してこっちにいなかったんだよね。で、久しぶりの再会になったんだけど、雰囲気が変わりすぎてお互いに分からなかったんだ」


 ストローを指で摘まみながら笑うレン。

 それは何気ない仕草なのに、なぜかとても絵になっている。


「なるほどね。ユイは昔は地味子だったしね。気が付かなくても無理ないか」

「レンレンもイメチェンしたのー?」

「んー、まぁ、そんなとこかな」


 レンの言葉でみんな納得してくれたみたい。

 私は、ホッと胸を撫で下ろした。


 この前のクラス委員決めのときもそうだったけど。

 普段はクールなのに、いざというときは助けてくれて……。

 わ、私がお姉さん役ってこと、忘れないでよねっ!


 顔が熱くなってくるのを感じて、慌ててウーロン茶を口に含んだ。


 そのとき、ふとレンの口が小さく動いた。


「俺は、変わらなくちゃいけなかったんだ……」

「ん? 何か言ったか?」

「いや……なんでもねーよ」


 金村くんの問いに笑って答えるレンだけど……。

 一瞬、その瞳に悲しみの色が浮かんだような気がして。

 レンから目が離せなくなっている自分がいた。

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