騒動のクラス委員決めから1か月。
春に芽吹いた若葉が、より青々と感じられるこの季節、5月。
ゴールデンウィーク明けの教室は、どこに行った、何をした、もっと休みたかったという声が響いている。
私も家族で出かけたり、アイリとミユと遊んだり、遅寝遅起きをしたりして、かなりリフレッシュしたと思う。
この季節、窓から入り込む風は爽やかで、みんなの顔にも自然と笑みが浮かんでいた。
「う〜、う〜」
……なのに私の顔は晴れない。
歯を食いしばった口からは、唸り声しか出てこない。
頭を抱えても、机に突っ伏しても状況は変わらない。
私は今、とても悩んでいた。
「ユイ、ちょっと、すごい顔よ?」
「ユイぴょん、お腹が痛ーい野獣みたーい」
見かねた親友二人が声をかけてくる。
「アイリ〜ぃ、ミユ〜ぅ」
私は立ち上がると、二人に抱きついた。
そして、そのまま教室の後ろへと誘導する。
「なに、どうしたのよ?」
私は、自分の席の隣の席に目を向ける。
そこには休み時間だというのに誰と話すわけでもなく、机に肘をついてただ空を見上げてるだけの彼。
「月島くん?」
ミユの予想以上の大きな声にビクッとなりつつ、慌てて口に一本指を当てて静止する。
「シーッ! 声が大きいって!」
「あははー、ごめんねユイぴょん」
「で……月島くんがどうしたのよ?」
「うん……」
私は二人に向き直った。
最近のレンは私たちとお昼を食べるようになったし、クラスのみんなとも話すようになった。
以前に比べると笑顔だって増えたと思う。
でも、自分から積極的に輪に入るかというと、決してそんなことはないし。
話していてもどこか一歩引いた感があって、時折見せる切なそうな目が気になって仕方がない。
「わかる? ねぇ、わかる? この気持ち! あー、モヤるぅ〜〜、めっちゃモヤるぅぅぅ!!」
「あ、あなた、良く見てるわね……」
「ユイぴょん、こわーい」
アイリとミユが、驚きと呆れが混じったような声を出す。
「だって! 私はレ……月島くんに楽しい高校生活を送ってもらいたいからっ!」
危ないーっ!
思わず、癖でレンって呼んじゃうとこだった!
この前、彼に『日野原』って名字で呼ばれたとき、昔とは違う今の距離感というものを意識してしまった。
なのにこっちが突然名前で呼んだら、本人になんて思われるか……。
わ、私だって、本当は名前で呼びたいんだぞっ!
心の中のミニ私が地団駄を踏む。
そんな私を、アイリがじっと見つめてきた。
「ふぅん、楽しい高校生活、ねぇ。……でもさ、それってユイが背負うこと?」
「え?」
「月島くんだって子供じゃないんだし、色々と都合があるんじゃないの?」
「そ、それは……まぁ、そうかもしれないけど……」
「もちろん、この前みたいに極端な場合は別よ? でも、そうじゃないなら、本人の意思を尊重してあげないと」
うぐ……。
アイリの言うことはごもっとも。
確かにそうなんだけど……でも、なんか気になって……。
自分でもなんでこんな気持ちになっているのか、よくわからない。
この謎の感情に言葉を付けるとしたら、それは……。
「あははー。ユイぴょん、月島くんのお姉ちゃんみたーい!」
それだっ!!
そうか、私にとってレンは出来の悪い弟みたいなものなんだ!
心の底から納得した私は、うんうんと深くうなずいた。
そして、改めてアイリに向き直る。
「アイリ、私にはレン坊を導く使命があるのっ!」
「れ、レン坊!?」
ぎょっとするアイリ。
でも、そのあと短く息を吐いて。
「あー、もう! わかったわよ!」
仕方ないといった感じで表情を緩めた。
アイリはいつもこう。
なんだかんだ言いながら、最終的には私の意見に賛同してくれる。
私の大切な親友。
彼女が困ったときは、私が全力で力になりたいと思う。
「……で、どうするの?」
「んえ?」
「んえ? じゃないわよ。何か案があって話してきたんじゃないの?」
「あー、案ねっ! あー……あはは。も、もちろん!」
「もちろん……ないのね」
アイリはもう一度息を吐いた。
ううぅ、カンの鋭い親友は嫌いだよぅ!
「ユイぴょん、そーゆーのを見切り発車っていうんだよー?」
くぅ、ミユにまでマトモなことを言われてしまった。
がっくりと肩を落とす私。
そういえば、昔から夏休みの計画とか立てるの下手だったな……。
小6のときの『夏休みの一日の行動予定表』に、
朝起きて、ご飯を食べたら自由時間。
そのあと12時にお昼を食べたら自由時間。
夜に夕ご飯を食べたら、寝るまでずっと自由時間。
って書いたら先生にすごく怒られたっけ……。
でも、自由時間って好きなだけ勉強したり、読書をしてもいいってことでしょ?
時間を気にすることなく自分を磨くことができるっていうのは、とても素敵なことだと思うんだっ!
まぁ……。
全力で遊び倒そうって気持ちがあったことは否定しないけれど……。
あ、そういえば、レンにその計画表を見られて、すっごく笑われたんだった。
くうぅ、今思い出しても頭にくるーっ!
……でも、あのときのレンはとてもいい顔で笑ってた。
今みたいに抑えたものじゃなく、心の底からの笑顔だった。
私は……またあの笑顔に会いたい。
だからこそ、レンと一緒に楽しめるアイデアを何か……!
「なーに話してんの?」
そこに、足取りも軽く現れるのは金村くんだ。
楽しそうなその姿は、お散歩中の子犬みたい。
「あなたはいつも楽しそうね、
「まぁな! ……って、誰が犬だ!」
アイリの言葉にツッコむ金村くん。
二人のやり取りに、思わず噴き出してしまった。
「あ、あの、金村くん……こんにちは……」
おずおずと声をかけるミユに、金村くんは明るく笑った。
「おう! って、朝からずっと隣の席にいたけどな」
「そ、そうだね、えへへ……」
ミユの顔は真っ赤。
きっと、〝好き〟の気持ちが日に日に大きくなっているんだろう。
恋する乙女の彼女はとても可愛くて、なんとかしてあげたいって心の底から思った。
「ところでさ、これ知ってる?」
そう言って金村くんがポケットから1枚の紙を取り出した。
それはクレープ屋オープンのお知らせだった。
「駅前の公園の入り口に、キッチンカーが来るようになったんだって。あとで、みんなで行ってみね?」
クレープかー。
実は、結構好きだったりする。
一人で食べても美味しいし、みんなで食べると楽しいし……。
その瞬間、頭の中の霧が晴れてゆく。
「それだーっ!」
私はビシッと金村くんを指差したあと、満面の笑みでアイリとミユに振り返った。
「ねえっ! 今日の放課後、みんなでお茶しない?」