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第9話『笑顔に会いたい』

 騒動のクラス委員決めから1か月。

 春に芽吹いた若葉が、より青々と感じられるこの季節、5月。

 ゴールデンウィーク明けの教室は、どこに行った、何をした、もっと休みたかったという声が響いている。

 私も家族で出かけたり、アイリとミユと遊んだり、遅寝遅起きをしたりして、かなりリフレッシュしたと思う。


 この季節、窓から入り込む風は爽やかで、みんなの顔にも自然と笑みが浮かんでいた。


「う〜、う〜」


 ……なのに私の顔は晴れない。

 歯を食いしばった口からは、唸り声しか出てこない。

 頭を抱えても、机に突っ伏しても状況は変わらない。

 私は今、とても悩んでいた。


「ユイ、ちょっと、すごい顔よ?」

「ユイぴょん、お腹が痛ーい野獣みたーい」


 見かねた親友二人が声をかけてくる。


「アイリ〜ぃ、ミユ〜ぅ」


 私は立ち上がると、二人に抱きついた。

 そして、そのまま教室の後ろへと誘導する。


「なに、どうしたのよ?」


 私は、自分の席の隣の席に目を向ける。

 そこには休み時間だというのに誰と話すわけでもなく、机に肘をついてただ空を見上げてるだけの彼。


「月島くん?」


 ミユの予想以上の大きな声にビクッとなりつつ、慌てて口に一本指を当てて静止する。


「シーッ! 声が大きいって!」

「あははー、ごめんねユイぴょん」

「で……月島くんがどうしたのよ?」

「うん……」


 私は二人に向き直った。


 最近のレンは私たちとお昼を食べるようになったし、クラスのみんなとも話すようになった。

 以前に比べると笑顔だって増えたと思う。


 でも、自分から積極的に輪に入るかというと、決してそんなことはないし。

 話していてもどこか一歩引いた感があって、時折見せる切なそうな目が気になって仕方がない。


「わかる? ねぇ、わかる? この気持ち! あー、モヤるぅ〜〜、めっちゃモヤるぅぅぅ!!」

「あ、あなた、良く見てるわね……」

「ユイぴょん、こわーい」


 アイリとミユが、驚きと呆れが混じったような声を出す。


「だって! 私はレ……月島くんに楽しい高校生活を送ってもらいたいからっ!」


 危ないーっ!

 思わず、癖でレンって呼んじゃうとこだった!


 この前、彼に『日野原』って名字で呼ばれたとき、昔とは違う今の距離感というものを意識してしまった。

 なのにこっちが突然名前で呼んだら、本人になんて思われるか……。

 わ、私だって、本当は名前で呼びたいんだぞっ!


 心の中のミニ私が地団駄を踏む。

 そんな私を、アイリがじっと見つめてきた。


「ふぅん、楽しい高校生活、ねぇ。……でもさ、それってユイが背負うこと?」

「え?」

「月島くんだって子供じゃないんだし、色々と都合があるんじゃないの?」

「そ、それは……まぁ、そうかもしれないけど……」

「もちろん、この前みたいに極端な場合は別よ? でも、そうじゃないなら、本人の意思を尊重してあげないと」


 うぐ……。

 アイリの言うことはごもっとも。

 確かにそうなんだけど……でも、なんか気になって……。

 自分でもなんでこんな気持ちになっているのか、よくわからない。


 この謎の感情に言葉を付けるとしたら、それは……。


「あははー。ユイぴょん、月島くんのお姉ちゃんみたーい!」


 それだっ!!

 そうか、私にとってレンは出来の悪い弟みたいなものなんだ!


 心の底から納得した私は、うんうんと深くうなずいた。

 そして、改めてアイリに向き直る。


「アイリ、私にはレン坊を導く使命があるのっ!」

「れ、レン坊!?」


 ぎょっとするアイリ。

 でも、そのあと短く息を吐いて。


「あー、もう! わかったわよ!」


 仕方ないといった感じで表情を緩めた。

 アイリはいつもこう。

 なんだかんだ言いながら、最終的には私の意見に賛同してくれる。

 私の大切な親友。

 彼女が困ったときは、私が全力で力になりたいと思う。


「……で、どうするの?」

「んえ?」

「んえ? じゃないわよ。何か案があって話してきたんじゃないの?」

「あー、案ねっ! あー……あはは。も、もちろん!」

「もちろん……ないのね」


 アイリはもう一度息を吐いた。

 ううぅ、カンの鋭い親友は嫌いだよぅ!


「ユイぴょん、そーゆーのを見切り発車っていうんだよー?」


 くぅ、ミユにまでマトモなことを言われてしまった。


 がっくりと肩を落とす私。

 そういえば、昔から夏休みの計画とか立てるの下手だったな……。


 小6のときの『夏休みの一日の行動予定表』に、


 朝起きて、ご飯を食べたら自由時間。

 そのあと12時にお昼を食べたら自由時間。

 夜に夕ご飯を食べたら、寝るまでずっと自由時間。


 って書いたら先生にすごく怒られたっけ……。


 でも、自由時間って好きなだけ勉強したり、読書をしてもいいってことでしょ?

 時間を気にすることなく自分を磨くことができるっていうのは、とても素敵なことだと思うんだっ!


 まぁ……。

 全力で遊び倒そうって気持ちがあったことは否定しないけれど……。


 あ、そういえば、レンにその計画表を見られて、すっごく笑われたんだった。

 くうぅ、今思い出しても頭にくるーっ!


 ……でも、あのときのレンはとてもいい顔で笑ってた。

 今みたいに抑えたものじゃなく、心の底からの笑顔だった。

 私は……またあの笑顔に会いたい。


 だからこそ、レンと一緒に楽しめるアイデアを何か……!


「なーに話してんの?」


 そこに、足取りも軽く現れるのは金村くんだ。

 楽しそうなその姿は、お散歩中の子犬みたい。


「あなたはいつも楽しそうね、村くん」

「まぁな! ……って、誰が犬だ!」


 アイリの言葉にツッコむ金村くん。

 二人のやり取りに、思わず噴き出してしまった。


「あ、あの、金村くん……こんにちは……」


 おずおずと声をかけるミユに、金村くんは明るく笑った。


「おう! って、朝からずっと隣の席にいたけどな」

「そ、そうだね、えへへ……」


 ミユの顔は真っ赤。

 きっと、〝好き〟の気持ちが日に日に大きくなっているんだろう。

 恋する乙女の彼女はとても可愛くて、なんとかしてあげたいって心の底から思った。


「ところでさ、これ知ってる?」


 そう言って金村くんがポケットから1枚の紙を取り出した。

 それはクレープ屋オープンのお知らせだった。


「駅前の公園の入り口に、キッチンカーが来るようになったんだって。あとで、みんなで行ってみね?」


 クレープかー。

 実は、結構好きだったりする。

 一人で食べても美味しいし、みんなで食べると楽しいし……。


 その瞬間、頭の中の霧が晴れてゆく。


「それだーっ!」


 私はビシッと金村くんを指差したあと、満面の笑みでアイリとミユに振り返った。


「ねえっ! 今日の放課後、みんなでお茶しない?」

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