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第8話『この手伸ばして』

「あのさ……」


 驚いて顔を上げると、それはレンだった。

 レンは、ぐるっと見回すと言葉を続ける。


「みんな、本当にそれでいいんだな?」


 クラスのみんなは首をかしげた。


「いいんだな? って、うちらは日野原さんが適任だと思ったから……」

「日野原に任せるってことは、あの熱血指導をお前らも受けるってことだからな!」


 ……は!?

 ……はぁぁぁぁ!?!?!?

 な、な、な、何を言ってるの?

 あなたは、何を言っちゃってるのーっ!?!?!?!?


 その気持ちはみんなも同じのようで、教室は一斉にどよめいた。


「い、いや……別に俺たちは、ああいうのを求めてるわけじゃなくて……」

「もう、おせーよ!」


 レンはそう言い放ち、私に目を向けた。


「やれよ、日野原。このクラスを自分の色に染めてやれ!」

「そ、そんなこと言われても……」


 真っ直ぐに私を見つめるレン。

 からかってるとか、早く決めたいからとか、そういうのじゃないのは伝わってくる。

 その真剣な瞳に、胸が大きく高鳴った。

 自分には絶対に無理、そう言おうとしていた言葉が喉の奥に引っ込んでいく。


 握り締めていた手が、少しだけ緩んだ。


「で、でも……私でいいのかな?」

「俺は、日野原がいいと思うぜ。人のことを想って動けるヤツって、最高すぎるだろ!」


 力強いレンの言葉。

 それは、暗く冷たい湖の底に沈んでいた私に、差し伸べられた手のようで。

 その手を掴みたいという気持ちに駆られる。


 私を見つめるレンの顔が、ふっと緩んだ。


「心配すんな、俺たちがサポートするから」

「え……俺たち・・って?」


 そのとき、ふと気が付いた。

 私を見つめる優しい視線が他にもあることを。


「ユイぴょーん、私、書記に立候補するー!」

「ミユ……ありがとう」

「えへへ、気にしないでー。だって、近くでユイぴょんを支えたいもーん」

「はいはーい! じゃあ、俺も書記やるわ! 確か二人だったよな?」

「金村くんまで……」


 胸を張る金村くんに、レンがイタズラな笑みを浮かべた。


「でもさー、お前、字ぃ書けんのかよ?」

「ふざけんなよ、月島ぁ。俺の達筆さを知らねぇな?」

「達筆すぎて誰にも読めなーいとか、ダメだからねー?」

「き、木崎までそんなこと言う!?」


 金村くんの悲鳴に、私たちは声を上げて笑った。


「仕方ないわね。私は会計をやるわ。計算なら得意な方だし」

「アイリ……いいの?」

「本当は嫌なんだけどね」


 ふぅ、とため息をつく。

 でも、そのあと私の顔をじっと見て——。


「——でも、あなただけに任せて自分は何もしないとか。私は、そっちの方が嫌だから」

「アイリぃ……」

「あー、もう! 私も流されやすいタイプだわ!」


 そう言って困ったように笑うアイリに、思わず涙が出そうになる。


 暗く冷たい湖の底に伸ばされた手は、実は1つじゃなくて……。

 こんなにもたくさんの手が私の背中を押して、引き上げようとしてくれる。

 それがとても嬉しくて。

 私はそっと涙を拭って、心からの笑顔を親友たちに送った。


「で、月島くんは何をやるの?」


 アイリの言葉に、レンは頬をかく。


「いや、俺は……」

「えー? 一緒にやろーよー」

「お前……この流れで自分だけ何もやらないとかは、ねーだろー」

「本気でそう思っているんだとしたら、ちょっといい根性過ぎるわね」

「うっ……」


 ミユ、金村くん、そしてアイリに詰め寄られて口ごもるレン。

 困ったような顔。

 でも、少しだけ笑ってるその顔を見ていたら……ふと口から声が漏れてしまった。


「副委員長……やってほしい」


 そう言葉にして、ハッとする。

 わ、私、何気にすごい主張してない!? 

 ……でも、レンには隣にいてほしい。

 隣で支えてほしいと思ったのは、間違いなく私の本心で……。


「——は!?」


 レンの驚く声に思わずビクッ! とする。


「や……ごめ、やっぱ今のなし……」

「あー、いいんじゃね?」


 慌てて取りつくろうとする私を、金村くんがさえぎる。


「月島ってどこか冷めてるし、突っ走る委員長の抑え役になるんじゃね?」


 その言葉にアイリとミユもうなずく。


 ううっ……。

 私って、そんな子に見られてたんだ。

 まぁ、否定はできませんが……。


「いやでも、俺が副委員長って……」

「でも、月島くん。残ってるのはイベント委員とかよ? あなた、学校行事の企画とかできる?」

「う……。そ、それはもっと嫌だな……」


 アイリの言葉に、レンは深いため息をつく。

 少しの沈黙のあと、ゆっくりとその顔を上げた。


「わかった。俺、副委員長やるわ……」


 嬉しそうに拍手するミユ。

 レンの肩を肘で突っつく金村くん。

 満足そうにうなずくアイリ。

 そんな3人に、レンは笑顔を見せた。


 私は、改めてレンに向き直る。

 軽く右手を上げる。

 彼も同じように手を上げた。


「これからよろしくね、副委員長クン」

「こちらこそよろしく、学級委員長サマ」


 そしてハイタッチを交わすと、私たちは教壇へと向かった。

 教卓の前に立って、ぐるっと教室内を見回す。


「えーと……ご指名にあずかりました日野原 結衣です。学級委員長という大役、上手くできるかわかりませんが、精一杯頑張りたいと思いますっ!」


 私の言葉を受けて、クラスのみんなから拍手が巻き起こる。

 こういうの慣れてなくて、ちょっと照れくさくて、思わず「へへっ」と頭を押さえた。

 続いて、金村くんが一歩前に出た。


「副委員長は月島、会計は水本、書記は木崎と俺でやらせてもらおうと思ってんだけど、いいよなー?」


 金村くんの言葉にも拍手が起こる。

 だけど、それに交じってヤジの声も飛ぶ。


「金村、字はちゃんと書けんのかー?」

「他人にも読める字で書いてねー!」

「う、うるせー! そのやり取りはもう済んでるってーの!」


 笑い声に包まれる教室。

 ふと隣を見ると、レンと目が合った。

 クールに微笑みうなずく彼に、私もうなずき返す。

 心の中が温かくなる。


 私は前を見ると、大きく口を開いた。


「それじゃ、残りの委員を決めたいと思いますっ! やりたいもの、ある人いますかー?」


 声が、気持ちよいくらいに響き渡る。

 こんなの、去年までの私じゃ考えられなかった。

 特に目立つ存在でもない地味系女子だった私。

 それが、今はクラスをまとめようと動いてる。


 私も成長してるっ!

 そう思うと、心の中に言葉にできない喜びが湧き上がってくるのだった。



 その後、私たちのクラスは無事に全ての委員を決めることができた。

 戻ってきたガク先生に驚かれて褒められて。

 少しだけ誇らしい気持ちにもなれた私たちだった。

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