「俺と付き合ってよ」
呼吸を忘れた。
強い風が吹いた。
世界が変わって見えた。
校舎裏に響く突然の告白。
目の前にいるのはサッカー部のエース、
学校内でも有名なイケメンの人気者で、私とは住む世界が違うと思ってた人。
高い身長、サラサラの髪、優しく微笑む瞳はまつ毛が長くて……。
あああ、頭の中が真っ白になってくぅぅ……。
その後のことは、あまり記憶にない。
気が付いたら、首を激しく縦に振っていたことと……。
連絡先を交換した後は、ワケが分からなくなって思わず走って逃げ出してしまったことと……。
それくらいしか覚えていない。
高1ともなるとクラスの中には彼氏がいる子もいて。
そんな子たちを羨ましいと思いつつ、私には無縁の世界と思っていた日々。
でも……この春休みの2日前。
私、
* * *
「おはよー!」
「おはよー!」
小鳥たちの声に交じって校舎内に飛び交う挨拶の声。
修了式の朝の風景。
明日から春休みということもあって、みんなの声はいつもより明るい気がする。
まー、その中でも私は特に明るいんだろうけど。
「あ、ユイ!」
教室に入るなり、親友のアイリが声をかけてきた。
彼女は
お姉さん気質で美人のアイリは、シースルー
挨拶を交わしながら彼女の前の席に座る私。
窓側から1番目の列で後ろから2番目の席。
ここはポカポカ陽射が差し込んで、暖かくて心地よい。
「ユイ、昨日の放課後、ショウ先輩に呼び出されたでしょ? どうだった?」
彼女の問いに、私は待ってましたと言わんばかりに振り返った。
「告白されちゃったっ!」
「え、マジ!?」
「もー、マジマジ!」
「……だから、夕べは連絡しても全然返事が来なかったのね。おおかた、一晩中ポーッとしてたんでしょ」
「あはは、ごめんねっ」
アイリの指摘は正しい。
あのあと先輩からスマホに入っていたメッセージ、
『これからよろしく!』
その短い一言が嬉しくて、一晩中眺めていた。
天にも昇る気持ちだった。
私にも彼氏ができた。
遠目で恋に憧れる時期は終わったのだ。
「これもイメチェンを勧めてくれたアイリのおかげだねっ!」
ちょっと前までの私は黒縁メガネに黒髪おさげ、メイクだってしたことない、自他共に認める地味系女子。
「特に変える必要もないし〜」
なーんて人には言っていたけど、本音は一歩踏み出す勇気がなかったから。
性格は普通に明るいのに、見た目とのギャップがエグいなんてからかわれたこともある。
そんなある日、アイリからイメチェンを勧められた。
「ユイは素材はいいんだから、少し自分を変えてみたら?」
って。
背中を押された私は、メガネをやめてコンタクトにした。
髪は内巻きのミディアムレイヤーにして、色も明るくしてみた。
ナチュラルメイクだって覚え、完成形になったのが
「イメチェン大成功だよっ!」
私は笑顔でVサインを作る。
「明日から春休みだしー、二人で映画行ったり、買い物したりー、お弁当作ってお花見なんかもいいなー! めっちゃ楽しみっ!」
明日からのやりたいことを指折り数えているだけで、テンションはどんどん上がっていく。
でも、対するアイリはなぜか浮かない顔。
彼女はアゴに手を当てて少し考える素振りを見せたあと、私の顔をまじまじと見た。
「ねえ、ユイ。ショウ先輩になんて告白されたか聞いてもいい?」
「うん。えーと、校舎裏に呼び出されて……私のことをジッと見つめて……『君って実は可愛かったんだね。俺と付き合ってよ』って」
……って、あれ?
今、気付いたけど、なんか言われ方がおかしくない?
アイリは短く息を吐く。
「念のために聞くけど、ユイもショウ先輩も恋愛免許証は持ってるんだよね?」
「もちろん! 私は16歳になったときにずっと貯金してたお年玉で取りに行ったし、先輩の
――恋愛免許証、通称『恋免』。
25年前、ストーカー、DV、離婚など、多発する恋愛がらみの問題に終止符を打つべく、時の政府は『恋愛法』を制定した。
【恋愛法】
第4条 恋愛をし告白しようとする者は、公安委員会の恋愛免許証を取得しなければならない。
この法律により、無免許での恋愛は重大な法律違反となった。
恋愛法が制定されてから恋愛がらみのトラブルは減ったって、そう授業で習ったのは記憶に新しい。
運転するなら自動車免許、調理するなら調理師免許、恋愛するなら恋愛免許。
各地には免許取得のための恋愛教習所もあるし、私たちの生活を守るための大切な法律になってると思う。
「それならいいんだけど……ショウ先輩って、恋愛関係であまりいい噂を聞かないから」
それは私も知っている。
先輩は複数の人と付き合っていて、安全恋愛義務違反となる脇見恋愛の常習犯だって。
更に出会ってすぐ、お互いのことを良く知らないのに告白するスピード違反。
相手の気持ちや立場を考えずに強気で押す、一時停止無視違反なんかもあるとか……。
「で、でも、きっと大丈夫だよ! 恋愛教習所で〝思いやりの心を持つことの大切さ〟とか、〝相手の気持ちに寄り添う優しさ〟とか習ったわけだし……」
「習った人、全員がそれを実践しているわけじゃないから。交通ルールだってそうでしょ? だから、警察の取り締まりがあるわけで」
うぐっ、それは確かにそう……。
でもさ、でもさ、それってあくまで噂でしょ?
何かの間違いってこともあるじゃん。
……うん、そーだ、きっと何かの間違いだ。
彼女である私が信じてあげなくてどうするの!
私は拳を握るとアイリに向き直った。
「私は、彼を信じてるから」
そう言おうとした瞬間――。
「おっはよー!」
勢いよく教室に飛び込んでくるショートボブの少女。
私のもう一人の親友、
明るくて、可愛いものが大好きで、お菓子作りが趣味という絵に描いたみたいな女の子。
「あっ、おはよー! ユイぴょん、アイりん!」
そして、変なニックネームを付けるのが好きな女の子……。
ミユは私の隣の席に腰を下ろす。
そこが彼女の席だ。
座るなり身を乗り出すようにして口を開く。
「ねぇねぇ、二人とも聞いたー?」
「何を?」
「ショウ先輩、停学になったってー」
「えーっ!?」
思わず立ち上がる私。
倒れる椅子の音が教室内に響き渡った
「落ち着きなって、ユイ」
「あ……」
静かに椅子を起こして座り直す。
ううっ、周りの視線が恥ずかしい……。
私が座ったことを確認してアイリは口を開く。
「ミユ、それは本当なの?」
「本当だよー。先生たちが職員室で話してるの聞いちゃったもん。先輩、恋愛免許証の偽造だってー」
「な、なにそれ!?」
あのとき確かに見せてもらった免許証。
あれは偽物だったの!?
「で、でもさ、嘘をついてまで私と付き合いたかったってことは、それだけ私のことが好きだってことじゃない?」
「ユイ……現実を見なって。相手は脇見恋愛の常習犯なんだよ?」
うぐ……。
希望的観測に
で、でも、私は先輩を信じて……。
「そうそう、その脇見恋愛なんだけどねー。お相手の一人は先生みたい」
「なーっ!?」
「私、ばっちり聞いちゃったもーん」
「それが本当なら本来は刑事罰だけど、世間の目の手前、今回は内部的に処罰して済ませたってことね」
「あはは、隠ぺい体質ってやつだよねー」
探偵みたいなアイリに、事情を知らないミユは無邪気に笑う。
だけど、当然ながら私には笑うことなんかできなくて――。
――ガタッ!
と、椅子から立ち上がり、両手で机を思い切り叩いた。
「私、先輩と別れるっっっ!!!!」
――こうして、私、日野原 結衣の初めての交際は一日で……。
正確には一日持たずに破局を迎えたのでした、ううう……。
そして迎えた春休み。
免許センターの受付にて。
「えっ? 恋愛免許証を返納してしまってよろしいのですか!?」
驚く受付のお姉さんに私は深くうなずいた。
「えーと……恋免を返納するのは問題ありませんが、再取得にはもう一度恋愛教習所に通っていただく必要が……」
その言葉を、右手をずいっと突き出して
「私、もう恋なんてしませんのでっ!」
こうして私は無事に恋愛免許証を返納したのでした。
さっそく親友二人に連絡したら驚かれたり呆れられたり……。
でも、最終的には納得してくれたので、やっぱり持つべきものは友達だと思う。
だけど、これだけは言わせて。
ショウ先輩のばかやろ――――っっっ!!!!