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30.開かぬなら、壊してしまえ、石扉

 確かにカミジール殿下との婚約破棄をスティナ様が申し出たのは確かだが、これは極秘となっていて新米騎士が知っているはずがない。


(というか、フレン様の横恋慕って)


 どこからどう拗れたのかもわからないその想定外の噂に唖然としていると、脅しの『八つ当たり』が余程怖かったのか、聞いてもいないのに新米騎士たちは続々と話を続ける。


「そもそも近衛騎士団の臨時教官に任命されたのも、計画的にレリアット教官を専属護衛から外すためだったとか!」

「えっ」

「その頃からスティナ様とフレンシャロ殿下が恋仲だったとか!」

「えぇっ」

「現にレリアット教官、専属護衛から解任されましたしこれは噂というより事実だってみんな言ってて!」

「えぇえっ」


(みんなって誰なの!?)


 というか、知らない間にそんな話になっていたとは、とゾッとする。


(ちょっとフレン様の側から離れただけなのに!)


 これはもう誰かが意図的に噂を流してるのでは、なんて疑いたくなるほど全員が口にしていた。


「こ、根拠は」

「何度もデートを目撃されておりますッ」

「何度もデートを目撃してるだとッ!?」


(いつの間に!)


 ここまで全員一致で断言されると、流石に段々不安になってきてしまう。

 思わず騎士服の上から胸元に忍ばせていた指輪をぎゅっと握った私は、それでもフレン様の心は私にあるはずだと信じるしか出来ない。


(カミジール殿下を薦められたのも、フレン様の本心じゃない……はず、だもの)


「そ、そんな戯れ言誰が言ったんだ!?」

「ラーシュとトリスタンが見たって言ってました!」

「はっ!? ご、誤解ですッ」

「俺たちはちょっと、あそこでフレンシャロ殿下とお茶してるのレリアット教官じゃないんじゃね? って口にしただけで……ッ」


 片手腕立て伏せをやっと終え、ゼェハァと荒い呼吸をしながらも、突然飛び火したことに気付いたトリスタンと、何故かトリスタンの近くにあったロープに躓き絡まり気付けば勝手に亀甲縛りになって転がっていたラーシュが焦ったように声を張り上げた。


「ほ、ほら、あんな感じで……、って、アッ」


 荒い息を必死で整えつつ、近衛騎士団の演習場から見える王城のメインのひとつ、王妃殿下の薔薇園を指差すトリスタン。

 そんな彼の指先を追うように私も視線を薔薇園の入り口へ移し――


「なるほど、まさにアレをみんなで目撃したってことか」

「い、いや、その、ちが……っ、ちが、くはないんですが……!」


 しどろもどろになりながら必死に汗を拭うトリスタン。

 その汗はおそらくほぼ冷や汗だと察した私は、まさに今スティナ様をエスコートするように腰に腕を回し歩くフレン様を見送っていた。


「……いいだろう、その噂私が確かめてこよう」

「アッ」

「その前にお前たちに言っておくことがある」


 何故こんなに自分が苛立っているのかもわからないくらいささくれた気持ちをなんとか誤魔化し、やはり全然笑えていないだろう笑顔を顔に貼り付けた私はくるりと新米騎士たちの方を振り返る。


「騎士として軽々しく確証のない話をするのも、口を割るのも厳禁だバカども! さっき口を開いていた奴全員に八つ当たり訓練だ気を引き締めろ!」

「ひえぇぇえ!!」

「ラーシュ以外両足首を結んでうさぎ跳で演習場五百周! ラーシュはそのまま転がって百周しろッ」

「なんで俺だけぇっ!」


 びぇびぇと騒ぐ新米騎士たちをそのまま無視し、私は速足で薔薇園の方へ歩みを進めたのだった。



「確かこっち、だったわよね」


(それにしても、さっきの)


「わざわざ腰を抱く必要なくない!?」

「ないよねぇ」

「ふわぁっ!」


 目に飛び込んできたその光景にモヤモヤとしたしていたところに突然返事が返ってきてギョッとする。

 そこにいたのはもちろんキラキラ絵本の王子様だ。


「か、カミジール殿下!」

「オリアナ嬢も追いかけてきちゃったんだね、実は私もなんだ」


 あはは、と笑う殿下の笑顔が本物なのかが掴めずごくりと唾を呑んでしまう。


「まだ婚約破棄は正式にされてないんだけど、こうも噂が流れちゃうとねぇ」

「やっぱり誰かが故意的に流したんでしょうか?」

「うーん……」


 どこか歯切れの悪いカミジール殿下を少し不思議に思いつつ、王城内のことなので私より詳しいだろう彼の後ろについていく。


(どこまで行ったのかしら)


 というか二人で何をしているのだろうか。

 腰を抱き密着しながら薔薇園を歩く渦中の二人。

 それは誰が見てもまるで恋人同士に見えるのでは、と思うと胸の奥がツキリと痛む。


(しかもある意味評判が悪いフレン様のことだもの)


 どう考えてもフレン様が兄であるカミジール殿下の婚約者を誘惑し、そして婚約者であるスティナ様が乗り替えたと思われる。

 現に新米騎士たちはそう思ったからこそあんな噂を私に伝えてきたのだ。


「この辺にいるはずなんだけどな」


 ううん、と辺りを見回すカミジール殿下に続き私もキョロキョロと辺りを見る。


 薔薇園の突き当たりには美しく飾られた東屋があり、恐らくここが普段の逢瀬に使われているのだろう。

 けれど、今いるはずのそこにフレン様たちの姿はない。


「すれ違ってしまったんでしょうか?」

「そんなはずはないと思うんだけど」


 おかしいな、と首を傾げたフレン様に私も同じく首を傾げた。


(この先は行き止まりに見えるけど)


 すれ違っておらず、そしているはずの場所にいないなら考えられるのはひとつだけ。


「隠し通路でしょうか?」

「あぁ、だが見せつけるのが目的だったならわざわざ二人で消える必要まではないはずなんだが」


 そこで言葉を区切ったカミジール殿下に私も一瞬で血の気が引く。


(フレン様が危ない!?)


「トリスタンを抱え込んでいたから油断した!」


 人知れず暗殺者を送り込むのはなかなかハードルが高いが、例えば自身の護衛として暗殺者を伴って登城するのは難しくないだろう。

 それも、すぐに姿を眩ませられる隠し通路を知っているなら尚更だ。


(公爵家ほどの家門なら隠し通路のひとつやふたつ知っていてもおかしくはないわ)


 一刻の猶予もないかもしれない。

 そう思った私は、迷わず地面の砂利を掴めるだけ掴んで。


「お下がりください、殿下!」

「何をするつもり!?」

「隠し通路、私が探します!」


 やぁっ! と握ったその砂利を東屋含め横に広げるようにして広範囲に投げ、目を瞑る。

 ――――カツン、カツン、カラン、カツン……

 神経を全て耳へ集中させると、東屋の奥からカランという反響した音が聞こえた。


「そこ!」


 僅かに音が違う場所をパッと指さす。


「見つけました、ここが隠し通路の入り口です!」

「えっ、それちょっと普通に諜報部に欲しい能力」


 音のおかしかった場所にカミジール殿下と向かうと、そこは不自然に草が刈り取られていた。


「何か仕掛けがあるね」


 カミジール殿下が言うように、取っ手などもなく入り口の開け方も中への入り方もわからない。


(時間がないのに!)


 こんなところで時間を使っている余裕なんてない。

 こうしている間にもフレン様に危険が迫っているかもしれないと思うと気が急いてしかたなかった。


 私はフレン様に怒っている。それも猛烈に怒っている。

 だからこそ、彼に元気でいて貰わなければ怒りをぶつけることも出来ないのだ。


「最終手段です!」

「え、何を……」

「いきますッ」


 すうっと肺に酸素を取り込む。


(開かない扉なんて、必要ないわ)


 そのままぐっと息を止め、拳を真っ直ぐ振り下ろし――


「待っ」

「はぁっ!」


 ドゴッ、という薔薇園には似つかわしくない音が響く。

 砕けた扉の破片がガツンゴツンと鈍い音を響かせながら転がり落ちていった。


「――なるほど、階段は十三段! そこまで深い地下ではないようです!」

「うん、前言撤回していい? 諜報部には派手すぎてやっぱりちょっといらないかも」

「えぇ、私は騎士ですから!」

「騎士の概念が崩れるなぁ……」


 はは、とどこか乾いた笑いを溢したカミジール殿下と共に、私は地下への階段を掛け降りたのだった。

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