「……はい?」
私の口から間抜けな声が漏れる。
「王太子には婚約者が必ず必要です。家柄ももちろん問題ございませんし、一途に想い続けていた貴女になら……」
「ちょ、ちょっと待ってください! 確かにずっと好きだったというのはそうなんですが、けれど私はっ」
あわあわとスティナ様の言葉を遮った私の肩をさっきよりも強い力でフレン様が抱く。
その強さに少し落ち着きを取り戻した。
(でも、なんで突然)
確かに王族の結婚は感情で決めれるほど甘いものではないし、私が婚約者候補だったのも確かだ。
だがそれはもう過去の話で、今カミジール殿下の婚約者は紛れもなく目の前にいるスティナ様。
陛下が認め、正式に発表されたご婚約者であるからこそ、今さらの撤回なんて出来るはずもなく、それこそ『感情では決められない』だろう。
そしてそんなこと、彼女自身が誰よりもわかっているはずだった。
思わず顔を見合わせた私とフレン様に、スティナ様が一歩二歩と近付く。
そして目の前にまでやってきた彼女は、その場で地面にぺたんとしゃがみ込むようにして頭を下げた。
「な……ッ」
「フレンシャロ様の暗殺を目論んでいるのは、我が父です」
「「!」」
事前にその可能性が最も高いとフレン様に聞かされていたものの、改めて告げられたその言葉はあまりにも破壊力がある。
「それを、何故今俺たちに?」
「ラーシュ・ヨーランを側近に置かれたからです」
(ここでラーシュ!?)
どうしてその名前が、と思ったが、しかし冷静に考えれば間者として使い暗殺者として送り込んだ男の幼馴染みだったとすればそれくらいは知っていてもおかしくはないと考え直す。
(確かラーシュの父は元騎士とはいえ今は平民だったわね)
公爵家、それも王太子の婚約者である彼女がピンポイントで覚えているほどの有望騎士かと聞かれるとそれもそうだと素直に頷けない。
(いや、エリートである近衛騎士団に入ったんだ、新米とはいえほんと有望ではあるしドジで目立ってはいるけど、いるけど!)
「本当に黒幕の関係者だからラーシュの名前を知っている、というのが一番しっくりくるか……?」
ぽつりと呟いたフレン様の言葉に内心私も同意するが、それでも『王太子の婚約者の父が王子の暗殺を目論んでいる』なんてスキャンダル、すぐに信じる方が難しく、口ごもり顔を見合わせてしまう。
そんな私たちに気付いたスティナ様は、そっと私たちの前に短剣を置いた。
「この剣は……!」
「我が家の騎士たちが使っているものです」
「この柄から剣先へのカーブ、薄さに角度、使われている鉄の割合って」
「ごめん、ちょっともっかい言ってくれる?」
「ですから、ほら! まずこの刃先を触って貰えます? 熱伝導がですね」
「ごめん、多分一生わからないことがわかった」
「もう!」
何故ピンと来ないのかわからないが、まぁ騎士として普段から武器を見ている私とは違うのだろうと無理やり納得した私は、フレン様の私室のチェストの底にある二重扉を開く。
「おい、待て、何故その隠しスペースを知ってる!?」
「近くを歩いた時に音の反響で気付きました」
「足から超音波でも出てるのか!? というか中に入っていた俺の秘蔵のコレクション……」
「は?」
「いえ、なんでもないです」
驚くフレン様を無視し、私がフレン様の護衛になってはじめて王城で狙われた時の短剣を取り出し並べる。
「……一緒、だな」
「だから言いましたよね? ここのカーブとかも」
「模造でないこともなんかわからんが立証されたということで」
暗殺者が使う特殊な短剣を公爵令嬢が持っている。
それは物的証拠としては十分で、けれど、こんな圧倒的な証拠品を持って私たちに差し出す理由もわからない。
「どうして」
「王太子には後ろ盾が必要だからです」
「後ろ盾なら公爵家以上の家なんて」
ない、と言おうとしたが、フレン様が手で制するように私を止める。
(確かに、もしこの暗殺依頼が世間に広まったら)
公爵家としての威信を失うなんてレベルの話ですらないだろう。
後ろ盾どころか完全にマイナス、下手をすれば関連を疑われて王太子の地位すら危うくなるかもしれない。
世間に疎い私ですらその可能性に気付けるのだ、王太子妃としての教育を受けてきた彼女ならば、どこまで先が読めているのか。
「わざわざこうやってここまで来られたということは、確信と証拠、そして動機もご存知で?」
(動機!)
ピシャリと言ったフレン様の言葉にドキリとする。
彼女の家が黒幕なのだとすればよほどの動機がないと暗殺を依頼するほどのメリットがない。
そしてその動機の部分が一番不確かで大事な部分でもあった。
(犯人が捕まればもう狙われない、という訳じゃないもの。根本を解決しないと第二、第三の黒幕が現れかねない……!)
きっとそれは壮大で、そしてとてつもない理由に違いないのだと思った、のだが。
「カミジールを傀儡にしたい、だからフレンシャロ様が邪魔だったのです」
「は?」
語られたその動機があまりにもチープで、何よりも馬鹿馬鹿しくて思わず間抜けな声が私から漏れる。
(傀儡にしたい? だから邪魔?)
「そんな、そんな馬鹿な理由ですか?」
「カミジールは清廉な王太子です。民の声も臣下の声も良く聞くわ。それは良くいえば慈悲深く、悪くいえば扱いやすいのです」
(扱いやすいカミジール殿下の周りで、カミジール殿下のために動くフレン様が目障りだったということなの?)
あり得ない、馬鹿馬鹿しいにも程がある。
「確かにカミジール殿下は少しほわほわふわふわしているかもしれませんがッ! そんは理由で、フレン様はずっと誰も信じられずにいたってことなの?」
「オリアナ?」
目頭が熱い。
気付けば握りしめている手のひらに自身の爪が食い込み鋭い痛みが走ったが、そんなことどうでもよかった。
「私が護衛になるまでフレン様は一人で、ずっと一人で……!」
どこに敵がいるのかも、なんで自分が狙われているのかもわからなくて。
何人か暗殺者が混じっている可能性もあるが、複数人の護衛をランダムで控えさせ互いを見張らせることでなんとか夜を明かしていたフレン様。
信頼出来る護衛も選べず、なのに飄々と振る舞って強がっていたその全ての原因が、自分の都合がいいよう操るために邪魔だからという、私利私欲のためだなんて。
「どれだけ寂しく不安だったかなんて、わかんないくせに!」
「オリアナ」
「そんな、そんなことが許されるはずない、そんな理由なら家ごと潰れちゃえば……っ」
「オリアナ!」
「ッ」
感情のまま考えを言葉にし、そんな私を嗜めるフレン様の声でハッとする。
(しまった!)
こうやってわざわざ足を運び床に這いつくばって頭を下げる彼女に怒りをぶつけるのはあまりにも筋違いだ。
(彼女も被害者なのに)
その事実に気付いた私が慌てて口をつぐむと、フレン様がそっと頭を撫でてくれた。
「怒ってくれてありがとな」
撫でられる力加減や、その声色。
それらの全てが私の胸をぎゅっと締め付ける。
(愛されてるってこんな感じなんだ)
こんな状況なのに、そう実感し私は落ち着きを取り戻した。
「少しスティナ令嬢と話してくる」
「はい。扉の前で待機致しますので必要あればお声がけください」
未だ床に座り込んでいたスティナ様へ手を差し出しそっと立ち上がらせる。
そのまま彼女の手を引きつつ体を支えるように腰へ腕を回し、そのまま執務室のソファまでエスコートした。
「こちらを」
いつの間にかいないと思っていたトリスタンが、カートに茶器を乗せて戻ってきて三つ紅茶を淹れる。
(毒見か)
確かにトリスタンは現状暗殺者側の人間。
もちろん全員がそれを知っている状況で白昼堂々と毒殺は選ばないとわかってはいるが、彼なりの配慮なのだろう。
それをみんなの前で一口飲んで見せてから、フレン様とスティナ様の前に紅茶を置き一礼した。
「出るぞ」
「はい」
トリスタンにそう声をかけ、私も二人に向かって一礼をし部屋の外へ出る。
自ら父親を告発したのだから問題ないと思うが、何か不審な気配を感じた瞬間部屋へと飛び込めるように扉の前に立った。
(何の話をするのかしら)
本気でスティナ様がカミジール殿下の婚約者の地位を降りるのだとしたら、私はどうなるのかと考えると少し不安になる。
「大丈夫、よね」
「大丈夫じゃないっすかね」
「なっ」
「いや、聞こえてたんで」
思わず呟いてしまった言葉に返事が返ってきて動揺していると、トリスタンの視線がそっと私の指へと注がれた。
「実質ほぼ婚約者みたいなもんでしょ」
「それは……」
「今陛下が外交で留守だったからまだ正式に認められてないだけなんですよね」
はぁ、と何故かトリスタンがため息を吐き少し呆れ顔になって。
「それにそんだけ独占欲丸出しなもん贈るくらい溺愛じゃないですか」
「独せ……っ」
「レリアット教官はその辺疎そうだから教えてあげますけど、ピンクの宝石ってめちゃくちゃ高いんですよ」
「え」
(そりゃフレン様がくれたんだから、安いものではないと思ってはいたけど)
トリスタンに言われ、改めて自身の指にはめられた指輪をじっと見る。
フレン様の瞳と同じピンク色をしたその石は、まるでこの石が光っているのかと思うほどキラキラと輝いていた。
「そ、そんなに高いのか?」
「俺のお給料では一生かかっても買えませんね」
「で、でもポップコーン……」
「? いや、食べ物に見えてるんです?」
「馬鹿にしているなら斬るぞ」
「理不尽すぎでしょ!?」
そっちがポップコーンって言ったのに、と抗議をするトリスタンを無視し視線を再び指輪に落とした私は、手ごとその指輪を大事に包むように重る。
(ちゃんと想われてるもの。大丈夫よね?)
カミジール殿下の為に婚約者の地位を降りたいと言ったスティナ様。
もし彼女の家が、彼女の言う通り黒幕だとすればその行動はあまりにも危険と言える。
けれど危険な行為だとわかっていながら、私たちに実情を暴露し婚約者のすげ替えを頼んで来たのなら。
なんとなく嫌な予感がした私は、自分のそんな思考を追い出すように意識し、彼らの護衛に集中したのだった。