「俺の手足になれ、……か」
口にするつもりなんてなかったのに、思わず口から溢れた言葉。
そしてその言葉の破壊力に、思わず口角が緩んでしまう。
(処刑される方法だけを考えていたのに)
下手な罪で処刑されれば妹にまで手が回る。
なんでそんなことが起きるんだ、と言いたくなるようなドジをする幼馴染みのことだって心配だった。
(そんな俺が、ダブルスパイ?)
俺を利用するより俺を突き出す方が何百倍も簡単で価値があったはずなのに、フレンシャロ殿下は俺に選択肢をくれた。
全てを守る方法をくれた。
未来までくれた。
『俺を何度でも本気で暗殺に来い、オリアナがいる限り絶対成功しないから安心しろ』なんて。
「信頼しすぎだろ」
確かに俺の教官は優秀で、戦闘力も高い。
ついでに令嬢人気も高いが……それはまぁ置いておいて。
“鋼鉄の剣”そんなあだ名がつくほどの実力を持っているが、この世に絶対なんてないのにひたすらレリアット教官を信頼していた。
盲目的に見えるほどの信頼を向けるのは、きっと殿下が誰も信頼出来ず長い時間一人で立ち向かっていたからで――
そしてそんな信頼を、こんな利用されて死ぬことしか選べなかった俺にまで向けてくれるなら。
(その期待に応えるために、何度でも本気で暗殺に向かう……!)
もちろん失敗することがわかっているが、暗殺失敗を前提に立ち回ればこの信頼を裏切ることになるだろう。
レリアット教官の能力も、レリアット教官を信じている殿下をも疑っていることになるからだ。
その日の俺も、ラスク伯爵家への定期報告を終え、騎士団宿舎へ戻る道中だった。
「少しお話いいかしら」
近衛騎士団はその特性上、宿舎も王城内にある。だから身分の高い人に遭遇することも無くはない。だが。
(なんで、ここに!?)
俺の目の前でふわりと微笑むのは、まるでその存在自体が花のように可憐な――
「スティナ王太子妃様……!」
カミジール王太子のご婚約者様だった。
「ふふ、あらあら。私はまだ婚約者の身の上ですわよ」
「し、失礼いたしました。スティナ様」
どこにも裏のないような笑顔が恐ろしく感じるのは、俺が警戒しているせいなのか。『おそらくラスク伯爵を使っているのが、兄上の婚約者、スティナ令嬢の家だろう』そう告げたのは新たな主。
ならば彼女こそがこの暗殺の黒幕である可能性もある。
そこまで考えた俺は思わずごくりと唾を呑んだ。
(何が目的だ? 暗殺の進捗……はラスク伯爵家を通して聞いているだろうし)
いや、そもそも彼女もこの依頼を知っているのだろうか。
公爵だけが糸を引いている?
わからない。わからないが――
(ここが正念場だということはわかる!)
信頼を裏切る訳にはいかない。
暗殺者として、どうするのが正解なのか。
何を求められているのかを察し、上手く立ち回らなくては……!
まるで警鐘のようにガンガンと頭痛がする。
緊張のしすぎで口の中もカラカラだ。
(もしかしてここに他の暗殺者がいて、今俺が殺される可能性もあるか……?)
口封じなら構わないが、もしフレンシャロ殿下との繋がりがバレたのなら、この状況だけでもレリアット教官へ伝えなくてはならない。
最悪の可能性を考えろ、そしてその最悪に備えるんだ。
バクバクと早鐘を打つ心臓をなんとか抑え込み、冷静に見えるようにと心がけながらゆっくり敬礼をする。
(何を言われる?)
痛いくらい激しく跳ねる鼓動が耳の奥まで響きうるさくて――
「ラスク伯爵家からの帰りですか?」
「!」
(やはりスティナ様も、暗殺者側か……!?)
相変わらず花のように可憐なその姿が、一気におぞましいものに見えゾクリと背筋が冷えた。
どう答えるのか考えあぐね、冷や汗がじわりと額に浮かんだ俺にスティナ様がにこりと微笑む。
「そんな貴方にお願いがございます」
「な、なんでしょう?」
「フレンシャロ様と、二人きりになりたいわ」
(……死刑宣告かよ)
そんな言葉が頭を過る。
それはまるで“俺がダブルスパイだと気付いている”依頼だった。