「なっ、んっ、で! あんなことを言ったんですか!?」
フレン様がトリスタンに提案した、次の暗殺者も生まず誰も死なない方法。
「それがなんでフレン様の暗殺続行なんですか!」
そのとんでも提案に苛立ちすぎた私は、執務室に置いてあるソファのクッションをボスボスと殴りながら文句を言ってみる。
だがこの怒りは収まらない。
「だってそれが一番手っ取り早いじゃん」
「どこがですか!?」
「まずオリアナがいるから俺は無事、以上」
(雑すぎる!)
確かに暗殺続行ならば、身代わりで妹が暗殺者に仕立て上げられることもなく、処刑もされないだろう。
だがその発言は確実に私の頭痛へ直結するほどの提案た。
(信じられない! 信じられなすぎる!!)
「何、そんなに俺が暗殺されるの嫌なのか?」
「そんなの、決まって……っ」
反射的に返事をしようとした私は、私をニヤニヤと見るフレン様に思わずグッと口をへの時に曲げた。
(わざと私の反応を見て楽しんでる!)
「……そりゃ、護衛してる対象に何かあったら騎士の名折れですから」
「はは、素直じゃないオリアナも可愛いな」
「なっ、別に可愛くないですけど!?」
しれっと返されるこの言葉もからかいかもしれないと頭ではわかっているのに、そんなことを言われるとついそわそわしてしまう自分がなんだか堪らなく恥ずかしい。
「だが、俺の暗殺計画が遂行中であるうちは誰も死なずに逆に安泰だろ?」
「ですがそれだとフレン様が……っ」
「そうだな。だからこれからはもっと一緒にいないとうっかりポックリかもしれないな」
「うっ」
くすりと笑うフレン様に思わず口ごもる。
あまりにも笑えない冗談だが、これが彼なりの「一緒にいたい」という言い方なのだろう。
(本当に素直じゃないわ)
笑えない冗談に隠されたその本音は、私相手だからこそ言えるものだともう知っていた。
「はぁ」
思わず私から大きなため息が溢れる。
目の前で部下にため息を吐かれたフレン様は、それでも嫌な顔せず私のことどどこか微笑ましそうに見ていた。
「ポックリ逝かせる気は全くないので、これからもずっとお守りしますよ」
「これで今日から毎晩一緒に寝られるな」
「護衛するだけですけど!!」
「なんで?」
「なんでってなんでです!?」
どんな脳内変換だ、と全力で抗議する私の手を取ったフレン様が何故か目の前に跪きギョッとする。
「な、何をして――」
「好きだ」
「……え」
そしてまるで絵本で見た王子様がお姫様にプロポーズするかのように、優雅な手付きで指輪をはめた。
「これ……」
「恋人になって欲しい」
「恋人に?」
「俺は結婚でもいいんだけどな。それはオリアナの気持ちが追い付くまで待つから」
指にはめられた指輪をじっと見つめる。
そこにはフレン様の瞳と同じピンク色の石がついていた。
「私は、護衛です」
「あぁ」
「剣も握るし、訓練だってします。この指輪を傷つけるのも壊してしまうのも怖いです」
「あぁ」
「それでも、返さなくていいですか」
指輪をはめた指ごと握るようにぎゅっと反対の手でぎゅっと覆う。
私の視界がじわりと滲み、気付けばポロリと涙が溢れた。
「返さなくていい。壊れたら直せばいいし、直せなかったら何回でも買い直す」
涙を流す私の体をぎゅっとフレン様が抱き締める。
その温かさが心地よくて、私は体から力を抜いてそっと身を委ねた。
「ちゃんと私財から買うから心配するな」
「ふふ、ギャンブルで稼いだあれですか」
「ポップコーンを毎日売ってもいい」
冗談を交わすこの軽口が心地いい。
(温かい)
初めての恋は私を作り上げてくれたけど痛かった。
その恋が破れて傷だらけになったけれど、その傷をひとつずつ埋めるように包んでくれたのはフレン様だった。
腹立たしくて、苛立って、彼を見ていると苦しいことも多いけれど。
誰にも傷つけられたくないと、そう思うようになったのはいつからだったか。
そして守られていると感じるようになったのはどうしてだったのか。
――きっと、感情も恋と呼ぶのだ。
憧れを追いかけ幻想を作るのではなく、ただ目の前の人を大切にしたい気持ち。
私は、もう間違わない。
「私も好きです」
そんな私の言葉を確かめるように、そっと私たちの唇が重なる。
初めて交わしたあの口づけとは違い、私の意思もそこに含まれていた。
「同僚が出来たな」
この時間を大事にするように寄り添ってソファに座っていると、ぽつりとフレン様がそう口にする。
「同僚?」
もしかしなくてもあの二人か? なんて、つい首を傾げてしまう。
ドジっ子新米騎士と、そのドジっ子を新米騎士にまで成長させた幼馴染みのこれまた新米騎士。
(有能だったからこそ暗殺者に選ばれたんだろうけど)
これからの彼は、相変わらずこそこそとフレン様の暗殺を担いつつフレン様の手足としての二重スパイとして暗躍することになる。
「少し新米騎士には荷が重い気がしますが」
「あぁ。まぁ、バレてもすぐに消されたりはしないだろ、俺側の動向が知りたいだろうからな」
当然危険であることに間違いない。
だがどっちに転んでも消される予定だったトリスタンは、即決でフレン様の提案に自らの意思で乗った。
フレン様が勝てば一気に腹心の一人としての未来が約束されるというオマケ付きで。
(元々選択肢なんてあってないようなものだったものね)
それでも少し光が射したこの未来は、トリスタンの心を掴むには十分だった。
「なんかラーシュにまで忠誠を誓われたけどな」
なんて満更ではなさそうに笑うフレン様が、少し可愛く見えてしまう。
「それでも、短期決戦ですね」
「あぁ」
「ラスク伯爵家……」
トリスタンが言っていた名前を思わず呟くと、私の頬を軽くフレン様がつねった。
「一応言っとくが、ラスク伯爵家は依頼主じゃないからな」
「依頼主じゃないんですか!?」
そうとしか考えられなかっただけに、その発言に唖然とする。
「伯爵家程度がここまで中枢に潜り込ませて暗殺を狙うなんて出来ねぇよ」
「た、確かに……?」
「あくまでも窓口の役割をしてただけだろう」
(ラスク伯爵家がただの窓口だとすれば、黒幕は――)
「ラスク伯爵家は、ゴリッゴリの王太子派だ」
「じゃあ、やはりカミジール殿下へ忠誠を誓う貴族の誰かが?」
「……いや」
さっきまでハッキリキッパリ断言してきたフレン様が、途端に歯切れが悪くなり戸惑った。
(そんなに言い辛い人って、誰なのかしら)
大人しくじっと続きが話されるのを待っていると、はぁ、とため息を吐いたフレン様は、そのまま私の肩口へ顔を埋める。
「――恐らく、ヴレットブラード公爵家だろ」
「ヴレ……なんですって?」
「いや、流石に自国の有力貴族の名前は一発で繰り返して欲しいんだが」
(そんなこと言われても、訓練ばかりで!)
という言い訳は、結局私の口からは出る前にフレン様が答えを口にする。
「兄上の婚約者、スティナ令嬢のご実家だ」
「……!」
その予想外の黒幕に、私は呆然として固まった。
(王太子の婚約者で、そして次期王妃のスティナ様が?)
政敵、と言われれば確かにそうなのだが、フレン様から宣戦布告することもなければ積極的に王座なんて狙わないだろう。
なにもしない方がむしろ安泰とすら言えるこの状況で、バクバクという私の鼓動だけが部屋に響いているように感じた。
「可能性は確実に消しておく、ということでしょうか?」
恐る恐るそう口にするが、フレン様はゆっくり首を左右に振る。
「可能性はなくはないが、現状政敵になれるほど俺に支持率はない。だろ?」
「その通りです」
「肯定が痛い」
(同意させたくせに!?)
なんだか理不尽に感じつつ、しょんぼりしたフレン様がやっぱり少し可愛く見えるなんて私はもしかしたら末期なのだろう。
(本当は何も可愛くなんてないはずなのに)
確かに顔は整っていると思うが、それは可愛いという類いのものではなくて――……
「まぁ、万一俺への暗殺未遂が露見したら、築き上げたものも全て終わる。現状政敵にすらならないなら疎ましくとも無視するのがセオリーだ」
「あっ、は、はいっ? それもそうですね」
「え、このタイミングで聞いてないとかある?」
ムスッと拗ねたように唇を尖らせ「次は聞いとけよ」なんていじけるフレン様にきゅんと胸が高鳴った。
「現状だと、どう考えてもメリットよりデメリットが多いんだよな。みんなが認める王太子に、王太子妃だし」
(うぅ、やっぱり可愛い)
「ということは、そのデメリットを越えるほどの野望があるとか……そんな可能性もあるか」
(本当は可愛くないはずなのに可愛く見えるなんて私の目はどうしちゃったのよ)
「やっぱり情報がないとだなぁ、オリアナはどう思う?」
「どう考えてもおかしいです」
「今度は聞いてたのか。……絶対聞いてないと思ったのに」
「へ?」
聞いてなかったならお仕置きしようと思っていたのに、なんてとんでもないことを口走るフレン様に、何の話をしていましたかなんて今更聞けなかった私はただ曖昧に頷いてその場を誤魔化したのだった。