(失敗が、狙い通り……?)
「……いや、そもそもドジを利用した暗殺なんて狙い通りも何もないと思うんですけど」
「そんなことないだろ、だってこうやってネタばらししなけりゃ暗殺を狙っていたとすら気付かれない」
(そりゃまぁ、そうよね)
当たり前のことを、噛み締めるようにしっかりと確認しながら繰り返すフレン様。
そんなフレン様を少し呆れ気味に見ていた私は、そこまで言われてやっとある可能性にたどり着いた。
「他の誰かからは暗殺だと思われない方法で、フレン様に近付きたかった……?」
(ドジで暗殺。目の当たりにして自供を聞いた今でさえふざけてるとしか思えない)
だが、そのふざけているとしか思えないこの状況こそが狙いだったのだとしたら。
「他の人にもしその疑いをかけられても、ふざけてるのかと言ってしまえば信じるしかない」
だって誰も、そんな行為を本気だとは思わないから。
「そこに悪意があればオリアナは気付くってのもポイントだな。唯一の護衛だってのもあって絶対側にいる。そして絶対俺を守りきるってとこまで考えていたんだろ」
「運良く暗殺出来れば任務達成っていうワンチャンは狙ってましたけどね」
「いや、それも嘘だな」
言い当てられたことが事実だったのだろう。
苦虫を噛み潰したような顔をしたトリスタンはとうとう顔を背けてしまった。
「どの辺が、ですか」
「お前が迷わずラーシュを助けたからだよ」
(そういえば、階段から落ちそうになった時トリスタンはラーシュを抱き抱えるようにして庇ってたわね)
ワンチャン狙っていた、というのであればあのまま見ていれば良かったのだ。
流石の私も、フレン様とラーシュの成人男性二人分の体重を、階段の途中という場所で支えられるかは九割九分ほどの成功率しかないだろう。
「確かに、それこそワンチャンね」
そしてそんな『ワンチャン』を投げ出してラーシュを助けたのなら、フレン様の言う通り最初から本当に道具として利用するつもりはなかったのだろうと思った。
けれどそれは、あくまでも私たち側からの話で。
「それでも、俺を利用したってことには変わらないだろ」
「ラーシュ?」
状況から見て、何の尋問もしていないが完全にシロだろうラーシュ。
それでも彼を拘束したままでいるのは単純にとんでもないドジを発動され、トリスタンに逃げられてしまうような事態を防ぐためでもあったのだが。
「だってそうだろ……!? 俺は本当にフレンシャロ殿下を尊敬していたんだ、なのにそのフレンシャロ殿下の暗殺? 俺を使ってお前が? なんでそんなことになるんだよ!」
そう叫んだラーシュの椅子がガタンと大きな音を立てる。
拘束している椅子ごと倒れてしまいそうな勢いでトリスタンの方を向くラーシュは、拘束されていなければきっと殴りかかっていただろう。
「幼馴染みだって……、親友だと思っていたのは俺だけだったってことかよ!」
ラーシュの黒っぽい瞳が潤んだのを見たトリスタンは、どこか痛そうに顔をしかめた。
椅子に拘束されたままドジを封じられたふたりの会話。言っていることは真剣なのに何故かどこか締まらない。
この空気にどうしようかと半眼で眺めていた私とは反対に、フレン様が一歩足を踏み出した。
「そうじゃないだろ。お前が大事で、そして信頼しているからこそだろ」
「?」
いつもよりゆっくりと話しながらそっとラーシュへ近付いたフレン様。
「お前だからこそ、助けて欲しかったんじゃないか」
まるで諭すようにそうラーシュへ声をかけたフレン様は、ゆっくりとした手付きでラーシュの拘束を外した。
(……もう)
そんな彼に、はぁ、と小さくため息を吐いた私は、フレン様とラーシュの間へ割り込むように入る。
もちろん暗殺への警戒ではなく、ただのドジへの対処をするために。
「助けて、欲しかった……?」
「信頼されてたってことじゃないか? そういやラーシュも処刑だって話になった時が一番動揺していたからな。それだけ大事に思っていたんだろう」
「そう、なのか?」
(さっきは殴りかかりそうだったくせに)
一瞬で感動した顔をしているラーシュに思わずくすりと笑みが溢れた、のだが。
「まぁ、二人とも処刑だけどな」
「フレン様!?」
あはっと笑いながらそんな事を言うフレン様に反射的にギョッとしてしまう。
「いや、だってそうだろ? 暗殺しようとしていたことが明るみになった時点で二人とも処刑だ」
「それは」
フレン様の主張は王族として当たり前で。
「で、ですがドジで暗殺を狙ったなんていう主張は通らないのでは!?」
そんなフレン様の言葉に噛み付くように言い返すトリスタン。
「そうだな、確かにそれならラーシュを処刑する理由はなくなるな」
「なら!」
「だが、それだとお前は依頼主からの依頼を無視したことで殺されるんじゃないか? ……家族と共に」
「ッ」
家族と、を強調したフレン様の言葉に、トリスタンだけではなくその場にいた私とラーシュも息を呑む。
(確かトリスタンにはご両親と……)
「まさか、ミーアちゃんが?」
ミーア・ウェインライト、トリスタンの実の妹で、そして彼女は――
「ラスク伯爵家のメイド……だったな」
そう言うフレン様の言葉にゆっくりとトリスタンは首を左右に振った。
「今は、ラスク伯爵家三男の婚約者です」
その一言に思わずごくりと唾を呑む。
(ラスク伯爵家……)
「見初められて、けど三男には継ぐお金も権力もないから」
ポツリポツリと溢すように話し出すトリスタン。
「けど、この暗殺が成功すれば嫡男になれるらしくて……!」
「まさかそれを、信じてる訳じゃないよな?」
切り捨てるような声色でフレン様がそう言うと、トリスタンはもう一度、左右に首を振った。
「最終的に一家ごと切り捨てられるのは明白でしょう。ウェインライト家は弱小男爵家です」
暗殺が成功すればそのまま使い、失敗すれば切り捨てる。
「もし俺が暗殺を引き受けなければ、王城へメイドとして妹が行くことになっていました」
(毒殺)
どこに配属されるかにもよるが、だがチャンスがない訳ではない。
けれど伯爵家からの後ろ盾を持ち、そこの令息の婚約者という立場まであるならば、毒を紛れ込ませることは不可能ではないように思える。
「けど、確実にバレるわよ」
「えぇ、妹は利用されているだけですぐ切り捨てられるんでしょう」
暗殺しても地獄、遂行しなければ妹が代わりに暗殺者へと仕立て上げられ、失敗しても捨てられる。
(救いがない)
思わずそんな考えが過るほど、がんじがらめになっていたトリスタンは、だからこそこんな方法で助けを求めたのかもしれない。
(せめて妹だけは、ってところね)
最初から自分ではなく大事な人のことに重きを置いていたからこそ、自身の処刑は受け入れていたのだろう。
単独犯と認められれた上で処刑されれば、家族は王都に住めなくなるとしてもこの暗殺騒ぎからはおさらばできる。
(暗殺未遂を起こした犯人の妹を、メイドとして王城も受け入れるはずがないし)
そうなれば妹が次の暗殺者にされる可能性もなくなる。
もちろん責任を取り一家全員処刑なんて可能性もあるが、そうならないために今彼はフレン様にネタばらしをしたのだろう。
そしてこれら全てがそこまで考えた上での行動だったのだとすれば、それは正解で、そして何よりも痛々しい幕切れだ。
(どうすることも出来ないの?)
だがその答えを私は持っておらず、自然と視線が足元へ下がる。
やるせない気持ちが胸にじわりと広がった。
「大丈夫だ」
そしてそんな私の肩をポンッと叩いたのは、やはりフレン様だった。
「次の暗殺者を生まず、誰も死なない方法ならある」
「え……」
「このままだとお前たちは処刑だが、俺の提案に乗るなら今すぐこの拘束も外してやろう」
(誰も死なない方法?)
フレン様のその一言に、ラーシュが瞳を輝かせ、トリスタンは戸惑いの色を濃くした。
そして私には、期待をさせる。
――次の暗殺者もいない、それでいて誰も死なない。
そんな都合のいい方法。
にこりと微笑みながら口を開いたフレン様から発せられた、その言葉は。
「俺を暗殺すればいい」
という、もっと理解できない答えだった。