こいつ、もしかしてふざけてるのか?
なんて呆然としながら考えていた私は、だが仕える主のために一パーセントでも可能性があるならば潰すしかない。
(この場合の暗殺用ドジはラーシュだ!)
認めたくないし信じたくないが、フレン様を殺す剣がラーシュのドジならば、彼らは。
「フレン様! 共犯の可能性がありますッ!」
「ぶふっ、んっ、よし、共犯な? ドジっ子同盟でも組んでんのかな?」
「フレン様!!」
トリスタンの発言のせいでやはり何一つ締まらないし緊張感も砕け散りそうではあるが、それでも二人が共犯である可能性がある以上私は速やかにラーシュも拘束し動けないようにする義務がある。
「……そんな、俺のドジが……暗殺の道具に使われたってことなのか……?」
「いや、成功どころか掠りもしてねぇし、俺めちゃくちゃ生きてるけど」
「お前が信じていた幼馴染みは、所詮こんな奴なんだよ。今まで利用して悪かったな、ラシュ」
「だから俺全然生きてるしシリアスな雰囲気にはならんから」
(なにこれ)
収拾がつかないこの場。
共犯の疑いのあるラーシュだが、絶望し床にへたり込みながら私が拘束しているトリスタンに半泣きで訴えかけるように這いつくばって既にフレン様なんて目に入ってすらいなかった。
(いや、まぁラーシュは調べても真っ白だったし……確かに共犯というより利用されたって方がしっくりくるけど)
わざわざ近衛騎士団にまで暗殺者として侵入してきたその能力は決して低くはない。
それなのに暗殺方法が『幼馴染みのドジの発動』という余りにもアホらしい方法で、私はこの事実を受け止め兼ねていた。
「オリアナ、大丈夫だから部屋に行こう」
「……は?」
「あ、いや、もちろんトリスタンとラーシュもだから! 流石に昼からとかそんな……」
「そんなこと私も言ってませんけど!?」
じわっと頬を赤らめたフレン様に苛立ちつつ釣られて私の顔も熱くなる。こんな時になんて冗談を交えてくるんだ。
だが色々、というか何一つ納得は出来ないが、フレン様の言う通りこんな階段のど真ん中では無駄に注目を集めてしまうのも確か。
「フレン様は私の手の届くところへ、ラーシュ、お前は両手を頭の後ろで組んだ状態で先頭を歩け」
「ちなみに俺は……」
「お前はこのまま拘束して引き摺る!」
「そんなッ!」
仕方なくそのままフレン様の私室に移動したのだった。
「で、説明しろ」
椅子に座らせた状態で拘束したトリスタンの前に仁王立ちになった私がそう言うと、こんな状況だというのにどこか涼しい顔をしたトリスタンがわかりやすい作り笑顔をこちらへ向ける。
「さっき言った通りですよ。暗殺を企んだ、それだけです」
「百歩譲って暗殺したくなったのは仕方ないとしよう」
「オリアナ、仕方なくない、仕方なくないぞ」
「暗殺方法が雑すぎるぞ!?」
「オリアナ、お前は俺の味方だよな? 守る方だよな……んぐっ」
何やら背後でうるさいフレン様の口を手のひらで適当に塞ぐ。
ちなみにラーシュもトリスタンの近くで同じように椅子に拘束し座らせているが、こちらは共犯の疑いが晴れていないからという建前のもと、本人のドジが発動しないように無理やり動きを止めるという意味合いが強かったりする。
(近衛騎士団にまで潜り込んだ暗殺者を前にしているんだもの)
暗殺の道具としてかは別として、フレン様をうっかりで怪我させる訳にはいかず、そしてフレン様を守ることに全力を注ぐための配慮というやつだ。
本人には言えないが。
「さっきから、さっきから何を言ってるんだよ、トリス……!」
瞳に涙を浮かべたラーシュがそう声を上げるが、どこか諦めているかのようなトリスタンは淡々としている。
「別に、だから言ったままだ」
「本気で言ってるのか!? ドジで暗殺なんてできるはずないだろ!」
(それはそう)
「そんなことねぇよ、現にレリアット教官がいなければ殿下は何回も死んでたんじゃねぇか?」
(それもそう)
正論と結果論に内心頷いていると、突如ぬるっとした感覚が私の手のひらを襲う。
「ひぁっ!? なっ、何するんですかっ!」
そしてすぐにフレン様に舐められたのだと気付いた私は慌ててフレン様の口元から手を庇うようにして抗議した。
「いや、だってオリアナが手を離してくれねぇから」
「そんなっ、だ、だからって突然手を舐めるなんて……!」
「ん? なんだ、ならどこを舐められたかったんだ?」
「どこも舐められたくなんてありませんけどッ」
ニマニマといやらしい笑いを浮かべたフレン様がじわりと私に近付き、だが私はこの拘束中の二人からフレン様を守るためこの場から動くことが出来ず戸惑っていると、 はぁ、と大きなため息を吐きながらトリスタンが口を開いた。
「あのー、それ二人きりの時にやって貰えます?」
その声でハッとした私はごほんと咳払いをして何事もなかったかのように二人の方へと向き直る。
「だっ、だからそのっ、き、共犯か!?」
「いや、動揺しすぎでしょ。答えはノーですよ、こいつのドジは無意識に発動するからこそ殺傷能力が高いんです。子供の頃から何度も殺されかけましたし」
ちらりとラーシュの方を見たトリスタンは、すぐにこちらへと視線を戻した。
「王族への暗殺行為は問答無用で即処刑が鉄則でしょ、さっさと殺してくれます?」
そして、まるで何事もないかのように言い放つ。
(それはそうなんだけど)
確かに王族への暗殺行為は、未遂であろうと即処刑。
だが、トリスタンのこの態度に私は何か違和感があるのは何故なのか。
「なら、ラーシュも一緒に処刑だな」
「「!」」
さらりと重ねられたフレン様の一言に驚いたのは、私と……そしてトリスタンだった。
「は? ラーシュは何もしてなくないですか?」
「俺を暗殺しようとしただろ」
「それは俺が道具として利用しようとしただけで!」
「暗殺が未遂であっても即処刑が許されるのと同じで、知らなかったからと暗殺の共謀者が助かるはずないだろ?」
「それは……っ!」
さっきまでどこか飄々としていたトリスタンが途端に焦りだしたことに違和感を覚える。
(自分が処刑されるのはいいのに?)
暗殺に利用しようとした幼馴染みが処刑されることはどうしても許せないらしいトリスタンは、しかし反論する言葉が出ないのかただただ口をはくはくとさせていた。
「……フレン様、もしかして本当は暗殺なんて狙ってなかったんじゃ」
そんな結論を導き出した私をチラッと見たフレン様。
彼はどこか考え込むような仕草をしたと思ったら、真剣な表情で私に耳打ちをする。
「今更?」
「えっ!」
「つか、本当に暗殺したいならこんな意味わからん方法とか選ばねぇだろ」
まるで至極当然だと言わんばかりの表情で失笑された。
(な、なんか腹立つ……!)
「だって本人が自供しましたし!」
「いでっ、待っ、オリアナ、腕がキマッてるから!」
「本人の言い分を私は受け入れただけで!」
「俺の! 俺の言い分も聞いてくれっ!?」
軽く関節を絞めながら主張すると、私の言い分に納得してくれたらしいフレン様は何故か少し息を荒げながら頷いてくれる。
「呆れたりも察し悪いなとかも思ってな……」
「はぁ?」
「思ってない! から!! けどそうやって信じるところは可愛いと思うし!? あと一生懸命守ってくれてありがとうございますッ!」
「……まぁ、守るのが私の仕事ですし」
(でも、ならなんでトリスタンはこんなことを言ったのかしら)
王族の暗殺なんていう話題の冗談を言うメリットなんてない以上、気になるのはやはりそこだ。
その部分が繋がらず首を傾げていると、自身の腕を必死に擦りながらトリスタンの前にまで移動したフレン様がゆっくりと口を開く。
「で、狙いどおり暗殺失敗した気分はどうだ?」