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20.真っ白は、汚させない

 私が就任する前は護衛がいなかったから少しの期間くらい問題ない、と言っていたフレン様。


(それなのに!)


「そこまで! 次は組み手訓練だが――」


 指示を出しながらチラッと新人騎士たちに目をやる。

 視界に飛び込んで来るのは先日違和感を覚えたあの二人の新人騎士と、そしてもちろん銀髪とピンクの瞳をしたフレン様だ。


(確かに新人とはいえ騎士たちが集まっているこの場所で暗殺なんて確率は低いけど)


「だからって、本当に新人騎士に混じって訓練を参加するなんて!」

「いや、俺が参加しなきゃ組み手する時一人余るだろ?」

「私がいます!」

「は? 組み手って知ってるか、男女でやるとエロいんだぞ」

「エロくないですけど!?」


 何言ってんだこの王子! と、苛立つ心を落ち着けるためにこっそり深呼吸をする。


(そもそも、護衛が一番俺を殺せるとか言っていたくせに!)


 流石にド中枢である近衛騎士団に暗殺者を紛れ込ませられるとしたら、それはもう王族か王族に準ずるほどの力を持った貴族しかおらず、だからこそフレン様もこんな無茶をしているのだろうとは思うが許容できるかと聞かれたらそれはまた別の話だ。


「だからって! だからって!!」

「それにほら、こうすればずっと一緒にいられるだろ」

「うっ」


 そっと耳元で囁かれる言葉にびくりと肩が跳ねる。

 慌てて耳を押さえると、楽しそうに細められたピンクの瞳と目が合った。


(遊ばれてる)


 もう少し自身の立場を考慮し自重して貰いたいと思った私は、抗議するべく口を開き――


「ふ、わぁぁああっ!?」

「あっ、ばかラシュ!」


 間抜けな叫び声が聞こえた方へ振り返った私の眼前には、真っ直ぐフレン様へ向かう一本の長剣。


「!」


 その剣が私の横を通過したタイミングで素手で叩き落とすと、カランと乾いた金属音がその場に響いた。


「……また貴様か、ラーシュ・ヨーラン!」

「す、すみません! わざとじゃ、わざとじゃないんです……ッ」

「トリスタン・ウェインライト! お前の幼馴染みどうなっている!?」

「申し訳ありません、もう少ししっかり見張ります!」


 ラシュことラーシュ・ヨーランとトリスと呼ばれていたトリスタン・ウェインライト。


(まさかフレン様よりも問題児がいるなんて)


 幼馴染みらしい二人は、先日の視線の件以外でもやたらと目立っていた。

 どう目立っているのかと言えば――


「剣をお持ちしようとして……っ、その、俺っ、躓いちゃって……!」

「俺からも謝罪致します、決してラシュには悪意がないんです! どちらかといえばむしろファンなんです、こいつはドジの星の元に生まれただけなんです!」

「うぅ、トリスぅ」


 めしょ、としてしまったラーシュを慰めるように必死で背中を撫でているトリスタンを眺めながら、痛む頭を手で押さえる。


(どうやって近衛騎士団に入ったんだ)


 エリート中のエリートと呼ばれる近衛騎士団。

 そんな近衛騎士団に、躓いて剣を投げ飛ばすドジっ子という存在は本当に成立するのか。


「おぉ、さすがレリアット教官……!」

「あの速度で飛ぶ長剣を素手で叩き落とすなんて」

「俺たちもあれが出来るようにならねば!」


(まさかハプニングを演習と勘違いしてるのか?)


 他の新人騎士も、ラーシュが転び剣を投げ飛ばすことが日常茶飯事過ぎるせいか私の対応を感心するばかりで、誰一人この『ドジで剣が飛ぶ』ことに違和感を覚えていないらしく、それもまた私の頭を悩ませた。


「誉められてるぞ、凄いなオリアナ」

「ちょっと! フレン様までこのドジに適応しないで貰えます!?」

「えー? まぁ、だって飛んで来るの今回がはじめてじゃねぇしなぁ」

「それはまぁ、そうなんですが」


 だが、何かあってからではもちろん遅い。


「とにかく、絶対私の側にいてください」

「俺としては部屋も同じでいいと思ってるんだがな」

「訓練時間の話ですけど!?」


 さらりとからかうように重ねられる言葉に慌てながら、ラーシュとトリスタンの方へ再び視線を戻すと何故か瞳をキラキラさせたラシュと目が合いげんなりとした。


「わぁ、二人の結婚式が楽しみです……!」

「おい、まずは婚約式からだろ」

「そっか、流石だな、トリス!」

「結婚式も婚約式も予定はないッ! それよりさっさと組み手をはじめろ、組み手だぞ! 武器には触れるな素手でやれ!」


 そんなキラキラとした瞳を避けるようにそう命ずると、ハッとした新人騎士たちはすぐさま立ち上がり定位置につく。


(どうなってるのよっ)


 最初に飛んできたのはスコップだった。

 何故か落ちていたスコップ、踏んだら危ないと言って私たちの方に走り出したラーシュはまるで絵に描いたような美しいモーションで転び、そのスコップは真っ直ぐフレン様の顔面へ飛んだのだ。


(もちろん空中で掴んだから当たってないけど)


 私が掴まなければ、確実にフレン様へ当たっていただろう。

 他にも釘のような小さなものからハンマーや、どこから持ってきたのか大鍋なんてものが飛んできたこともある。

 ある時は直線で飛び、ある時は大きな放物線を描いて飛んだ。


(叩き落としたり掴んだり弾いたり……。蹴り落としたこともあるわね)


 それら全てが何故かフレン様目掛けて飛ぶのだからたまったものじゃない。

 そしてそれだけ続くとなれば、当然疑うべきは『害意』だ。しかし。


「うわぁ、組み手してるフレンシャロ殿下、格好いい……!」

「こらラシュ、お前が大ファンなのはわかってるけど、今は余所見するなって」


(その害意、全く感じないのよね)


 どちらかといえば尊敬の眼差しを向けており、本当にただただ不幸とドジが重なったとしか思えなかった。

 全部フレン様に飛んでいくのも、フレン様をそれだけ見ているってだけでそれ以外でも結構ドジっ子能力を発揮している。

 害意も悪意も感じない上にラーシュ・ヨーランの身辺調査をしたが平民出身の彼にはそもそも接触している貴族なんて見つからずまさしく『真っ白』だった。

 それに何よりも。


「ラーシュ、トリスタンも、後で相手を交代して組み手しないか?」

「ひょえっ! で、殿下と組み手ですか!?」

「あぁ、俺は圧倒的に経験も実力も足りてないからな。迷惑かけるが頼めるか」

「も、もち、もちろんです光栄です嬉しいですっ」

「ははっ、ありがとう」


(楽しそう、なのよねぇ)


 自身のことを嫌われ者だと言っていたフレン様。

 だからこそこんなに真っ直ぐ慕われて嬉しいのだろう、口角がによによと上がっているのを見れば故意でなく害意もないのに無理やり引き剥がそうとも思えない。


(ラーシュが真っ白である以上、止める理由もないし……まぁ、ドジからは私が守ればいいものね)


 なんて考え、私も思わずくすりと笑みを溢した。


 ――だから気付かなかったのだ。

 そもそも何故近衛騎士団の訓練所に、スコップや鍋なんていう“関係ないもの”がこんなに沢山あるのか、というその違和感に。

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