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17.アンコールという幕開け

「幕を! 下ろしたんですよね!?」

「あぁ、私財はカジノで稼ぎつつ地下カジノの摘発で褒美も出たからな」

「なら! これでオールクリアじゃないですか!?」


 完全に全てが解決したつもりでいた私は、全然笑っていない笑顔で私の腕をぐいぐい引っ張るフレン様にかなり焦っていた。


(この先にはフレン様のベッドしかないんだけど!)


 力で捩じ伏せるのは正直簡単だ。

 けれど、何故連れ込まれそうになっているのかもわからないせいで拒絶することにも躊躇われる。


「オリアナはわかってない」

「は、はぁ?」

「全っ然! オールクリアじゃない!」

「えぇっ」


 キッと睨むように私を見たフレン様は、そのまま私をベッドに座らせフレン様も隣に腰かけた。


「……抵抗、なんでしなかったんだ」

「今の話です?」

「俺にじゃない。わざわざ敵に羽交い絞めにされて待機する必要ないだろ」

「え、えぇっ」


 何故こんなにグイグイ来るのかわからず戸惑っていると、途端にフレン様が大きくため息を吐いて項垂れてしまう。


「怖かった」

「絶対助けますって」

「だから俺じゃない。オリアナに何かあったらって思うと怖かったんだ」

「そう言われましても」


 怖かったと言われても、あの状況で変に抵抗するほうがフレン様へ危険が及ぶ可能性が高い。

 私の返答を聞いたフレン様がため息を吐いたままベッドに背中から倒れ込む。

 そんな彼を見ながらあることに気が付いた。


(私、どうしてわざわざ捕まっていたんだろう)


 フレン様の安全を確保するだけならさっさと敵を倒してしまえばよかった。

 それなのにわざわざ羽交い絞めにされていたのは、フレン様の計画の邪魔をしたくなかったからだ。


 倒すのはいつでもできる。

 でも倒してしまえばフレン様の計画は成立しなかったから、じっとしていたのだ。


「だって抵抗したり倒したりしちゃったら、フレン様の心までは守れないもの」


 守りたいと思ったのだ。仕事として彼の命を守るだけでなく、彼の平穏を。彼の計画を。彼のやりたいと思うことを。


 無意識にそんな呟きが私から溢れる。

 その言葉を聞き、隣で寝転がっていたフレン様が軽く体を起こした。


「それ、俺を特別って言ってるように聞こえんだけど」

「え、え?」


(と、特別って言われても)


 私を真っ直ぐ射貫くようにピンクの瞳と視線が絡む。

 それだけなのに、何故だかそわそわとし目を逸らしたくてたまらない。


「私はその、ただ護衛騎士としてすべきことをしただけで」

「本当に護衛騎士として?」

「う、うぅ」


 護衛騎士としてすべきだったのは主君の安全を最優先してさっさと倒すことだったと自身でもわかっているだけに、この苦しい言い訳に思わず唸ってしまう。


(ど、どうしよう)


 いつにも増して落ち着かず、じわりと汗が滲んだ。


(というか、そもそも主のベッドに座ってることがおかしいのよ!)


「オリアナ」


 慌ててベッドからおりようとする私の手をフレン様の手が捕まえる。

 そしてゆっくりとフレン様の顔が近付いた。

 顔を逸らしたいのに、まるで硬直したように動けない。


(このままじゃまた……!)


 最初に奪うようにされたファーストキスを思い出し、私の喉がごくりと鳴る。

 バクバクと早鐘を打つ心音が部屋中に響いているようにすら感じ――


「俺は割りと優良物件だと自負している」

「へ、へぁ」


 勝手に口付けられると思っていたせいで変な声が出た。


「まず身持ちが固いし」

「エロマンスの王子なのにですか」

「その通称は未許可だ」


(え、な、なに?)


「自分でちゃんと稼げるし」

「勝ったの私だった気がしますが」

「……その分はちゃんと後で渡すつもりだった」

「いえ、元手はフレン様ですしいりませんが」


 何が言いたいのかいまいちわからないが、フレン様があまりにも真剣な顔をしている。

 一体なんのプレゼンなんだ。


「確かにちょっと恨まれて暗殺者がしょっちゅう来るんだが」

「それは大問題ですよね」

「けど、オリアナがいる」


 キッパリと断言されると、信頼されているようでくすぐったい。


(この信頼は私の力に対してだってわかってるけど)


 それでも嬉しいと感じてしまう心は本物だった。


「えーっと、それで次はなんですか?」


 いつも何故か自信満々のフレン様が少し言いにくそうにしているように見え、軽く促してみる。

 話したくないなら話さなくてもいいが、どうしてか話したいように見えたのだ。

 あんなに逸らしたいと思ったフレン様の顔を覗き込むと、熱を孕んだようなピンクの瞳が少し揺れている。


「だからさ、俺と結婚しよう」

「ッ!」


 真っ直ぐ紡がれるその言葉にドキリと心臓が跳ねた。


「それはその、責任を取ってってやつですか?」

「俺がオリアナを好きだからだよ」

「わ、私のどこが?」


 好かれるようなことをした記憶はなく、どちらかと言えば無礼な部下である自覚すらある。

 社交事情にも疎く、気が利いた言葉だって言えない。

 筋肉と戦闘力は自慢だが、それはフレン様のためにつけた力ですらなくて。


(なのに、なんで)


「欲しいと思ったんだよ」

「欲しい?」

「一生懸命兄上に好かれたくて努力したんだなって思ったし、健気だなって思った」


(貴族令嬢としてアウトな振る舞いしかしなかったのに)


「その気持ちが俺に向いたらいいなって思ったし、兄上に対して初めて羨ましいって思ったよ」


 正直あの日は辛くて、意味がわからなくて、全てが無駄だったんだって絶望が私を占めていた。

 けれどフレン様がそんな風に私のことを思ってくれたというならば、すべてが無駄だったわけではないとそう後押しされた気がしてあの日の自分が少し救われたように感じる。

 ポツリポツリと紡がれる言葉が、今はあまり痛まなくなった傷痕にじわりと染み込むようだった。


「遠慮なく何でも話すところも可愛いと思ってる」

「失礼なだけでは?」

「ははっ、そうかもな。でも俺はそれが嬉しい」


 私としては反省するべき点でしかない部分で、どう考えても欠点。

 そんなマイナスな部分すら喜んでくれる彼は、もしかしたらそれだけ一人に慣れ、信頼できる人が少なかったのかもしれないとそう思った。

 そしてもし本当にそうならば。


「私は、側にいます」


 本当は寂しい彼の側にいるための力だというならば。


(誰のためにつけた力とか、関係ないのかも)


 ずっと引っかかっていた、カミジール殿下のためにつけたこの最強という力。


「……だって私、最強ですから」


 暗殺に近い彼の側で『安心』を守れるならば、誰のためにとかはもしかしたら重要でないのかもしれない。

 鍛えるために使った年月は、私の時間だ。積み重ねた鍛練の結果、それがフレン様の支えになるならば、それも悪くないと今なら思えるから。


「あぁ、最強がオリアナで、俺は幸運だ」

「なら、良かったです」


 今だけは、彼のこの笑顔を受け入れるのもいいかもしれないとそう思ったのだった。



「なら、これで晴れて婚約者同士だな」

「いえ、それはちょっと」

「は?」


 ふわりと笑ったフレン様の笑顔がピシリと固まる。

 護衛として主を支えるのも、単純に気持ちを向けられるのもやぶさかではないどころか嬉しいけれど。


「だからってその、結婚とかはその、まだ早いって言うか」

「だから婚約の期間があると思うんだが?」

「まだ、早い、かなぁって」


 完全に口元だけが弧を描き、目が笑っていないフレン様から今度こそ視線を外す。


(で、でも仕方ないじゃない……!)


 嫌いかと聞かれたら違うと断言できる。

 幸せになって欲しいかと聞かれたら、幸せになって欲しいと心から願えるけれど。


(まだフレン様の問題は何一つ解決だって出来てないし)


 黒幕どころか暗殺者すら捕まえられていない現状。

 子爵の件は、確かにフレン様に対して逆恨みをしていたようだし暗殺者を雇うお金はありそうだったがあんなにへなちょこでは暗殺者を雇う度胸はないだろう。


「だからその、結婚とか……ひえっ!」

「つまりその気にさせろってことだろ?」

「いやっ、その、せめて、えぇっとぉ」

「任せろ、俺は学習能力が高いんだ」


 どんどん笑顔が固まっていくフレン様に、せめて解決してからで、という言葉は最後まで言えなかった。


「ほんと、早く心が全部俺で占められたらいいのに」


 フレン様のひとり言のようなそんな呟きが私の耳の奥で燻り、けれど遠くない未来にそうなる予感を感じるのだった。

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