「なんではこっちなんだが!?」
捕まった私を見て焦ったように声を荒げるフレン様。
(そんなことを言われてもなぁ)
完全にフレン様のいる場所を終着点にしどうやって薙ぎ払おうか考えながら飛び出したのだ。
伸ばされた手の先がフレン様と仮定し叩き落とすことを想定していたのに私を掴んだのなら、そりゃ反応も遅れるだろう。
(だってフレン様に到達するより二秒も早いんだし)
戦闘というのは力も大事だが何よりスピードだ。
初手で躓いた私は、飛びかかって来た男の中で最も体格のいい男に後ろから羽交い締めにされるような恰好で立っている。
「くそ、彼女を離せ!」
「あぁ、やはりこの方は女性でしたか」
「ッ」
(焦ってるなぁ)
他の刺客たちが子爵の後ろ、扉を守るように下がってフレン様から距離を取っているおかげか私の心には余裕があった。
(現状フレン様に一番近い刺客は私を拘束しているこの男のみ。対峙した時の音で彼らの武器は手に持っている長剣のみだしそもそも狙いが私なら安心だわ)
ここで抵抗してフレン様にまで危害が及ぶ可能性を考えると、このまま捕まっている方が圧倒的にフレン様が安全でむしろ穏やかな気持ちになってしまう。
しかしそんな私とは対象にやたら焦っているフレン様と、そしてそんなフレン様にご満悦そうにしている子爵はゆっくりとわざとらしく見せつけるように私へ近付いた。
ニタニタと近付くその姿に嫌悪感が体を巡り、反射的に抵抗しそうになるが私はあくまでもフレン様の護衛。
ここで私が暴れたせいで主に危険が及ぶのだけは避けなくてはならず、頬擦りもできそうなこの距離になんとか必死に耐える。
「そんな顔をするってことはこの女性がよっぽど大切なんですねぇ」
「……ッ」
「私だって、彼女のことが大事だったんですよ……!」
穏やかな話し口調だった子爵が途端に声を荒げた。
「彼女に近付く許可は与えていない!」
「許可制とは、王子というのは随分偉いんですねぇ。そうやって権力を使って彼女にも触れたんですか?」
「触ってなどない!」
(ですよね)
怒鳴り返すフレン様に思わず頷いてしまう。
むしろその子爵の片想い相手に触れてくれていれば私が責任を迫られることなどなかったので、私としては是非その子爵の想い人には頑張って欲しかった――と、そこまで考えツキリと胸に違和感を覚える。
「……?」
私は迷惑しているのだ、ならばここで胸が痛むはずなんてないのに、この違和感に戸惑った。
「そんな嘘を誰が信じるんです? それとも捨てた令嬢が多すぎて彼女のことなんて覚えてないということですか?」
「だから本当に触れてなんてねぇんだって! つか彼女彼女って言うが子爵がフラれたのは子爵に魅力が無かったからだろう!」
「なっ!」
フレン様の声色に棘があり、苛立っているのだろう。
そしてその苛立っている声を聞くと、先ほど痛んだ胸の傷が慰められるような気がした。
こんなのまるで――
(まるで、好きみたいじゃない)
他の令嬢との行為に胸を痛め、自分のために怒る彼に喜びを覚える。
拒否しているのは私のくせに、その矛盾があまりにもちぐはぐで私は戸惑いつつフレン様から顔を背けた。
どうしてだろう、頬がじわりと熱を持つ。
「……はっ、ほら貴方が大事にしている彼女も信じていないようですよ? 顔を背けて傷ついてしまったようだ」
見当違いなことを言いながらハハッ、と鼻で子爵が笑う。
すぐにでもそれは違うと言いたかったのだが、自身に芽生えるはずのない感情のせいで赤くなった顔に気付かれたくなくて前を向けない。
仮面があって良かったと心の底からそう思った。
「やめろ……!」
「私のことをただ奥手で紳士的な美青年だと思ってもらったら困るんですよ」
「ねちっこいストーカーだとしか思ってねぇよ!」
グッと拳を震わせるようにして叫ぶフレン様を見ながら子爵の手がゆっくりと私の顎に触れる。
そしてそのまま私の仮面に手を掛けた。
「殿下だって彼女がどれだけやめてと泣き叫んでも構わず触れたんじゃないんですか……!」
「そんなこと俺はしていない!」
「今からあなたの目の前で彼女に同じことをしてあげますよ」
クックッと笑いながらゆっくりと仮面を外す。
この意味がわからない茶番のお陰で少し冷静になった私は、子爵へと呆れた顔を向けつつ真実を口にした。
「いや、あの人童貞ですよ」
「えっ、へ? こ、鋼鉄の剣……!?」
カパッと仮面を外し私と目があった子爵が、あからさまにギョッとする。
(その驚愕顔、拘束していた人質が私だったからなのかそれともフレン様が童貞だって言われたからなのかどっちでしてるのかしら)
愕然としながら二、三歩後退った子爵の手から私の仮面がスルリと落ちてカツンと音が響く。
(バレちゃったし仕方ないわね)
鋼鉄の剣がこんな刺客ひとりに抑え込まれているはずがない。
人質のフリしてフレン様を安全に、作戦終了の合図を脳内で鳴らし、私は両手で私を拘束したつもりになっていた刺客の腕を掴んだ。
そしてそのまま自身を背後から拘束していた男側に体重をかけ軽くしゃがみ、その勢いで前方に投げる。
投げたとは言ってもフレン様の方へ転がられたら困るので、投げるために掴んだ腕は離さずそのまま地面に叩きつけ捻る。
「ぎゃぁあ!」
その場に男の悲痛な叫びが響き、その声に気を取られた扉を守るように下がっていた刺客を思い切り殴り付けた。
「な、なにを……!」
「ちょっとこん棒にするだけですよ」
突然殴りかかられた男が驚き武器を落とすと、すぐその場にしゃがんだ私は落ちた武器……ではなく、その男の両足をしっかり抱えて。
「よっこいしょー!」
その男を大きな棒に見立て、遠心力の力も借りて大きく回転をする。
狭い扉を守るように固まっていたお陰で避ける隙も無かったらしく、狙い以上に弾き飛ばされる男たちに私は思わずにこりと笑った。
「や、やめろ! そこにはせっかく集めた高級品が!」
「えぇ? フレン様がやめろと言ってもやめなかったじゃないですか」
「お、オリアナ?」
「すぐにお側に戻りますので動かずお待ちください」
「あ、はい」
こんな時に景品の心配なんて、と考えながら適当に男たちを薙ぎ倒し動かなくなったことを確認する。
「な、なんでっ、さっきまで無抵抗だったじゃないか!」
「抵抗出来なかったんじゃなくて抵抗しなかっただけですよ」
「だがお前は素手で、そんなバカな……!」
「そんなこと言われましても。私、最強なんです、知りませんでした?」
完全に腰を抜かしへたりこんだ子爵の腕を掴み、私がされていたように背後から羽交い締めにしつつフレン様の方へ振り返った。
「く、ふはっ」
「え、何も面白くないんですけど」
「あー、ははっ、そうだな。俺は知ってたぞ、くくっ、オリアナが最強だって」
(何も褒められている気がしない……!)
あんなに苛立っていたフレン様は、相変わらずお腹を抱えるようにして笑っている。
「まぁ、いいか」
そして笑っているフレン様を見て、なんだか私も気分が良くなり首を傾げる。
完全に戦意喪失していそうな子爵たちを宝物庫にあったよくわからないベルトのようなもので拘束した私たちは、ここにあったものを証拠にし子爵の違法カジノを摘発することに成功したのだった。
そんな潜入事件から早数日。
(とは言っても、暗殺者についてはわからず仕舞いだったのよね)
あんなに弱い刺客しか集められなかったのだ、そんな彼が近衛騎士団の目を掻い潜り王城へ刺客を送り込めるはずなんてない。
(だったら、誰が――)
「オリアナ」
「!」
考え込んでいた私に声をかけるのはもちろんフレン様だ。
「どうでしたか?」
「あぁ。あのカジノは元の管理者に戻るようだ」
「そうでしたか」
「子爵は通貨の件だけでなく密漁、そして件の令嬢への付きまといに王族への暴行容疑で尋問にかけられる……かもしれない」
「かもしれない?」
その歯切れの悪い言い方を怪訝に思っていると、少し戸惑いながら口を開いたフレン様が口を開いた。
「その、尋問をかける前から震えて何でも話していてな」
「はぁ」
「なんでも、笑顔で薙ぎ払う姿が目に焼き付いているそうで」
「はぁ?」
「鋼鉄の剣から守ってくれ、と自ら牢に飛び込んだんだ」
(……えっ、それ、私がトラウマになってるってこと!?)
そりゃ尋問にかける前から全部暴露し自ら牢に入ったとなれば、今さら尋問どころではないだろう。
だが、その理由が私の笑顔っていうのはどうしても納得出来ない。
「待ってください! 確かにあの時私は笑いましたけど、それは決して危ない意味じゃないんです、いい感じに刺客が飛んだからでっ」
「ふはっ、それ十分危ない意味じゃねぇか?」
「えぇっ!?」
再びお腹を抱えて笑いだしたフレン様に、それでもまぁ主が無事に笑っているならば悪くないと私も少し安堵する。
あまりにも呆気なく、けれど全てが丸く収まったのだとホッとし、何故か一国の王子と出稼ぎに出るというとんでも出来事は幕を下ろしたのだった。