「ちなみにチップって元の硬貨に戻せるんですか?」
(多分出来ないんだろうけど)
念のためそう確認する。
元のお金に戻せるならば違法硬貨の流通とまでは言えないからだ。
だが、普通に買うより高くつくのにわざわざここで手に入れようとする神経がわからない。
騎士である私が言うのはおかしいが、密漁品というのはお金さえあれば手に入れることはできるのだ。
いわゆる裏ルート。
私はあまり商品の相場などは知らないものの、わざわざチップに変換して買うよりもその方が安く、また手っ取り早いということくらいはわかる。
だからこそ、あえてここで買う必要性もそれが問題視される理由もピンとこなかった。
(未許可の通貨を作っても流通するほど認知されるとは限らないのに)
もちろんアウトはアウトだ。
密漁もアウトだし、通報すればすぐに騎士たちが差し押さえ国の法律で裁かれるだろう。
その存在を確認したなら、もうここにいる必要はないはず。
けれどフレン様はまだ何か決め手を探しているようだった。
「いえ、元の通貨には戻せないんですよ」
「なるほど。ではここの商品はこの通貨でしか買えないってことか」
話を聞いていたフレン様がそう繰り返す。
一応これは言質というやつになるのだろうか? なんて思いながら、やはり細かいことはわからないので私は私にできることをと耳を澄ませた。
(足音は……他にないわね”)
少なくともこの宝物庫には私とフレン様、そして案内してくれたこの男性しかいなそうだ。
(この男性が子爵なのよね?)
フレン様が探している決め手が、この違法カジノに対するものではなく「自分の暗殺者」を探すものである可能性を考える。
事前に聞いていた心当たりはあくまでも恋愛に関する逆恨み。
正直王城にまで送り込むリスクを負うほどなのか、とは思わなくもないが、もし子爵が送り込んできたのならその証拠が欲しいのは確かだ。
「それにしても、よくできたシステムだな」
「と、いいますと?」
宝物庫に飾られた景品を見渡しながらフレン様が口を開く。
「ここにあるのはここの通貨でしか買えない希少価値のある商品ばかりだ」
「えぇ。それはもちろんでございます」
「それに質もよさそうだ」
「光栄でございます」
(密漁して来たものだろうけどね)
まるで茶番のような会話に耳を傾けながらフレン様の動きを目で追う。
きっと何か意味があってわざわざ口に出しているのだろう。
ここで不要な茶々を入れてフレン様の邪魔をするわけにはいかないと、私はただ口を閉じていた。
「狙いの品のために破産した者も多いのでは?」
「カジノはギャンブルですから。勝つ日もあれば負ける日もある、それが現実でしょう。ただ、そうですね……ここに招待されるのは勝ってきたお方だけですので勝負強いとだけはお答えさせていただきます」
「勝ちの快感を知ってる者だけ、な」
(なるほど)
そこまで話したフレン様の言葉でやっと『よくできたシステム』の意味を理解する。
普通に考えれば高すぎるレート設定されているが、この違法カジノに足を踏み入れられるのは上で『利益を出した』人だけなのだろう。
それは私たちが帰ろうとしたタイミングでこの男が現れたことからもそうだと言えた。
(一度勝ってるから、ここでもまた勝てばいいとチップに変える人が続出するわ)
店側としても、勝ち逃げされることなく沼に落とすいいチャンスになる。
もしかしたらいいカモになりそうな相手にはわざと勝たせて、この違法カジノで有り金全部を回収するつもりかもしれず――
「って、もしかしてカモにされてた!?」
そう考えればすべて辻褄が合う。
何に賭けても大当たりしたこと。
初めてきて何もわかっていない私を心配する令嬢の理由も。
(カモにされてたなら心配するのも頷ける……!)
きっと彼女は私のように何でも大当たりした人間が地下に連れて行かれる姿を何度も見て違和感を覚えていたのだろう。
「なんだ、今気付いたのか?」
「ちょっと! その悪役みたいなセリフをレン様が言うのは酷くないですか?」
味方である人から完全に呆れた顔を向けられむっとしていると、男も慌てて口を開く。
「カモだなんて人聞きが悪いですね。ここには合言葉を知っている特別なお客様しかご招待していないのですよ?」
(合言葉?)
その言葉を聞き、そういえば意味深に言われていた『夢の続き』という言葉を思い出す。
確かに私はその言葉を知らなかったし、カモにされた新顔が合言葉なんてものを知っているはずもないと思ったのだが。
「合言葉を知らなければ、さっさと硬貨をチップに変えてギャンブルさせていたんじゃないか?」
「っ」
「むしろ合言葉を知っていたから、ギャンブルではなくここへ案内したんだろ」
「え」
さらりと断言したフレン様に唖然とする。
(知ってたから、ここに?)
全く理解できずぽかんとしている私に気付いたフレン様がちょっと吹き出しムッとした。
「合言葉を知ってるってことは、内情を知っているってことだろ。つまり過去にカモられた人間か、それでも勝った強運の持ち主か」
「はぁ」
そんな私にもわかるように説明してくれるが、私としては吹き出す前に教えて欲しいところである。
なんとなく面白くなくてむすっとしていると、ゆったりとした足音が近付いてきていることにハッとした。
(刺客ならこんなにゆっくり近付くはずはないわ)
危害を加えるつもりがあるないに関わらず、対象に近付くときにゆっくり歩いてくることはない。
どんな時でもスピードが一番重要だからだ。
同様の理由で暗殺者の可能性も低いだろう。
それに、この足音には聞き覚えがある。
「ディーラーの男が来ます」
「ディーラー?」
一階で私たちのテーブルを回していたディーラー。
彼の足音は、目の前の男に鍵を渡しに来た時に記憶済みだ。
そして一従業員であるディーラーの男がこんなにゆったり歩いているのだとすれば。
「あのディーラーが子爵本人です」
「リア?」
ボソッと呟いた私は近付く足音の方に体を向け背後にフレン様を庇った。
(ずっと違和感はあったのよ)
私たちを案内した男性はニタニタと話すばかりで何もせず、そしてずっと一人だった。
ここはカジノだ。
同僚騎士のように勝つ者もいれば負ける者もいる。
しかも違法カジノまで運営しているとなれば、それなりに危険だって多いだろう。
摘発される可能性もあるし、何より負けた者から恨まれる可能性だってある。
護衛もつけずこんなに一人でいるなんて考えられない。
そしてこのタイミングで近付くなら子爵本人である可能性が最も高く、子爵本人が来るまで時間を稼ぐのが目的とも考えられた。
(だとしたら、レン様がフレンシャロ殿下だってバレてる可能性あるわね)
そう考えた私はより一層警戒を強めた。
「へぇ、そこまでバレちゃうのか」
開いたままだった宝物庫の扉からひょっこり顔を出したのは、やはりあのディーラーの男だった。
「エスペランサ子爵、かな」
「ははっ、やはり貴方でしたか。フレンシャロ第二王子殿下」
「わかっているのにこんな場所に案内してくれるだなんて子爵は太っ腹だな?」
くすくすと笑いあう二人にごくりと唾を呑み更に耳を澄ます。
この部屋に近付く足音は、三、四……七。
(七人、か。フレン様を抱えて地下から出るのは至難の技かも)
私たちをここまで案内した男も合わせると八人。
武器を持ってこなかったことを後悔する。
出口を塞がれた状況で庇いながらの素手での戦闘は分が悪すぎるからだ。
「太っ腹だなんて。それは殿下のほうではありませんか?」
「それはどういう意味かな」
「ここの経営に一役買ってくれるんですから」
子爵がそう言ったと同時にわっと待機していた男たちが一斉に宝物庫へ流れ込む。
私はフレン様を守るべく前に飛び出し――
「……なんで?」
なぜか全員が私に飛びかかって来たことに驚きうっかり捕まってしまっていた。