「本当にこの服が必要なんですか」
「この間思ったけど、案外オリアナっておっぱいあるな」
ほぉ、と感心しながら着させられた服を見たフレン様を思い切り睨む。
一応私は彼の護衛なので手を出す訳にいかず睨むだけだ。
“護衛が主に怪我をさせる訳にはいかないけど、殴ってやりたい……!”
「痛い痛い痛い!」
「くっ、痛め付けてやれないのが口惜しいです」
「腕捻りあげてる時点で矛盾して……痛い痛い痛いッ!!」
その抗議の声でハッと気付くと無意識に自衛していた私はフレン様の腕を捻りあげていたが、まぁこの程度は許容範囲だろう。
なんて思うと、この捻りあげた腕を離す気にならずにキリキリと関節をキメながらぼんやり眺める。
もちろん不敬罪に問われる可能性も、というか下手したら王族への暴行で反逆罪の即処刑だ。
けれど、フレン様はそんなことで私を咎めないと確信を持つくらい一緒にいたのも事実で。
「反省しました?」
「した! これからは思うだけに留めるッ!」
「違います」
キリキリ捻っていた腕をギリギリと更に軋ませるとフレン様がひぇっと声を漏らす。
(自業自得)
「じゃ、じゃああれか!? おっぱいって言ったのがまずかったか!? 胸筋は素晴らしい、それは俺もわかってるから!」
「違います」
「ぎゃぁぁあっ」
重ねられた言葉に更に苛立った私は、フレン様がぐったりするまで捻り続けた。
反省はしていないし、むしろ反省して欲しいと切実に思っている。
「うぅ、オリアナのせいで白い服に汚れが」
「そうですね、全身泥だらけにして色を統一しましょうか」
「今日の任務について説明するんだが」
ボソッと言われた小言に笑顔で返答すると、しれっと話を戻される。
(いつも私が振り回されてるせいか、こうやって焦ったりしてる姿を見るのってちょっと楽しいかも)
相手が王子であることはコロッと忘れ、なんだかそんな事を思った自分が少し可笑しい。
なんだかんだで慣れたのか吹っ切れたのかはわからないが、夢中で憧れを追いかけていたあの頃よりも肩の力が抜けたのかもしれない、と思った。
とはいえ、今からは仕事だからとそんな気分を切り替えて、改めて自身の姿を確認する。
今日の私は、特製のコルセットで胸の膨らみを抑えつけ、貴族令息が着ているような少しふわりとしたシャツにクラバットはコルセットでは押さえつけきれなかった胸を隠すために大きめのものを着用。
紺のウエストコートとそれより一段暗い濃紺のコートを重ねていた。
足元は黒に近いブリーチで動きやすさも考えられている。
「完全に、これ男装ですよね?」
「正装だな」
「男性の正装ですよね」
(これどこに武器を仕込めばいいのよ)
ドレスならスカートの内側に短剣を隠せるし、そもそもいつもの騎士服なら帯刀している。
しかし胸を押さえつけるためにキッチリカッチリした服装のためコートの内側に他の武器も仕込めない。
護衛として万全とはいえない装備に私は少し不安を覚える。
「本当にコレで行くんですか?」
「ドレスの方がよかったか?」
「これだと飛び道具に対抗する手段が少ないです」
「そっちかー」
私の返答が思っていたものと違ったのか、少し項垂れてしまったフレン様だったがすぐに気を取り直したようだ。
(まぁ、私には筋肉という最大の武器があるし)
主君がこれでと指定するならば仕方ない。
「じゃあ、乗り込むか。リア」
「お供いたします、レン様」
こくりと頷きあい、私たちはそっと仮面を手に取った。
カジノでは誰もが平等に遊べるように、と仮面が必須になっている。
そのままフレン様と共にカジノまで来ると、すぐに扉が開けられ新たな客を歓迎するようにシャンパンが手渡された。
「絶対呑むなよ」
「えぇ、何が入っているかわかりませんもんね」
「酒癖が悪いからだ」
「え、それなのにお酒あんなに買ったんですか?」
「酒癖悪いのは俺じゃない」
こそこそとそんな会話をしつつ、フレン様についていく。
フレン様が真っ直ぐに向かったテーブルでは、ディーラーの前で何人もの客がカードゲームで楽しんでいた。
「まさか参加するのですか?」
今日の目的は暗殺者のあぶり出しとその雇い主の拘束。
そして彼らは『地下にある違法カジノ』にいるということまではわかっていて。
(てっきりタイミングを見計らって地下へ潜入するんだと思ったのに)
そんな彼のその様子に唖然としていると、フレン様にそっと手を引かれる。
いつもの癖で彼の後ろに立っていたのだが、確かにこの状況で私だけが立っているのは怪しいだろう。
「リアも賭けてみるか?」
「え、私もですか?」
ニッと笑ったフレン様が見せてくれたのは、ポップコーンを売って稼いだ今日の売上袋だった。
(本番ってこういうこと!?)
街に自然に溶け込みつつ情報を集めるためにやっているのかと思ったポップコーン売りが、まさかこう繋がるとは。
それに確かに彼は夜が本番と言っていた。
(私財を稼ぐのも目的のひとつってことなのね)
本命は暗殺者探しだろうが、確かに私財を作るのも狙いのひとつ。
まぁ、まさか彼の私財がギャンブルで作られていたとは思わなかったけれど。
「つまり今までの私財全部ギャンブルで稼いだんですか?」
「俺は赤の4に金貨1賭けようかな」
「ちょっと、聞いてます?」
「ほら、これリアの分な」
「誤魔化されませんけど」
この人本当に王子なのか、なんて疑いたくなりつつ渋々渡された売上袋を見る。
(って言われても賭け方とかわからないのよね)
確かに騎士団の皆はよくカジノに行っていたようだが、私は今夜がはじめてのカジノ。
ルールなんて何一つわからず、とりあえずフレン様の見よう見まねで賭けてみることにした。
「じゃあ、なんかこの黒いマークのに全額」
「全額!?」
ギョッとしたフレン様を無視して渡された売上袋からじゃらりと硬貨を全部出しなんとなく気になったところへ置いてみる。
(どうせこういうのって最後は手元に何も残らないのよね)
それにもしあれだけ大量のお酒を買える私財をカジノで稼いだなら、私が渡された分がなくなっても問題ないだろうと考える。
むしろさっさと無一文になり気にするところが無くなれば、周りへの警戒に専念できるとも思った。
(だってここには、フレン様を狙う暗殺者がいるんだもの)
仮面で正体を隠しているとはいえ、ここは敵の本拠地。
警戒しすぎということはないはずだ。
「お、おめでとうございます! 大当たりです」
「へ?」
「おめでとうございまぁす」
「え、えっ?」
硬貨を置くだけ置いて、後はひたすら考え事をしていると突然ディーラーが私に笑顔を向け、そしてどこから現れたのかレディ用の乗馬服に似たぴったりとした服を着たご令嬢がにこにこと私の横に金貨を置いてくれた。
「次は何に賭けられますか?」
「あ、えっと……」
にこりとディーラーに声をかけられた私は、現状についていけてないままオロオロとしながら横に置かれた硬貨を見てさっきと同じ黒いマークの別の数字を指差す。
「じ、じゃあ、これに全部」
「また全賭け!?」
再びフレン様がギョッとした気配を感じるが、その視線をそのまま流して全部そこに置いた。
「ベット終了です」
私が置き終わったタイミングでディーラーがそう声掛け、そして再びルーレットが回される。
「は? 嘘だろ?」
転がったボールが落ちたのは、まさに私が選んだ数字のところ。
驚愕した顔のフレン様は、そのままぽかんと口を開いたまま固まり、そして再び私の横に金貨が積まれた。
そんな賭け事を何度か繰り返すと、何故か全て当たった私はもう机に乗らないほどの硬貨を手に入れている。
「ビギナーズラックってやつですかねぇ」
「そんなレベル超えてると思うんだがな」
俺が勝つはずだったんだけどなぁ、なんてボソッと溢すフレン様を横目に、このお金、どうしようかと考えていると、急に彼がガタッと立ち上がった。
「よし、帰るか!」
「「えっ」」
思わず声を上げたのは私と、目の前にいたディーラーである。
(帰るって……、地下への潜入は? 暗殺者の炙り出しは!?)
様々な疑問が一気に浮かぶが、私はあくまでも彼の護衛。
主がそういうなら従う他ない。
「……では、帰りましょう」
少し腑に落ちないものの、フレン様に続き私も立ち上がった。