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12.狙われている原因は

「というか、そもそもなんで一国の王子様が出稼ぎなんですか!?」

「なんだ? パパ~、お小遣い~ってきゅるんきゅるんと上目遣いでおねだりすれば私財が増えると思ってたのか? 稼ぐんだよ、稼いで国庫とは関係ないルートのお金をはじめて私財と呼ぶんだ……!」


 グッと握り拳を作ったフレン様に愕然とする。確かに間違ってはいないし、国庫に手を付けずしかも自ら稼ごうとするその心構えは素晴らしいのかもしれない。

 だがあえて言おう。

 そんなことを力説する王子って何なんだ。


(私の知っている王子様と違う)


 そんな私の呆れ顔に気が付いたのか、どこか恥ずかしそうに咳払いをしたフレン様。


「あー、まぁ、確かに兄上とは違うかもしれないがな。あれはあれ、これはこれ、だ。これが俺たちの現実だから」

「目を逸らしたいですね」


 思わず明け透けにそう返答すると、しょんぼりしてしまったフレン様がなんだか少し可愛く見える。


(フレン様って思ってる以上にカミジール殿下を慕ってるんだ)


 仲睦まじい兄弟の姿を微笑ましく感じ――


「あれ」


 カミジール殿下のことを思い出したのにツキリと傷まなかった心に気が付いた。

 もちろん忘れた訳ではない。

 積み重ねた想いが消えたということでもない。

 けれど。


(私財をなんでかお酒に注ぎ込むとか、フレン様がハチャメチャだから)


 しかもその減った分をポップコーンで稼ごうとしているという現実味のないオマケ付き。


「どうかしたか?」

「いえ、なんでもありません」


 心配そうに顔を覗き込むフレン様に頬が弛みそうになった自分に内心苦笑して、キリッと表情を引き締めた私はすぐに次のポップコーンを作るためにフライパンに向かった。


(フレン様が求めているのは私の強さだから)


 だからもう二度と思い込みで好きにならないし、フレン様の言葉に乗るつもりはないけれど。


「ほら、沢山売らないとお酒買えませんよ!」

「その言い方、新婚設定にしてはダメな夫すぎないか?」


 この距離感を悪くないと思い始めている自分が少し可笑しい。

 護衛の自分が何故ポップコーンを作っているのかという部分に目を瞑り、底が焦げないようにフライパンを軽く振る。

 ――そう、私はもうカミジール殿下のことを思い出しても苦しくならないらしかった。


「リア、ちなみに本番は夜だから」

「よ、夜ッ!?」


 思わず声が裏返り、慌てて口元を押さえる。


「リア?」


 キョトンとした顔の私を見てぽかんとしたフレン様は、すぐに何かを察したのかニマッと口角を上げた。


「リアが言ったんだもんな? 『この責任は体で取る』って」

「で、ですのでそのっ、それはその! そういう意味じゃないっていいますか!」

「そういう意味ってどういう意味だ?」

「で、ですから……っ」


 ニマニマとこちらを見る意地悪な視線から顔を逸らす。

 じわりと熱を持つ頬が私の羞恥心を煽るようで、額にじわりと汗をかいた私だったのだが。


「じゃ、潜入捜査頑張ろうな」

「だから私はぁ……、はい?」


(潜入捜査?)


 告げられた単語にぽかんとする。

 夜が本番で、潜入捜査ってなんだ。

 そしてすぐにからかわれているのだと気が付いた私は、頭まで沸騰しそうなほど顔が熱くなった。


「い、意地悪ッ! レン様は意地悪ですッ」

「あはは」

「も、もぉぉ~~~ッ!!!」


 地団駄を踏みたい気分になりつつ、このどこへも向けられない苛立ちを誤魔化すように視線をフライパンに向けた私は、ポンポンと弾け出すポップコーンをただ見つめ続けたのだった。


 ◇◇◇


「リアは最近この辺りの管轄が変わったって知ってるか?」

「え?」


 日が落ちはじめたタイミングで屋台を片付け出した私たち。

 慣れた手つきで売上を数えるフレン様にどこか呆れていると、突然そんなことを聞かれて一瞬焦る。


(か、管轄? えっと、城下町だから管轄は……王家じゃない?)


 ぶっちゃけ筋肉に全振りしてきてしまった私に、そしてそんな私を育てた親であるレリアット家はこういう話にひたすら疎い。

 世間では第一王子派、第二王子派という派閥だけでなく貴族派と呼ばれる派閥があるということは知っているが、誰がどこに所属しているのかすらあまり詳しくなくて。

 そして私が困っていることに気付いたのか、売上を数え終わったフレン様がそっと私の頭を撫でた。


「そういうところが魅力だな」

「……知らない、ということは罪だと言われることを知っておりますが」

「それは組織として、家として、立場がある者として、だろう」


 くすりと笑ったフレン様。


「確かに知りませんでした、で許されることだけじゃない。だが、知らないということは『純粋な目で見れる』ということでもある」


(純粋な目で……?)


「俺は派閥や損得ではなく、純粋に兄上だけを想って努力したオリアナが強くて格好いいと思ったぞ」

「強くて?」


 彼の言う、私の強さは“物理的な強さ”だと思っていたし、その強さの意味もあるのだろうが。


「俺と結婚する気になったか?」

「それとこれとは話が別です」

「責任は取るべきだと思うけどなぁ」

「責務で果たします!」


 プイッとフレン様に背中を向ける。

 また赤く染まっただろう私の頬を、今は彼に見られるのがなんだか恥ずかしく感じた。

 いつもならそれでも顔を覗きに来るフレン様が、今は覗きに来なかったことに少し安堵する。


「……城下町の管轄は、まぁ王家なんだがな。その王家が貸し出す形で色んな貴族が権利を持っているんだ」

「貸し出す?」

「あぁ、この屋台と一緒だよ。土地を借りてそこで商売をするんだ」


(つまり、最近フレン様がポップコーンを売るために土地の使用料を払っている相手が変わったってこと?)


 又貸しで利益が出るのか思わず首を傾げてしまう。

 余程安い金額で王家が貸し出ししていなければ、平民相手の土地の使用料で利益が出るとは思えなかった。

 そして私のそんな疑問が顔に出ていたのだろう。


「又貸しはオマケだな、流石に管理しきれないから王家から直接平民には貸さないで他の貴族に少しずつまとめて管理して貰ってるんだ。その土地で貴族自体が商売をするために借りることがほとんどだよ」

「直接、ですか?」

「劇場をやれば他の貴族からの一定の収入が出るし、サロンでも貴族からの収入が期待できる」


(そこでやりたい商売がある貴族が、余った土地を平民に又貸ししてるってことね)


 フレン様の説明をなんとなくで理解した私は、ならこの辺りで何か大きなお店があるのかと考えた。

 心当たりはひとつだけ。


「……カジノ、ですか?」

「そうだ」


 その心当たりを口にするとフレン様が頷いてくれた。


(騎士団の男たちがよく行っていたのよね)


 一晩で身ぐるみを剥がされて嘆く騎士もいて、よくそこまで夢中になれるなと理解出来ずにいたことを思い出す。だが。


「カジノは法的に認可されております」


 そう、カジノはあくまでもただの娯楽。

 カジノの営業は咎められるようなことではない。


「ま、普通のカジノならな」


 くすっと笑いながらするその言い回しに、嫌な予感がした。

 思わずごくりと唾を呑む。


「このカジノのオーナーが最近エスペランサ子爵家に変わったんだが」

「エスペランサ子爵家、ですか?」


 エスペランサ家といえば子爵本人がまだ独身だということで有名な家でもあった。


(私も独身だからか、たまに騎士仲間から注意を受けていたっけ。私自身の心配というより子爵が惚れた令嬢をトキメかさないように、という意味がわからない注意だったけど)


 子爵には想いを寄せる令嬢にお金で迫ることが多いという噂が流れていたはず。

 確かに少し犯罪チックな粘着体質だとは思っていたが、その子爵が運営しているカジノが犯罪だとは限らない……ものの。


「カジノの下に更にカジノがある」

「まさか、違法カジノですか!?」

「あぁ、地下カジノを王家は認めていない。紛れもない違法カジノであり、その運営方法も違法だそうだ」


 ハッキリと断言したフレン様を見て、きっと何かしらの確信を得ているのだろうと思った。

 そしてそれだけ確信があるということは、それだけの情報を持っているということ。

 つまり『弱みを握っている』ということでもある。


「……暗殺者の黒幕、ですか?」

「黒幕かまではわからない。が、俺を恨んでいるのは間違いないな」

「それだけ心当たりがあるということですね?」

「あぁ」


 ゆっくり頷くフレン様に、私も護衛として気合いを入れた、のだが。


「子爵の片想い相手が俺のことを好きらしい」

「……はい?」

「欲しい情報があってな? ついでに悩み相談も受けていたらその……、な」

「な、と言われましても」


 思っていた恨まれ方と違ったせいで、一気に脱力してしまう。


(まさか私が騎士仲間から受けた注意が正しいだなんて)


 あのアドバイスをされた時はなんて失礼なんだと苛立ち訓練メニューを二倍にした。それはまぁ筋肉も二倍鍛えられたからいいと思うが、それとは別に今度飯でもおごってやろう。そう心の中で誓いつつフレン様を見る。

 きっとフレン様はいつも通りその柔らかなピンクの瞳で見つめながら相手の悩みを聞いていただけなのだろうが、彼の正体がただの童貞であろうとも雰囲気はピンクネオンのエロマンスの王子なのだ。自重しろ。


「いやぁ、なんか俺恋敵になったみたいで」

「自業自得です」

「俺は普通に悩み聞いてただけなんだって」

「そうですか」


 はぁ、と大きくため息を吐いた私は、それでもこれは仕事だからと言い聞かせる。


「ま、私はフレン様の専属護衛ですから」


 何故今自分が不機嫌なのかの答えには、気付かないことにしたのだった。

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