「……ぅ、頭痛い」
ガンガンとまるで金属音が反響するように頭痛がする。
(今何時なんだろ)
窓から射し込む光はまだ少し白く、寝坊はしていなさそうで安心するが――
「というか、ここどこ……」
見慣れぬ窓に少し戸惑う。
昨日ドレスを無理やり着させられたまでははっきりと覚えているが、その後はどうだったのか。
確かシュワッとした透き通ったピンクの飲み物を渡されて、それから。
「そう、確かフレン様の瞳の色と同じお酒……」
「へぇ、そんなこと思ってたのか」
「!?」
突然横から声が聞こえてビクッと肩が跳ねる。
驚き上掛けを掴んで転がるようにベッドから離れると、ズキンと鋭い頭痛がした。
この痛みに覚えがある。二日酔いだ。
「おい、流石にこの状態で上掛け全部持っていかれると寒いんだが」
「あ、え? フレンさ……ま、あっ!」
私が上掛けを引っ付かんでベッドから離れたせいで、フレン様から掛布が全て剥ぎ取られる。
その結果、何故か全裸のフレン様がそこにいた。
「き、きゃぁぁあ!」
「ひでぇな!?」
「痴漢!」
「待て! 俺の眼球を潰そうとすんな! 俺の眼球を潰しても何もならんぞ!」
反射的に指をフレン様の目を目掛けて突き出すと、慌てたフレン様が下半身を隠していた枕で顔を守る。
枕で顔を守った結果、今度は目隠しになっていた枕から露になった下半身がバチッと私の視界に再び飛び込んで来た。
「いゃぁぁあ!」
「うわぁ!?」
「な、なんで裸なんですか!」
「寝る時は全裸派なんだよ!」
「このド変態!」
「世界の同じ趣向の紳士に謝れ!」
ギャアギャアと喚きつつフレン様の顔面に持っていかれていた枕を咄嗟に掴み、剥ぎ取った私は枕で殴るように半回転し勢いを乗せて薙ぎ払った。
幸か不幸か、ギリギリフレン様は避けてくれたものの風圧でかベッドから落ちてしまい、ドタンという間抜けな音がその場に響く。
視界から痴漢男改めて全裸主君が消えたことで心の平穏さが僅かに戻り、そして、少し冷静になったことで昨日の出来事が甦った。
待てと言われたのに勝手にお酒を飲んだこと。
その結果守るべき主君に抱き抱えられ私室を占拠したあげく看病させたこと。
最終的に促されるまま同じベッドで眠ったこと。
そう、これらは全て私の失態だった。
「オリアナ」
「は、はひッ」
「あ、その挙動不審さは記憶あるやつだな」
私が目潰し攻撃を仕掛けた時にはムスッとしていたフレン様が、むしろどこか機嫌が良さそうにこちらを見る。
「良かった、無理矢理オリアナと閨を共にした訳ではないと証明されたな」
「言い方を考えてください。ただ雑魚寝しただけです!」
まるで何かがあったかのような言い回しに慌てて反論するが、フレン様は何故かニタリと口角をあげて首を振った。
「オリアナ、改めて言うが俺と結婚しよう」
「は?」
「俺は王族として、そして男として責任を取るつもりがちゃんとある」
「いりませんよッ! というか何もなかったじゃないですか!」
さらりと告げられたその言葉を反射的に拒絶するが、フレン様に動じた様子はない。
まるで断られるとわかっているようだった。
「というかフレン様は、私のこと好きじゃないですし」
彼は最初から強い相手を望んでいた。
そして私にあるのは強さだけ。
(好かれたくて最強になったけど)
だがそれはあくまでもカミジール殿下のため。
決してフレン様のためじゃない。
この筋肉と強さは私の誇りでもあるが、それと同時に『フレン様以外の人に好かれたくて』身につけたもので、その結果だ。
(フレン様のために努力した私ならともかく、別の人のために努力して身につけたものを求められるって……)
それは、どこか都合よく聞こえて私を複雑にさせる。
丁度いい、から選ばれるのではなく、私だから、と考える私は、やはり同僚騎士が言っていたように夢物語を追いかける乙女思考なのかもしれない。
(それでも好かれてもいない上に求められたその能力は他の人のための力だなんて、絶対に嫌だわ)
そんな拗らせた乙女心をどう理解したのか、フレン様は何故か大きく頷いた。
「じゃあ、責任を取ってくれ」
「……は?」
その想定外の一言に唖然とする。
(責任を……、私が!?)
「私が取る側なんですか!?」
ギョッとしながらそう口にすると、再び大きく頷いたフレン様は、私の手をぎゅっと握り真剣な顔で私を見つめる。
「考え方を変えてみようぜ。強い者が弱い者を守るべき、だな?」
「それは、まぁ」
「一般人と騎士ならどっちが強い?」
「騎士、ですね」
話の流れに嫌な予感がし、ごくりと唾を呑む。
「最強の騎士は?」
「私ですね」
「じゃあ護衛されている俺と護衛しているオリアナ、強いのは?」
「私」
「なら、責任を取るのは?」
「わ、私⋯!?」
さらりと私が責任を取る形に話を誘導され愕然とする。
「よし、じゃあ責任を取ってくれ。それとも閨を共にした俺のことを捨てるのか!?」
「そもそも責任を取るようなこと、してませんけど!?」
「だが周りはどう思うだろうなぁ」
「はあぁ!?」
(周り……?)
王子の私室に護衛とは言え生物学的に令嬢である私が入り、同じベッドで朝を迎える。
ベッドメイクをしてくれるメイドは当然何もなかったとわかるだろうが、事情を知らない他の誰かが見ていたとしたら――?
そんな想像が脳内を巡り一瞬意識が遠のくが、こんな形でフレン様と結婚なんて嫌すぎる。
(というか、フレン様はなんでこんなに私に固執するのよ……!)
既に護衛であると周知されている私とカモフラージュで婚姻を結ぶメリットもなければ、辺境伯家の後ろ盾も欲しがっているとも考えにくい。
(騎士として責任逃れをするのはよくないけど……!)
何度も言うが雑魚寝しただけ。責任もなにも取るようなことはしていないし、それにフレン様も私も、こんな形で人生のパートナーを決定するのはどうしても躊躇われてしまった私は意を決して口を開いた。
「どうしてもと言うなら、か、体で払いますッ」
「……は?」
「ですので、この責任は体で取ります!」
私の言葉を聞いたフレン様は、さっきまでどこか余裕そうに私を言いくるめてきていたのだが、途端に少し焦りはじめる。
「いや、それはその、別に婚約を結んでからでも……」
「全身全霊お仕えしますからッ」
「……は?」
「結婚以外の方法で責任を取るべく、私の筋肉を存分に使ってください!」
悪いことをしたならそれ相応の罰を受け罪を償う。
フレン様が私の強さに固執しているならば、フレン様を守る盾になるだけでなくフレン様の手足として働けばいい。
盾であり、矛になることで責任を取る。
「フレン様はどうせはじめてではないでしょう。噂が収束するのを待つだけでいいはずです」
閨を共にしたという噂で問題が起きるのはそれが『はじめて』だった場合だ。
その相手が特別だと言っているようなものだから。
そして反対にはじめてではないのなら、暫くは恋人同士だったというような噂がついてくるだろうが次の相手が出来ればすぐにその相手との噂で上書きされるはず。
そう思ったのだが。
「残念ながら俺もはじめてでね」
「はっ!? エロマンスの王子様なのに!?」
「おい、それどこの誰が言ってんのか後でリストを渡せ……じゃなくて、事実だから」
「令嬢をとろとろにしたって!」
「知らん、触れてない」
(触れてない……!?)
「こうなりゃ一生側に居て貰うから、覚悟しろよ」
今日二度目のムスッとした顔をしたフレン様は、そのまま笑っていない瞳のまま口角だけ上げてニヤリと笑顔を作ったのだった。