(この会話の流れは良くない!)
なんだかんだで今二人きりで、そして想定外の『子供』なんていうワードが出たのだ。
私だって騎士である前に令嬢。
貞操の危機を心配し――……
(いや、多分一捻りで倒せるな)
そして一瞬でその危機が去ったことに安心しフレン様に笑顔を向ける。
「おい、今絶対俺に失礼なこと思っただろ」
「別に一捻りで倒せるとしか思っておりません」
「やっぱり失礼なこと考えてんな!?」
私の発言の何が不満だったのか、むすっとしてしまうフレン様に少し戸惑う。
「事実を言っただけなのに……」
「事実だから不愉快なんだが」
(遅すぎる思春期)
口にしたらきっともっと拗ねさせてしまうだろう単語が浮かび、そして慌てて飲み込んだ。
「また何か失礼なことを考えたな?」
「飲み込んだので言いません」
「それは俺の質問を肯定したことになるんだが……まぁ、いいか」
ふっと息を吐いたフレン様の表情が穏やかなものになったことに安堵する反面、自分で言うのもなんだが不敬を問わなくていいのかと少しだけ不安になる。
そしてそんな思いが顔に出ていたのだろう。
「ん? 別に怒るほどのことでもねぇだけだぞ」
さらりと答えが返ってきて少し驚いた。
「ま、折角二人だからな、何か聞きたいこととかあればそれも聞いてくれていい。オリアナの質問には答えるよ」
「なんでそこまで私に?」
あまりにも私に甘いフレン様に、逆に不信感を募らせた私が怪訝な顔を向けると思い切りぷぷっと吹き出される。
「いや、だっておまっ、聞きたいことがあるんです~って顔してんだもん」
「えっ!」
「そんなにわかりやすく表情に出されると、まぁ答えてやろうかなって気になる。まぁ、黄色い悲鳴に邪魔されて話の途中でもあったしな」
あはは、と笑いながらあっけらかんと理由を説明され、そういうものなのだろうかと納得した私は、折角本人がこういってくれているのだから、と質問を考えた。
そしてやはり一番気になることといえば。
「ならお言葉に甘えて。令嬢が叫んでいた『今日もトロトロにされたぁい』の、『も』って何ですか!」
「ぅお、そっちか……!?」
「そっち!? トロトロ以外のどっちがあったんですッ!?」
「いや、あんだけ大事っぽく匂わせた『半分』の話があったろ?」
(質問しろって言ったのはそっちなのに!)
どうして正直に気になることを聞いた私がまるで間違っているかのように言われるのか納得できず、眉をひそめてしまう。
護衛として、護衛対象の行動を事前に把握したいと思うことは当たり前のことで、そして情報があれば対策だって取れるのだ。
私は決して護衛として間違ってはいない、と胸をはって言えるのだが、何故かがっかりした顔を向けられると質問を誤ったような気がした。
「じゃ、じゃあ半分。半分の話からお願いします」
「じゃあって……。まぁ、いいんだけどさぁ」
不服そうな顔をされると私もつい不服な顔を返してしまう。
(最初にメソメソした取り繕わない姿をがっつり見られてしまったからかしら)
尊い方だとわかっているのに、敬う心が芽生えない……じゃなく、つい本音が出てしまうのは、そんな自分を受け入れて貰ったと感じているからかもしれない。
「とりあえずだな、半分の説明な?」
「はぁ」
「あ、またそれ? まぁいいんだが」
こほん、とわざとらしく咳払いをしたフレン様は、さっきまでのどこか飄々とした雰囲気を消しいつになく真面目な表情になった。
釣られて私もゴクリと唾を呑む。
半分。貧血気味の虚弱体質ということではないと言っていた。
ならば、その意味とは。
「俺は、兄上とは母親が違うんだ」
「知ってますが」
「そうか」
「有名ですから」
「そうか」
あれだけ引っ張ったのだ、何か大きな意味があることを言われるのだろう、と話の続きをじっと待つ。
「い、以上だ」
「はぁ?」
少し気まずそうに視線を逸らしたフレン様に、思わず顎がしゃくれてしまう。
心なしか耳が赤いところを見ると、本当にそれが話したかったのかも知れないが……
(シャトリエ国の国民みんな知ってるんですけど!)
今更驚くような事ではなかったことに、やはり今重要なのはフレン様が日々令嬢とどう過ごしているのか、だと改めて実感した。
護衛対象の私生活に干渉するつもりはないが、王族に仕える臣下として回避できる危険とゴシップには極力干渉したい所存。
「それよりやはり『トロトロ』について審議すべきです」
「え、終わりか!? 掘り下げて欲しいんだが!」
「とか言われましても。お言葉ですが、みんな知ってました」
「いや、ほら、オリアナはトレーニングばかりだったから知らないのかと思ってだな」
「どういうことですか!? 流石に酷いです! 私だって最低限の常識くらい知ってますよっ」
重ねられる言葉が失礼だとしか思えず思わず噛みつくと、全然悪いと思っていなさそうな顔をされる。
「というか半分って言われても、何が半分なのかいまいちわかりません」
この場合の“半分”で想像できるのは、妾の子だとかで『王家の血が半分』というようなことなのだろうが、フレン様のお母上は現王妃殿下。
半分どころか100%の血統である。
(確かにカミジール殿下とは半分しか血は繋がっていないけれど)
元々カミジール殿下のお母上だった当時の王妃殿下は、あまりお身体が強くない方だったらしい。
殿下を出産し、体力が落ちたところで流行り病であっけなく亡くなられてしまったと聞いた。
産まれたばかりなのに母親を失ってしまったカミジール殿下を不憫に思い、亡くなられた王妃殿下の親友だった現王妃、つまりフレン様のお母上が王宮に来たというのが一連の流れである。
(しかも、政略結婚だった亡くなられた王妃とは違い、なんと現王妃と陛下は恋愛結婚なのよね)
当然親友が命がけで産んだカミジール殿下にも愛情はいっぱい注がれ、だからこそ擦れずにキラキラの正統派王子様になったのだろう。
兄弟仲にも問題がない。
だからこそ考えれば考えるほど、『半分』とわざわざ強調される意味がわからず首を傾げてしまう。
「あー、だからな? ほら、一応オリアナはずっと兄上が好きだったんだろ?」
「うっ」
(傷を掘り返すスタイル……!)
気まずそうに言われるが、気まずいのはこちらである。
まだ癒えていない傷を抉られ思わず胸を押さえていると、どこか申し訳なさそうにその可愛らしいピンク色の瞳を伏せたフレン様が話を続けた。
「そんな好きだった兄上と、俺は半分しか血が繋がってないから。その、完全な代わりにはなってやれないなって思ってだな」
「え……、フレン様が代わりにはどう頑張ってもなれなくないですか?」
言われた内容にポカンとしてしまう。
(キラキラ絵本の王子様と、なんかピンクネオンのいかがわしい雰囲気の王子様じゃ血がどうこうっていうレベルじゃないと思うんだけど)
「フレン様はフレン様でしかないじゃないですか」
私が今更どう頑張ってもスティナ王太子妃になれないように、自分は自分にしかなれないのだ。
誰かになる努力をするより、自分を磨く努力をする方がよっぽど有意義で建設的というものだろう。
「まぁ、それはそう、なんだがなぁ」
それでも何故か納得しきれていない様子のフレン様を不可思議に思っていると、ある可能性に思い至ってハッとした。
(も、もしかしてフレン様って……!)
「カミジール殿下に憧れていたんですね?」
「は?」
(そうよ、考えてみればエロマンスの王子だって純粋だった頃は絵本を読んで育ってるはず)
そしてそんな時に理想の王子様が自分の兄としてそこにいたならば、憧れ以上の感情が芽生えたとしてもおかしくない。
つまり、ブラコンというやつ――……!
(あの純粋さを持ったまま二十六歳まで成長なされるなんて奇跡だもの)
憧れてもなれないその姿。
その憧れが拗れ、ピンクネオンに染まったのだとしたら。
「私は、血で誰かを好きになったり評価したりしません。フレン様はカミジール殿下とは違うフレン様だけの良さがあります」
多分。と心の中で失礼な補足をしつつ彼の目を見て頷く。
「オリアナ……」
「でも、なれないからってピンクネオンはダメだと思います!」
「は? なんだネオンって!? 確かに瞳の色はピンクだが……なんなんだネオンって!」
「今こそ令嬢が口にしたトロトロについて協議すべき――、ッ!」
どうしてもあのトロトロの意味が気になって仕方がなかった代償なのだろうか。
ハッとした時にはいつの間にか近付かれていたらしく、短剣が二本投げられる。
一瞬気付くのが遅れ剣を鞘から抜く暇がなく、柄で短剣を弾くと、弾いた短剣の一本が私の額を掠めた。