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3.もうその言葉は信じませんけど!

(どうして、こんなことに)


 仕事のことで打ち合わせしたいから、と私の手を引いたフレンシャロ殿下と一緒にカミジール殿下とご婚約者様であるスティナ様の前を辞した私は、どこからおかしくなったのかわからない現状に混乱し部屋の隅で三角座りをしていた。


(「うぅ、ずっとキラキラ王子様のお嫁さんになるために最強を目指していたのにぃ……っ!」)

「漏れてる漏れてる」

「えっ」


 どうやら先ほどあんぐりと口を開けていた時間が長かったせいか、どうやら心の声が口から出ていたらしい。

 今さらながらに口を両手で押さえた私は、そのまま自身の膝に顔を埋めた。


(ずっと、本当にずっとカミジール殿下のお嫁さんになることを夢見て鍛練を積んできたのに)


 辛く苦しい訓練も必死に耐え、俺の子供は男三兄弟だとむせび泣きながら喜んだ父は、私を王宮騎士団に入団させた。

 兄も弟も、レリアット家の嫡男はお前だと悔しそうに男泣きしながら私を抱き締めていた。


「どうしてあの時気付かなかったの」


 ――そう、予兆はちゃんとあったのだ。


(王太子妃が嫡男な訳ないじゃない……!)


 そもそもの性別の方が気になりそこまで気が回らなかったが、確かに家族は私の将来がお嫁さんだとは誰も言わなかった。

 きっとその時点で既に婚約者『候補』から外れてしまっていたから。


「あぁぁ、見える……! 鍛え抜かれた私を女として見る男なんていないもの、未来の私の孤独死が見えるぅぅ……っ」

「そうか? 鋼鉄の剣って呼ばれて人気あるだろ」

「令嬢人気だけですっ」


 反射的に言い返した私は、相手がこの国の第二王子だったとすぐに気付くが、どうせ私は一人孤独死する存在なのだと拗ねた気持ちの方が勝つ。

 体裁なんてどうでもよく感じ、一瞬上げた顔を再び膝に埋めた。

 だって私は恋に破れただけでなく、夢も希望も目標も失ってしまったのだ。


「うわぁぁ、無駄に鍛えて誰にも見向きされない私は婚期も逃して老後も一人寂しく死んでいくんだぁっ! 私のお墓に供えられた戦友と呼べる一本の剣が後のエクスカリバーと呼ばれちゃうんだぁぁっ」

「うは、ネガティブなのかポジティブなのかわっかんねぇな」


 私の嘆きを聞いたフレンシャロ殿下がププッと吹き出す。


(ひ、人が真剣に絶望してるのに!)


 まさに絵本の王子様のようだったキラキラカミジール殿下とは違い、意地悪そうに笑うフレンシャロ殿下は、隅で小さくなっている私の前まで近付き、私の目の前でしゃがんだ。

 視線が絡む距離に、人生をかけた失恋をしたばかりだというのに少し鼓動が速くなる。


(何を言われるのかしら)


 ふと思い出されるのは、カミジール殿下たちといた部屋で見た玩具を見つけたような無邪気で、そしてどこか残酷そうな笑顔。

 そんな笑顔を向けた殿下は、まるで朝食の卵を半熟にするか確認するくらいのテンションで私に提案した。


「なら、俺と婚約するか」

「は……、はひっ!?」


 そのあまりにも突拍子のない発言に、涙が完全に引っ込んだ私は唖然としてしまう。


「元々兄上の婚約者候補ってだけあって家柄も問題ねぇし、それに俺は訳あって護衛も兼ねれるような女がいいと思ってたんだ」

「護衛も、兼ねれるような……?」

「ま、つまりオリアナ嬢みたいな強くて格好いい令嬢が好きってことかな」


 にこりと微笑みながら言われたその言葉に一瞬きゅんとしてしまう。

 きっと普通の令嬢ならば、この整った顔にそんなことを言われればコロッと落ちるだろう。


『僕ね、君みたいな強くて格好いい女の子が好きなんだ!』


 そう、まさに十二歳の時の私のように。

 うぐぐ、と両目をぎゅっと瞑った私は、すぐにガッと見開き食いぎみに叫んだ。


「私っ! そのセリフ、もう一生信じないって決めてますからぁッ!」


 だが、どれだけ嘆いても過去は変わらない。

 変えることが出来るのはいつだって未来だけなのだ。


「……でも、必要ならばお引き受けします」

「婚約を?」

「そっちじゃなくてっ!」


(カミジール殿下のため最強の女になったけど)


 そもそもが勘違いで、そんなものを本当に求めているのは脳筋の家族だけだった。

 けれど積んだ鍛練は間違いなく私の青春であり全てでもあった。


(この力を無駄にするのはもったいないもの)


 わざわざ護衛を兼ねれる、と口にしたということは何かしらの脅威が彼にはあるのだろう。

 その脅威が何なのかは私にはわからないが、少なくとも目の前に私の助けを欲している人間がいるのならば、高潔な騎士として無視するなんて選択肢は私にはない。


「訳あって、の部分はわかりませんけど……、でも、私はとっても強いですから」


 だから。


「専属護衛の件、お引き受けします」

「婚約の方でも俺は全然良かったんだけどな」

「殿下ッ!」


 しれっと洒落にならない戯れ言を口にする殿下を思わず睨むが、そんな私すら面白そうに見る。


「フレンって呼んでくれ」

「なっ!? そんな、呼べるわけ……っ」

「これは専属護衛騎士殿への命令だと言ったら?」


 くすりと漏らし、そのピンク色の瞳を三日月のように細めた殿下を見て引く気がなさそうだと判断する。


(そこに拘る理由はないと思うんだけど)


 けれど、もしかしたらこれが殿下なりの距離の詰め方なのかもしれないと納得した私は、諦めてふっと小さく息を吐いた。


「フレン……様」

「ま、妥協ラインかな。よろしくオリアナ」


 さすがに呼び捨てには出来ず、様付けで呼ぶと一瞬不満そうな顔をする。

 しかしすぐに一際意地悪そうに、そして楽しそうに笑い――


「んっ!?」


 むちゅ、と温かいものが私の唇を一瞬塞いだ。

 両目ガン開き状態で固まった私の瞳に映ったのは、チロ、と舌舐りした妖艶なフレン様の姿で。


「なっ、な……っ!」

「ん? あははっ、口付けする時は目、閉じた方がいいぞ? 次に進みやすいから」

「すっ、進みませんけどぉッ!?」


(小説の王子様なんかじゃないっ! こんなの、こんなの……っ、エロマンス小説の王子様じゃないぃ~っ!)


 婚約者の話は断ったはずなのに、さらりとされた口付けに頭が痛くなる。

 けれど、騎士として一度引き受けた仕事は貫徹するのがレリアット家の家訓でもあった。


(不意打ちだったから……! 次は最強の私が遅れを取るはずないしっ)


 まさか護衛対象を護衛しながら、自分の貞操も護衛しなくてはならなくなるなんて思いもせず戸惑うが、そもそもいくら専属護衛とはいえ常に二人きりのはずはない。


(カミジール殿下にも沢山専属護衛がいたもの)


 カミジール殿下のいる部屋の扉を守っていた護衛騎士の意味深な頷き。

 今さらながらあれは『共に守ろう』という仲間意識だったのだと気付く。

 ならば同じ王子であるフレン様にだって、私以外の専属護衛がいるはずだ……と思った私は辺りをキョロキョロと見回した。

 しかし見る限りここには私しかいない。


「他の護衛騎士はどこにいるのですか」

「いや、いないけど」

「はっ!? いないんですか!?」


 さらりと告げられたその言葉に愕然とする。

 まさか第二王子とはいえ王族である彼に護衛がついていないなんて、と青ざめてしまった。


「あー、外出する時は一応王宮騎士団がいてくれるし」

「はぁ」

「それに、専属自体の身の潔白を調べるのも大変だし」

「専属だからこそ信頼出来るかの見極めが命取りってことですか」


(王族って大変なのね)


 なんて一瞬納得しかけたが、カミジール殿下には複数人の護衛がいた。


「カミジール殿下には専属護衛、いたはずですが」

「俺と兄上は違うんだよなぁ」

「はぁ?」


 やれやれ、とわざとらしくため息を吐いた殿下は、私の目の前にピンッと人差し指を立てる。

 どうしてだろう、妙に腹立たしい。


「兄上はみんなに好かれる表の王子様。俺はみんなに嫌われてる裏の王子様なんだよなぁ」

「はぁ」


 どこか得意げに説明されたが全く理解できず気の抜けた返事が漏れる。


「ま、すぐわかるけどさ。俺は暗殺者に狙われがちってこと!」

「えっ!?」

「だから護衛は選ばなきゃ置けない、守れるのも護衛だが、一番俺を“殺せる”のも護衛だからな」


 ハッキリと告げるその言葉には、少しも嘆きや悲しみといった感情は感じられない。

 まるでそれが当たり前なのだと言うようなその言い方に胸が締め付けられた。


「私は良かったんですか?」


(警戒してるはずの護衛を、いきなり独断で決めてしまうなんて)


 もちろん私は私の身の潔白を知っているが、その証明が出来るかと言われれば正直否だ。

 信頼は嬉しいが、それと同時にどうして? という疑問が芽生える。

 そんな私を真剣なまなざしで見つめたフレン様はゆっくりと頷いた。


「失恋して王太子からの申し出全部ぶっ壊す勢いで嫌だと言う鋼鉄の剣とか、絶対真っ白じゃん」

「……」


 しかしその真剣な表情をパッと変え、ケタケタと目の前で笑うエロマンス小説の王子様に、ガラガラと妖艶なイメージが崩れた私は一瞬ときめいた心すらもスンッと冷える。

 なるほど。これは敵を作りやすそうだ。


 護衛騎士になったことを秒速で後悔しながら、私は苛立ちつつそんなことを考えていたのだった。

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