「ないよ」
「え?」
「他の女性が家で料理作ったこと。だからそういのも多分揃ってない」
「あっ。そうなんだ……」
そっか。ないんだ……。
ちょっとホッとして嬉しく感じてしまう。
そういうの揃ってないと知っただけでも喜んでしまう。
そっか、そういうのは誰もしてないんだ……。
あんなにたくさんの女性と親密な関係になっているのに、そういうことはしないのが意外だった。
絶対そうだと思ってただけに、少し拍子抜けするくらいだったけど、でもそのおかげで、あたしの気分も落ちずにいられた。
聞かないままだったら逆にまた勝手な妄想したりしてたかもだけど、それを聞いて逆に少し気持ちが上がる単純な自分。
理玖くんの家で料理を作る初めてを手に出来るという喜びを、心の中であたしはガッツポーズをしながらこっそり噛み締めた。
「あっ、じゃあ、家に取りに戻ってもいい? 家の持って行ってもいいって言ってくれてるし」
と、家に戻ってもらうようお願いしようとしたら。
「じゃあ、それも買えばいいよ」
「え!? 買うって!?」
「食器とか道具とか必要なやつも全部」
理玖くんはサラッとそんなことを言う。
「えっと、実はスープ作りたくてお鍋も必要で……」
「ならそれも買えば?」
「えっ? それも!? でも理玖くん料理作らないんでしょ!?」
「作らないけど、別に置いてたらいつか使うかもだし」
あー、それっていつか他の女性が来た時使えるってことか……。
それ考えたら少し複雑だけど。
確かに今まではなくても、これからはそういうことあるかもだよね……。
なんか、あたしが揃えた物を他の女性が使うとかヤだな。
彼女でもないからそんなこと言う権利も全然ないんだけど。
そんなちょっとしたことで敏感になって拗ねかけていたら。
「お前がこれから料理覚えて作ってくれれば問題ないだろ?」
あたしを見て、そう平然と伝えてくる理玖くん。
えっ? あたし!?
あまりにも自然にそう言った理玖くんに逆にあたしが戸惑ってしまう。
そっか。それあたしが、ってことなんだ……。
理玖くんの中で、抵抗もなく自然にそう言ってくれることが、これからもそれがあると思ってくれることが、素直に嬉しい。
「あっ、もちろん、お前のその好きなやつだけに作りたいってとかなら話は別だけど」
「そんなことない! って、別にそういうのはない! 理玖くんにも作る……!」
そこでまたなかったことにされたくないのと、違う誰かが存在していることがなんか嫌で、あたしは思わず理玖くんにグイっと近づき、思わずすぐに反論する。
だけど”理玖くんに作りたい”とも、”理玖くんにしか作らない”とも、言えなかった。
「なら問題ないじゃん」
「でも、そんな買っちゃうとお金もかかっちゃうし……」
「あー。それは全然いいよ。それも材料代も全部オレが出すから」
「えっ! そんなのいいよ! あたしの練習なんだし」
「お前の練習でもオレが作ってもらって食うんだからそれは気にしなくていい」
「でも……」
「断るなら今日やめるぞ?」
「えっ! それは嫌だ!」
せっかく今日楽しみに頑張って来たのにやめるとか嫌だ!
「ハハ。そんな味見する係重要なのかよ」
と、味見してもらう係がなくなると思ってあたしが嫌だと言ったと思ってるのか、理玖くんは笑ってそんな風に言う。
違うよー! 理玖くんに手料理食べてもらえる貴重なチャンスだからなんだよー!
「じゃあ、ホントに全部いいの……?」
「いいって言ってんだろ。好きなだけ必要なやつ買えばいいよ」
「ありがと」
あー、なんだもうすでに男前な感じのやつ。
惚れてまうやろー!
って、あっ、すでに惚れてたわ。
いかん、あまりの理玖くんの男前さに取り乱してしまいそうになった。
では、気を取り直して……。
「あっ、理玖くん家オーブントースターはある?」
「あっ、それはある。何? そんなんも使うの?」
「うん。ちょっと使いたくて」
「なら、それは使って」
「うん」
よかった。オーブントースターはさすがにあった。
「なら、ショッピングモール行くか。あそこならデカいスーパーも雑貨とかいろいろあるし」
「あっ、うん! そうしよう! そこなら全部揃えられそう!」
「了解。じゃあ出発するな」
「よろしくお願いします!」
そして、理玖くんが目的地に向けて車を走らせ始める。
まだ出発の段階でこんなドキドキして好きな気持ちも積み重なって。
あたしは今日一日理玖くんと一緒にいて、こんな状況が続いてどうなってしまうんだろう。
もっと理玖くんを好きになっていきそうで怖い。
だけど、どんな時間を理玖くんと一緒に過ごせるのか楽しみでしょうがない。
今日一緒に過ごして、自分の作った料理を食べてもらえて、そこからあたしと理玖くんの関係がもしかしたらいい感じに変わっていってくれるかもしれないと、期待もどんどん膨らんでくる。
絶対今日で妹的ポジション脱出する!
こいつ実は彼女にいいかも、って理玖くんに思ってもらえるために絶対頑張ってみせる!