それから理玖くんとの約束の週末まで、あたしは今週の週末も平日帰ってからも料理を作る時間に費やした。
普段から実家のあたしは家で率先して料理をすることもなかったから、正直ホントのところ言えば少し無謀な提案だった。
だけど料理を作るのが嫌いなわけではなく、たまに家でも少し手伝ったことはあったから、案外やり始めたら少し楽しんでる自分もいた。
そして料理が得意なママからのお墨付きももらって少し自信が出てくる。
前はあんなに面倒で興味もなかったのに。
好きな人が出来ると、これほど自分の意識が変わるとは。
てか、昔の自分が今の自分知ったらビックリするだろな。
あの理玖くんのために、普段しない料理をする自分になってるなんて。
「えっ。沙羅。何してんの?」
家のキッチンで更に料理を作るのに励んでいると、背後で声をかけられたのに気付く。
「あっ、颯兄!」
後ろを振り向くと、たまたま家に顔を出した颯兄が立っていた。
「もしかして沙羅。料理作ってんの? どういう風の吹き回し?」
あたしの作っている手元を覗き込んで不思議そうにあたしに聞いてくる。
颯兄が不思議そうにするのも無理もない。
あたしは今まで自らキッチンに立って料理を作るなんてことがなかったからだ。
ママに言われてたまに手伝うことはあっても、率先して自分がメインになって料理を作っている光景なんてありえなかった。
「沙羅。好きな人出来たんだって~。その人のために料理作りたいから教えてほしいって言ってきたのよ~」
「ちょっ、ママ!」
料理を教えてもらうためその理由を素直に伝えたことを、颯兄にそのまま伝えるママ。
「えっ!? 沙羅、ようやく好きな人出来たの!?」
ずっと颯兄が理想だと本人にも言ってただけに、そんなあたしに好きな人が出来たと聞いた颯兄は、目を見開いて物珍しそうな反応をしつつも、嬉しそうな兄の顔をして、あたしの顔を覗き込んで話しかけてくる。
「えっ、どんなやつ? もう料理作るまでの関係になってんのか!?」
興味津々に聞いてくる颯兄。
いや、その相手がまさか颯兄の親友の理玖くんとはさすがに言えない……。
「いや! まだ、あたしの片想いなんだけど……!」
料理を作りながら、ボソッと呟くように答える。
「え? 片想いなのに料理作る仲ってこと? もうそんな仲までなってんのか。やるなぁ~沙羅」
からかってくる颯兄の言葉を聞いて、そういうことかと気付く。
確かに普通で考えると、片想いの相手に料理作るとかなかなかないか。
相手が理玖くんだからこそだよね。
そう考えると確かに普通の片想いより、あたしの状況は少し有難いのかもしれない。
普通なら遠い距離から始めることを、すでに近い距離から始められる。
彼女じゃないのに、理玖くんはそれを受け入れてくれたんだよな。
「へ~。結構本格的じゃん」
そしてその料理を見て、颯兄がまた反応を示す。
「この前の誕生日、茉白ちゃんの料理すごかったね。なんかあれ見たらあたしも作りたくなったというか。まぁ教えてもらったこの料理以外ちゃんとしたのまだ作れないけど」
「いや。沙羅がここまで作れるだけ随分な進歩だろ。今までは食べるの専門でまったくそんなの興味なかったんだから」
「まぁ確かに」
「でも、自分のためにこうやって作ってくれる気持ち。嬉しいと思うよ」
「そう思ってくれたらいいけどね~」
なんて颯兄には言ったものの、そもそも他の誰かのために作る料理を先に味見してほしいって理玖くんにはお願いしただけだからな。
残念ながらそういうのは伝えられないんだよね。
ホントは、そうしたかったんだけどな。
でも、いきなりあたしが理玖くんのために料理作りたいって伝えても意味わかんないだけだし、別にそれで理玖くんは喜んでくれるわけでもない。
さすがに味見だし、茉白ちゃんの時みたいな嬉しそうな反応にはきっとならないだろうな。
でも。それでもいいから、あたしは理玖くんとの距離を少しでも縮めたい。
いつもの違う自分を見てほしい。
「オレもさぁ、初めて茉白に料理作ってもらった時、すげぇ嬉しかったよ。好きな子が自分のことを想いながら作ってくれる料理ってさ、マジ感動するんだよね。ホント愛しさもより増すっつーかさ。とにかく男ならそういうの絶対嬉しいから」
「ちょっとは好きになってもらえる可能性あったりするかなぁ……?」
「あるある! すでに料理作ってほしいって向こうも思ってることだろ? 絶対脈あるよ」
あ~ホントの理由言えないのがなんか心苦しい……。
でも颯兄と理玖くんは親友だし、どこでどう伝わるかわかんないから下手なこと言えないもんな。
だけど、あたし的にはホント理玖くんこれがきっかけでちょっとあたしにも妹的以外の感情向けてくれないかなとは思ってる。
だってそしたら颯兄も茉白ちゃんも幸せなままだし。
正直理玖くんが直接二人に自分の気持ちを伝えることはないとは思うけど、でも何かのタイミングでもし知ってしまった時、皆が少なからず胸を痛めてしまうという現実はきっと起きてしまうだろうから……。
だから、一番いいのは理玖くんがあたしを好きになってくれること!
うん、そしたら全部丸くうまく収まる!
ということはあたしが頑張るしかない!
「うん! 頑張るよ! めちゃ美味しいの作ってビックリさせて絶対好きになってもらう!」
「あぁ。そうやって前向きに誰かのために動こうとするのが沙羅のいいとこなんだよな」
颯兄はいつもそうやってあたしに何かあれば優しい言葉をかけてくれる。
必ずあたしがあたしでいて頑張れる言葉をいつだってくれる。
「あたし。たとえ片想いだとしても初めて好きになった人だし絶対頑張りたいんだよね」
「うん。その気持ち大事にしな。沙羅が頑張ってる姿は絶対相手にも伝わるから」
颯兄が優しくいつものようにエールを送ってくれる。
「うん。あっ、それで一つ颯兄にお願いがあるんだけど……」
「ん? お願い?」
颯兄のほうに振り返って、あたしは一つあるお願いをする。
それはあたしのために理玖くんのために頑張れるパワーを颯兄からもらうあるお願い。
今回少しだけ心強いお兄ちゃんから少し力を貸してもらおう。
そして、それを聞いた颯兄は。
「そんな嬉しいお願いなら喜んで!」
満面の笑みでそのお願いを快く受け入れてくれた。
そう。あたしは、あたしの出来ることをしよう。
あたしが出来る限りのことを、精一杯努力しよう。
せめて、ただ”美味しい”と、そうあたしに微笑みながら言ってくれれば、それでいい。
あたしが理玖くんに送る想いを、好きだという言葉じゃなくても、その料理の中にその想いをしっかり詰め込めるように。
理玖くんの笑顔が一つでも増えるように。
あたしに向けてくれる笑顔をもっとたくさんもらえれば、きっとあたしは頑張れる。