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第57話 当たり前に存在する想い


「あ~。なんか安心したら腹減ってきたわ」


 そう言いながらお互いの会話が落ち着いたタイミングで、理玖くんがようやく店員さんにビールと自分の食べたいおつまみ的な料理を頼む。


「てか、お前ホントにオレが来るまでここで待ってるつもりだったの?」


「えっ、うん……。ごめん。予定潰しちゃったよね……」


「いや、それは大丈夫だけど。思ってたより仕事長引かなくてすんだし。でも、元々接待する予定だったからホントならマジで日付変わるとこだったんだぞ」


 え……?  仕事?  接待……?


 あれ?  あの女の人のとこに行ってたわけじゃなかったの……?


「だから、行けないって連絡してきたの?」


「あぁ。さっきも言ったけど、この店ずっと女一人でいるには相応しくないし、接待行けばもっと遅くなるから、行けないって言えば早く帰るかと思って」


「そうだったんだ……。ごめん、そんな大変な時に……」


「いや。連絡してから、お前が待ってる待ってない関係なしに接待は向こうに急用が入ってなくなったから」


「あっ。そっか。よかった」


 あたしのせいで無理させちゃったのかと思った。


「まぁ、オレももう少し早く来たかったんだけど、思ったより話長引いて遅くなった」


「じゃあ、今日、元々来てくれるつもりだったの……?」


「まぁ」


 そうだったんだ……。


 理玖くん最初から来てくれようとしてたんだ。


「そっか……」


 理玖くんが来てくれるまで、実は少し心配だった女性との約束は、なんとなく理玖くんとの会話で行かなかったことはわかったけど。


 でも、あまりにもあの時の女性との温度差が激しくて、少し気になってしまう。


「なんだよ、せっかく来たのに、そんな浮かない顔して」


 すると、理玖くんがあたしの顔を覗き込み呟く。


 自分ではどんな表情をしているとかはわからないけど、無意識にそんな反応をしていたということは、あたしはそういう感情が顔に出やすいのだと気付く。


「今日。会社の女の人の家に行く約束してたんだよね……?」


 それなら……と、あたしは理玖くんにストレートに気になっていることを尋ねた。


「は? なんの話?」


 だけど理玖くんはホントにわかっていないのか、普通に不思議そうな表情であたしに聞いてくる。


「だって今日理玖くんにご飯作るって言ってたの聞いて……」


 だけどあまりにも理玖くんが気付いてないみたいで、ついそのことを口走ってしまう。


「……何、お前それどこで聞いたの?」


 それを聞いて、ようやく気付いたのか理玖くんの顔が一瞬変わる。


「あっ、今日休憩室でたまたまその話してるの聞いちゃって……」


「あ~。そういうことか……。お前、それ気にしてたの?」


「あたしもその時まで知らなかったんだよ!?  その人と同じ日に約束してるとか。でも、あたしも理玖くんと一日でも早く話したかったし、その約束あるってわかってもこっちに来てほしかったし……」


 と、言い訳がましくゴニョゴニョと呟くように伝える。


「んなの。とっくに断ってたから」


「えっ?」


「お前から連絡もらった時点で断ってた」


「えっ……そう、なの?」


 もうその時点で……?


 あたしは普通に驚いて理玖くんを見つめる。


「なんで……?」


「は?  お前が話したいって連絡してきたんだろ」


「それはそうなんだけど。そんなすぐ断ってるとは思ってなかったから」


「別にお前より優先するような約束じゃなかったし」


「でも、そっちの方が前から約束してたんだよね?」


「まぁ……。でもメシ作りたいって向こうが行ってきたから前に適当に約束しただけだったし」


 理玖くんは、たいして気にしてないような素振りで平然と答える。


「そんなもん……なの?」


「オレにとって、茉白とお前以外はそんなもんだよ」


 あぁ、そうだよね、こういう時でもやっぱり茉白ちゃんが一番だよね……。


 うん、わかってたけどね。


 でも。今は、そこにあたしも入ってるのは素直に嬉しいって思う。


 そういうよくわからない関係の女の人よりも、あたしを選んでくれたことが嬉しかった。


「でも……。もし、今日あたしが連絡しなかったら、あの人のとこに行ってたってことだよね……?」


「お前はそういうこと気にしなくていい。ちゃんとお前がそうやって伝えてきたら、ちゃんとお前優先するから」


 隣であたしの顔を見ながら、優しい顔をして、そう伝えてくれる理玖くん。


 隣にいる理玖くんとの距離がほんの少ししか離れてなくて、少し動けば腕が当たってしまうようなそんな距離。


 そんな近くで、そんな優しい言葉を言う理玖くんはズルい。


 理玖くんにとってはそんな言葉も、この距離も、全然いつもと変わらない、なんことないことなのだろうけど。


 今、理玖くんが好きなあたしにとっては、そんないつも通りの距離も言葉にも、こんなにもドキドキして胸が高鳴ってしまう。


 ただ妹的に言ってくれるその言葉だってわかっているのに、頭の中で都合よく特別に思ってくれているようなそんな錯覚を自分で作り出してしまうほど、あたしの中でいつも通りのなんてことないこともすべて特別に変わってしまう。



「おっ、ビールきたきた」


 そして注文していたビールが届き、理玖くんは隣で美味しそうにビールを飲む。



 どうしたら、これ以上にもっと理玖くんと距離を縮められるんだろう。


 こんな近くにいても、理玖くんが気持ちを寄せてくれていても、きっとあたしは妹的な存在でしかなくて。


 他の女性より優先してくれるのに、きっとそれは妹的に特別に思ってくれてるだけ。


 こんなにドキドキしているのもあたしだけ。


 こんなにこの距離がもどかしいと思うのもあたしだけ。


 だけど。もう理玖くんを好きになってしまったから。


 あたしはこのままではいたくない。


 少しでもあたしを意識してほしい。


 もっとあたしは理玖くんの特別な存在になりたい。



「なぁ。頼んだやつまだ来そうにないから先にこれ食ってい?」


 すると、テーブルに並んでいる料理を理玖くんが見ながらあたしに尋ねる。


「あっ、うん。どうぞ」


「ハハ。てか、お前ホント、アボカド好きだな。またアボカドばっかじゃん」


 と、テーブルの上に並んだアボカド料理を見て理玖くんが笑う。


「だって好きなんだもん」


 アボカド料理も。


 そして、理玖くんも。


 そうやって何気なく隣で笑う顔にも、今のあたしはトキメいてしまうほど。


 自分の中でアボカド料理があれば無意識でも必然的でも頼んじゃうくらいに。


 当たり前のように存在している好きは、自分の中でその好きが違和感なく存在して、その好きという想いだけで幸せで心を満たす。


 理玖くんのそういう好きは、あるのかな。


 絶対的に好きで、それがあるとテンション上がって必然的に頼んじゃうやつ。



「オレも。好きだよ」


 すると、隣で理玖くんが呟く。


「えっ!?」



 好き!?


 あたしの心の声漏れてた!?


 いきなり好きと言い出す理玖くんの言葉に、あたしは動揺してしまう。






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